カナメストーンのすべてが詰まった「最強」の街・茨城県鹿嶋市「楽しかったあの頃の続きを今でもやっている」

ずっと思ってるのは「鹿嶋は、カナメストーンのすべての原点」だということです――。そう話すのは、お笑いコンビのカナメストーンのお2人。二人にとって「最強」の街であるという鹿嶋について、その魅力や思い出を綴っていただきました。

音楽の街・習志野市で過ごした、アンジュルム川名凜さんの青春

振り返れば、習志野市に住んでからはずっとストイックに音楽をやっていたと思います――。そう話すのは、アンジュルムのメンバー、川名凜さん。音楽漬けだった習志野市での生活と、練習の合間を縫ってつくった思い出、習志野市の魅力やかなえたい夢を伺いまし…

蒲田はゲーム実況者にやさしい。動画の構成や人生の先、悩むたびに歩き続けた呑川。安くて大きい緑の布が売ってるユザワヤ|文・ハヤト(ゲーム実況者)

蒲田は、YouTuber【ハヤトの野望】としての自分が生まれた街。僕にとって、もう一つの故郷のようなものだ――。そう話すのはゲーム実況者のハヤトさん。上京時に初めて住み、YouTuberとしての活動を始めた思い出の地・蒲田について綴っていただきました。

小林幸子が語る渋谷の半世紀。歌と表現を学んだ街で、「渋谷米」づくりに意欲

私にとって渋谷は、そういう夢や憧れと切り離せない街でしたね――。そう話すのは、歌手の小林幸子さん。1963年から通っている渋谷の街について、その歴史とともに小林さんの気持ちを伺いました。

遠く日向は眠れ猫のように 文・橋本薫(Helsinki Lambda Club)

街自体はきっと、温かくも冷たくもなく、ただそこにあるだけ。その時々の人々の小さな営みや思惑の重なり合いに合わせて常に姿を変えているだけではないだろうか――。そう話すのは、ニューオルタナティブロックバンド・Helsinki Lambda Clubの橋本薫さん。思…

家にいたくない夜にいられる街、阿佐ヶ谷|文・飯村大樹(ブックデザイナー)

20代の前半を過ごした阿佐ヶ谷には、まだ若かった私のすべてが散りばめられているような気がする――。そう話すのは、ブックデザイナーの飯村大樹さん。漫画をきっかけに好きになったという阿佐ヶ谷の街について、20代前半の日々を振り返りながら綴っていただ…

18歳のMON7Aが語る東京23区の楽しみ方。「洋服も雑貨も、街を歩いてふらっと見つけたお店で買います」

いままではTikTok で見つけたお店とか友達に教えてもらったお店に足を運ぶことが多かったんですけど、これからはもっと駅単位でいろんな街に行って、自分で探検してみたいなと思ってます――。そう話すのは、インフルエンサー・アーティストのMON7Aさん。シテ…

鷺ノ宮のロフト付き6畳で服に囲まれて過ごした至福の8年間。よこちるどれんさんの上京物語と幸服論

僕をみて「こういうのもいいんだ」「自分でもできるかも」って思ってもらえたらうれしい。そのために、深みのある人間に変わっていきたいなと思っています――。そう話すのは、アパレル系インフルエンサーとして人気を集めるよこちるどれんさん。洋服に興味を…

地理と歴史が好きなライターの西村まさゆきさんに、20年以上住んでいる勝どき・月島・佃エリアを案内してもらった

ライターの玉置標本さん(@hyouhon)が、いろんな街でさまざまな暮らし方をする人に会って、話を聞く連載企画。今回は地理と歴史に詳しいフリーライターの西村まさゆきさんに、20年以上住んでいる勝どき・月島・佃エリアを案内いただきながら、その歴史を解…

言葉が苦手な私を育ててくれた街、原町田|文・渡邊あや

ここは、言葉が得意ではない私が、安心して過ごせた場所だった――。そう話すのはモデルの渡邊あやさん。地元・原町田での幼少期の思い出や今につながる原町田で感じていた感覚について綴っていただきました。

平野ノラが金町・沼袋・阿佐ヶ谷での暮らしから学んだ「ホッ」とする街選びの条件

バブリーキャラでおなじみ平野ノラさんは、実は葛飾区育ちの下町っ子。バレーに没頭した10代、挫折を知った20代、再起した30代……。人生の節目を過ごした「東京の街」の思い出とともに、彼女の知られざる半生を振り返ります。

ひかりの国からきた君と、私が住む街 祖師ヶ谷大蔵|文・稲荷直史(シンガーソングライター)

私は他の地域と比べて他人からの干渉を受けづらく、どんな形で生きていても自己責任でいられるところが東京のいいところなんじゃないかと、地元ながらに思っている――。そう話すのは、シンガーソングライターの稲荷直史さん。20代のほとんどを過ごした祖師ヶ…

下北沢、箱いっぱいのドーナツはまだ未来|文・ブン

下北沢はなんでも許してくれる街だ――。そう話すのは、古本屋勤務のブンさん。どんなときも帰ってきたいと思う街・下北沢への愛を綴っていただきました。

高円寺を離れた日の悲しみは今でも忘れられない。長野の田舎に生まれたラッパー・アフロが、憧れの街で追った夢【上京物語】

「実家を出る時より悲しかった」――長野の田舎で育ったラッパー・アフロさんが、青春を過ごした高円寺への強い想いを語る。なぜ彼は高円寺に憧れ、そこで何を得たのか。“妥協しない”街選びが人生を変えた、貧しくも最高だった日々とは。

「まだ可食部がある」男3人のルームシェアで青春を引き延ばしていた街・大塚|文・福田フクスケ(ライター)

豊島区の大塚は、大学を卒業してからの4年間、学生時代にいちばん仲がよかった3人でルームシェアをしていた思い出の街だ――。そう話すのは、ライター・編集者の福田フクスケさん。思い出の街・大塚を訪れ、よく通っていたお店などを巡りつつ、当時を振り返っ…

明るい孤独をたずさえて、暮らしのかたちをたしかめる。海へとつづく真鶴の日々。|文・のもとしゅうへい(作家)

真鶴という町は、ちょうどいい具合に僕を一人にしてくれた――。そう話すのは、作家ののもとしゅうへいさん。22歳の時に「生活をはかりなおしたほうがいい」と衝動的に移住した真鶴について、当時の瑞々しい気持ちと街の風景を綴っていただきました。

僕の“初台14年史”|文・タイムマシーン3号 山本浩司

気分を変えたかったのに初台を出なかったのは、この街があまりにも住みやすかったからです――。そう綴るのは、お笑いコンビ・タイムマシーン3号の山本浩司さん。14年も住んだという初台の街の魅力と思い出について、これまでのお住まいの遍歴や芸人になるまで…

大勝軒があるだけで優勝 さらに自然もあり便利な「永福町」に行ってきた!|文・941(ブロガー)

永福町は京王井の頭線の永福町駅を中心に発展している、バランスのよいとても住みやすい街です――。そう解説するのは、引越した後も頻繁に永福町に通うブロガーの941さん。長く通う永福町大勝軒のある永福町について、食レポも交えて熱く綴っていただきました…

花小金井でのひとり暮らしは、自分と向き合う自由をくれた|文・藤間紗花(ライター)

自分にはこの街になんのルーツもないと実感するほどに、わたしは自分と対峙できる自由を味わえていたのだと思う――。そう花小金井での暮らしを振り返るのは、ライターの藤間紗花さん。不安を抱えながら踏み出した初めてのひとり暮らしの日々を綴っていただき…

「呑むほどに善き人」に近づく街・浦和。ここで私の人生がはじまった|文・早乙女ぐりこ(エッセイスト)

私にとって浦和という街はそういう場所で、だから、いつ訪れても「ああ、帰ってきたな」と思う――。そう話すのは、日記やエッセイの執筆を行う早乙女ぐりこさん。人生の中でもめまぐるしい変化に見舞われた時期を過ごした浦和について綴っていただきました。

札幌から「板橋」に14年暮らした芸人、グランジ・遠山大輔が語る、東京の街の選び方

魅力的な街はほかにもたくさんあるけど、まずは板橋からスタートするのも、いいんじゃないですかね――。そう話すのは、結成20周年を迎えたお笑いトリオ・グランジの遠山大輔さん。これから上京する芸人・ミュージシャン志望の若者にもおすすめだと語る、板橋…

野方に「らしさ」を求めるな|文・金井球(タレント・執筆家)

野方ってなんの街でもない。野方らしい光景を思い浮かべようにも出てこない。ラベルをつけようがないちぐはぐさがある――。そう話すのは、タレント・執筆家として活躍する金井球さん。約3年半住んだという大好きな街・野方について、その愛を綴っていただきま…

「下町」で想像することはすべて出来る。小さく深い町、湯島。|文・田中源吾(「デリー」代表取締役)

実際は普段考えることもなく通り過ぎていく町が、先達の生き方や心情の財産であることを感じた次第である――。そう話すのは、インド・パキスタン料理店「デリー」三代目代表取締役の田中源吾さん。40年以上住む湯島の街について、その変遷を振り返りながら、…

自然もカルチャーも、ここにはすべてがあった。 KEN THE 390が語る“町田で育てられた自分”と“町田に還したいもの”

東京都町田市出身のラッパー、KEN THE 390さん。「自然とカルチャーが両立するバランス感が絶妙」と語る町田でHIPHOPカルチャーに熱中し、アーティストとしての成功を収めました。現在も「この街の良さを再発見している」というKEN THE 390さんに、町田の魅…

吉祥寺から一駅の井の頭公園駅に住むことの丁度良さを、音楽家の鬼頭哲さんに案内してもらった

ライターの玉置標本さん(@hyouhon)が、いろんな街でさまざまな暮らし方をする人に会って、話を聞く連載企画。今回は「渋さ知らズ」などのバンドで活躍するバリトンサックスプレイヤーの鬼頭哲さんに、在住歴20年にもなる吉祥寺・井の頭公園周辺を案内して…

ラパルフェ都留拓也を育てた「東京と千葉の良いとこ取り」の街・葛西。モノマネの原点から意外な学生時代まで

お笑いコンビ「ラパルフェ」の都留拓也さんに地元の東京都江戸川区の葛西について伺いました。「地元の魅力をどんどん発信していきたい」と語る都留さんに、葛西で過ごした日々を振り返っていただきました。

商店街の細い道、街角のお稲荷さん、130年前の古い洋館。漫画家・山下和美さんが愛する豪徳寺の風景

それでも、歴史のある建物を簡単に壊してしまうのではなく、なるべく残せる方法を模索していけるといいですよね――。そう話すのは、豪徳寺にある築130年以上の洋館・旧尾崎テオドラ邸の保存活動に尽力されている、漫画家の山下和美さん。旧尾崎テオドラ邸との…

フードライターの白央篤司さんに、交通の便が抜群なのに意外と家賃が安かった新宿区余丁町を案内してもらった

ライターの玉置標本さん(@hyouhon)が、いろんな街でさまざまな暮らし方をする人に会って、話を聞く連載企画。今回はフードライターの白央篤司さんに、新宿駅から2km圏内とは思えないほどの下町風情あふれる街並みが広がる新宿区余丁町を案内いただきました…

ざわめき、呼吸、光の織地──取手|文・鴫原夕佳

私は私であることをやめたかった。それは、私であるために必要なことだった――。そう話すのは、アーティストの鴫原夕佳さん。大学院時代を過ごした茨城県取手市について、自分と作品に向き合った日々のことをみずみずしい文体で綴っていただきました。

夜の公園は逃げ場だった。自意識まみれでしがみついた学芸大学|文・安里和哲(ライター)

自分には縁がないと思っていた場所にも、ふたりでなら行けた。そうして学芸大学を知っていった――。そう話すのは、ライターの安里和哲さん。人生のモラトリアムを過ごした町・学芸大学について、一筋縄ではいかない当時の感情や好きだった風景を綴っていただ…

中延で「ハンコの数だけ」暮らしてきた。今なら手渡しの家賃支払いもうまくやれるはずなのに|文・田中青紗(作家)

誰も知っている人はいないと寂しさを抱えていたが、私は決してひとりぼっちではなかった――。そう話すのは作家の田中青紗さん。就職で上京した際に住んだ中延の街について、大家さんとの昔ながらのやりとりを思い出しながら綴っていただきました。

高井戸で生まれ育ち、下北沢を経由して世界へ。Hi-STANDARD横山健が語る杉並の「田舎感」と地元愛

「これからも一生、杉並を出るつもりはない」とまで語るほど、地元愛が強い、Hi-STANDARDのギタリスト・横山健さん。幼少期から過ごしてきた街の思い出や魅力、さらにはHi-STANDARDゆかりの地でもある下北沢への特別な思いも明かしてくれました。

料理家・長谷川あかりさんが語る地元・大宮での日々「レシピ本との最初の出合いは、ステラタウンのBOOKOFFでした」

大宮のBOOKOFFで出会った一冊のレシピ本で料理に目覚めたという、料理研究家の長谷川あかりさん。東京都心にもほど近く、幼少期の芸能活動を後押ししてくれたり、現在のキャリアのきっかけをくれた地元・大宮やその周辺の街について、お気に入りのお店の情報…

安藤玉恵さんが語る、「尾久」の商店街で育った幼少期と現在。「東東京は他のどの街とも違う、個性的な場所だと思います」

でもやっぱり、私は下町の雑多な感じが好きなんです――。そう話すのは、荒川区尾久出身の俳優の安藤玉枝さん。さまざまな年代・家族構成の方に向けた地元・尾久の魅力について、余すところなく語っていただきました。

赤羽キープ 酒をやめても好きな街|文:広岡ジョーキ

赤羽に住み始めて10年以上になる。ここは、私にとって「やり直し」の町だ――。そう話すのは、編集・デザイン・韓日文芸翻訳などで活躍する広岡ジョーキさん。2度目の上京時に選んだ赤羽の街について、「酒場」のイメージが強い東口側と、お酒をやめてから良く…

「瑞江は住民みんなが家族のようだった」ぼる塾・あんりが語る江戸川区の近さと温かみ

「ぼる塾」のあんりさんは江戸川区出身。のどかな街・瑞江で、26歳まで暮らしていました。地元にいたときは「街のみんなが家族のようだった」と語ります。そんなあんりさんに、瑞江で過ごした日々や、家族との思い出、ぼる塾のメンバーで同郷出身のきりやは…

いつまでも優しい街「本郷」 |文・カルロス矢吹(作家)

人生で一番後悔していることは、大学進学を機に上京する際、本郷に住まなかったこと――。そう話すのは、コンサート運営などを行うカルロス矢吹さん。祖母が経営していたBARがあったことから幼少期から縁があった本郷の街について、その思い出や多くの人が共通…

住みやすい都市感と心安らぐ大自然感がちょうどよく同居している街「二子玉川」 |文・佐佐木定綱(歌人)

この街には住みやすさとあたたかさが同居している――。そう話すのは、歌人の佐佐木定綱さん。二子玉川の変化を長年見守ってきた佐佐木さんに、短歌を織り交ぜながら、利便性・自然・人のあたたかさなど、様々な角度から二子玉川の良さを綴っていただきました。

ディープ深川|文:田中俊行(オカルトコレクター)

街を愛する理由は、結局そこに暮らす人々への愛情なのだと感じている――。そう話すのは、オカルトコレクターの田中俊行さん。上京してから長く住んでいる深川の街への愛について、その地域にともに住む方々との思い出とともに綴っていただきました。

俳優・玉置玲央が語る、下北沢、高円寺などの小劇場文化と劇場のある街の魅力

住む街を愛すためには、まずその街の人を愛すことですね――。そう話すのは、俳優の玉置玲央さん。出身地である東京の中でも、演劇の街として知られる下北沢・高円寺の劇場と街の魅力、演劇を長く盛り上げ続けるために挑戦したいことなどを伺いました。

複数の路線と商店街が入り組む戸越・中延エリアを、ベーシストのかわいしのぶさんに案内してもらった

ライターの玉置標本さん(@hyouhon)が、いろんな街でさまざまな暮らし方をする人に会って、話を聞く連載企画。今回はさまざまな路線や商店街でにぎわう戸越・中延エリアを地元民のベーシスト・かわいしのぶさんに案内していただきました。かわいさんが所属…

DXTEEN福田歩汰さんの“のんびりマインド”を育んだ地元・栃木「『歩汰がいるから栃木に行きたい』と思ってもらえる存在になりたい」

「歩汰がいるから栃木に行ってみたい」と思ってもらえるような存在にもなれるように、これからも努力を続けていきたいです――。そう話すのは、栃木県出身でグローバルボーイズ「DXTEEN」のメンバー、福田歩汰(ふくだあゆた)さん。のんびりとしたキャラクタ…

銀座のシティ感と中野・下北沢のアングラ感、東京の極端な両面性に育てられて。劇作家・根本宗子さん【東京っ子に聞け!】

今回お話を伺ったのは、月刊「根本宗子」を主宰の根本宗子さん。10代から劇場の多い下北沢や日比谷に通いつめる一方で、六本木や銀座といった華やかな街にも縁が深かったそう。目まぐるしいスピードで変化していく東京のさまざまな表情について、根本さんに…

今も息づく「茨城出身者のブルース」。堂島孝平が語る、取手だからこそ育めた感性と街への想像力

街の中心に馴染めないという、茨城出身者のブルースみたいなものを、ずっと持ち続けています――。そう話すのは、茨城県取手市出身のシンガーソングライター、堂島孝平さん。居心地のいい取手市の魅力、大らかな取手市や利根川で育まれた堂島さんの音楽的感性…

「三鷹」 10年越しの懺悔 |文・森夏彦(Shiggy Jr. ベーシスト)

歳を重ねるにつれて、地元である「三鷹」という街の魅力に私自身が気付いていったからである――。そう話すのは、Shiggy Jr.のベーシストで、人気バンドのサポートベーシストとしても活躍する、森夏彦さん。7歳のころから暮らした三鷹への思いと懺悔をつづって…

目には見えない川に想いを馳せて。散歩系YouTuberと水の都・志村三丁目を辿る|文・ななすけ

散歩の醍醐味は“予期せぬ出来事の連続”だと私は考える――。そう話すのは、東京都板橋区出身の散歩系映像クリエイター、ななすけさん。地元・志村三丁目周辺を散歩しながら、土地の成り立ちや見どころをご紹介いただきました。

すっかり『キャプテン翼』の街になった葛飾区四つ木を案内してもらった

ライターの玉置標本さん(@hyouhon)が、いろんな街でさまざまな暮らし方をする人に会って、話を聞く連載企画。今回は葛飾区四つ木で生まれ育ったライター小堺丸子さんとともに、作者の高橋陽一先生の生まれ育った場所であり、銅像や駅のラッピングから「キ…

私たちは、ちょっとだけ下北でできている。|文・かりん&ほのか(ゆとたわ)

それでもこの3年間、週に1日だけ、こうして下北沢の風を浴び、この街のなかで生きてきた――。そう話すのは、ポッドキャスト番組「ゆとりっ娘たちのたわごと(ゆとたわ)」を配信するトークユニットのかりんさんとほのかさん。ポッドキャストの収録に使用して…

神奈川が好きだから、まだまだ実家を出られません――OWV浦野秀太の地元愛

やっぱり、OWVとして大きな会場でコンサートがしたいですね。それこそ、最初に立った横浜アリーナとか――。そう話すのは、4人組ボーイズグループ「OWV」のメンバー、浦野秀太さん。いまだに実家を出られないという引力のある神奈川について、思い出や魅力を語…

-情熱あるものは、門をたたけ-東京・高円寺|文:福原由加里

高円寺で日々出会う温かな光景に、私は唐組での劇団生活を重ね合わせているのかもしれない――。そう話すのは、劇団唐組の団員、福原由加里さん。入団してから多くの時間を過ごした、劇団のアトリエのある高円寺の街について、綴っていただきました。