著: 玉置 標本
写真提供:佐伯真二郎
地球上の人口増加に伴う食糧不足・環境問題の解決策の一つとして、飼育に伴う温室効果ガスの排出量が少なく、また飼料変換率が高い「昆虫」が注目されている。人間の食糧としての昆虫養殖だ。
日本でも無印良品がコオロギせんべいを開発したり、渋谷パルコに昆虫が食べられるレストランができたりと、その勢いを確かに感じつつも、まだまだごく一部の人の嗜好品という印象がある。大多数の人が、日常的に昆虫を食べる日は本当に来るのだろうか。
伝統的に自家採取による昆虫食が当たり前のラオスで、貧困層の家庭にゾウムシの養殖を提案し、栄養状態の改善を狙うプロジェクト(意味が分からないと思いますが後程説明します)に昆虫専門家として協力している佐伯真二郎さんに、なぜ虫を食べ始めたのか、おいしい昆虫10選、昆虫食の可能性、ラオスで養殖に携わった話などをじっくりと伺った。
ショウジョウバエの研究から昆虫食を勧める蟲ソムリエへ
佐伯真二郎さんは1985年生まれの34歳。その見た目が『風の谷のナウシカ』に登場するクロトワに似ているから、「蟲喰ロトワ(むしくろとわ)」と名乗ることもある。その経歴は昆虫研究一色だが、別に最初から食べることが目的ではなかったようだ。
ラオスで養殖したゾウムシの幼虫を手にする佐伯さん。写真提供:佐伯真二郎
・2008年:東北大学理学部を卒業後、同大学の修士課程へ。情報科学研究科で「ショウジョウバエの味覚の神経伝達」を研究。
・2011年:首都大学東京(現在の東京都立大学)の博士課程へ進み、「ショウジョウバエの学習と記憶のメカニズム」に着手。食用昆虫科学研究会に初期メンバーとして参加。
・2012年:神戸大学の博士課程へと入り直し「トノサマバッタの飼料食用化」を研究。「蟲ソムリエへの道」というブログをスタート。
・2014年:食用昆虫科学研究会がNPO法人化、理事長に就任。
・2015年:単位取得退学後、個人事業主として「蟲ソムリエ」を名乗り、現在まで381種を試食。昆虫食のイベント等を行う。
・2017年:NGOの一員として、ラオスでの昆虫養殖に昆虫専門家として協力。翌年からは長期滞在。
・2020年:新型コロナウイルスの影響で一時帰国。
ショウジョウバエを研究していた学生は、いつの間にか蟲ソムリエとなり、東南アジアのラオスでNGOに協力。一体何があったのだろう。
佐伯真二郎さん(以下、佐伯):「昆虫食の研究は2008年、修士一年で趣味として開始しました。ショウジョウバエの研究をしていて、その養殖をするうちに『ハエって食用にいけるんじゃないか?』という発想と、『いやいやこんなの食べたくないよ!』という想いが頭の中でぶつかり、おやおやって思って、昆虫は食用としてどうなんだろうというところに決着をつけたくて食べ始めました」
――食べられるはずなのに食べられない理由を求めて、ですかね。
佐伯:「最初は昆虫料理研究家の内山昭一さんの『楽しい昆虫料理』という書籍を読みながら、マネできるところから食べてみました」
――その本、私も持ってます。おいしかったですか?
佐伯:「そうですね。食べてみたら、食べない理由はないなっていう印象です。比較的地味な味。とりたてて強い味がある訳ではないけれど、これが食用とされない理由はないという味でした」
――自分でつくった記念すべき最初の昆虫料理はなんでしたか。
佐伯:「サクサンというヤママユガ科のガのサナギです。中国で食用とされているので、上野のアメ横で中華食材として冷凍が売られていました。内山さんの本には、癖のある匂いがすると書かれていたので、半分に切って味噌を塗って紫蘇で巻いてトースターで焼きました。クルミの代わりにサクサンを使った、仙台名物の紫蘇巻き風です」
――さすが東北大学出身。サクサンの紫蘇巻きですか。
サクサンのサナギ。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「食べると意外と普通だなという感じで、飛び切りおいしいとか、びっくりしたというよりは、なにか他のもので再現できそうなくらいの地味な味。ナッツやエビのような、味噌に馴染む香りでした。驚きのない味だったんです」
――自分が食べてきたものの延長線であり、驚きがないことが驚きだったと。
佐伯:「人に昆虫食を勧めるとなると、食べる価値があるものが欲しい。グルメ欲求があると思うんでよすね」
――他にない味がするとか、ものすごく栄養価が高いとか、食べる理由がないとわざわざ食べませんね、虫。
佐伯:「僕はどちらかというと、地味な味というか、普通の味であることが気になっちゃって。地味な味なら、それを食べ物の選択肢から除外する理由はないだろうと。皆さんが気にするのは『食べるべき理由が欲しい』ですが、僕としては『食べない理由などない』です」
――なぜ食べるのか、ではなく、なぜ食べないのか。
佐伯:「地味で普通の味の昆虫から、味わいとかおいしさを引き出すみたいな料理法が気になってレシピの開発をするようになり、『蟲ソムリエへの道』というブログを開設します。やっぱり、どうやって食べたらいいか分からないじゃないですか。情報が足りないと感じたのと、情報を発信することで、そうじゃないよと教えてくれる人が現れるかなと思って」
――昆虫食の情報を発信することで、より深い情報を受信する狙いがあったんですね。
佐伯:「昆虫食が趣味の人と、バッタはこんな味、コオロギはこんな味、クモはこんな味とか、ざっくりとした話はできるんですけど、実際食べてみると本当に一種類ごとに味が違うんです」
――エビとかカニも種類によって味がかなり違うので、言いたい事は分かります。
佐伯:「特に訳が分からないのはカメムシですね。『ざっくりいうとカメムシってこんな味です』っていう説明が難しい」
――食べたことのある人から、パクチーみたいだっていう話を聞きましたが。
佐伯:「パクチーの香りがするのもあれば、青りんごみたいに全然違う香りのもあって。ヨコヅナサシガメという黒と赤と白の明らかに警戒色をした種はケミカルな匂いで臭く、テンションが下がっていくまずさ。カメムシ科はそれだけ難しいんです。昆虫をきちんと調べて、種類を同定して、そこから味をみないと、ここから先は細かいことをなにも言えないなという行き詰まりを感じて、昆虫の味見をブログではじめました」
ホオズキカメムシ。写真提供:佐伯真二郎
――『蟲ソムリエ』の意味は、ワインのソムリエみたいに料理に合わせた蟲を紹介できる人ということですか。
佐伯:「ワインのソムリエよりも、そこから派生した野菜ソムリエみたいなイメージです、実は。食べ方を広める、適切な人に適切な虫をお勧めする役割。 昆虫がおいしいことを知り、『なんで誰もオススメしてくれなかったんだ』という思いと、『他人にオススメするとなるとかなり難しいぞ』という挑戦のしがいを感じて、自分が案内する側になろうと決めました」
――日本だとイナゴやカイコ、あるいはザザムシなど、地域によっては昆虫を食べる文化が今もあって、それを安易にゲテモノ扱いする風潮が昆虫食の一口目を阻んでいるのかも。中途半端に知っているからこそ、イメージが先行して食べる前から拒絶してしまう。
長野が誇る食文化、ザザムシの佃煮。地元の人の話だと、海辺の人が潮干狩りをするみたいに、自分で採ることもあったとか
佐伯:「昆虫料理研究会の人が調べたところ、高齢者の中には戦時中に仕方なく昆虫を採って食べた経験がある人も多く、虫なんて食糧難にいやいや食べる救荒食物というイメージがついてしまっているという課題もあるようです」
――2011年にできた食用昆虫科学研究会というのは何ですか。
佐伯:「もともと昆虫食を研究テーマとする大学生や大学院生同士、議論や相談などのやり取りをしていて、それを会として整えたものです。2014年にNPO法人化しました。現在のメンバーは27人で、学生さん、卒業生、大学の先生などです」
――その会での活動もあり、大学院での研究テーマも昆虫食にシフトしようと、ショウジョウバエからトノサマバッタになったんですね。
佐伯:「研究者になりたい気持ちが強かったので、トノサマバッタの研究をするために神戸大学へ進みました。実際に通うのは筑波にある農業生物資源研究所です。当時は人間用の食糧化にまだリアリティがなかったので、『家畜飼料・食用化』として養殖魚の飼料などを含めて。僕としては人間用食料の研究でしたが」
――時代が少し早すぎたんですかね。
佐伯さんの人生を変えたトノサマバッタ。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「そこでは研究者がいろんな昆虫を飼っていたんですね。なのでいろんな研究室に顔を出して、味見させてくださいってお願いして。3年間在籍したけど卒業の要件となる論文が仕上がらずタイムリミットが来てしまい、単位取得退学(論文以外の単位を取得しての退学)。卒業の許可が出るくらいインパクトのある成果が出ませんでした。それで結婚して、個人事業主の蟲ソムリエとの兼業主夫となり、昆虫食のイベントなどをしつつ、引き続き論文を書いていました」
その後なんやかんやあって昆虫養殖に協力するためラオスへと渡ることになるが、その話を伺う前に、読者の皆様も気になっているであろう昆虫の味について詳しく説明してもらおう。
昆虫のおいしさを点数化するための5項目
蟲ソムリエとなった佐伯さんが、これまでに試食した昆虫の種類は、国内外を含めてなんと381種(2020年5月現在)。さらに卵、幼虫、サナギ、成虫と、成長の具合で食べ比べた場合をそれぞれ数えれば、613パターンにも及ぶ。
魚でも卵、幼魚、成魚と味はまったく違うので(イクラとサケ、シラスとイワシのように)、成長度合い、あるいは性別などで評価を分ける必要があるのだ。
――昆虫の味って、どうやって評価するんですか。
佐伯:「揚げるとどうしても似たり寄ったりになって、もともと持っている風味が飛んでしまうので、すべて茹でて味見をしています。最初は塩やポン酢をちょっとつけていたんですけど、最近は何もつけずにそのままで。料理ではなく素材の味として楽しんでいる感じです」
――茹でただけ!
試食用に茹でられたタイワンオオイナゴ。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「昆虫のおいしさを点数化するスケールを開発してからスコアを付けはじめました。『見た目』『香り』『喉越し』『味わい』『伸びしろ』の5項目、20点ずつの100点満点です」
――すみません、項目の意味は分かるのですが、そこにどう点数を付けるのかが分からないので、それぞれ詳しく説明してください。
佐伯:「『見た目』は視覚。僕の完全な主観です。例えばケバエの幼虫みたいに色合いが悪くて汚らしい雰囲気があるのは点を下げています。毒々しかったり、警戒色だったりも。シャチホコガの幼虫は20点満点で2点ですね」
――食べ物としての認識しやすさ、ですかね。カブトムシはかっこいいから高得点とかではなく。
佐伯:「かっこいいも実は混ざってきています。それと食べ始めた当初から自分の変化を感じるんですけど、採点基準がずれてきていて。過去においしい経験があると、それに近い見た目のものが、おいしそうに見えてくる。スコアリングに揺れが生じてきているんです」
――ナマコとかウニとか、珍味系も一緒ですね。食べたことがあるからこそおいしく見える。一般人にとってのおいしそうと、佐伯さんにとってのおいしそうって、そんなに違うんですか。
佐伯:「例えばジョロウグモは226パターン目として試食したんですが、おいしそうに見えるので視覚が20点満点で18点」
――これまでの経験があっての高得点ですね。私だったら4点かな。多くの人は1点かも。
秋になると赤く色づき、佐伯さんにはおいしそうに見えるジョロウグモ。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「『香り』は嗅覚。茹でたとき、口に入れたときの香りですね」
――例えばアゲハチョウの幼虫だと、エサである山椒やミカンの香りが触角から強烈にしますけど、あれは加点ポイントなんですかね。
佐伯:「それはプラスに評価しています。山椒を食べさせた幼虫は風味が強く、一番スコアが高いです。サナギになっちゃうと消化管の中にあるものを出してしまうので、風味がほとんど消えてしまうんですね。なので香りのスコアは幼虫の方が上。幼虫とサナギで評価が違うことはよくあって、嫌な苦みのあるものを食べている幼虫だと、サナギの方が苦みが減るので味のスコアは上がります」
――奥が深い。
危険を感じると匂いの強い触角を出すアゲハチョウの幼虫。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「『喉越し』は触覚です。飲み込んだときにひっかる感じがあったり、つるっとしていたりの差。それと噛んだときの食感。採点のイメージは、鳥とかコウモリが虫を食べる様子からきています」
――え?
佐伯:「食べやすさですね。ガの成虫って鱗粉で体を守っているから粉っぽいの分かりますか。あれって茹でて食べると本当に喉越しが悪いんです。桃の皮を剥かないで食べるのにも似た感じで。喉越しの悪さっていうのは、食べたいか食べたくないかにすごく影響すると思って。コウモリは空気ごと餌をスっと吸うんですが、ガはえらい喉越し悪いだろうなという、コウモリの気持ちを考えながら入れた項目です」
――コウモリの気持ちを考えたこと、今までありませんでした。他に喉越しが悪い虫っています?
佐伯:「タランチュラとかですね。毛がすごく強いので」
ローズヘアータランチュラはカニ系の味。蟲ソムリエの「蟲」は昆虫を含めた小動物全般。昆虫ではないクモやサソリなども、広い意味で昆虫食の範囲内として扱っている。撮影:写真提供:佐伯真二郎
――茹でたタランチュラ、確かに喉越しが悪そうです。小型のケガニを殻ごと食べるみたいな話ですよね。逆に得点が高いのは?
佐伯:「つるんといけるのは幼虫とか前蛹(ぜんよう:サナギになる直前の幼虫)ですね。サナギになると、あまり弾力のある表皮ではないので、噛んだときに好ましくないテクスチャー感がある。前蛹は弾力があるので、ウインナーの皮みたいに歯ごたえと弾力があって食感がいい。喉に引っかかる感じもない。高得点です」
――は、はい。
佐伯:「『味わい』は味覚、テイスト。旨味とコクの強さ。やっぱり強いほどおいしく感じます。好ましい酸味があったり、特徴的な風味があるのもいいですね。苦みがあってもバランスがとれていればおいしく感じることもあって、逆に唐突だと感じる苦みは評価としてはマイナスになります。特に口に張り付いた感じで、持続してずっと残っていくような苦みはテンションが下がります。まずいもの(毒的な意味で)を食べてしまったんだろうかという不安」
――その辺はキノコとか野草と一緒ですね。そこまでいくと味の評価云々のレベルじゃないですが。
佐伯:「最後の『伸びしろ』はポテンシャル、食品としての将来性です。養殖の可能性、入手の簡易さ、危険性など。単純に味だけで考えると、例えばカミキリムシの幼虫とかサナギって、ピュアな味でおいしいですよね。でも生の木を食べて枯らしてしまうので、育てようと思うと歩留まりの悪い養殖方法になっちゃう。昆虫食の将来性というところまで見るのがスコアリングの目的なので、伸びしろがなければ、たとえ他の項目が高くても、私のランキングでは上位にこないんです」
――どんなにおいしくても、それが安定して確保できなければ、食品として流通させられないですからね。単純に100点満点で点数をつけるのではなくて、細かく項目に分けて採点することで、利用目的による長所と短所が見えてきそうです。
蟲ソムリエが選ぶおいしい昆虫10選
せっかくなので佐伯さんがお勧めする昆虫10種を教えていただいた。伺ったことを漏らさず書いておくので、興味のある方は読んでみてほしい。虫が苦手な人が読むと(そういう人がここまで読んでくれているかは謎だが)鳥肌が立つ表現の連続かもしれない。
■トビイロスズメ
スズメガ科のガ。幼虫と前蛹は茹でただけでもおいしく、中国では養殖もされているらしい。前蛹のまま越冬することができるので、秋から翌春まで常温保存も可能。保存性という意味で将来性が高い。
幼虫のエサはクズの葉っぱで大丈夫。野生のメスを採って卵を産ませ、育てたものを試食したことも。噛むとはじける体液に豆の濃いだし汁のような旨味があって、十分に脂肪のコクもある。噛んだときにパシっと外皮がはじける感じから「グリーンシャウエッセン」と呼んでいる。
グリーンシャウエッセンと名付けたくなるトビイロスズメの幼虫。写真提供:佐伯真二郎
■エリサン
ヤママユガ科でサクサンと同じグループ。糸をとる目的でインドで家畜化されたカイコの一種。ただしカイコガ科ではなくヤママユガ科で、野蚕(ヤサン)と呼ばれる。カイコガは家蚕(カサン)。日本には明治時代に輸入されたものの子孫が細々と飼育されている。野生では近縁のシンジュサンがいる。
日本でも食べられているカイコガのサナギは、繭に入った状態で茹でて、糸を紡いだ残りなので風味が落ちている。繭ができたところですぐに切り開いて食べると味は良いが、糸が切れてしまうので繭の商品価値が無くなる。エリサンの糸は短い繊維が束になっているタイプで、一本につながっている必要はない。繭ができたらすぐに切ってサナギになる前の前蛹(サナギよりうまい)を取り出しても、その繭は繊維として利用できる。食用と繊維用の両立という意味ではカイコガよりも可能性あり。
繭から糸もとれるエリサンの幼虫。写真提供:佐伯真二郎
■ナミアゲハ
コブミカンの葉にいたアゲハチョウの仲間。サナギはほのかに柑橘の香りがして、日本のナミアゲハより香りと味のバランスがいい。コク深い味わいと淡白味、そして少しの苦味がおいしい。
前蛹はサナギよりもさらに柑橘の香り残っており、淡白な味で粒状の食感があり、外皮がほどよく弾ける。
コブミカンを食べて育ったナミアゲハ。写真提供:佐伯真二郎
■トノサマバッタ
都内で大学院生をしていたころ、多摩川の河川敷でバッタを採って揚げて食べる「バッタ会」をよくやっていた。独りでやって二時間で38匹捕れたが、カロリー的に収支はマイナス。養殖できたらコスパがいいんじゃないかという発想が、バッタ研究のきっかけとなった。
イナゴはイネ科を食べるため稲藁みたいな匂いだが、トノサマバッタは茹でるとトウモロコシみたいな香ばしく甘い香り。大きいので食べ応えもあるためイナゴよりも評価が高い。
おんぶをしているトノサマバッタ。写真提供:佐伯真二郎
■フェモラータオオモモブトハムシ
三重県を中心に増えている外来種の美しい甲虫。成虫も幼虫もクズを食べるため、養殖できる可能性がある。クズの茎の中にいる前蛹の味がやたらといい。加熱してから一晩経つと杏仁豆腐の香りがする点も魅力的。ラオスで食べたものは食草が違うのか苦かった。
ちなみに私が佐伯さんと初めてお会いしたのが、フェモラータオオモモブトハムシの採取だった。これは私も一緒に食べたが、ちょっと青臭さのあるものの豆っぽい濃厚な味。後日になって気が付いた杏仁の香りは、確かに利用価値がありそうだ。
佐伯さんと採取したフェモラータオオモモブトハムシの前蛹
クラッカーのように歯ごたえのあるものと一緒に食べると、皮の硬さが気にならない
■オオカメムシ科の巨大カメムシ
ガツンとくるおいしい味のカメムシ。日本にいない種類で、ラオスではシーズンになると、ある特定の木に集まってきて交尾をする。その木を蹴ると飛び出してくる。体重がすごく重く、小ぶりのカブトムシかっていう思うほどの羽音。
青りんごの風味がすごく強く、日本ではヘリカメムシ科が近い匂い。小さいカメムシはシュッとして食感が柔らかいものが多いが、オオカメムシは厚みもありガシっと噛みつぶせる。体内に卵があるとワタパチみたいに口の中ではじけて、すごくおいしい。
オオカメムシ科の巨大カメムシは青りんご風味。写真提供:佐伯真二郎
■タイワンタガメ
水中に住むカメムシの仲間。最初に食べたのは東新宿でタイ食材として売られていた塩漬け。茹でて食べると、胸部は鶏肉みたいな弾力があるシンプルな肉だが、そこのフェロモンが洋ナシみたいにフルーティーな香り。
ラオスで生きているものを茹でて食べたら、塩漬けの数倍パンチの強い香りでびっくりした。農村に住むラオスの人たちはタニシやヤゴやバッタをおかずにとるが、そこにタガメが混ざると市場で売る。一頭70~80円(ラーメンが一杯食えるくらい)の高級品。
ラオスでも人気の高級食材、タイワンタガメ。写真提供:佐伯真二郎
■ツムギアリの女王
巣の中にいる幼虫とサナギを食べる。タイやラオスでは100グラム280円くらい。日本でも缶詰や冷凍が購入可能。酸味のある成虫をスープの味付けに使うことも。
シーズン限定の女王アリになる幼虫とサナギは、イクラと同じくらいまで大きくなり値段も倍となる。サッと湯通しして氷水で冷やし、わさび醤油で食べるとかなりおいしい。
ツムギアリの女王だけを集めたサナギと幼虫。トロピカルイクラと名付けられた。写真提供:佐伯真二郎
右からツムギアリの幼虫とサナギ、ヤシオオオサゾウムシの幼虫のお寿司。写真:佐伯真二郎
■オオスズメバチ
日本では駆除業者の方からゆずってもらったりして入手。ラオスでも一回売っているのを見たが巣ごとで1キロ3500円とメチャクチャ高い値段がついていた。養殖するにしろ採取には危険が伴うので、伸びしろという点では悩ましい。
幼虫、前蛹、サナギ、成虫と、成長するにしたがって味がタンパクになっていく。幼虫はオイルがあってコクが深いが、一番好きなのは体が白いサナギ。お吸い物にしたら、ヒラメやタイなどの白身魚に似た感じですごくおいしかった。
採るのが命がけになってしまうので、大変貴重なオオスズメバチのサナギ。写真提供:佐伯真二郎
■ヤシオオオサゾウムシ
ラオスで養殖している虫がこれ。幼虫はヤシの木の幹を食べるため、日本に侵入して街路樹のヤシを食べて枯らすことも。飼育しづらい害虫として点数を下げていたが、ラオスに来て養殖している現場を見ると、キャッサバの芋で飼育が可能だった。養殖技術が確立されたことで、大きな伸びしろがあるとランクイン。
脂肪分が60%くらいで凄くオイリー。茹でただけだと油っぽく、土臭さも残ってしまうが、炭火で20分以上焼くと体内の脂肪が溶けだし、内側から揚げ物になる。鶏皮みたいな香ばしさで、食感もカリっとしてものすごくおいしい。
ラオスで養殖しているヤシオオオサゾウムシの幼虫。写真提供:佐伯真二郎
この中で私が食べたことのあるのは、フェモラータオオモモブトハムシの前蛹と、オオスズメバチの幼虫とサナギだけだが、どちらも確かに代替えの効かないオンリーワンの魅力を持った食材だった。その味を知っているからこそ、この評価に対する信頼が持てるので他の虫も食べてみたくなる。
ただ、昆虫を食べたことがない人にとっては「でも虫でしょ~」と全部却下だろうなという予想もできる。だからこそ佐伯さんは、そこに蟲ソムリエとしてのやりがいを感じているのだが。
佐伯:「こうして昆虫のおいしさを数値で表すスケールを開発しつつも、一概にランキングするのは難しいという見方もあります。スコアが一番高い昆虫が一番うまいかというと、そう聞かれれば答えるけれど、僕の目的はそこじゃない。脊椎動物で一番おいしいのは何ですか?って聞かれるようなもんですね」
――確かに魚でなにが一番うまいか聞かれても困りますね。好みもあるし、季節とか採れた場所で変わってきますから。
佐伯:「一番を決めるっていう考え方自体が、食べない人の発想でしかないので」
――それでも基準というか指標となるものが存在することはすごく重要だと思います。あとはその情報を、目的に合わせてどう活かせるか。
佐伯:「スコアリングで概観すると、そんなにまずい虫はいねえなっていう感じです。キノコなんかに比べると、食べて危険な種類も比較的少ない。リストの整理をすると平均点は68点くらい。論文等で調べて毒があるという記述がない限り、手当たり次第に味見をしているんですけど、そこそこ食える味に仕上がっている。昆虫という分類群は食材としてかなり多様性があって、開発し甲斐があるぞと考えています」
――虫を食べなれた佐伯さんだからこその高い評価とも言えますが、逆に言えば食べなれちゃえば、だいたいおいしく食べられるっていうことなんでしょうね。
佐伯:「もちろん調理も大切です。料理は素材そのものの味を生かすというのが大前提ですよね。昆虫の料理法も昆虫にあわせて開発されるべきもの。やっぱり味が地味なことが多いので、エビとかカニに比べておいしくないっていう言われ方をします。エビチリをつくる要領でセミチリをつくって食べてみたけれど、エビほどじゃなかったとか。そりゃエビがおいしいように開発された調理法だから、そりゃそうだろうと反論を考えてしまう。だから食材と調理法っていうのは、同時に開発しなければならいだろうなと感じています」
――セミにはセミの調理法があるはずだと。
カレイゼミの仲間。強い香ばしさがあり、苦味、渋味もなく、タンパクでコクは少ないスッキリした味わい。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「昆虫で特徴的なのはスウィーツ。エビカニなどが持つ魚系の臭みはスウィーツと絶望的に合わない。でも昆虫はバター系のふんわりした香りがあって、スウィーツと合うことが多い。節足動物という大きな括りでいうと、甲殻類よりも昆虫類の方が合うんです。バッタ生チョコとかね」
佐伯さんの自信作であるトノサマバッタ生チョコ。写真提供:佐伯真二郎
この佐伯さんが作成したスコアリングのリストは、今のところ公開する場所がないままエクセルファイルの情報量がどんどん溜まっている状態なので、なにか有効活用できそうな方は佐伯さんまでご連絡を。
昆虫食の注意点
佐伯さんは昆虫に関する確かな知識をバックボーンにして試食を繰り返している。この記事を読んで「ちょっと虫を採って食べてみるか」と思う人がどれくらいいるか分からないが、自分で採取して食べる場合の注意点を伺った。
佐伯:「PHP研究所から出版されている『新世紀 食糧記 ムシグルメン マイマイの人類虫食計画』という本の監修をしたときにつくった、子どもが昆虫を食べたいと言ったときに守らせる保護者向けの7カ条がこちらです。
1.必ず火を通す
2.新鮮なものを食べる
3.アレルギーに注意する
4.かぶれやケガに注意
5.「ゲーム」や「サプライズ」に使わない
6.種類の分からない虫は食べない
7.虫を捕るときのルールにも注意
アレルギーについては、甲殻類アレルギーと交差するアレルゲンがコオロギから見つかっています。それとは別にコオロギ独自にもあるので注意が必要。普段は平気でも体調が悪いとアレルギーを起こす場合もあります。
虫独特の注意点は、ゲームやサプライズに使わないこと。昆虫は手を出そうと思えば誰でも手を出せる食材です。テレビ、YouTube、Webコンテンツなどで、安易に罰ゲームとして生で食べている人も多い。もし初めての昆虫食が罰ゲームだったら、今後も昆虫食は罰と思うでしょう。前に『国連が推奨しているんだから食え』っていう罰ゲームがあって、お墨付きを利用して強要して食べさせるっていうのは罰ゲームの中でも悪質なバージョンですよね。そういう番組に参加してしまったことがあって嫌でした」
これらの注意点は、天然の野草・山菜やキノコなどを採って食べるのと基本的には同じ話。草でも魚でもカニでも、毒やアレルギー物質を含んだり、寄生虫を持った種が存在するのは一緒なのである。昆虫を「食品」として扱う以上、加熱でリスクを減らせるならするべきだし、鮮度は良いに越したことがない。食品だからこそ無事故を目指す必要があるのだ。
初心者にオススメできるのはバッタとのこと。佐伯さん推奨のトノサマバッタも含めていろんなバッタが手に入るので、大きさや種類による味の違いが比べられる。だいたいのバッタには毒が無いので(海外には有毒の種もいる)、そのまま揚げればおいしく食べられる身近な食材だ。
国連が昆虫食を推奨とはどういうことなのか
先ほどの罰ゲームの話でもあったが、国連(国際連合食糧農業機関=FAO)が昆虫食を推奨したというニュースがちょっと前に話題となった。あれはどういった背景なのだろうか。
佐伯:「インパクトが大きかったのは2013年の報告書。国連が昆虫食にも注目しだしたと報道されるんですが、実はその3年前に2010年にも、採って食べる昆虫食は栄養にも経済にも貢献しているから大事にしようねという方向性は出されています」
――採取型の昆虫食って、国によっては一般的なんですか?
佐伯:「タイなど東南アジアでは、虫そのものが多いというのがあります。ラオスの農村部では70%以上の人が週一回以上、何らかの旬の虫を食べている。ただ、採って食べる食材なので、街の人は食べなくなっている。身近で手に入らないし、市場だと豚肉を買う方が安かったりするので、ラオスでも街に住むと疎遠になる人が多い」
ラオスの市場に並ぶ昆虫。写真提供:佐伯真二郎
――そこをもっと大事にしましょうというのが2010年の話なんですね。
佐伯:「この報告書はあくまで森林を生活圏とする人、途上国向けだったのですが、2013年は昆虫養殖に温室効果ガスを出しにくいなどの優位性が見いだされ、将来の食料プランBとして、みんなで真面目に研究しましょうという風向きになったんです」
――他人事だったのが自分事に!
佐伯:「そうです。先進国も食べ始めようと、一歩踏み込んだことを言い出したのでびっくりした訳です。え、俺も食べなきゃいけないの?と。論調としては、昆虫を食べない理由などないという感じです」
――まさに佐伯さんが思っていたことですね。
佐伯:「特に先進国では今まであまり昆虫を食べてこなかったので、食用にする技術も研究も不足しています。それを他の食材と同じくらいまで、追いつけるようにするのが大事というのが僕の意見」
――現在の日本では、悪く言うと『ゲテモノ的な高級食材』として扱わることが多いです。それが日常食に入り込む可能性ってありそうですか。
佐伯:「生産規模の関係から『ゲテモノじゃない高級食材』が、最初のきっかけになると思います。そのあと価格を下げる大規模化が起こると日常食になる。しかし、食品産業の歴史において、多くの場合で大規模化は問題を抱えがちです。効率を求めると環境負荷が大きかったり、労働者から搾取したり。その結果、栄養をもたらすはずの食糧生産が原産地での栄養状態悪化を招いていたり。これまでの大量生産がたどってきた道を繰り返さないよう、心あるベンチャー企業や研究者は監視しなくてはいけません」
――昆虫食の生産に資本を出す人、そこで労働する人、昆虫を消費する人、みんなにとってメリットがないといけない。
佐伯:「ただ現状では、どれくらい安くなったらどれくらい売れるっていう事業計画が立たないんですね。なので、そこにお金を出せる人がほとんどいない状態です」
――確かに、いくらになれば買うっていうものではない。トンカツ定食800円に対して、コオロギコロッケ定食が700円なら食べるのか、いや1000円でも食べたいのか、という土俵はまだないですね。
佐伯:「今は市場調査をしたところで、価格と購入がリンクする状態になっていないので、しばらく日常化は難しい。販売価格と購入量の関係性ができるまでをどうやってくぐりぬけるか。ヨーロッパでは環境にやさしいオーガニックフードみたいな位置づけで、昆虫食が混ざってきているみたいです。無農薬、有機栽培、昆虫食みたいにオシャレな食材として」
――それが『ゲテモノじゃない高級食材』ですね。
佐伯:「ちゃんと品質管理された昆虫は、ゲテモノとは一線を画すおいしさになっているので、エシカルフード(倫理的、道徳的な食事)として、伸びる可能性があります。高級食材であるフカヒレやフォアグラなどに残虐だという批判がありますね。珍しくて希少性がある高い食材を自慢していいのか。そこに逆風が吹き始めて、真のセレブが食べるべきは、よりエシカルなものであるべきだという流れになっています」
――燃費の悪いスポーツカーよりも電気自動車やハイブリッドカーを選ぶみたいな。そこに昆虫食の出番があると。
佐伯:「ただ大量生産で安くなったコオロギは、食品に付属するストーリーというのが軽くなってしまう。養殖コオロギのエサは配合飼料で、環境負荷は鶏と同程度という研究結果が出ています。そこで『ラオスの人たちが栄養を改善するために生産したゾウムシの幼虫』といった厚いストーリーをつけて、特別感のある高級食材として販売することを考えています」
――情報量が多いエシカルなゾウムシ、ちょっと高くても食べてみたくなりますね。私がイメージしていた昆虫食の未来が、狭いイメージであることがよく分かりました。
大発生したバッタは食材となりえるのか
さて昆虫食といえば、アフリカ東部でバッタが大発生したらしい。食糧問題に直結する難題だが、どうせならそのバッタを食糧化できないのだろうか。もちろん素人の安易な考えであることは分かっているが、トノサマバッタの養殖を研究していた佐伯さんにその可能性を聞いておきたい。
佐伯:「野外で大発生するのはトノサマバッタではなく、サバクトビバッタという別種です。この二種類の特徴として、バッタ同士が寄り集まると、密度に応じて色と行動と形が変わる相変異があります。神戸大学の大学院は、増えすぎたバッタの害を減らす研究室だったんですけれど、そこで僕だけがバッタを増やして利用する研究をしていました」
――サバクトビバッタも食べられるんですか? もちろん毒草を食べていない状態かつ、農薬にやられていないという前提条件になるでしょうけど。
どちらもサバクトビバッタの幼虫だが、左は相変異をした状態。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「食べている草にもよりますが、味はどちらも良いです。サバクトビバッタの方が体のサイズがやや大きくて長いから、食べ応えがある。食べられる食草の範囲も広いし大人しいから、育てやすさもサバクトビバッタの方が上です」
――それは意外でした。大人しいイメージはないですけど。
佐伯:「高い密度で飼っていると、寄り添いあって、魚の群れのようにじっとしている。メダカの学校みたいに。その隙にエサを取り換えたり、糞を取り除くといった世話ができます。トノサマバッタはすぐパニック状態になって、跳ねまわって逃げようとする」
――群れで行動するからこそ飼育しやすいんだ。大発生した野生のサバクトビバッタを食糧化するのは可能でしょうか。
佐伯:「基本的にバッタを食べて利用する技術やマーケット、流通は元々不足しているという状況があります。だからといって、そういったものが開発されたら、バッタを食べて大発生を解決できるかというと、そうではないと考えています」
――消費できる状況ができてもダメなんですか。
佐伯:「具体的にいうと、養殖して食利用する産業が成立していて、そこに野外で発生したバッタも買い取るよという制度をつくると、貢献できるんじゃないかなという妄想はしています。だいぶ先の話になりますが。バッタの大発生は、量が多いのはもちろんのこと、不確実性が高いというのが一番の問題です。重さでいうと10万トンくらいの巨大な群れがどこかに現れて、一日に100キロ以上移動する。もちろん国境も越えていく」
――追いかけるのが大変だ。
佐伯:「1970年代に20年くらい大発生が起こらない時期があった。そのときに人類はバッタの大発生を克服したと思って、イギリスにあったバッタの研究所を縮小統合しちゃうんですね。そしたらまた大発生。研究所ですらこうですから、不確実な大発生に備えて、バッタのための産業なんて維持できないですよね。バッタは量が多くても、それ以外の食糧化に必須な要素である安定性が低いので、大発生した後に対処するというのは基本的に無理だろうというのが見解です。バッタが大発生したからといって工場をつくったとしても、いつ収束するか分からない。次にいつ稼働できるかも分からない。そんな投資はできないですよね」
――確かに。増えてしまったバッタの食糧化を考えるよりも、殺虫剤などでバッタを減らす防御策を考えたほうがコスパは良さそうです。
佐伯:「発生地で食べ物が無くなったらバッタを食べればいいだろという考えも違います。農作物への被害も大きいですが、現地の人たちの資産は牛で賄われていることが多く、銀行に現金を預けるのではなく、牛を飼うことで資産を守っている。そこにバッタの大発生で草が無くなって牛が餓死する。資産が餓死するって日本人にはピンとこないかもしれないですけど。銀行口座を持っている人が少ないし、政府が発行するお金も内戦とか革命が起これば終わりなので、あんまり信用することができない。だから牛を飼っているのに、その牛がバッタによって餓死してしまう。これは銀行が倒産したようなものなので、経済的な理由による生活苦が起こります。そんな人にバッタを食べればいいじゃないっていうのは、まったく的を射ていないアドバイスなんです」
――食べるものがなくなるから困るという簡単な話じゃないんですね。大変勉強になりました。
昆虫食好きの視点からみた、佐伯さんが好きな街
――ところで昆虫食を愛する佐伯さんが、好きな街ってありますか。
佐伯:「母方の祖父母の家がある岐阜県の高山市ですね。小京都と言われる日本家屋が残った落ち着いた街で、『飛騨高山まつりの森 世界の昆虫館』という昆虫専門の博物館があるんです。10年くらい前に行ったんですが、今では採れないような世界の昆虫コレクションがバーッと並んでいるんですけど、いつかこの世界の昆虫を食べてみたいという欲求と、乾燥標本っておいしくなさそうだなっていうもったいなさの両方の感情が入り混じってよかったです」
好きな街は母方の実家がある岐阜県高山市。写真提供:佐伯真二郎
――私が水族館で魚の味を想像するみたいなことが、佐伯さんの場合は昆虫博物館で起きるんですね。
佐伯:「乾燥している昆虫標本は質の悪い干物。もっとおいしさも保てる標本の方法があればいいのに。味の情報が消えちゃっているんです」
味の要素が感じられないのがもったいないという「飛騨高山まつりの森 世界の昆虫館」の標本。写真提供:佐伯真二郎
――昆虫食的に高山市はどうですか。
佐伯:「蜂の子とか、カミキリムシの幼虫とか、イナゴとか、普通に食べる地域です。虫を初めて食べたのは祖父母の家ですね。庭にアシナガバチが巣をつくっていたので、それを採って、バター醤油で炒めて食べさせてもらったというのが経験としてあります」
――私の田舎は長野なんですけど、それとまったく同じ経験が小学生のころにありました。
佐伯:「じいちゃん、ばあちゃん、母がいて、当たり前に食べていたので、僕も違和感もなく食べて、おいしいから巣が一個じゃ足りないなっていうのを薄い記憶として覚えています」
――昆虫食の第一印象がすごく自然な感じだったことが、後の人生に影響を与えているのかもしれませんね。
佐伯:「そうですね、良い影響を与えていると思います」
佐伯真二郎、ラオスへの道
個人事業主の蟲ソムリエとして活動してきた佐伯さんだが、2017年に大きな転機が訪れた。まさかのラオス行きである。人生でなにがどうなると、ラオスの田舎で昆虫養殖の協力をすることになるのだろうか。
佐伯:「神戸大学の大学院でバッタ養殖の研究をしていた2013年に、ラオスで活躍している国際協力NGO職員の方が食用昆虫科学研究会に2人参加してくれて、ラオスではよく昆虫を食べるのに、多くの人は栄養が足りていないと。会としては昆虫食は栄養があると活動してきた訳なので、日本よりずっと虫を食べているラオスの人が、日本人より栄養不良というのは非常に不都合なんですね。ラオスを見習って昆虫を食べようとしても、説得力が無くなっちゃう」
――戦時中の日本みたいに、救荒食物として仕方なく食べているのかと思っちゃいますね。
佐伯:「そこでわれわれが調べなくちゃいけないのは、昆虫食をしているから栄養が足りてないのではなくて、別の要因があるのではということ。身近な昆虫を食べつつ、違う昆虫を養殖して今よりもっと食べることで、栄養状態が改善していくのであれば、乱開発を免れたラオスの自然が持つ潜在能力が開花するといえるので、僕もやってみようと思ったんです」
こうして2017年7月に初めて訪れたラオスは、佐伯さん曰く、東南アジアのド田舎。北は中国とミャンマー、東はベトナム、西はタイ、南はカンボジアと国境を接し、まったく海に面していない内陸国なので貿易は大変不利。
本州くらいの面積があるものの、総人口は千葉県より少し多い程度(約700万人)なのだ。
ラオスの様子。写真提供:佐伯真二郎
雨季になると水没した土地で米を育て、それを乾季に収穫するという自給自足に近い農家が多く、農村部だと月収1000円以下の人が半分以上という貧困国だった。
雨季は雨が多すぎて、乾季は晴れが多すぎるという両極端。水没しない農地が少ないため、米以外の作物が育てにくいのだ。
ラオスの農村部。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「まずはラオスの農村部の人たちの食事内容、栄養状態、食べられている昆虫の情報収集をしました。すると食事は収入に比べると足りている方ではある。ただバランスが悪く、子どもの約4割が栄養問題を抱えています。詳しく調べてみると、米はたくさんできるからカロリーはとれている。バッタなどの虫、タニシ、小魚など、野生のものを季節に合わせて食べているので、タンパク質も意外と足りている」
――そんなに野生食材を食べるんですか。
佐伯:「ラオスにはタマサートという野生動植物一般を指す言葉があって、タマサートはおいしいという共通認識で鶏卵と同じくらい食べている。大豆、牛肉、豚肉、鶏肉よりはずっと高い頻度です。農村部では基本的に自給自足で野生食材を食べて、たくさん採れたときだけ市場へ売りに行くので、自家消費量は市場に並ぶ昆虫よりずっと多かったんです」
ラオスの市場で売られる昆虫。写真提供:佐伯真二郎
――それだけ虫などのタマサートを食べても、栄養は足りないのはなぜでしょう。
佐伯:「問題はミネラルやビタミンA、そして油(脂質)の不足でした。ビタミンAは昆虫には多くないので、ナンバンカラスウリ(ガックフルーツ)というラオスでも育てやすい作物の苗を配って奨励しました」
――あくまで栄養状態の改善が目的であり、昆虫を養殖してもらうことが目的ではないから、昆虫以外の選択肢もあるんだ。蟲ソムリエとしてはニーズに合わない虫を無理にお勧めできませんよね。
「もう一つの不足が油なので、養殖する昆虫としてバッタやコオロギのようにたんぱく質が豊富な種類ではなく、脂肪分たっぷりのヤシオオオサゾウムシを選びました。調理用の油は商店で買わないと手に入らないので、月収8ドルの人には手が出にくいし、ラオスの料理自体も油をあまり使わない。そういう食文化的な要因もありながら栄養不良が起こっているので、そこにゾウムシを挟んでいくことで、なにかが変わっていくんじゃないかなということです」
――食事で油を採るためにはゾウムシの養殖が効果的だと判断したからこそ、ラオスの人に勧めたと。
佐伯:「ターケークというラオスで5番目に大きな町に拠点をつくって養殖技術を開発しながら、そこからさらに100キロ内陸にある、ISAPH(佐伯さんが協力する保健医療の向上を目指す国際協力NGO)がすでに活動をしていた村へ通って住民に昆虫専門家として指導をします」
村での養殖指導。写真提供:佐伯真二郎
――ラオスでそのゾウムシを養殖している人はいたんですか。
佐伯:「タイで2年間修業をしたという人のゾウムシ養殖場が首都のビエンチャンに2軒あって、そこから購入しました。ナンバンカラスウリはどうしても土地に依存するので、うまくいく家といってない家が出てきちゃいますが、ゾウムシはタライ一つで飼育できるので、広い土地を持たない貧困層にアクセスするのにも向いているんです」
――でも素人が虫を飼うのって大変では? カブトムシでもちゃんと大きくするのは難しかったですよ。
佐伯:「ゾウムシに関しては呆れるほど簡単で、僕もびっくりしました。タライにキャッサバの芋と、米糠、糖蜜などの副原料を入れて混ぜて糠床のような状態にして、その上からヤシの殻を被せる。そこに成虫とそのエサになるバナナを置くと卵を産み、だいたい5週間で食べごろの幼虫が収穫できます」
現地採用のスタッフによるゾウムシの養殖指導。写真提供:佐伯真二郎
――その幼虫を食べなければ、新しい親となる成虫になるんですか。
佐伯:「成虫は1カ月ぐらい生きますが、卵から育てると3カ月かかってしまうので、こちらから常に供給します。そこまで育てるにはノウハウが必要で、ビエンチャンの養殖場で教わった方法だけだとうまくいかなかった。3度の短期滞在では成功しなかったので、2018年の6月からはラオスに長期滞在して、ようやく安定するようになったのが昨年末です」
――飼育コストはどれくらいでしょう。
佐伯:「かなり安いです。メインのエサであるキャッサバの芋は、澱粉に加工してタピオカとかに使われますが、ラオス国内にその工場がない。正確にはあるけれど稼働していないらしいです。なのでスライスして乾燥して中国とかタイとかベトナムに輸出しているんですけど、その価格がまあ安いんですよ。キャッサバを育てた人に渡るのが、乾燥させた1キロ当たり8円とか。それでも現金収入になる仕事が無いので、そんな安い仕事ですら魅力的だと始める人がいる」
――キロ8円!それでどれくらいゾウムシが収穫できるんですか。
佐伯:「1タライの原価が成虫を含めて250円くらい。2キロの乾燥キャッサバから最低200グラム、うまくいけば1キロ以上の幼虫がとれます」
――与えたエサの50%以上って、変換効率がすごいですね。その幼虫は村人の口に合いましたか。
私もだんだん食べたくなってきた。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「一晩糞を出させてから食べるのですが、ラオスにはタケノコに入るタイプのさらに大きくなるオサゾウムシがいて、たまにとれるから味の良さは知っていたし、タケノコのよりもおいしいって言ってくれる。食文化にうまく入り込めたんです」
――それにしても、すでに栄養状態改善の取り組みをはじめているISAPHの一員としての参加だとしても、知らない日本人が村にやってきて「あなたたちは栄養が足りないから昆虫を養殖しましょう」って言われて、ラオスの人は「よしやろう!」ってなったんですか?
佐伯:「虫は採って食べるものなので、養殖といわれてもピンとこなかった。月一で栄養教育を広げるボランティアの育成をしているので、その参加者である村の女性に声を掛けました。2018年9月に募集した一期生は12人中5人が手を挙げて、次の二期生は11人が好意的に参加してくれた。一期生がやっていたのをみてたし、生の感想を聞けたというのもあり、簡単だし失敗もないしいいんじゃないの?って」
――みんながやるなら、やってみようかと。
佐伯:「タライにキャッサバの糠床さえ準備してしまえば、成虫のエサとしてバナナを5本、毎週月曜日にあげるだけ。5週間で幼虫は食べごろです。収穫まで何カ月も掛かるナンバンカラスウリの苗を配っても、ちゃんと育てられる人は裕福で栄養状態が良い人なんですよね。ちゃんとできない人は、より貧困状態にある人。教育を受けていないので、なかなか約束を守れないし、こちらからの提案がお得だと思えない。先を見て、見込みを立てて行動するのが難しいので、結果が早く出るゾウムシは向いていました」
炭火でじっくり焼けば、己の脂肪分によって内側から揚げ物になるとか。写真提供:佐伯真二郎
――栄養状態の改善が目的ということは、それを売るのではなく、各家庭で食べるんですか。
佐伯:「村では月産20キロぐらいつくっているんですけど、子どもたちがよく食べる家庭では、みんな食べちゃうんですけど、あまり食べない家庭では村の市場やご近所に売ったり。キロあたり1000円くらいになります。生産量が増えてきたら村の外に向けて売り出すということを考えないといけないけど、今は村の中だけに留めています」
――かなりの高級品だ。でも現時点では、お金を稼ぐことが目的ではないんですね。
佐伯:「やっぱり栄養にアタックしていきたいので。現地の人はお金儲けがしたいので、もちろんそういうモチベーションがあってもいいんですけど、一緒に活動をしている行政としては、お金儲けになるというだけではダメだよねという働きかけをしています。栄養支援プロジェクトは売り物になるものの生産だと村人の食いつきがいいっていうのは知られていたんです。でもそれだと、栄養状態が良くなったかというと全然変わってないことが多い」
――生産したものがお金になると、子どもの栄養ではなく、別のものに消費されて終わっちゃうと。
子どもたちの栄養になるといいですね。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「今回のゾウムシプロジェクトでいうと、商売としてうまくいかないと栄養になるという仕組みにした。またゾウムシが売れて商売がうまくいったときにも、ちゃんと栄養につながるように、栄養教育と抱き合わせてやっています。栄養のプロジェクトとして始めているので、昆虫養殖を続けたいんだったら、栄養状態が良くならないとわれわれは日本に帰らないといけない。子どもたちの栄養についてちゃんと考えてくださいと強めに伝えてあります」
――もう成虫の再生産まで、村の人の力でできるんですか。
佐伯:「村でも目ざとい人たちは、成虫を育てる方法を教えてくれっていってきますね。でも今のところ、村で生産できているキャッサバがほとんどない。拠点のある街で購入し、われわれが運んで提供しています。村で成虫を売る商売をはじめられちゃうと、他所からキャッサバを手に入れられる裕福な人だけが養殖ができる状態になってしまう。だから今はちょっと待ってほしい、村でキャッサバを十分に生産できるようになったらみんなで生産規模を拡大していこうと話しています」
――成虫もエサも村で用意できるようになれば、村で生産が完結しますね。
佐伯:「ゾウムシを養殖している人たちにキャッサバ栽培も挑戦してもらっているんですが、やっぱり場所によって成長が違ったり、ヤギに食われたりして、なかなか安定化は難しいですね」
――ヤギかー。
村のキャッサバ畑。写真提供:佐伯真二郎
佐伯:「ゾウムシはお金持ちの人だけがたくさん育てるのではなく、貧困層にも参加してもらうのがこのプロジェクト。村のみんながやっているからやってみようかっていう浅いモチベーションで始めてもらいたい。そしてゾウムシを通じて、お互いの助け合いを高めていく。そこでようやく村全体の栄養にアタックできる環境が整う。成虫とキャッサバの供給が必要なくなれば、もう村の人だけで続けられる。それが今後3年の目標ですね。さらにはキャッサバの葉っぱを食べるエリサン(野蚕)を同時に育てて、繭からとれる糸は応援してくれる企業に買い取っていただき、おいしい前蛹を食べたり売ったりするという計画もあります」
エリサンはキャッサバの葉っぱで育つので無駄がない。写真提供:佐伯真二郎
昆虫養殖の可能性というと、ブロイラーの鶏のようにコオロギなどを大規模に生産して、現在食べられている食品と置き換えていくイメージしかなかったのだが、もっとミニマムに、それこそ各家庭が糠床を持つような規模で、栄養をサポートしていくことも可能なのかと目から鱗の話だった。
そして生産量がもう少し増えれば余剰分を販売し、エリサンの糸でつくられた服を着たセレブが、ゾウムシの幼虫をエシカルフードとして大切に食べる未来が来るかもしれないのだ。
ラオス人スタッフの発案ですりつぶしてチェオという辛味噌にしておいしく仕上げたゾウムシ。写真提供:佐伯真二郎
このようにゾウムシの養殖がようやく軌道に乗りだし、さてここからというタイミングでの新型コロナウイルスのパンデミックが起きてしまった。ラオスは医療機関のレベルが低いので、なにかあったらメコン川をはさんだタイの病院にかかることを想定した活動だったが、タイ側の国境が閉められてしまう。こうなると日本人スタッフは帰国するしかない。
それでも現地のラオス人スタッフの雇用は続いており、村での養殖も継続している。コロナが収まり次第、佐伯さんはラオスへ戻ることを検討しているそうだ。いつか私もラオスまでいってゾウムシの幼虫を食べたり、巨大なカメムシをかじったりしてみたいなと、ぼんやりながら思う。
蟲ソムリエとしての活動予定について
ゾウムシの養殖以外に、佐伯さんが今後にしていきたい活動を伺った。そこには多様な未来のヒントがちりばめられていた。
――蟲ソムリエである佐伯さんとして、今後はどんなことをしていきたですか。
佐伯:「ラオスと日本をつなげるというところですね。日常的に昆虫を食べているラオス人っていうのは、やっぱり日本人への影響力が強いです。日本の未来を考える中で、将来の食の一つとして昆虫食を考えるセミナーに呼ばれたりもするんですけど、そういう場に参加して思う不安は、未来のことを今の価値観で想像できると信じちゃっていることですね」
――われわれが想像した未来がきっと来るはずだと。
佐伯:「日本の、日本人だけの価値観で、2050年の未来が想像できちゃうと素朴に思い込んでいる人だけが集まって話をしている。それがすごく危ういなと思っていて。例えばコオロギに関しても、養殖効率が高いとか、温室効果ガスの排出量が少ないから、コオロギが昆虫食のチャンピオンだ。そういう風潮になっている人たちもいます。でもわれわれはチャンピオンだから食べる訳ではない。見方を変えると配合飼料を買わなければいけないという意味で、ラオスのような環境では不向き。唯一のチャンピオンを求めることがナンセンスで、場所とか、文化に応じて、昆虫食も多様化していく方がいいじゃないか、そういうような価値観を出していきたい」
――日本人以外の全く違う価値観を、そこに混ぜたいんだ。
食用昆虫科学研究会が主催した昆虫食セミナーの様子。写真:佐伯真二郎
「例えば去年やった一般向けの科学イベントでは、ラオス人の医師をゲストに呼んでミニシンポジウムをやったんですけど、『一番おいしい虫ってなんですか?』って聞かいたら、そんなの分かる訳ないよと答えるんです。僕がバッタでつくった自信作の生キャラメルを食べて『バッタのおいしさが死んでいる』って答えたり。実際に文化的に昆虫を食べなれている人と触れることは、自分の価値観が絶対じゃないよっていうのを身に染みて分かるためにはすごく大事。未来なんてそんなにシンプルなものじゃないと茶々を入れることで、未来予測がやりやすくなるんじゃないかなと思っています」
――確かに視野がぐっと広がりそうです。
佐伯:「ラオスの人たちが豊かな自然から得るタマサートの食文化が、国際的に羨ましいと思われるくらい素晴らしいものなんだという誇りを持ってほしいというのももちろんあります。ラオスの保険は遅れているとか、医療や教育のレベルが低いとか、問題ももちろんある。問題を直視するのはすごく大事ですけど、未来をみることの楽しさもすごく大事なので、日本とラオスをつなげながら、昆虫食の未来を一緒に考えるみたいな活動をしていきたいです」
――昆虫食の未来、今日の話を聞いてグッと可能性が広がったことで、さらにどうなるか分からなくなってきました。
佐伯:「未来がどうなるかは誰にも分からないというのが現実。予測できないことのおもしろさを味わってもらえたらと思います。例えば宗教や思想から、牛肉を食べない人は個人の自由としていますよね」
――タコは悪魔の食べ物だから食べないとか。おいしいのに。
大学で行われた昆虫食セミナーの様子。写真:佐伯真二郎
佐伯:「それと同じように昆虫を食べない未来も、個人の自由として残っていく訳なんですね。なんですけど、社会の未来をみるときに、自分が昆虫を食べたくないから昆虫食の未来はないだろうと思いこんでしまうことが一番危険。自分の価値観というのは、簡単に揺らいでいくし、変化していくし、どっちでもいいじゃんみたいなゆるさを提供していけたらいいかなと思っています」
食の多様性の中の一つとして、近い将来に昆虫食が選択肢としてあがってくるかもしれない。だが昆虫を食べないという選択は自由だし、昆虫食の中にもさらに多様性があったのだ。
この記事を読んでいただいた方の中にも、昆虫食のイメージが揺らいだという人もいるのではないだろうか。何に対しても頭の柔らかさを持って構えたほうが、未来を照らすライトは増える。昆虫だけに玉虫色だ。価値観が自分の中で揺らいでいく感じを、私も楽しめるようにしていきたい。
バッタ生パスタとコオロギ生パスタをつくってみる
せっかくなので私も昆虫料理に挑戦してみることにした。シーズン的に昆虫採集は難しかったので、佐伯さんから提供いただいたTAKEOの粉末バッタと粉末コオロギ(ヨーロッパイエコオロギ)を使用して、自家製の生パスタを3種類ずつ作成。虫10%、虫20%、虫20%+鶏卵だ。
左がコオロギ、右がバッタの粉末
タイで養殖されたヨーロッパイエコオロギの粉末はとても細かく、小麦粉とよく馴染む。香ばしい香りは煮干しが近いだろうか。いや、のしイカだ。そのまま舐めると粒子が細かいこともあり抹茶のようなフワッとした口当たり
バッタは養殖が確立していないため天然物。粒子が粗いので麺に練り込むよりもピザやタコス生地がいいかも。釣りエサで使うサナギ粉や焼いたカニの甲羅っぽい味と匂いで、虫らしい後味が残る。ココアのような香りもするのでチョコケーキなどにも合いそう
製麺してみた感想としては、素材となるバッタとコオロギの粉末が、味も質感も全然違ったのにまず驚いた。食べ比べて初めて分かる多様性だ。どちらも10%入れただけで麺にかなりのインパクトを与えてくれる。明らかに普通じゃない麺。それが20%となれば完全に小麦粉を支配する。
イメージとしては全粒粉入りの麺だったが、それ以上の存在感。抹茶や柚子入りの蕎麦が近いだろうか。虫入りであることを隠さずに、この味を全面に引き出せれば、ストーリーのある料理に仕上げられそうだ。虫粉を仕上げに振りかけたり、麺に絡めるとさらに効果的かも。
昆虫は小さいものが多いので、「食い出がない」から食材としては不向きだと考えてしまいがちだが、昆虫単体を食べるのではなく、たとえ少量でも料理全体が活きてくるスパイスや香草類、あるいはトリュフみたいな希少食材のように捉えると、その活躍の場は一気に広がってくる。こうして実際に調理してみて、そのことがよく分かった。
それぞれの感想については、送ったものを試食した佐伯さんのコメントをどうぞ。
佐伯:「思った以上にコオロギシリーズがよかった。タイでは品質管理のガイドラインができたことで、養殖コオロギの品質が上がっています。バッタは養殖ではなく採集なので、おそらく種類も混ざっています。天然なのでロットによって味や品質にばらつきがあり、今回は粒子も荒かったですね」
佐伯さんによる試食の様子。撮影:佐伯真二郎
■コオロギ10%/強力粉90%
ヌルッとした食感があり、薄い渋味が感じられるが、粒感もなくするりと食べられる。
麺におけるコオロギのおいしさとは何か、考えたくなるがあまり主張もない。
■バッタ10%/強力粉90%
粒感があり、少しの酸味も感じる。ロットの影響もあるだろうが、かなり酸化したバッタ臭さもある。麺も滑らかさが減って、かといって蕎麦や全粒粉のような風味にもなっていない。正直コオロギよりおいしくない。
■コオロギ20%/デュラムセモリナ粉40%/強力粉40%
粉っぽさを感じる蕎麦のような食感。しっかりコオロギの風味がやってきて旨味も感じる。
■バッタ20%/デュラムセモリナ粉40%/強力粉40%
かなり粒感があって時たまジャリっとする。酸化した風味もありおいしいとは言えない。渋味もある。バッタの悪いところが出ちゃったかな。
■コオロギ20%/デュラムセモリナ粉40%/強力粉40%(粉100グラムに対して鶏卵1個入り)
麺が滑らかになりおいしい。コオロギの風味もしっかりと残り、ツルッとした食感は卵入りの方が良さそう。完成度はこれが一番。
■バッタ20%/デュラムセモリナ粉40%/強力粉40%(粉100グラムに対して鶏卵1個入り)
食感は改善されるが、やはりジャリっと感のある食感と風味の悪さが隠しきれず、これがバッタそのものの由来か、草の消化物か、そして品質管理によるものか、粉の品質向上に期待したい。
ということで、昆虫パスタにご興味あれば、製麺の詳しい様子はこちらからどうぞ。
インタビューを終えて
昆虫食というと両極端の反応をしがちだが(そして否定派が多い)、食べてもいいし、食べなくてもいい。強制してはいけいないし、否定をしてもいけない。そう、それは食品にとって、いや趣味でも思想でも当たり前の話なのだ。虫の話に限らず、すべてのことに共通する気づきのあるインタビューだった。
食は住まいと密接に関わるもの。昆虫食に感じる食文化の多様性と可能性を自然に受け止める感性を持つことで、住む場所の選択肢や暮らしの在り方は、ぐっと広がりを持つのだと思う。
ラオスから帰国した佐伯さんは自宅での自主的隔離生活を終了していたが、今回のインタビューは念のためにリモートで行った。せっかくお互い日本にいるので、近いうちに一緒に昆虫ピザでもつくりながら、もっと柔らかい話ができたらと思う。
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著者:玉置 標本
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。
Twitter:https://twitter.com/hyouhon