西荻の街が好き過ぎて「西荻案内所」を運営していた夫婦が語る西荻窪の魅力とは【いろんな街で捕まえて食べる】

西荻窪の魅力を発信すべく、2013年から2016年にかけて西荻窪駅周辺をボランティアで案内するスペース、その名も「西荻案内所」を運営していた奥秋圭・亜矢夫妻に、古さと新しさが混在する西荻窪の紹介をしていただいた。

偶然と必然が生んだ西荻窪での新生活

今回、西荻窪を案内してくれる奥秋夫妻の出身地は、デザイナーである圭さんが山梨県、そしてディレクターの亜矢さんが愛媛県。どちらかが、あるいはお二人ともが地元民だと勝手に想像していたのだが、全然違った。

西荻窪とはまったく関係ないところで生まれ育ち、それぞれが東京にある別の大学へと進学し、卒業後に共通の趣味である演劇を通じて出会ったという間柄。

そんな二人が、なぜ「西荻案内所」を運営することになったのだろうか。まずは西荻窪に移り住んだ理由から伺ってみた。

在りし日の西荻案内所、2016年4月頃。写真提供:奥秋圭

 

奥秋圭さん(以下、圭):「上京してからは都内や東京近郊を流れ流れて、僕が33歳、亜矢さんが30歳のとき。結婚をするというタイミングで、そろそろ本当に住みたい街に住んでもいいんじゃないと、中央線沿線で物件を探しました」

奥秋亜矢さん(以下、亜矢):「その時に住んでいたエリアは埋立地につくられた新しい街だったので、それはそれで便利なんだけど、どうせ引越すなら、本とか映画とか演劇の話ができる友達をつくれそうな街にしようって」

――バンドをやるために高円寺に住む、みたいな話ですかね。中央線沿線にはたくさんの駅がありますが、なぜ西荻窪駅にしたのですか。

圭:「僕は国立に住んでいたことがあって、やっぱり中野、荻窪、吉祥寺は家賃が高いイメージがあった。

それで最初は、ネットで見つけた三鷹のおもしろそうな部屋を見学したんですよ。駅から近く、家賃が安く、部屋もバルコニーも広く、楽器もペットもOK」

――いいじゃないですか。

圭:「行ってみたんだけど、一階が飲食店で年に二回は害獣駆除をやりますと。できれば猫を飼ってくださいっていう部屋だった」

――チュー多線……いやなんでもないです。

亜矢:「不動産屋さん曰く、新婚さんにはお勧めしませんって。これはこれでおもしろいかなとも思ったんだけどね」

圭:「ちょっと考えますと保留にして、電車に乗って帰る途中、ついでに西荻窪駅あたりもちょっと見てみようと降りたんです。西荻は通過する電車が多いので、若干家賃も下がる印象があったし」

――特に土日に来ようとすると、乗り換えがややこしいですね(土日祝は快速が通過してしまう)。

亜矢:「今でもたまに間違えます。気がついたら吉祥寺だったり。私は大学時代に中野に住んでいて、西荻窪にはちょくちょく骨董屋と古本屋をぶらつきに来てたので、いいとこだっていうのはなんとなく知っていました」

――古本屋のイメージはなんとなくありますけど、骨董屋の街でもあるんですね。

圭:「それで駅前にあった不動産屋に飛び込みで入って、紹介された一軒目の物件が、今住んでいるところです。もう18年目ですね」

――18年!

木土藍楽と書いて「きどあいらく」と読む。この店がある道を骨董通りというそうだ。山形県出身の御主人がおもしろい人だった

最近は外国人観光客がこけしなどをよく買っていくとのこと

――その物件はどのあたりですか。

圭:「西荻窪駅から北西側にある善福寺公園の近くにあるマンションです。徒歩20分くらいかな。

吉祥寺の井の頭池から神田川が始まっているように、善福寺川の水源になっている善福寺池っていうのがあるんですよ」

駅から15分ほど歩いたあたり。昔はダイコンやウドの栽培が盛んで、沢庵工場などもあったとか

関東大震災後の住宅供給を担った同潤会住宅の面影が残る街並み。西荻窪に詳しい二人との散歩だからこそ見えてくる景色だ

善福寺池の下の池から善福寺川はスタートして、中野で神田川と合流している

亜矢:「すぐに内見できますからと不動産屋さんの車で向かったんだけど、大家さんが電話に出てくれない。とにかく外観だけでも見ましょうかと行ってみたら、大きなケヤキの木の下でおばあちゃんが一人でサトイモを延々剥いていた」

圭:「なにしているんですかって聞いたら、『明日は餅つき大会だから!イモを剥いているんだよ!』って、ちょっと怒り気味に言われて」

――見てわかるだろと。わかんないけど。

亜矢:「私たちは23区内に引越して来ようとしているのに、この光景はなんなんだろうと。これはおもしろそうだぞと思ったら、なんと、そのおばあちゃんが大家さんでした」

圭:「皮むきで忙しいおばあちゃんに部屋の鍵を開けてもらって内見したら、家賃の割に部屋も広いし、素敵な公園もあるし、ここいいじゃんって契約して18年」

――まさに運命の出会いですね。

亜矢:「ここは一応、最寄り駅は西荻窪駅だけど、吉祥寺駅からも西武新宿線の上石神井駅からも、早歩きでだいたい20分ちょっとくらい。毎日電車で通勤する人には微妙な距離だけど、私たちはフリーで基本的に在宅だから全然いいよねって」

圭:「今ではその餅つき大会を毎年楽しみにしています」

「こういう公園がすぐ近くにあると全然違いますよ。コロナの期間も全然心持ちが違いました」と圭さん

ちょうど桜が咲き始めた日曜日で、たくさんの人が公園を訪れていた

圭:「餅つき大会とかがあるから住人同士も仲良くなる。話してみると、自分たちと同じような人が多いんですよ。フリーの編集者だったり、お店をやっている人だったり。

それで『なにか一緒にやりましょうか』となることもあるし、助け、助けられての18年。大きな地震の時も連絡を取り合ったりできる、そういう心強いマンションです」

日本野鳥の会を設立した中西悟堂氏が善福寺池の近くに住んでいたため、「野鳥の聖地」とも呼ばれているとか

西荻案内所が生まれた訳

――そんなこんなで西荻窪に導かれてきた奥秋夫妻が、西荻案内所を立ち上げるまでの経緯を教えてもらえますか。

圭:「僕らが引越してくる前から、作家の北尾トロさんが創刊した『西荻丼』というフリーペーパーがあって、それの編集チームに参加するようになったんです。

そういう媒体に関わると、街に知り合いが一気に増えるし、向こうもこっちが何者なのかをわかってもらえる。

そのうちに『西荻まち歩きマップ』という無料で配布している地図をつくっている人とも出会って、その制作も引き継ぐことになりました」

『西荻まち歩きマップ』は改札を出たところにある「なみじゃない、杉並!」のラックや掲載店舗などで入手しよう。ウェブ版はこちら

この地図を読み倒してから、もう一度西荻を散歩したい

亜矢:「そんな流れで、西荻のコミュニティスペースみたいな場所をつくろうと、知り合いが紹介してくれた店舗を友人たちとDIYでそれっぽくつくって、『西荻案内所』としてオープンさせたのが2013年。そのビルが建て替わる2016年まで運営していました」

――西荻窪に引越して、数年で案内をする役割を自ら担うってすごいですね。

亜矢:「道案内とかお店の紹介だけでなく、そのうち『姪っ子に結婚相手を探しているんだけど』とか、『いい老人ホームはないかしら』とか、そういう相談も来るようになりました」

――案内の幅が広い。

圭:「西荻の誰かが聞かれて困ると、とりあえずこの案内所を紹介していたみたいです。交番でここを紹介されたって言う人もいたよね。

他にも西荻を舞台にした『西荻婚』という結婚式を企画して、人力車で街をパレードしたり、古い公民館の大広間で宴会をしたり」

ビルの建て替えに伴い、惜しまれつつ閉鎖された

西荻案内所があった場所は人気のジェラート屋「Mondo Gelato」になっていた

桜とりんごキャラメルのダブルを注文

圭:「2014年には商店街の会長から依頼を受けて、西荻の観光ガイドブック『西荻観光手帖(販売終了)』をつくりました。

私たちは情報誌とかテレビの取材協力もよくするのですが、おいしい店とか、おしゃれな雑貨屋さんの情報を求められます。でも西荻に住んでいる側からすると、おもしろいのはそこだけじゃない」

亜矢:「どうしてもお店って入れ替わりがあるし、お金を使い続けないと楽しめない場所だけ紹介するというのも好きじゃない。それ以外にもおもしろいことってあるんだよって、街の情報を細かく掘り起こして、自然のこと、建築のこと、文学や歴史のこと、そういう切り口でまとめました。

西荻へ遊びに来た人が読むというよりは、西荻に住む人があらかじめこの知識を持っておいて、来た人に説明できるようにするガイド役のあんちょこ的な本です」

「西荻は観光地ではありません」と書かれた西荻観光手帖。残念ながら販売終了

普通の観光ガイドとはちょっと違う切り口で西荻を案内している。見本誌が後述する「ことカフェ」にあります

「西荻案内所」から「西荻のこと」へとつながれたバトン

2016年に西荻案内所という場所がなくなった後も、暗渠マニアと組んで西荻窪の暗渠を巡る街歩きを企画したり、住民側の目線で街の再開発を考えたり、西荻窪と奥秋夫妻の関わりが途切れることはなかった。

圭:「2019年には善福寺公園で行われている『トロールの森』というアートイベントの場で、『ニシオギ空想計画』という公募を行いました。

駅の東側から北に延びる北銀座通りの拡幅工事によって路面店が消えてしまうかもしれない。さらには飲み屋街が連なる南口周辺も再開発で高層ビルになるのではという噂が流れてきた。

このままだと街の様子が一変する。これは西荻の住民としては受け入れがたい。でも地権者でもない僕たちが、このまま残してくださいとは言えない訳ですよ。南口あたりの建物は築80年とかを超えているから、このままではだめだというのもわかっているし」

亜矢:「そこで、ただ反対の声をあげるのでなく、この先どうするかを一緒に考えましょう、未来を担う子どもたちも含めて、みんなで西荻の絵(未来図)を考えましょうというコンテストを、アートイベントという場を借りてやったのが『ニシオギ空想計画』です」

――どうせ開発するのであれば、住民側の声にも耳を傾けてほしいと。

圭:「こういう方向もありますよねと、みんなで考えることを共有することで、どうにか双方にとって良いベクトルに動かす可能性を探る。反対か賛成かだけで片付かないものはあると思うから」

道路の拡幅工事がすでに進んでいるという北銀座通り

現在の南口の様子。歴史があるからこその雰囲気が醸されている。その文化的価値と不動産的価値をどう折り合わせるべきか

西荻窪は飲み屋街が魅力的すぎやしませんか

ちなみに西荻窪の富士そばは4号店で、現存する最古の店舗だそうです(詳しくはこちら

圭:「この活動はアートイベント終了後も続けないともったいないよといろんな人から言われて、2020年に任意団体『西荻のこと研究所』を不動産屋や建築家と一緒に立ち上げ、『西荻のこと』についていろいろ話し合ってきました。

そこで出た意見に説得力を持たせるためには、我々が西荻のプレーヤー(当事者)になって行動をしていかないといけない。そこで13人が出資をして『株式会社西荻のこと』を設立し、建物を一棟借りて『ことビル』と命名しました」

亜矢:「古い建物をうまく生かす事例ができれば、開発の流れが変わるかもしれない」

ことビル。二階の手すりがかっこいい!

入り口には「本日の出店」が貼られている

圭:「道路拡幅や再開発で、戸建ての個人商店だった場所がビルやマンションに変わると、どうしてもテナント用の店舗サイズが大きくなってしまい、資本のあるチェーン店くらいしか入れなくなる。ただ西荻での店舗需要は、一人か二人でやれる小さな店が多い。スモールビジネス用が圧倒的に人気です。

このミスマッチが続くと、空きテナントが増えるし、お店をやりたい人も西荻を諦めて去ってしまう。この問題を現場レベルでどうにかできないかなと話していた時に、ちょうどここが空いたので、スモールビジネスを応援するシェアスペースとして『西荻のことカフェ』をやってみようと」

――ひとつの店としてはちょっと広すぎるカフェスペースを、複数の店舗でシェアして運営していく訳ですね。

亜矢:「すでにイベントとか出張で営業していて、これから店舗を出したいと思っている人とかが、ステップアップの場として使っています。あるいはもうお店をやっている人が定休日に新メニューを試してみたり。

出店している店は日替わりで、焼き菓子屋さん、コーヒー屋さん、サンドイッチ屋さん、ジェラート屋さん、雑貨屋さん、手芸のワークショップなど」

――来るたびに違う店というのは、お客さん側としてもおもしろいですね。

亜矢:「ここでお試し出店をして、この地域のニーズと顧客を掴んで、西荻にオープンした店が、すでに二つありますよ」

この日はコーヒー屋さん、焼き菓子屋さん、インド雑貨屋さんが出店していた。スケジュールが空いていれば一日からでも出店でき、貸切営業や二階での上映会なども可能

ゆったりとした客席で、日替わりメニューならぬ日替わり店舗の料理やドリンクが楽しめる

飲食店だけでなく、ワークショップから整体まで様々な店が日替わりで出店している

気になる人は問い合わせをしてみてください。私も西荻在住だったら製麺ワークショップをやったかもね

圭:「我々は西荻の開発に対して絶対反対という立場ではない。でも古い建物にはそれだけの価値があると思っているから、街の中に新しいものと古いものがうまく共存してほしい」

亜矢:「それが西荻の持ち味だと思っているから、こういう建物(ことビル)みたいなところを一つの事例として維持しつつ、おもしろくやっていきましょうと日々実験中です。

でもやっぱり古い物件って維持費がかかるから、取り壊して新しい建物を建てちまえってなる気持ちもわかりますけどね」

――住民からプレーヤー側に立ってみたからこそわかる葛藤ですね。

圭:「最近はことカフェの運営が忙しくて、西荻案内所としての活動は、X(旧Twitter)のリポストくらい。あんまりがんばらないことが継続の秘訣なので」

亜矢:「ことカフェの店番をしている日もあるので、その時は何でも聞いてください。私たちがいついるかは運任せですけど」

ことカフェで並んで出店していた二つの店が、たまたま空いていた二つの場所に入ったそうだ。左がPalms Park Coffee、右がcacika(この日はお休み)

Palms Park Coffeeの二階席が最高だった。もし西荻で誰かをインタビューをする機会があれば、是非ここを指定したい

チャイを思わせるスパイシーなジンジャーラテが晴天の下でとてもおいしかった

ぶらり西荻散歩

――西荻の住み心地はどうですか。18年住んでいる人に聞くのも野暮ですが。

圭:「とてもいいと思います。街がコンパクトで、徒歩圏内で大体なんでも揃う。スーパーは以前だと西友の一強状態だったのが、今はサミット、オオゼキ、ライフができて戦国時代。品揃えが良くて安い八百屋さんも多いです」

――スーパーのハシゴができる環境は最高ですね。

亜矢:「学校もたくさんあるけど、需要に対してファミリー向けの賃貸物件が少ないから、子どもが大きくなると引越してしまう家族も多いです。最近は家賃も高くなったみたいだし」

――物件がないことはないんでしょうけど、人気が高まってきたからこそ相場がちょっと上がっているのですかね。ちなみにおすすめの料理店はどこですか。

圭:「駅からちょっと離れますけど、コッポドヂーア(copo do dia)というポルトガル料理のお店は、タコがすごく柔らかいので一度食べてみてください。あと『西荻まち歩きマップ』に載っている店は、全部自信をもってお勧めできます!」

西荻在住なら誰もが知っている内田秀五郎像との記念写真

――野暮ついでに聞きますけど、西荻窪に移り住んでよかったですか。

圭:「人生が変わりましたね、そりゃあ」

亜矢:「住む町によるよね」

圭:「でもそれは僕らが積極的に、自分の体に吸収していこうって最初から住み始めているから。ただ寝に帰るのではなく、昼も夜もに居続けるつもりで住んだので、結果として素敵な人とたくさん知り合えた。そういう人との出会いが本当に大きいですね。会う人、会う人がおもしろいんですよ」

亜矢:「18年住み続けているのは、まずは大家さんの人柄を含めた物件の良さ。もう少し駅の近くの物件も紹介されたのですが、そっちだったらここまで長く住んでいなかったかもしれない」

――駅からちょっと遠いからこそ、そこを往復する間に素敵な個人商店との出会いがあったり、そこでの立ち話から物語が生まれるのかもしれないですね。

 

自分が住みたい町に引越したからといって、理想の人生がスタートするとは限らない。奥秋夫婦の場合、繋がりたいタイプの人や活動がしっかりとあり、そこへ積極的に自分たちができることをプレゼンしてきたことで、西荻窪という街と歯車がかみ合ったのだろう。

ポルトガル料理の柔らかいタコがすごく気になるので、例の地図を読み込んだ上で、また西荻に来ようと思う。

 

以下、お二人に案内してもらったスポットです。

ニヒル牛に行きましょう」と言われて、焼肉屋かと思ったらとても濃い雑貨屋だった

この日はタコの展示をしていた。ギャラリー的な店が多いのも西荻の大きな魅力。それにしてもタコがでかい

マイロード商店街の炭火焼鳥ちゃーりーでお土産を購入。気軽に本格的な焼き鳥を買えるのは羨ましい

紅茶とこけしの店、西荻イトチ。こういうニッチな店が成り立つのも西荻窪の奥深さ

ことカフェの近くにあるBREWBOOKSという個人書店。その奥は素敵な花屋、その向かいは動物に特化した文房具屋と、この付近だけでも気になる店がたくさんあってなかなか進まない

この規模の本屋だからこそ店主の価値観との距離が近く感じられ、自分に必要な情報が目に留まる。そういう店が西荻窪には多い気がする

この日は取材中に奥秋さんの知り合いと5回くらい遭遇した。どれだけ西荻に馴染んでいるんだ

 

西荻案内所

西荻案内所のX(旧Twitter)

西荻のこと

 

著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。同人誌『芸能一座と行くイタリア(ナポリ&ペルージャ)25泊29日の旅日記』、『伊勢うどんってなんですか?』、『出張ビジホ料理録』、『作ろう!南インドの定食ミールス』頒布中。

Twitter:https://twitter.com/hyouhon ブログ:https://blog.hyouhon.com/