都心から近いのに自然が豊かな調布市で、どうしても犬が飼いたくて中古の一軒家を買った話【いろんな街で捕まえて食べる】

著: 玉置 標本 

フリーのライター・編集者として、アウトドア雑誌やウェブ媒体などで活躍している藤原祥弘さんの住まいは、新宿から京王線で18分の調布駅が最寄り駅。

都心から近いながらも自然が色濃い調布市の藤原さん的名所を案内してもらいつつ、犬を飼うために一軒家を買ったいきさつ、瘦せた土の庭を豊かにする方法、自然から必要以上に搾取しないアウトドアでの遊び方などを教わった。

藤原さんが調布に来た理由

藤原さんは昭和55年生まれの43才。私が知っている限り、日本有数の「少年っぽい大人」である。

アイドル的な意味での少年ではなく、オニヤンマを追いかけてどこまでも走っていくタイプのほう。

玄関の前には藤原さんが選りすぐった「まっすぐな棒」がたくさん。私も参加したことがある火起こしワークショップの材料だ

――藤原さんの出身はどちらですか。

藤原祥弘さん(以下、藤原):「小さい頃は宮崎県に住んでいて、そこは山も川も海も近くて、生き物がたくさんいるところでした。夏休みになればヒラタクワガタで虫かごをいっぱいにするような少年時代。でも小学校2年生のときに父親の転勤で、東京の平井(江戸川区)に引越したんです」

――宮崎の田舎から東京の下町に引越したんですね。

藤原:「90年代の江戸川区っていうのは町工場だらけで、機械油と金屑で道がキラキラしていたんですよ。近くには革を干す工場もあって、いつも酸化した脂の匂いが街を覆っている。この脂の匂いと工作機械のモーター音が重なったうなりが、僕が持っている平井のイメージ」

――私はハゼがよく釣れる素敵な場所っていうイメージです。

藤原:「虫を捕りにいってもアブラゼミくらいしか見つからない街に引越したのは、結構衝撃でしたね。荒川まで行けばいろいろいたんでしょうけど、危ないから子どもは行っちゃダメな場所だったんですよね。だから、どっぷり浸れるような自然が身近に全然なくなった。

一番生き物が楽しい時期に東京へ来てしまって、それがものすごいフラストレーションで。どうにか耐えて耐えて暮らしていたら、小学校5年生の時に、新聞で多摩丘陵(高尾山麓から神奈川にかけての小さい山が続く地帯)で活動している自然観察会を見つけて、それで電車に乗って多摩丘陵まで通うようになりました」

「これ、すごいでしょう!」と見せてくれた、巨大スッポンの甲羅

藤原:「その自然観察会は大人の方が多くて、虫やら鳥やら植物やら、どこにでもいるような普通種でも、すごく魅力的に語ってくれる。そこで色々教えてもらったんですよね。

中学生・高校生になってからも、河川敷でずっと鳥を眺めていたり、電車に乗って遠くまで1人で生き物を見に行ったり。両親がちょっと困った人で、僕にとって決して居心地の良い家ではなかったし、当時はアトピーもひどくて。気の合う友達もあまりいなかったので、1人で自然観察をしている時間が長かったです」

――あれ、ガキ大将タイプじゃなかった。

「コーヒーでも飲みますか」と、豆を粉にするところから淹れてくれた。焙煎も自分でしているそうだ

藤原:「それで高校卒業後の進路に悩んでいたら、連絡を取り合っていた多摩丘陵の自然観察会のスタッフが、C・W・ニコルが名誉校長だった自然環境保全の専門学校の講師をやっていて、そこに誘われて入ったんです。当時はまだ大学に環境系の学科が少なかったし。

でも環境問題って知れば知るほど、なんかわかんなくなりますよね。現代的な大量生産・大量消費が前提になっている快適な暮らしをしながら『みんなで自然を守りましょう!』っていう活動をすることの矛盾というか、難しさみたいなのに参っちゃって。

地球上で再生産される食べ物やエネルギーの中に生活のレベルを収めていかない限りは、地球が蓄えてきた自然や化石燃料などをずっと乱費してくだけ。地球の人口が70億人いたとして、70億人が望むような生活をしたら、地球は長くもたない。これは今もずっと考えていることですけど。

自然保護で飯を食っていくのはちょっと辛いなと考えちゃって、卒業後も就職せずにプラプラしていたんです。そうしたら『outdoor』というアウトドア雑誌の編集部に拾われて、毎日ふらふらしてるんだったら仕事覚えろよっていう感じで、編集とライティングを仕込まれました」

――じゃあ一度も就職せず、いきなりフリーですか。

藤原:「1回も会社員経験がない。そして現在に至る。今思えば、一度でいいからサラリーマンやってみたかったな」

アイスコーヒー、ごちそうさまでした。

――平井の実家を出たのはいつ頃ですか。

藤原:「24才かな。友達が神奈川県逗子市にある小坪漁港近くにあった家に住んでいて、結婚して出て行くというから、入れ替わりで入らせてもらいました。大家さんの家の離れで6畳2間くらい。

海までダッシュで20秒だったから、早朝や夕方の良い時間にちょっと釣りをしたり、大潮の干潮に合わせて磯まで行ったりしてましたね」

――自然好きにとっては、最高の環境じゃないですか。

藤原:「その頃に結婚をして、子どもが生まれて。その家に家族3人で住んでいたんですけど、さすがにちょっと狭いぞと。それでかみさんが再就職したのを機に、新横浜から2駅の鴨居に引越しました。それが27才かな。

それからまた数年して、今度はかみさんが新宿にある会社に転職することになり、また引越したんです。そこはこの家からすぐ近くにある賃貸の一軒家。それが10年前かな。調布を選んだのは、もともとかみさんがこの辺出身で、実家が近いというのも大きかったです」

――最初に1人暮らしを始めた小坪の家以降は、奥さんの都合なのですね。

藤原:「夫唱婦随が逆になってるパターン。だんだん海沿いから内陸に流れてきました」

調布市深大寺周辺の住み心地

藤原さんが住むのは、調布駅北側の深大寺(じんだいじ)がある辺り。私は埼玉の自宅から車で訪れたのだが、外環を降りて一般道を南下していたら、急に「あれ、伊豆にでも迷い込んだかな?」と思ってしまうくらい、自然が豊かな場所に切り替わって驚いた。

自分の意志で調布市民になることを選んだのではないと言いつつも、藤原さんはこの街での暮らしが気に入っているようだ。

近所の楽しげなスポットを自転車で案内してもらった。ちなみに取材をした時期は7月上旬である。

藤原:「この辺りは国分寺崖線といって、大昔に多摩川が蛇行しながら削っていった場所。斜面が多いから、あまり開発されなかったんですよね。だから崖線沿いだけ緑がベルト状にずっと残っていて、その一角がここ深大寺エリア。

国分寺崖線を流れる野川に沿って、野川公園、武蔵野公園、国立天文台、神代植物公園、そして深大寺と続いている。

台地の上に降った雨が崖の際から湧き出るから、その辺の用水路を流れるような水もきれいな湧水なんですよ。野川にはアユが遡上するし、ナマズもたくさん泳いでいる。うちの横の川にもモクズガニとか普通にいます」

――いいなー。

台風の増水で、楽しみにしていたカラシナの種が流されて悲しそうだった

「野川は浅いから子どもも遊びやすいですよね。水遊びを覚えるにはすごくいい環境です」と言いながら……

そのまま一切の躊躇なく、ザブザブと川に入っていってびっくりした

湧水が豊富な土地なので、用水路を流れる水もすごくきれい

小さいながらも田んぼが残されている

田んぼがあるから水鳥もやってくる

藤原:「家から調布駅まで自転車で10分くらい、歩こうと思えば歩ける距離。かみさんの勤め先がある新宿駅までは京王線の調布駅から18分。それで自転車で行ける林でヒラタクワガタが採れるんだから、結構いいですよね!」

――住みよい街の基準がヒラタクワガタ。

藤原:「猛禽類の営巣が見られたり、自分の家の庭をタヌキが歩いていたり、なかなか楽しいですよ。多摩川を渡って多摩丘陵まで行けば、もっと緑のブロックが大きいところもあるんですけど、その手前であれば、ここが一番自然度が高いんじゃないかな」

「この木はよくカブトムシがいるんですよ」と案内してくれた

昼間はさすがにいないだろうと思ったら、すぐに見つかって驚いた

観察をしたらすぐにリリース。夜になれば樹液がカブトムシだらけになることもあるそうだ

――自然豊かな調布の住み心地はどうですか。

藤原:「物価はね、正直そんなに安くないんですよ。ついこの間、平井の実家に行ったら、スーパーとかで売っている食品がこっちよりも2~3割くらい安かった。

でも調布が高いというよりも、平井が特別安いだけかもしれない。果物も魚も安い。すごく安い店が一つあると、そこに対抗しなきゃいけないから全体が下がるんでしょうね」 

――私も前に平井の隣の新小岩に住んでいましたが、物価とか家賃だけで考えると、東京の東側の方が西側よりも安いイメージがあります。

藤原:「でも、こっちは暮らしやすさの質が違う。鍵をつけてない自転車をその辺に止めておくって、向こうだと考えられないじゃないですか。それが調布だと割と平気なんです」

――埼玉県民としても、それは考えられないですね。

奥さん:「考えられないということが、調布市民としては考えられない」

――自転車が盗まれない街、調布(保証はしません)

藤原:「こっちはお土地柄がいいんですかね。息子の同級生にもヤカラ(素行の悪い人)っぽい子がひとりもいないし。親御さんも、みんな人柄がいい。東京の東と西ではこうも雰囲気が違うものかと驚きます。自分が抱く江戸川区のイメージは90年代のものだから、今はもっと暮らしやすくなっていると思うんですけど」

「貴重なニホンミツバチの巣があるんですよ」と嬉しそうに教えてくれた。調布市としては安易に駆除するのではなく、そっと見守ってもらう方針のようだ。調布は虫にさえ優しい

野生のニホンミツバチの巣を初めて見て感激。確かに見ているだけなら襲ってくる気配はない。だからといって不用意に近づかない方がいいですよ

――ちなみにこの辺って、土地の相場はお高いんですか。

藤原:「結構高いですね。この家は築20年くらいだから、上物の評価額はほとんどなくて、土地だけの値段だったけど、それでも僕にはとても手が届かない。かみさんが正社員でがんばって働いているから買えたけど。というか、かみさんが買った家に住まわせてもらっているといったほうが正しいですね」

――新宿からすぐで、これだけ自然豊かなら人気も出ますよね。この家はそんなに古いっていう印象はないですけど、これくらいの築年数の中古住宅は、かなりお得なのかも。

藤原:「ちょっとずつ修繕しながら、自分達が生きてる間住めれば十分なんで。って言いながら、自分がここに骨を埋めるかっていうと、どうかなって。子育てと義理の両親の介護が終わったら、かみさんと相談しつつ、もうちょっと自然が濃いところに住みたいという思いはあります」

深大寺にはカニ山というちょっとした裏山もある

子どものソリ遊びを禁止するのではなく、歩く側が気をつけましょうという粋な注意書き

モデルのようなポージングで鳥を眺める藤原さん。

川があれば入る。そんな恰好で蚊に食われませんかと聞いたら「蚊が止まれないよう常に体を動かしていればいいんですよ!」とのこと

カニ山の由来であるサワガニがいる場所を教えてもらったが、カニは1匹もおらず5本指の足跡だけが残されていた。ここにも外来種のアライグマが増えているようだ

カニ山のすぐ横を走る中央自動車道。新宿まで車で20分とは思えない場所だった

犬を飼うために家を買う

調布市の賃貸物件に住んで10年目、昨年の5月に藤原一家が思い切って一軒家を購入した一番の理由は、どうしても犬を飼いたかったからだそうだ。

――犬は家族の誰が飼いたがったんですか。

藤原:「もう全員が飼いたかった。あまりに犬が欲しくなって、イマジナリーフレンド(子どもが生み出す空想上の仲間)の犬版として、みんなでイマジナリードッグを撫で始めたんです。エアードッグ」

――それは重症ですね。

藤原:「その実在しない犬を、誰からとなく『どんこ』と呼びかけ始めて、その1年後に保護犬をもらい受けた時に、そのままどんこという名前を引き継ぎました」

イマジナリードッグの名前を譲り受けた犬、どんこ

犬だけでなくインコなども飼っている。ほかに息子が捕まえてきた、アシダカグモ、ヒラタクワガタなど

「家の中が泥だらけになるから、自分で足を拭いてからあがれよって思います」といいつつ、庭と室内を自由に行き来させている

藤原:「息子が中学3年生なんですけど、一昨年くらいからちょっと精神的に落ち着かなくなりまして。それでうちのかみさんが『子どもの精神の安定には犬が必要だ。犬を飼うために家を買おう!』って宣言して、半月ぐらいで物件を決めちゃって、昨年の5月に引越して、すぐに保護犬をもらってきました」

――理屈はよくわからないけど、かっこいい。

藤原:「ここの前に住んでいた賃貸の一軒家でも、大家さんと交渉してはみたんですけど、どうしても犬を飼うのはダメだったんですよ」

写真提供:藤原祥弘

――で、息子さんは安定しました?

藤原:「安定しました。犬はうちの子に効果覿面でした。一人っ子だと、親の視線がずっと1人に向いてるから、あまり口を出さないようにしていても、どこか過干渉なんですよね。

常に視線があると感じるだけで、息子からしたらプレッシャーじゃないですか。僕がフリーだから基本在宅だし、コロナ禍でかみさんもテレワークで家にいることが増えたし。そこにもう1人というか、もう一つの生命体がやってくると、親からの注目が散るんでしょうね」

息子とどんこ。藤原さんに抱かれているときとは表情が違う

藤原:「うちの中で、犬と一番仲が良いのは息子です。 犬は序列を重んじるっていうから、父親である僕に懐くのかなと思ってたら、あんまりそういう風にはならなくて。

お父さんは嫌いじゃないけどちょっと怖い。お母さんはよく面倒見てくれる甘い人。息子は同じ目線で遊んでくれる兄弟みたいな関係性ですね。

散歩に行くのも息子とが一番喜びます。僕やかみさんと行くときとは顔つきが違う。

どうせ家を買うのなら、前の家に引越す10年前に買って、もっと早く犬を飼えばよかった」

――賃貸の家賃を払い続けるよりも、早めに家を買ってローンの支払いをした方がいいという話はよく聞きますね。

奥さん:「賃貸と持ち家、どっちが得かみたいな議論がよくあるけど、両方にメリットとデメリットはありますよね。

例えば息子が中学3年生ですけど、遠いところの高校に通いたいとなったら、賃貸ならパッと家族全員で引越せる。また私がどこかに転職するかもしれないし。賃貸の方がフレキシビリティは圧倒的に高いです」

藤原さんに負けないくらい動物好きの奥さん

――でも犬を飼うとなると、賃貸だとなかなか難しい。

藤原:「僕が家を買ったわけじゃないけど、やっぱりローンは心配ですよね。本当はできるだけ身軽でいたい。今はどんな会社だって安泰ってことはないし、体を壊したりするかもしれないし」

奥さん:「そうなるかもしれない。だからいろんなものを諦めて、この子が来たんだよ。それでも、どんな代償があったとしても、どんちゃん来てくれた方がよかったよね」

生ごみを埋め続けると、庭の土は変わっていく

藤原さんの家にはちょっとした裏庭がついている。すぐ横を用水路が流れているため、車を置いたりはできない場所で、北東向きで日当たりはあまり良くなく、土も痩せているが、どんこちゃんの遊び場としては十分だし、楽しむ程度になら野菜も育てられるそうだ。

宅地造成したときに余ったのか、道路に面していない裏庭がついていたのも、ここに決めた理由の一つ

「なにか食べられる野菜はあったかな」と庭を探す藤原さん

藤原:「ここの土は砂だらけの建設残土らしく、めちゃめちゃ痩せていた。でも生ごみを埋めていくことで、少しずつ変わっています。良い土を入れちゃえば簡単に野菜の育ちがよくなるんですけど、客土って他所にある豊かさをぶんどってくることだよなぁ、って気づいて、生ごみを使った土壌改良をしています。

最初は分解性能の良いコンポストを使っていたんですが、生ごみが二酸化炭素と水にまで分解しちゃうから、残渣がなにも残らない。土の栄養にならないんですよ。生ごみを処理したいだけだったら、すごく良いシステムなんですけど、あまり他の生き物の役には立たない感じがある。

いろいろ試してみた結果、庭にちょっと穴を掘って生ごみを入れて、その上に刈った草を積んでおくっていう雑なやり方が、ごみが分解される途中でいろんな生き物の餌になるし、腐葉土として残る量も多い気がする。微生物だけでなく、ミミズやゴミムシが集まってきて賑やかになるんですよ。

生ごみという有機物が分解されていく過程で、それをいろんな生き物が利用できたほうが、トータルで養える命の総量が増えるのではというのを最近ちょっと考えていて。たまにカボチャが生えてきたりもするし」

――生ごみを可燃ごみに出して焼却したり、コンポストで効率的に分解するのではなく、ゆっくりと自然任せにすることで、そこで養える命があると。

藤原:「前の家も引越してきたときはすごく痩せていたんですよ。でも10年ぐらい生ごみを入れ続けたから、退去するときはホクホクの良い土になっていて、土ごと引越したかったくらいです」

キャベツは収穫した後もそのまま残すと、次々生えてくる脇芽が食べられるし、うまくいけば再び結球するそうだ

とてもおいしくできたという桃

シソ、エゴマ、パクチー、バジル、ミツバ、青唐辛子、ネギ、ニラなど、あるとうれしい薬味類が、庭のそこかしこに生えている

ウドは最初に生えてくる新芽だけでなく、刈り込むと新しく出てくる若葉を摘んで食べることができるそうだ。遠くの山ではなく家の裏の庭だからこそ可能な収穫方法

ミニトマトはたくさんできたけど、日光や肥料を多く欲するキュウリやナスは試行錯誤中

埋めた生ごみから勝手に生えてきたカボチャ

藤原:「台所の窓には、裏庭への排水システムを設置しました。うどんとかを茹でた時に、BOD(生物化学的酸素要求量、水質指標の一つ)が高い水を下水に流しちゃうじゃないですか。

水の中の有機物が多すぎると、その分解に微生物が酸素をたくさん使い過ぎて酸欠を招き、水が腐った状態になってしまうことがある。だから、うちは麺類を茹でたお湯とか、カレーの鍋を洗った水とか、できるだけここから庭に流すようにしています」

藤原さん自慢の排水システム。この向こうに台所がある

庭で刈った草を積んでおくと、排水のおかげで水分と栄養が豊富なので、微生物やらミミズやら虫やらが大集合して土へと分解していく。周囲にあるシソの育ちっぷりがすごい

藤原:「ここに庭で抜いた草を1年間積み続けてるんですけど、台所から水と養分が供給され続けるから、それを求めて生き物たちが集まってきて、草が土へと分解されていく」

――トータルで養える命の総量が増える、というやつですね。

藤原:「まだ引越してきて1年だから堆肥とまではいかないですけど。生物のバランスがとれていると、あんまり匂いは出ないし、特定の虫が増え過ぎるということもない。

このシステムを導入してからは、排水に対する意識がすごく変わりましたね。塩分や油分が多いものは庭に流せない。庭に流せないものは下水にも流したくないじゃないですか。

――地球に負担を押し付けているのではと。

藤原:「だからラーメンをつくるときにスープを半量に減らして、飲み切れるようにしてみたんですよ。でもスープが少ないと、なんか麺がデロッとしておいしくないんですよね。たっぷりのスープに泳がせたほうがおいしいけど、それを地球のためにと飲み干したら塩分過多になる」

――ラーメンを食べるのも大変ですね。自分の中でどこまで許容するのかという話ですが。

藤原:「こういう葛藤の中で、環境にも体にも負担の少ない食べ方を検討しています。だからラーメンよりもつけ麺が多くなりましたよね。魚の煮付けなんかも、煮汁を少なめにつくって片栗粉でとろみをつけて、皿に汁が残らないようにしたり」

たどり着いた自然との関わり方

以下はアウトドアライター同士の雑談である。

ご興味のある方はどうぞ。

――ラーメンの話もそうですけど、環境問題を気にしすぎると、楽しかったことが楽しくなくなりませんか。もちろん全員が考えなければいけないことですが。

藤原:「やっぱり若い頃は、魚突きでも釣りでも、でっかいクーラーボックス満タンみたいな捕り方をしていた。チヤホヤされたかったから。

でかい魚をたくさん捕れる能力が自分に備わってるっていうことに興奮していたから。今思えば、イタチが鶏小屋に入って、食べない分も全部殺しちゃうみたいな心理だったと思う。

でも30才くらいになると、生き物がいる環境が好きなはずなのに、自分がその場に行くことによって、その楽しい状況が悪い方向にしか転ばないっていうことに、すごく引っかかるようになったんですよね」

――自分が魚を捕れば、その数だけ魚が減ってしまう。

藤原:「ある小さな島で魚と共に暮らしてきた漁師達がいて、そこに都市で便利な暮らしをしてる僕みたいなやつが来て、法律でオッケーだからって大きな魚を抜いていくってことは、やっぱり道理が通らないとようやく気が付いた。

一時的な欲求を満たすことよりも、この豊かな海の中で、たくさんの魚とずっと泳ぎ回っていられる状況を守るほうが大切なんじゃないか。

どれだけ獲物がいたとしても、胃袋なんて一つしかないじゃないですか。だから旅先では食べる分の一匹を捕ったら、もうそれでいいんですよね。クーラーボックスは持っていかない。あると捕りすぎてしまう。そういう考え方は、『“無人地帯"の遊び方』という本を書きながら、すごく学びました」

藤原さんも著者に名を連ねている「“無人地帯"の遊び方」

――アウトドアライターとしては、生き物を捕まえる方法とかが書きにくくなりませんか。

藤原:「例えばペットボトルを使った昆虫採集用のトラップ。あれって簡単につくれて、たくさんカブトムシやクワガタが採れる道具ですけど、乱獲に使われたり、放置されたトラップのなかで虫が死んだりしている。限られた人だけ知ってればよかった情報が、節度が効かない人だったり、後始末のできない人にも伝わってしまうのが怖い。

だから、もう野生の食材や生物を効率的に採取する技術や、採集欲をあおる記事を書くことを諦めました。そういう記事ほどニーズがあるし閲覧数も伸びるんですけど。

企画を思いついたら、それを発信することが環境に対してプラスに働くかマイナスに働くかを考える。マイナスになるようなら記事化しない。そう決めたら、もうほとんど何も書けないですよね。今は外来種の有効利用ぐらいしかないんじゃないですか」

――よくわかります。

藤原:「そういう心境の変化からのミツバチなんですよね」

――ミツバチ?

藤原:「生き物とは基本的に遊んでたいんですよね。じゃあ、その欲求をどういう風に発露していくのかっていうのを考えた時に、自然が目減りするような遊び方よりは、涵養(かんよう:ゆっくりと養い育てること)する楽しみ方にシフトしていった方がいいなと。

自分が介在することによって、自然環境がちょっとでも良くなるような楽しみ方にシフトする。そこで養蜂です」

裏庭に設置されたニホンミツバチの巣箱。この巣箱がある側に民家はない

藤原:「野生食材を捕って食べることって、自分の採集が 自然界からの搾取になっちゃうじゃないですか。一方的に奪うだけで、生き物とか環境には良いことは何もない。

自分が楽しむことで生き物が減ってしまうという事実に、『よだかの星(宮沢賢治の短編小説)』みたいな気持ちになってしまい、採集も魚突きも楽しくないなっていうタイミングで、そういえばニホンミツバチを飼うのはどうだろうと思い出したんです。

まだ宮崎に住んでいた頃、向かいに磯野さんという名前の魚屋さんがいたんですよ。その人が野生食材に詳しくて、ミツバチも飼っていたんです。物心つくタイミングだったから、かっこいい男っていうのはこういう人のことだっていうのが、そこで刷り込まれました」

――その頃の記憶が呼び覚まされましたか。

藤原:「さっき自然の中にある巣を見てきましたが、巣をつくるのに必要な樹洞(じゅどう)が、もう今はあまりないんですよ。

数を減らしてる在来種のニホンミツバチが分蜂(新しい巣を求めて、女王蜂と働き蜂が集団で旅立つ行為)していたら、ここへどうぞと住みやすい巣箱を提供することで、この地域における命の循環拠点が生まれる。

ミツバチは植物の受粉を助けるし、ミツバチ自体がツバメなどのエサにもなる。銀座のビルでもミツバチを飼うようになったらツバメが増えたという話があります。巣箱があることでヤモリとかも集まってくる。ミツバチをハブにして近隣の自然が豊かになるし、豊かだからこそ、僕は蜜を少しもらうことができる」

――お家賃として。ウィンウィンじゃないですか。

中身が気になったので、無理を言って採蜜をしてもらった。巣箱を開けるとみっちりと蜜が詰まっていた。すごいな

一段分だけを家賃としていただく

そしてそれを一口いただく。ニホンミツバチの蜜、超うまい!

藤原:「そういう感じで、自然から搾取しすぎることもなく、自分の手元の中に置きすぎず、 地域の生き物と関わりを持てる。強制的に留めている訳ではないから、ここが気に入らなかったら、何も言わずに出て行ってしまうような薄い関係。野生の生き物との関わりは、これくらい淡いのがちょうどいい気がします。

今年で3年目ですが、うまくいけば年2回の採蜜で、ハチが食べる分をしっかり残しても、10リットルくらいの蜜が取れるから、自家消費する分は余裕で賄えます」

――ホットケーキに掛け放題だ。巣箱がたくさんほしくなりますね。

藤原:「でも一か所でたくさん飼うのは、あまり正しくないなっていうのはちょっと思い始めている。ミツバチが多すぎると、他の生き物が吸うはずだった分まで取っちゃっているかもしれない。その花を利用してる別の生物もまたいるので、必ずしも養蜂イコール善でもない」

――ミツバチが増え過ぎることも、バランスを崩す原因になるかもしれないと。

そして2階から息子にロープを投げてもらい、巣を吊り上げて、蜜を抜いた空箱を一番下にセットする。自分の裏庭だからこそできるローテーション方法である

養蜂の正しいやり方はあえて調べず、自分なりの方法を考えるのが楽しいそうだ。「勉強もせずに守破離の破から始めて、失敗しては守に戻ってます。効率は悪いけど身をもって知れるのが自分には合っている」

――いつかはもうちょっと自然が濃いところに住みたいという話がありましたけど、もし自分都合だけで選ぶとしたら、どこに住みたいですか。

藤原:「今の働き方を続けるなら三浦半島あたりかな。そのあたりなら取引先から、そこまで遠いって思われないから。テレワークでどこでも仕事ができるといっても、新潟とか伊豆とかに引越した同業の友達は、やっぱり発注が減るって言っていました」

――仕事を考えなければどこがいいですか。

藤原:「思い切って四国か九州か、みたいな感じかなあ。高知とか宮崎は山も川も海もよくて、温暖だから一年中遊べる。奄美大島もいいし、冬以外なら佐渡島もいい。仕事でいろんなところに行ったから、良いところをいっぱい知っていて、なかなか一か所に絞れない」

――迷いますよね。

藤原:「そこで谷を1つ、自分のものにしたいんですよ」

――え、谷?

犬や養蜂もいいですけど、心の安定には製麺機もお勧めです

藤原:「好きに使っていい谷が欲しい。海へとつながる集水域。谷の両側の斜面が自分のものになったら、そこで桃源郷とは言わないけど、自分一人が関わって、どれくらい場が豊かになるかを試してみたい。

庭に植える木によって、集まる虫が全然変わるし、飛んでくる鳥も変わる。そういうのを見てると、土地を有効に使うにあたっての最適解って、きっとあるんですよね。

うちの庭木も元からあるのは切ってしまい、全部果樹にしようと思っていたんですよ。でも、もたもたしてるうちに今ぐらいの季節になって、花がわっと咲いたら、めちゃめちゃ虫が来たんです。それで冬になったら、今度は実を鳥が食べにくる。

人には全然役に立たないけど、その場を豊かにする木っていうのもあるんだなって、ちょっと教えられました」

虫や鳥が集まる庭木だとわかり、切らずに残すことにした

藤原:「だから、僕に老後があるとすれば、その場の豊かさを最大化するような遊びに時間を使いたい。すごく大規模なビオトープをつくって、自分もそこの住人になりたい」

――山が欲しいっていう人はたまにいますけど、谷が欲しいってのは初めて聞きました。そして魚や昆虫と同列の存在としてビオトープに住むと。

藤原:「これまでの日本の自然利用って『とにかくたくさん自分のものにする、あとは知らない』って姿勢だった。その結果、海も山も痩せちゃった。東京湾だって5年前はひとかきでゴロゴロとアサリが出たけど、今はさっぱりになってしまった。

採る前にはやっぱり、増やさなきゃいけないんですよ。それもただ採らずに我慢するんじゃなくて、アサリにつながる水環境全体を良くするような形で回復させる。今、水産物が獲れないのは、全体が痩せたからですよね

――イカもサンマも海苔もダメですね。海だけじゃなく、山も川も痩せている。

さあ奥さんもハンドルを回してください。製麺機が欲しくなってきたでしょう。

藤原:「みんながそろそろやべえぞと思うようになって、せめて自分の周りを少しずつでも豊かにしようと思い始めた気運が、今のビオトープブームに表れているんだと思います。庭に池をつくって草木を植えて、野生の生き物が住める空間を創るのがすごく流行ってますよね。

自然と完全に切り離した世界で生物を飼うのではなく、自分の周囲を豊かにすることで、生き物に来てもらうような楽しみ方のブームが来たのはすごい良かった。

ミツバチを飼うのは、おそらくそれと似た感覚じゃないかな。飼っているというよりは、生活空間を共有するというか、相互乗り入れをするような感じ。ミツバチを仲立ちにして、地域の自然と自分の体がつながるのが楽しい。ミツバチはどうやっても囲い込めないところも、欲の深い自分にはちょうどいい。生き物を自分のものにしないで、いかに楽しむかを考えさせてくれます」

ニホンミツバチの蜜をたっぷりと使った冷やし中華をつくってもらった。藤原さん理論によれば、スープがないのでラーメンよりも環境負荷が少ない料理である

麺を茹でて、そのお湯で洗い物をして、裏庭に流して生き物に分解していただく

藤原さんの庭で採れたもの、私の畑で採れたもの、昨日釣ったイサキなどでつくった特製冷やし中華。絶品

自家製麺はおいしいし楽しいけど、藤原家に製麺機は不要という結論になった。後日こっそりと藤原さんから製麺機購入の相談がきたのは内緒だ

【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事 

suumo.jp

著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。同人誌『伊勢うどんってなんですか?』、『出張ビジホ料理録』、『作ろう!南インドの定食ミールス』頒布中。

Twitter:https://twitter.com/hyouhon ブログ:https://blog.hyouhon.com/