赤羽以外にも、愛せる“スペアタウン”を見つけたい。漫画家・清野とおる流・街歩きのコツ

取材・構成: 生湯葉シホ 編集: ピース株式会社

代表作に『東京都北区赤羽』を持ち、実際に長らく赤羽で暮らしてきた漫画家の清野とおるさん。「これからもずっと赤羽に住み続けたい」と語る清野さんですが、いつか万が一赤羽で暮らせなくなってしまったときのために、“予備の街”、通称「スペアタウン」をつくっておこうと考えるようになったのだとか。

そんな清野さんの「スペアタウン探し」の様子が描かれた最新作が、『スペアタウン 〜つくろう自分だけの予備の街〜』です。清野さんは普段、どんな視点で街を歩き回り、人知れず街との縁を深めているのでしょうか? そのヒントを伺いました。

「昔の赤羽ってこうだったよな」と、他の街で思うことが増えてきた

―― 赤羽を愛する清野さんが『スペアタウン~つくろう自分だけの予備の街~』を描こうと思われたのは、どのような経緯だったのでしょうか?

清野とおるさん(以下、清野):『スペアタウン』の連載を始める直前まで、『さよならキャンドル』(※東京都北区十条に存在した異次元スナック「キャンドル」とその周辺を描いた作品)という漫画を描いていたんです。
『さよならキャンドル』の連載中は、かつて「キャンドル」に集っていた怪人さんや奇人さんたちと頭の中で夜な夜な飲み交わしているような感覚でいたので、懐かしく思う半面、だんだん気がめいってきちゃいまして……。

そんなときに、ファッション誌「UOMO」のウェブサイトから連載の話を頂いたんです。編集長さんにお会いしてみたら、僕と同じように街をぶらっと歩いて知らない店に飛び込んだりするのが好きな人で。この人となら何かおもしろいことができそうだなと思ったのが、『スペアタウン』の始まりでした。

―― 以前からいつでも住める“スペア”の街を探したい、と考えられていたんですか?

清野:第2の赤羽じゃないですけど、「いつでもすんなりと引越せるような街がホームタウンの赤羽以外にもいくつかあったほうがいいんじゃないか」と漠然と思ってましたね。

もちろん赤羽には、できればずっと住み続けたいんです。ただ、ここ数年の赤羽の街の変わりようが本当に激しくて。「ここだけは残るだろう」と思っていたお店も容赦なく取り壊されていきますし、なんなら2車線道路が4車線になったりして、道路の両側にあった建物が根こそぎ更地になっちゃったりしているんです。数年後には東口のOK横丁だとか一番街のある辺りも再開発が進んで取り壊されてしまうかも……なんて話も耳に挟みまして。

―― どちらも赤羽を象徴するような通りなのに、変わってしまうとしたら残念ですね……。

清野:仕方ないことではありますけど、赤羽がこの先、どんどん知らない街になっていくんだろうなと思ったら、不安を感じたんです。でも「昔の赤羽ってこうだったよな」という気持ちを、ここ数年は赤羽以外の街で味わうことが増えてきていて。例えば池袋とか蒲田とか、他の街に出かけていって居酒屋に入ったりしたときに、僕が一番好きだったころの赤羽的なものに出合えた気がすることがたまにあったんです。そんな変化もたぶん、『スペアタウン』を描こうと思った一つのきっかけだったんじゃないかと思います。

湯加減が赤羽と完全に同じ蒲田、カラーは違うけれど惹かれる多摩センター

―― 漫画の中ではスペアタウン候補として、池袋、蒲田、熱海、多摩センター、豊橋という5つの街を実際に訪れていますよね。これらの候補はどうやって選んだのでしょう?

清野:やっぱり一番重視しているのは、実際に足を運んでみたときの居心地ですね。池袋と蒲田に関しては前々から赤羽的な目線で慣れ親しんでいた街だったので、真っ先に候補に挙がりました。
僕が板橋区出身なこともあって、池袋は特に小学生のころからしょっちゅう行っていましたし、赤羽と同じぐらい土地勘もあるので、仮に今日引っ越しても普通に暮らしていけるぐらいの自信はあります。蒲田は……ほぼ赤羽の姉妹都市というか。湯加減が赤羽と完全に同じなんですよ。

―― 街の湯加減が(笑)。たしかに似たムードを感じる街同士ですね。

清野:それから、熱海に関しては、はじめはスペアタウン目線で見ていたわけではなかったんです。でも旅行で何度か滞在したりするうちに、「住んだらどんな感じなんだろう」というイメージがぼんやり浮かんでくることが多くて。改めて、その目線で街を掘り下げてみたくなったんです。

―― なるほど。スペアタウンの候補の中で、多摩センターだけは少しカラーが違うような印象があります。池袋や蒲田のようなタイプの飲み屋さんが多い街ではないですし。

清野:そうなんですよ、でもなぜか多摩センターには惹かれるんですよね……。漫画にも描いたんですが、多摩センターには八王子市の文化財に指定されている「大塚神明社のイチョウ」というすごく立派な大イチョウの木があって、ここの黄葉がすばらしいんですよ。いまくらいの時期(※取材は12月上旬に実施)は特に、無性に行きたくなる街ですね。というか、実はまた来週あたりに行く予定で。

―― スペアタウン候補の街には、実際によく足を運ばれているんですか?

清野:けっこうよく行ってますね。仕事の打ち合わせをするときにもこっそりスペアタウンのお店を指定したりして、ほかの人もさりげなく巻き込んだりしてますよ(笑)。街って、実際に行けば行くほど“スペア度”が高まっていくと思うので。

―― 清野さんがいま特にお気に入りのスペアタウン候補はどの街でしょう?

清野:どこもイチオシなんですけど、「漫画に描けてよかった」といちばん感じているのは、蒲田と豊橋でしょうか。『スペアタウン』連載中、その2カ所を取り上げた回では、SNS上の反応が他の街と比べて格段に大きかったんです。蒲田に住んでいる人は蒲田のことが、豊橋の人は豊橋のことが大好きなんだなというのがビシビシ伝わってきましたね。赤羽に住んでいる人の中にも大の赤羽好きが多いので、そういう街はもし実際に住むことになっても心地よく暮らせそうだなと。

―― 特に蒲田は、思い立ったらすぐに足を運べそうなのもいいですね。

清野:蒲田は行くたびに新しい居酒屋に入るようにしてるんですけど、いまのところ、来られてよかったなあとしみじみ思うようないい店にしか当たってないですね。『スペアタウン』の単行本が出たときのインタビューでも、立ち食いそば屋の奥のスペースが居酒屋になっている「信濃路」と、台湾・広東料理屋の「聖」に立ち寄ったんですが、どちらもすごくおいしくて雰囲気のいい店でした。

その日がたしか土曜日だったので、お仕事休みなんだろうなって感じのお客さんとか、もしくはそもそも仕事なんてやってないんだろうなって感じのお客さんたちが、みんなして気持ちよさそうに飲んでましたね(笑)。

街歩きが楽しくなるための「スペアタ運」の上げ方

清野:それから、蒲田で一番好きなのはやっぱり、『東京都北区赤羽』で描いていたころの赤羽を行くたびに感じられるところなんです。これは『スペアタウン』でも描いたエピソードなんですが、僕が昔大好きで通っていた赤羽のラーメン屋さんがあるとき突然閉店してしまって。ずっと残念に思っていたんですけど、今回『スペアタウン』のための取材でたまたま入った蒲田の安い居酒屋でラーメンを頼んだら、その赤羽のラーメン屋の名前が入った丼ぶりが出てきたんです。

清野:味はまったく違ったんですが、とんでもない確率だなと思って。あの丼ぶりの件で、蒲田はもう絶対にスペアタウンだと確信してしまいました。

―― 清野さんの漫画を読んでいると、どうしてこんなに“街の運”がいいんだろう? と毎回驚かされます。面白いことが次々と起きますし、清野さんご自身が心地よいと思えるお店を引き当てるのが上手ですよね。清野さんは作中で、そういった現地での運のことを「スペアタ運」と呼んでいましたよね。

清野:スペアタ運はできるだけ味方につけたいところですよね。僕、昔は神仏の類いなどをまったく信じない現実的なタイプだったんですけど、赤羽で暮らし始めていろいろな経験をしていくうちに、目に見えない変な力が働いているとしか思えないようなことが何度もありまして……。

そういう出来事に遭遇する確率を少しでも上げたいなと思って、最近はどんな街であろうと、神様が祭られているところの前を通ったら必ずあいさつするようにしてるんです。スピリチュアル的な意味合いというより、自分がお邪魔している土地の大先輩に「すみません、お邪魔させていただいてます」って報告するようなイメージです。初めて行く街ではゴミ拾いをしてみたり、できるだけ声に出して街を褒めまくることも意識してますね。

―― 清野さんの強運は、いろいろ実践されている結果なのかもしれないですね……!

清野:豊橋に行ったときに入った「あさひ」という居酒屋は、まさにゴミ拾いをしていた最中に見つけたお店だったんです。そこはなんと創業100年の歴史を持つお店だったにもかかわらず、僕が行った数日後に閉店してしまって……。そんなギリギリのタイミングですべり込めたのは本当にラッキーだったなと思いますし、ゴミ拾いの即効性を感じましたね。

まあでも、仮に特別いいことが起こらなかったとしても、そういった街へのリスペクトを行動で示すだけで、自分自身の街に対する向き合い方も変わってくるじゃないですか。それがなにより重要じゃないかなと思います。

―― でも時には、どれほど礼儀を尽くして接していても、「なんだかこの街とはかみ合わないな……」と感じることもありませんか?

清野:ああ、ありますね。僕にとっては小岩や新小岩がそうなんですよね……。あの辺りは地理的な条件といい歓楽街の広さといい、自分にとって蒲田や赤羽と肩を並べるくらいの街になるんじゃないかと思って、1人で1回、飲み仲間の酒場ライター・パリッコさんとも2回ほどお邪魔してるんです。スペアタ運びんびんで百戦錬磨のパリッコさんと一緒でも、2回ともなんだか楽しめないまま帰りました。新小岩でもちゃんと神様にあいさつはしたんですけどね(笑)。

でも僕、街って人間だと思ってるので、合う人もいれば合わない人もいるように、街にも相性があるのは当然かなと。自分が相手をすごく好きでも、必ずしも向こうが自分を好いてくれるとは限らないじゃないですか。だから、新小岩にはいま片思いしている状態ですよね。これからも諦めずに通い続けていれば、ある日急に振り向いてくれるかもしれないですし。また数年後、ほとぼりが冷めたころにしれっとお邪魔してみようかなとは思ってますね。

―― それほど熱烈にアプローチしたくなるくらい、「気になる存在」なんですね。新小岩の街が。

清野:というのも、新小岩とは合わないはずがないっていう妙な自信があるんですよ(笑)。3回行っても駄目だったなら、これはたぶん「まだ」だな、時期を見なきゃなと……。好きな人にあまりガツガツいっても、余計嫌われちゃうだけなので。

まずは、好きな街を歩くときの「目線のチャンネル」を変えてみる

―― 「いま住んでいる街は気に入っているけれど、何かあったときのためにスペアタウンを探しておきたい」という方は、読者の中にもいると思います。一般の方がスペアタウン候補を探す際には、まずはどんなところを手がかりにすればいいでしょうか?

清野:まったく知らない街を一から見つけようとするよりも、なんとなく好きな街やよく行く街を歩くときに、目線のチャンネルを普段とちょっと変えてみるのがいいんじゃないでしょうか。

―― 「目線のチャンネル」、具体的には……?

清野:その街の物件や家賃をチェックしてみたり、地元の人たちしかいないようなファミレスや個人経営の喫茶店に入って、会話にちょっと聞き耳を立ててみたり。そんなふうに「この街に住んでいる自分」のイメージを徐々に広げていって、そこで暮らしている自分がのびのびしているかどうかを想像してみるのが大事だと思いますね。

―― たしかに清野さんは多摩センターを訪れた回の中でも、サイゼリヤに入って地元の人の雰囲気を観察していましたよね。テーマパークがあったり、観光客の人が多い街であったりしても、そこにいる方が地元の人かどうかってすぐにわかるものですか……?

清野:やっぱり多摩センターの場合、サンリオピューロランドに行く人たちもいますから、サイゼリヤで1人、本を読みながらちびちびとデキャンタワインを飲んでるおっちゃんがいたら絶対に地元の人だろうって感じはしますよね。

―― なるほど。ちなみに清野さんは最近、新たなスペアタウン候補になりそうな街に出合えましたか?

清野:ちょうどいま描いている最中なんですが、「十二社(じゅうにそう)」ってご存じですか? いまの西新宿4丁目、都庁の裏あたりの旧地名なんですけど、そのエリアが非常に僕が最初に1人暮らしを始めた赤羽西4丁目にそっくりで。

初めて行ったときから「この辺だけ妙に落ち着くな」と薄々感じていたんですが、かつてはどちらも大きな池があったという歴史を持っていたり、弁天様が祭られていたり、住所も同じく“西の4丁目”だったりと、とにかく共通点が多くて。おもしろいスナックや本当にいい居酒屋もあって、最近は月に2回ぐらいは十二社に行ってます。

―― どこか運命的なものを感じますね。

清野:妙にグッとくるんですよね。

それから実は僕、こんなに街の漫画を描いているのに、関東の限られた場所にしかほぼ行ったことがなくて。恥ずかしながら、北陸や四国、九州にも一度も行ったことないんですよ。北陸方面だと、富山には知り合いが数人いるんですが、みんな少し変わった方というか、いい意味で赤羽のヤバい人たちと同じようなニオイを感じる方だったので、あのあたりにもいずれきちんと行ってみたいなと。もう、気になる街だらけですね。

―― 私は清野さんと同じく赤羽エリアにずっと住んでいたのですが、赤羽と近いニオイのする東京の下町が好きで。町屋や王子なども住んでみたらとてもよかったので、勝手ながら清野さんにおすすめしたいです。

清野:ああ、いいですね。町屋は穴場ですよね。あの辺りの街って、すれ違う人たちの歩くスピードもなんだかゆったりしている気がします。考えてみると、歩くスピードが遅い人の多い街って、僕の中ではいい街の一つの基準かもしれません。予定がないのかあるのかわかりませんけど、心の余裕を感じさせてくれる、そういう歩き方ができる街っていいですよね。

お話を伺った人:清野とおるさん

漫画家。1998年、ヤングマガジンでデビュー。代表作として「東京都北区赤羽」、「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」、「東京怪奇酒」、「全っっっっっ然知らない街を歩いてみたものの」などがある。現在「スペアタウン 〜つくろう自分だけの予備の街〜」を集英社UOMOで連載中。

取材・構成:生湯葉シホ 編集:ピース株式会社