日本各地にシェアハウスを立ち上げ、多拠点生活を続けてきた作家・ブロガーのphaさん。その生活スタイルからすると意外にも思えますが、phaさんには20代後半、友人たちと熱海に別荘を所有していた経験があるといいます。別荘購入から売却までの顛末(てんまつ)は当時、自身のブログにもまとめられ、そのリアルな体験談はインターネット上で話題を呼びました。
当時、別荘をわずか8万円で売却したというphaさん。現在40代を迎えられたphaさんに、改めて当時のことを振り返っていただき、物件購入・売却に関してどんな学びがあったかをお聞きしました。さらには、現在の暮らしや資産についての考えを伺うと、意外な言葉が返ってきました。
<phaさんプロフィール>
1978年大阪府生まれ。京都大学を卒業後、大学職員として勤務。退職後はニートに。シェアハウスのプロジェクトを立ち上げ、自身もそこで長年暮らす。2019年ひとり暮らしを開始。現在は文筆業のほか、高円寺の書店「蟹ブックス」でのアルバイトが収入源。『パーティーが終わって、中年が始まる』、『持たない幸福論』(幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)など著書多数。
記事の目次
破格の90万円で、熱海に温泉付きリゾートマンションを共同購入
phaさんが大学時代の友人ふたりとともに、熱海に別荘を購入したのは2007年のこと。きっかけは、ひとりの友人が熱海に遊びに行った際、駅前の不動産屋で売値が100万円と書いてある物件の張り紙を見つけたことだったといいます。
その物件は、熱海駅から徒歩15分、築40年ほどの小規模マンションの一室。不動産屋によると、もともと管理人室として使われていた部屋を、管理人がいなくなったために売りに出したという話でした。あまりの安さに「事故物件ではないか」という思いも頭をよぎったphaさんたちでしたが、現地に見学に行くと好印象を持ったそう。
「部屋を見せてもらうと、たしかに古くはあるけれど見晴らしがいいのが気に入りました。もともとは管理人室だったという1DKで、管理人さんの私物の戸棚などがそのまま置いてあったりもしたんですが、特に汚い感じはしなかったです。
何より、マンションに温泉が引いてあって、部屋で温泉に入れるというのにテンションが上がりましたね。3人で割ったらひとり33万円くらいだし、その値段で別荘が手に入るのであれば買ってみてもいいんじゃないか、というノリでした」
友人ふたりとも意見が一致し、不動産屋で交渉すると、なんと売値を90万円に値引きしてもらえることに。共同名義ではなく友人ひとりが代表する形で物件を購入し、phaさんたちはひとりあたり約30万円で別荘を手に入れました。
当時のphaさんは会社を退職したばかりの28歳。ニートとして貯金を切り崩しながら、全国各地のゲストハウスやシェアハウス、友人の家など、さまざまな場所を転々として暮らしていました。一カ所に定住するのではなく、拠点を複数持って暮らすスタイルが理想だったphaさんにとっては、資産を友人とシェアすることにも抵抗がなかったといいます。
「当時は働いていなかったし定住もしていなかったのですが、別荘があれば拠点のひとつにもなるし、最悪住む場所がなくなったときのセーフティーネットとしても機能するかな、という気持ちもありましたね。とはいえ、他の物件などはまったく検討せず、パッと見で『ええんちゃう?』みたいな感じで買っちゃったので……。いま振り返ると、後々のことも考えて、もう少しよく検討するべきだったなと思います」
想定していなかった「維持管理費」「管理組合分裂」問題の勃発
phaさんたちが購入したマンションは、短期間の滞在をしたりセカンドハウスとして利用したりするのが主流の、いわゆる「リゾートマンション」。定住している住民は少なく、phaさんたちが別荘を訪れるのも2~3カ月に一度ほどだったため、住民トラブルなどはほとんどありませんでした。
「友人ふたりとはインターネット上で使用状況を共有し、それぞれが好きなタイミングで部屋に泊まる、という使い方をしてましたね。やっぱり、『別荘を買った』と言うとみんな『行ってみたい!』と盛り上がるので、最初の頃はいろんな友達を連れて1週間くらい泊まったりすることも多かったです。熱海って花火大会が有名じゃないですか。部屋は低層階だったんですが、マンション自体が急な坂の上に立っていたおかげで、花火が部屋の窓からすぐ目の前に見えたんです。海も綺麗に見えるし、景観は本当にいい部屋でしたね」
とはいえ、不便な点や面倒さを感じる点もあったといいます。
「元が管理人室だったせいなのか部屋に給湯器がついていなくて、温泉は出るのにふつうのお湯は出なかったんです。仕方なく温泉水で髪を洗ったりしてたんですが、シャンプーが全然泡立たないのが嫌でしたね(笑)。それと、別荘の維持費が徐々にかさんでいくというのは完全に想定外でした」
phaさんたちの部屋の管理費は月1万円。それに加え、温泉使用料が月1万円、固定資産税が年間で約3万円かかっていました。光熱費込みでもひと月にかかる維持費は3万円ほどのため、ひとりあたり1万円ずつ出し合えば賄えるほどの金額ではありましたが、毎月3万円ずつ支払い続ける必要があることを考えると、賃貸で同価格帯の部屋を借りられたのでは……という思いもありました。
さらにphaさんたちを悩ませたのが、マンション内の管理組合の問題です。隣の部屋の住人の話によると、もともとはひとつだったマンションの管理組合がふたつに分裂。phaさんたちが利用した不動産屋は第一管理組合を取り仕切っているものの、その管理体制の杜撰さや、マンションの共用部にあたる管理人室を勝手に売りに出したことに不満を持っている住人も少なくない、という話を聞かされたといいます。
「隣の部屋の方は『勝手に売ってしまった不動産屋が悪いんだから君たちは悪くない』とは言ってくれたんですが、その話を聞いて、ちょっと面倒くさそうかも、あまり深く踏み込みたくないな……と思ったのが正直な気持ちでしたね」
負動産に時間や体力をすり減らすくらいなら、安くても早めに売却したほうがいい
phaさんたちが別荘の売却を決心したのは、購入から約3年後のこと。直接的なきっかけは、マンションに発生した雨漏り。防水工事のために修繕費用を住人全員から集める必要がある、と第二管理組合の隣人から聞かされたことでした。
「費用は部屋の広さに応じて変動するけれど、僕たちも100万円ほど支払う必要があるという話だったんです。部屋を買った友達ふたりと対策会議を開いたんですが、さすがにこの部屋にプラスで100万円はかけたくないよな、と。古いマンションではあったので、今後も修繕費がかかり続ける可能性を考えると、その前に売却してしまおうか……という話になりました」
3人が潔くそう思えたのには、購入当初と比べ、別荘の利用頻度が下がっていたことも関係していました。特にphaさんは、「一カ所に縛られず複数の拠点を持って生活したい」という思いから別荘を手に入れたにもかかわらず、結果的に「熱海に行けば宿泊費がタダになるから」という思いから他の旅行先にあまり足を運べなくなってしまったことに、不自由さを感じていたそう。
さらには、駅まで急な坂道を15分かけて上り下りしなくてはいけない立地もネックになりました。購入当初は「いい運動になるから」と思えたものの、買い物に行く際の不便さなどが気になり、歳を重ねてからもこの場所に通い続けるのは大変なのでは、と思ったといいます。
物件購入時の不動産屋に売却の相談をすると、20~30万円ほどで買い手がつかないかを探してくれたものの、なかなか見つかりませんでした。結局、「タダ同然」でよければ買い取ると不動産屋に言われ、先方から提示された8万円で物件を売却することに。
「8万円という価格の根拠はわからないんですが、物件自体の資産価値というより『手間賃みたいなもの』と不動産屋は言ってましたね。いま振り返っても、あのとき、あれ以上の選択はできなかったんじゃないかと思います。もしかしたらもう少し高く売却できたかもしれないけれど、欲を出して時間や体力をすり減らすくらいなら、パッと売ってしまったほうが絶対に楽だったなと。リノベーションしようとかもうちょっと運用してみよう、と言い出す人が僕たち3人の中におらず、意見が一致したのは幸いでしたね。
結果的に、管理費や維持費込みで1人あたり約66万円で3年くらい別荘を自由に使えたことを考えると、わりといい遊びだったんじゃないかな、とは思います」
phaさんが購入・売却したマンションは現存しているものの、現在は綺麗にリノベーションされた代わりに、売りであった温泉が使用できなくなっている様子でした。当時の体験を振り返り、「こういった別荘をもしまた買うことがあったら、維持管理費や修繕費がどれくらいかかりそうかは先に考えたいですね」とphaさんは語ります。
中年になると資産や不動産に対する価値観も変化する 気力あるうちに整理を
別荘購入・売却から16年の時がたち、現在45歳を迎えたphaさん。一時は「ギークハウスプロジェクト」の発起人として日本各地に立ち上げたシェアハウスで暮らし、「日本一有名なニート」としても知られていたphaさんですが、2018年からは東京の賃貸マンションでひとり暮らしをされています。
20~30代の頃は「複数の家をいろんな人とシェアしながら、多拠点で暮らしたい」という思いが強かったというphaさん。現在の住まいや暮らしに対する価値観を伺うと、意外な言葉が返ってきました。
「40歳を過ぎたくらいから、シェアハウスとかちょっともういいかな、疲れるなって気持ちになってきましたね。雑魚寝とかも若い頃はできてましたけど、この歳になるとさすがに落ち着かないし、静かな場所でひとりで寝たいなって思うようにもなったんです。
あと、昔は散歩したり電車で移動したりするのも好きだったんですけど、最近、長時間の移動がしんどくなってきました。特に東京の電車は疲れるから、できるだけ徒歩圏内で生活を済ませたいなって思いが湧いてきて。『引っ越しが面倒くさい』という気持ちもわかるようになったし、いまのところは、できるだけ長くいまの家に住みたいかもと思ってますね」
かつては、財産整理や資産管理、中年期以降の暮らしについてもあまり具体的に考えたことがなかったというphaさん。「具体的には、いまだにどうしたらいいかよくわかっていない」と語りながらも、資産や不動産に対する価値観には、多少の変化があったといいます。
「昔はお金とか別にいらないなと思ってたんですけど、なんだかんだ歳をとるとお金がかかるんだな、というのはわかってきましたね。贅沢をしようとしなくても、体力的にきついから夜行バスじゃなくて新幹線に乗りたいとか、安いホテルよりもちゃんとしたホテルで休みたい、みたいなことを考えるだけでお金ってかかるじゃないですか。自分がこういうふうになるとは、昔はちょっと予想してなかったですね。
だから最近は、不動産とか資産運用の知識があったほうがいいんだろうな、とわりとふつうのことを思います。だれか詳しい人に教えてほしいですね。今回、別荘の話を振り返っていても思いましたけど、どうやったらうまく物件を売り抜けるかとか、そういうことはもうちょっと若い頃に知っておいてもよかったんだろうな」
取材中、何度も「40代になって、ここまで体力がなくなるとは思っていなかった」と口にされていたphaさん。元気に体が動く若いうちに、思いきって別荘の売却を決断してよかったと当時を振り返っていました。
phaさんは、売却時、欲を出しすぎずスピーディーな対応ができたことには後悔はないとしながらも、「別荘購入後にかかるコストについてはもっと調べておくべきだった」とも語ってくれました。今回の体験談にもあったように、築年数が経過しているリゾートマンションは割安で購入できることが多いものの、購入後の維持管理費や修繕費が想定以上に膨らみ、結果的に賃貸物件に支払うのと変わらないほどの費用が発生してしまうケースもあります。
別荘購入を検討する際は「歳を重ねて体力が落ちても通えそうか」を事前に考えてみるとともに、長期的な視点で見たランニングコストを算出しておくのが重要なポイントかもしれません。
構成:生湯葉シホ
撮影:小原聡太
編集:ピース株式会社