(撮影:宮沢豪)
首都圏から地方に移住した友人は何人かいるが、その中でもじっくりと話を聞いてみたかったのが、「ざざむし。」というサイトを運営する日比野理弘さんだ。「ざざむし。」は、自分の力で食材を手に入れ、その個性にあわせて調理して、固定観念に惑わされることなく評価する喜びを教えてくれる稀有なサイトである。
ただそこに書かれている内容は、釣った魚とか摘んだ野草を食べてみましたというレベルではない。例えば本人が花粉症なのにスギ花粉を集めて自家製麺に練り込む、昆虫食として注目を集める便所バチの幼虫を自家養殖する、杏仁の香りがするフェモラータオオモモブトハムシの幼虫を絶品デザートに仕上げる、ナメクジは腹を壊すという説を大真面目に考える、さまざまな有毒植物を試してみるとかなのだ。
こんな感じに相当どうかしている(良い意味で)日比野さんが、長く住んでいた神奈川県から、2017年に富山県へと引越したのである。
退職のタイミングで18年間住んだ神奈川を出る決心をして、中古の家を買った
今回のインタビューは、移住先である富山県に金曜の夜から月曜の朝まで滞在し、日比野さんにとっての日常といえる海釣りやキノコ狩りへと同行。その採取生活ぶりを見せていただいた上で、一緒に集めてきた食材を食べながらじっくりと話を伺った。
ちなみに日比野さんと富山で会うのはもう4回目で、彼が神奈川に住んでいたときより会っているかもしれない。いつも会ったときは全力で遊んでしまうので、ゆっくり話を聞くのは今回が初めてだ。
土曜日は日比野さんの友人が所有する船で、アオリイカやアカムツ(ノドグロ)を狙った。ほぼ毎週末ごとに季節のターゲットを釣っているそうだ
――もともと神奈川県に長く住んでいたんですよね。
日比野理弘さん(以下、日比野):「神奈川の相模原に18年。ずっと同じアパートに住んでいて、このまま家賃を払い続けるのも馬鹿らしいし、仕事をやめるタイミングでどこかに引越そうと思って。それが40歳くらいかな、5年前。でもそれまで仕事で自由が無かったので、とりあえず遊ぼうと。国内を走り回ったり、南米のアマゾンまでいっちゃったり」
――引越しを後回しにして、ようやく手に入れたロングバケーションを堪能したと。
日比野:「そのまま1年以上遊んじゃって、いい加減引越そうと思って、じゃあどこにしようかなって。友達が北海道に移住していたんだけど、その人はウインタースポーツをやるんですよ。でも私はスキーやスノボーはまったくノータッチ。寒いと動かなくなるので雪に埋もれるところは除外して。南は南で魅力的なんだけど、沖縄とかにいっちゃうと遊ぶこと以外、頭に浮かばなくて。仕事あるのかなー、楽しすぎて仕事しないんじゃないかなーって。結局のところ富山でも仕事していないけど。貯金から考えると何千万円っていう家を買える訳ではないから、南だとしょぼい家を買っても台風で飛ばされて終わりじゃねって。行ったら行ったで楽しいのは間違いないんだけど、台風が直撃する不安しかなくて」
――北過ぎたり南過ぎるのは、なにかと不安だった。
日比野:「人だらけも避けたいから大阪とかも無し。最終的に候補で残った何カ所かで中古物件を探して。最初は500万~600万円くらいで探していたけど、『さっき売れちゃったんです』っていうのをちょいちょいくらって。拾い物みたいな優良物件とか訳アリっぽい築浅物件は、転売目的の業者も狙っているらしく、すぐに売れちゃう。やっぱり実際に見ないと決められないし、遠いと不利で」
――ネットに出ている情報だけじゃ、土地勘もないし家は買えないですよね。
船長の河合さん。天婦羅を揚げるのが上手なので天オジと呼ばれている。日比野さんとの関係は後程
日比野:「良い物件を探していると、いつまでも引越しできない。もう大きなマイナスがなければいいやと。それで予算のラインをガーンと下げました」
――予算を上げるんじゃなくて、下げたんですか。
日比野:「地方だといつまでも売れていない古い物件がわんさとあるんですよ。あっちこっちの不動産屋にそういう同じ物件が出ていたりするんで、こっちの方向で探してみるかなと。そうすると予算は300万円。取り壊し前提だったり、リフォームしないとダメな家も多いですけど」
――家というか、ちょっとした車の値段ですね。掘り出し物から見切り品狙いにチェンジだ。
日比野:「今の家は土地込みで240万円くらいでしたね。それまで住んでいたアパートが家賃5万だから、4年もてば元がとれるくらいの感覚で、ここにしようと。地形的に洪水や土砂崩れにも強そうな場所だし、雪もそこまで降らないみたいだし。もう築45年くらいかな。自分の年齢と同じくらい」
――近隣に家がないような場所を勝手にイメージしていたんですが、普通の住宅街で驚きました。
日比野:「この家が建ったころに開発された、当時の新興住宅地みたいですね。だから住んでいる人たちの平均年齢は高いですよ」
――240万円の家はリフォームしないで大丈夫でした?
日比野:「来たときにキッチンの水道をひねったら、蛇口が水圧でスポーンと飛んで、急いでホームセンターで新しい蛇口を買ってきたりはしました。嵐のときには天井からピチョピチョ雨漏りの音が聞こえてくるから、晴れてから屋根に登って応急処置をしたり。それでも修繕費はなんだかんだ10万円くらいだと思いますよ」
――笑い話ですむ程度でよかった。自分で修理できる範囲が広いと強いですね。
日比野:「高所恐怖症なんで、屋根に登るのは苦手なんですけど」
――そんな弱点があったんだ。引越してから近所づきあいってあります?
日比野:「自治会の絡みで除雪委員になっているくらいですね。小型除雪車の講習を受けたんですけど、大雪の時に徳之島に行ってて『大変な時にいなくて、終わってから帰ってくるんだもんなー』って言われました。移住は人間関係が一番不安ですけど、自分次第じゃないですかね。よっぽど閉鎖的なところじゃなければ。私は自分からどんどん行くタイプじゃないから、分かってくれる人たちとそれなりにやれればいいのかなって。自分はインドアタイプなんで」
――アウトドア好きの引きこもりだ。地域に溶け込もうとしなければ、ご近所とは挨拶程度でいいっていうのは、都心部も一緒ですね。もちろんケースバイケースでしょうけど。
私にも釣れたけど、豪快に墨を吹かれてしまった
富山という場所を選んだ理由
――いくつか候補として挙がったエリアから、最終的に富山県にしたのは何か決め手があったんですか。
日比野:「富山は山脈で囲まれていて強い台風があまり来ないし、大きな地震があったとしても、水深が深いから津波を食らいにくい。震災の後だったので、いろいろ気になって。それに引越し先を探しているころ、富山で釣竿をつくっている人からホタルイカをすくいませんかって誘いがあって、そこから何人かつながったんです。そのときは富山がぼんやりと候補の中にはあったけど、まだ決め手がなかった時。誰も知らない人しかいない土地は、ちょっとハードルが高いじゃないですか。それはすごい安心材料になりました」
――やっぱり知り合いが多少いるところがいいなと、私も移住するなら思います。
日比野:「とはいっても、進学で関東に住み始めたときも誰も知らなかったんで、どこも住めば都なんじゃないのっていう感覚もあって。そこまで重視してなかったけど、でも物件を探していたら知り合いがたまたまできた。安心材料になったところで、ここが見つかったんでね」
――きっと富山に縁があったんですよ。
日比野:「ただ雪はそんなに降らないよっていう話だったのに、引越した年に数十年に一度レベルの大雪がドーンって降ってきて、あれには参りました」
――さすが。
高級魚のアカムツも船長のおかげで見事ゲット。二人にとっては釣れて当然のターゲットらしいです
口の中にアカムツノエと呼ばれる寄生生物がいるのを見つけて、日比野さんがアカムツ以上に喜んだ。まさかそれも食べるの?
富山での食生活あれこれ
――富山に来た理由として、これまで「ざざむし。」でやってきた、捕って食べる的なことが、これまで以上にいろいろできるかもっていうのはありました?
日比野:「必要に応じて普通にやるんじゃないかなとは思っていたけど、特に何が目的とかはまったくなかったんで。目的があると、それを達成したらまた引越ししなきゃいけなくなるかもしれない。行ってみたら、なにかおもしろいもんあるでしょ?って」
――そうか、あくまで普通のことなんですね。実際に来てみてどうでした?
日比野:「魚種が想像以上に少ない。富山って魚が美味しいところっていう印象があるじゃないですか。もちろん美味しい魚も多いけど、全部の魚がうまいわけじゃないし」
たまたまマグロが釣れたけれど、漁師も我慢しているんだからと丁寧にリリース
――富山に来て、特においしかった魚はなんですか。
日比野:「メバルですね。脂の乗りが半端なくて、上から見たときに尻尾まで太い。小さくても、なんでこんなに丸いのって。特にでかいのは関東のとこんなに味が違うのかよって。ウマヅラハギもこっちのほうが絶対うまい。肝の色とか全然違うし。でもアジなんかは東京湾のほうが美味しい。梅雨ぐらいから突然脂が乗り始めて小さくても刺身で最高なんだけど、それをこっちの人に言っても信じてもらえない」
――太平洋側と日本海側だと、同じ魚でもそこまで味が違うんだ。
アオリイカは小さいのを逃がして、食べる分だけをありがたくキープ
アカムツに加えて、アマダイ、カワハギ、カサゴなども釣れた。カメラマン含めて4人分の釣果
――今の時期だとキノコはどうですか。どっさりありそうですけど。
日比野:「関東のほうがあるんじゃないかなー。意外とないんですよ。こっちだと食べる習慣のないキノコが多くて、ハツタケとか誰も採らないから場所の情報もないし。神奈川でよく採っていたアミガサタケのイエローも、絶対生えるだろっていう場所を見つけたのに、最初の年が1本、翌年2本、今年ゼロ。でも、だからこそ新規開拓の楽しみはあります。それこそ関東だとやっぱり採る人も多いじゃないですか。こっちはライバルがいないから、場所さえ見つけさえすれば勝ちなんで」
食べる分だけ釣ったところで、近所でキノコ探しもちょっとした
先週だったら一面に生えていたのにと残念がられつつ、名残のハツタケなどを少々いただく
富山でたまたま出逢った大学の先輩
日比野さんの家から車で15分くらいの場所に住み、最近では毎週のように一緒に釣りをしたり、キノコや山菜を採りにいっているのが、富山で生まれ育った河合要さんだ。
まったくの偶然だが、二人は同じ大学、同じ学部(具体的には増殖生物学でサケ・マスの養殖を研究していたとか)出身で、三陸にあった同じキャンパスに同じアパートから通っていたそうだ。河合さんが先輩で学年的に入れ違いのため面識はなかったが、日比野さんが引越し先を探しているころに、共通の友人を介して「同じ大学らしいよ」と紹介され、ここ富山で巡り合った。
土曜日の夜は河合さんも交えて、釣った魚や採ったキノコを食べる会を日比野家で開催。壁紙こそ古くはなっていたが、これで240万円なのかと驚く状態の良さだった
――よく一緒に遊んでいるみたいですけど、河合さんにとって日比野さんはどんな存在ですか。
河合要さん(以下、河合):もう沖釣りを10年以上やっていて飽きてきたのよ、だいぶ。自慢じゃないけどアカムツでもアマダイでも、たいてい釣れるっていうのは分かっている。もうポイントとかパターンを把握しているんで、毎年その確認作業でしかない。イカなんて釣ろうと思えば何匹でも釣れるけど、たくさん釣れてもね」
――二匹目以降はイカ同文ってね。
河合:そうそう、イカだけに以下同文ってバカ。昔は自分が竿を何本も出したいから、人を乗せずに一人で船を出してやっていたんだけど、日比野君とかと知り合ってから、これは気を使っているんじゃなく、彼ら優先でやりたいことをやらせる。すると新しい発見があるのよ」
アオリイカの薄皮を丁寧に剥く日比野さん。仕事が丁寧だ
アカムツの炙りは、紙と一緒に皮を燃やすことで、バーナーのガス臭さを消しつつ本能に訴えてくる香ばしさを纏わせる方法を教えてくれた。本当は数日寝かせたほうがうまいそうだ
――新しい発見って、具体的にどういうところですか?
河合:「エサでアカムツを何匹も釣れることは分かっているけど、マイクロジギングっていう小さいルアーでアカムツを釣ってみようとか、考えもしなかった。たまに掛かる迷惑な外道だとしか思っていなかったヌタウナギを狙って釣ろうとか。カットウっていう北陸であまりやらない釣り方を教えてくれたり。これは私が沖釣り歴3年とかで、自分のやり方でいっぱい釣りたいころだったら賛同していなかったと思うよ」
――ちょっとマンネリになってきたところで、タイミングが良かったんですね。
河合:「キノコもそうで、わしはばあちゃんから『土から生えているキノコは食べるな』って教わったから。よく採っていたのはナメコやムキタケくらいで、アミガサタケなんか知らなかった。移住者である日比野君と遊ぶようになって、アミガサやハツタケを知って、採って食べるようになったのよ」
――海外への移住とかじゃなくて、国内でもそういう食文化の交流ができるっていうのがおもしろいです。
アカムツ、アオリイカ、カサゴ、カワハギの贅沢な刺身盛り合わせ。アオリイカは部位や切り方で何種類もの食感が楽しめた
釣ったアオリイカ、トラギス、採ったハツタケ、購入したシロエビの天婦羅、そしてムカゴとアカムツノエの唐揚げ。揚げたのは天婦羅名人の河合さんだ
この豪華な盛り合わせの中で、一番感動したのはアカムツノエだった。私が食べたいからとスーパーで買ってきたシロエビが霞む圧倒的な旨味の濃さ。一見すると巨大なダンゴムシか白いフナムシだが、アカムツの体液だけを吸って育ったのだからうまいという理屈を聞いて納得
河合:「アマドコロっていう山菜も日比野君が教えてくれて、自分の土地の山にすげえ生えていた。ここらじゃ食べる習慣がないけど、わしは図鑑で知っていて食べてみたかった。でもその写真が良くなくて、それだと思っていなかったのよ」
――「え!これなの!」って。なんだか目に浮かびます。
河合:「食べたらほろ苦さと甘味があってうまい。日比野君はどういう場所に何が生えるのか、どう食べると美味しいかを教えてくれる。こっちは地元のプロとして、土地勘があるからそのポイントを提供できる。そのキノコだったら、そういえば仕事で通るところに生えていたなーって。見えてなかった山菜を、採る気のなかったキノコを、じゃあ食ってみようかってなるのが楽しい。このアカムツノエだって、絶対食べようとは思わんかったよね」
――最高の異文化交流じゃないですか。
河合:「例えばコゴミの太いのあるよって教えて、喜んでもらえるとこっちもうれしいし。そうか、そんなすげえんだって。こっちだとそこまで珍重してなかったりするから。もちろん誰でも仲良くなれるわけではない。やっぱり夫婦と一緒で、価値観が一緒じゃないと続かないのよ。釣りすぎる、採りすぎる、そういう人間と一緒になりたくない。適度なところで、これくらいでやめようねっていえる間柄じゃないと」
――それは大事ですね。肝に銘じます。
河合:「わしの罪は、日比野君のオカッパリ(陸からの釣り)欲を削いでしまったことだね。週末の船が出られるときは、ほとんど二人で海に出ているから。それでもカレイの釣り場とか見つけたみたいだけど。それにしても、なにも言わずに富山へ引越してきたのは驚いたわ。自分の車で8往復して荷物を運んだんでしょ。言ってくれたら手伝ったのに」
――家を買ったことをいわなかったんだ。
締めはアカムツラーメン
日比野さんからピカピカの製麺機(貴重な小野式2型両刃型)をお借りしての麺づくり
富山ブラックならぬ、富山レッド(アカムツだけに)。どこまでも優しく上品な味わいで、ラーメンとしてはパンチが弱いが、疲れた体に穏やかな旨味と滋味が染みわたる
食べきれないほどの収穫がある家庭菜園
日比野さんの食生活を支えるのは、自然界から採集してくる食材だけではない。自宅の庭につくった家庭菜園で育てている野菜の割合も大きいそうだ。
日比野さんの家庭菜園。オクラ、パプリカ、落花生、大根、サツマイモなどが植えられていた
玄関の前には摘んできたクレソンがどっさり
――家の敷地内に畑があるのはすごくいいですね。これも物件選びのポイントになったんじゃないですか。
日比野:「もともとはツツジとかアオキとかの庭木が植えられた普通の庭だったのを、自分で畑にしたんです。クワとスコップで掘って。業者に頼むと木を一本抜くだけで何万も掛かっちゃうから」
――え!そういえばお隣さんの家は普通の庭ですね。
日比野:「あんな感じ。土も石だらけだったので拾って、庭の一番端を掘って掘って、そこに石を埋めたので、あそこだけ水捌けがいいんですよ。上にアスパラを植えてあります。バカでかい庭石もあったから、すぐ隣に穴を掘って、どうにか沈めました」
ここが庭だったとは思えない菜園っぷりだ
――すごい、庭先開墾生活だ。
日比野:「これくらいの広さでも、必要最低限程度の家庭菜園はできます。小さな庭なんで、効率がいいものと、なんとなくつくりたいものくらいですけど。野菜は春先から秋口くらいまでは、どうしても必要なものしか買わないですね。刺身に添える三つ葉とかシソとかミョウガとかの薬味もどんどん生えてくるし。ハーブが好きなのでフェンネルとかローズマリーも植えてあります。冬は大根とかを採りつつ保存食ですね。水煮してあるネマガリダケとかワラビとか」
――仙人の生活みたいですね。
「自分でつくった野菜だと、やっぱり感情移入が生まれる。でも舌は素直なんで、だからすごく美味しい!とはならないんですけど。効率はいいですよ」
山から採ってきたムカゴを植えて育てているヤマノイモ。ここに実ったムカゴが食べられるだけでなく、この成長具合から山のムカゴの状況が予測できるのだ
――でも家庭菜園って、逆にお金が掛かったりしません?
日比野:「収穫できた量を、無人販売の安い値段でざっくり金額換算してみたら、今年だけで5万円分くらい。苗を買ったり肥料を足したりの費用を抜いても、余裕で4万円分はプラスなので、家庭菜園は絶対にやったほうがいいですよ。延々野菜だけ食っていてもいいくらい野菜が好きなんですが、それでも一人だと消費が追いつかなかったです」
――ちなみにおすすめの野菜は?
日比野:「トマトは大玉よりも、中玉か小玉がめっちゃとれて効率いいです。キュウリも二種類を一株ずつ植えておくだけで、もう食べるのが追いつかない。昨年はカボチャを育てていたんだけど、あれだけ広がって最終的に食べられるのが実だけっていうのに腹が立って、今年はサツマイモにしました。茎や葉っぱもうまいんで。甘いんですよね、みんな食べられるの知らないのかな」
――ここまで本格的にやるの、大変じゃないですか。
日比野:「大変なのは最初のうちだけ。種や苗を植えてすぐは水を切らさないようにするけど、一カ月を過ぎれば放っておいても何とかなっちゃうんで」
裏庭に植えられたサトイモ。食べたくなったら抜けばいい常備野菜だ
日比野:「田舎に来たらいろんなものを食べるかなと思ったら、育てた野菜に追い立てられて、雑草なんか食わねえ!ってなっちゃうんで、草に手を出している暇がない。自分でつくると、品種改良された野菜の効率の良さすげえ!って思いますもん。サトイモとか買ってきたのをちょっと植えただけで何倍にもなるし。摘んだ野草を食べるというのは、庭がない都会の人に合った楽しみなのかなって。田舎の人がわざわざ採るのは、自分でつくれなくておいしいものだけ。キノコだったり、山菜だったり」
庭木を抜いての開墾作業はちょっとハードルが高いかもしれないが、やはり玄関を出てすぐ畑がある生活は便利そうだ。もちろん害虫駆除や草むしりといった日々の世話を苦だと思わないタイプだからこそ、菜園の維持が成り立つんだろうけれど。
使うお金は全部で年間たった100万円
ここまでの話だけでも十分参考になったのだが、やっぱり気になるのは具体的なお金の話である。
日曜はちょっと遠くまでキノコ狩りにいってみた
――答えられる範囲で教えてほしいんですけど、日比野さんの生活って、どれくらいお金を使いますか?
日比野:「沖縄とかへ遊びにいったお金や、保険とか年金も全部入れて、使ったのが年間100万くらい。食費に関しては、米は実家がつくってるのを送ってくれるので助かってます。割と食うほうなんで、一食1.5合とか。昔は3合でしたが。米を買っていたら大変だと思うけど、買っていたら小食になると思う。魚は釣るから、特に『いいな!』って思うとき以外は買わない。釣り道具はハリとかなら一生分くらい在庫があるし、エサは春に拾ったホタルイカを使えばタダだし」
――釣りたての魚と採れたての野菜を食べる贅沢な生活が年間100万円!
日比野:「ほとんど余生状態」
――ご隠居だ。
日比野:「今、インターネットで仕事がなんとでもなる人は、どんどん地方に行けばいいのにって思うんですけどね。15万も稼げれば豪遊できるっしょって。老後の蓄えどうすんだとか言われるけど、そんな長生きする気もまったくないんで。将来の心配をして、今一番楽しい時代が無駄に終わるなんて、もったいないじゃないですか。ガツガツと貯めるより、楽しみながらギリギリでやっていくことで、少しのお金で生きていける方法を知る。金が無くても楽勝で生きられる生活がイメージできたら、なにも怖くないじゃないですか」
――お金を稼ぐ努力をするよりも、お金を使わない生活に慣れたほうがいいと。今は特に仕事をしていないんですか。
日比野:「たまにバイトはしてます。好きに書かせてくれる媒体があればライターをやったりも。真面目に働けばすぐに貯金はできると思うんですよ、社畜として働くのは割と慣れているんで。でも働き出すとそのままレールに乗っちゃって、辞め時がわからなくなる」
――オンとオフの差が激しい。
日比野:「そうすると庭の木を抜いたりする気力がなくなっちゃう。週末の天気のいい日じゃないとできないし、天気のいい日は釣りに行きたい。夏は暑いし、冬は寒い。こっちに来て、もうちょっとアクティブになんかやるかもなって思っていたんですけど。おもしろいことができたらいいなって。今までがサラリーマンだったので、サラリーマンじゃないなにか。とりあえず今はエンジョイしてます。先立つもの的な問題で、あと1年くらいでエンジョイできなくなっちゃいますが。もうちょっとゆっくりして、新しいことがあればいいんですけどね」
日比野さんは人生における足し算と引き算が上手だ。上手というか独特というか。残すものと削るものがしっかりと決まっている。その上で自分のリソースをどこに割り振るかの判断にブレがない。
誰もが何らかの形で、喜びを探しながら生きていく。なにで喜びを感じるかは人それぞれであり、なにを優先するのかは自分で決めればいいんだと、当たり前のことを気づきなおす富山旅行だった。旅行じゃない、出張だった。
関東で見たことがない、このファボールサンドという長いパンがうまかった
そして始まるインタビューの第二部
ここから先は移住の話とはあまり関係なく、私が日比野さんに聞きたかったことの記録となる。ある意味、インタビューの本番はここからなので、ご興味のある方は引き続きお読みください。
――今更の質問ですけど、出身はどこですか。
日比野:「岐阜の生まれ。海から遠い場所で、河口まで約40km。初めて釣りをした記憶はないけれど、幼稚園のころ、親に連れて行ってもらったのが最初なのは間違いないかな。自分で道具を用意して釣ったのは小学校1年。落ちていた竹に、落ちている糸やハリをつけて、ハゼを釣ったのは覚えている。頻繁に行ってたのは長良川で、釣れるのはフナ、ナマズ、ウグイあたり」
――海釣りではなく川釣りからスタートなんですね。やっぱり釣ったら食べてました?
日比野:「全部食ってた。フナは洗いか、フナ味噌という郷土料理。大豆と一緒に味噌とかで汁が無くなるまで煮たやつ。もうつくる人はほとんどいないんじゃないかな。ナマズは天婦羅かフライ、ウグイは甘露煮とか」
河合:「フナ味噌ってそうなん? 鯉こくみたいな味噌汁かと思ってた!」
秋の山っていいですね
日比野:「釣ってきたものイコール食べるもの。その中にいたから、釣ったら持って帰りたいっていうのが自然に植え付けられていたので、そこから脱却するのが大変だったんですよ」
――脱却とは?
日比野:「長良川はまあまあきれいだったんだけど、その支流のきったない小さい川にも通っていて、そこで釣ったフナとかを家にあった池にいれておくと、じいさんが勝手に料理しちゃう。親父に『持って帰るな!』って怒られて。自分が釣ったものでも、臭いのは喉を通らない。ナマズはあれでトラウマになりましたね」
――そういう話ですか。ブラックバスのキャッチアンドリリースの話かと思ったら。
日比野:「ブラックバスも持って帰ってみんな食べていましたね。小学校の5年か6年のころ、ブームに乗って安いリール竿を買って。最初に釣ったのはちっちゃくて、その直後に推定45cmの大物が掛かったんだけど、竿をぶん曲げられて、なけなしのおこづかいで買った1050円のルアーをロストするという。その1匹目は刺身で食ったのかな」
――淡水魚の刺身!寄生虫的にダメなやつだ
日比野:「普通に刺身で食べてましたね。バスだけじゃなく、フナからコイから淡水魚を生で食べる地域だったから。絶対ダメなんですけど。ブルーギルはバスよりも先にたくさん釣っていて、川で一歩も動かず100匹とか釣れましたね。しかもでかいんですよ。糸が切れない限り延々釣れる。手のひらサイズ(ブルーギルとしては相当大きい)が100発100中。そのまま料理してって母親に言うとさすがに怒られるから、自分で三枚におろして、唐揚げとかで食べてましたよ」
本命のナメコはまだベビーサイズ。ちょっと早かったみたいだ
日比野:「昔だから、そこいらで焚火して、塩を掛けて焼いて食ったりもするんだけど、一回塩を忘れてそのまま焼いたら、めっちゃ生臭くて。『塩すげえ!生臭さを抑えていたやん!』って興奮しました」
――塩すげえって。なかなか体験できない原体験だ。
高校を卒業後、進学のため神奈川県で1年間過ごし、翌年から通う学部のあった三陸へ。そこは学校の裏に熊や鹿がくるような田舎町で、住んでいたのはアパートから海まで歩いて1分だが、一番近い商店(ホットスパー)までは7km。そこは夜7時閉店で、イルカの心臓とか普通に売っていたとか。
当時は極太サンマが一匹30円、脂の乗った戻りガツオも一匹300円で、自分で釣ったり、漁師の大家などからもらうことも多く、舌が肥えまくりの青春を過ごしたので、今でも魚の味にうるさい二人なのだった。
森には毒キノコもたくさん生えているよ
捕まえて食べる判断基準
日比野さんの食べ物に対する、偏見のないフラットなスタンスが好きだ。ナメクジやアメフラシを食べているなと思ったら、イタドリでオシャレなジャムとか、キンモクセイでキュートなゼリーをつくったりするギャップも魅力。かといって、やたらめったらなんにでも手を出すという感じでもない。
――日比野さんは一見なんでも食べちゃう人みたいだけど、単純な受け狙いとは違いますよね。食べる食べないの判断、興味を持つかどうかの基準ってどこなんですか。
日比野:「分かりやすい基準があって、食材として考えたときに、どれぐらい意味があるか。たくさん簡単にとれるものがあって、それが食べられたらすごいラッキーじゃないですか。例えばイナゴとかはそうですよね。普通に大発生して美味しいから普及した。逆にめちゃめちゃあるんだけど普及しない、流行らないのが野生の豆とか。小さくて効率が悪い。それは野菜を育てるとよく分かります」
――なるほど。効率重視なんですね。
日比野:「もう一つは、少なくても小さくても、食べてみたくなる個性があるもの。食材としてとんがっているもの。ハーブとかスパイスと同じで、少しの量でもインパクトがあるものなら、使い方によっては光る可能性があるので。ミントとかドクダミとかカメムシが同じラインに位置してくる感じですかね。その利用価値を考えるのが楽しい」
――カメムシ! 昆虫食のジャンルだと、買ったタランチュラやサソリを食べる人も多いですが、そういった自分では手に入らないものを、お金出して食べたい欲望もありますか?
日比野:「それが興味を満たしてくれるなら、それはそれでいい思います。昔はそういうのもかたっぱしから試してみたいっていう感覚もあったんですが、養殖されているやつって、誰かが決まったエサを与えている。エサによって味が決まっちゃうっていうのは分かっているから、天然状態の味と同じとは限らない。養殖されたものは養殖されたものっていうジャンルでしかない。養殖物だけを食べて、『〇〇を食べたことがある』って、うまいまずいを言うのはちょっと違うかな。今の時期ならジョロウグモがいいですよ。虫としてはでかくなるし、抱卵してくると身詰まりが良くなるんですよ。これは食べない理由がないですね」
――ジョロウグモ……ですか。
こぶしよりも大きなムキタケを見つけて喜ぶ日比野さん。収穫の喜びはいつだってプライスレスだ
日比野:「売っているザリガニとかも、茹でてから冷凍したものだと、やっぱり質が落ちると思うんですよ。そういうのを食べて、大したことなかったとかいうのはどうなんだろうなって。最高の状態を食べて評価したいじゃないですか。仮にまずかったとしても、自分がどこで捕って、どう料理したのか分かれば、まずかった理由がちゃんと説明できる。
――一人トレーサビリティだ。前に東南アジアから輸入されたコガネムシの揚げたやつをもらって食べましたが、それがすごくまずくて。でも何が理由でまずくなったのかは分からなかった。酸化してまずくなったのか、調理法の問題なのか、そもそもコガネムシがまずいのか。
日比野:「環境で味が変わるといえば、分かりやすいのがガの幼虫ですよね。特定のエサしか食べないタイプだったら味も固定化される。有名なものだと桜の葉っぱだけで育ったサクラケムシ(モンクロシャチホコ)とか」
――桜餅の香りがするっていいますね。
まさかのムラサキシメジに喜ぶ二人。訪れるのが数日ずれていたら出逢うことのなかったキノコだ
日比野:「逆に広食性で、あれも食べる、これも食べるっていう幼虫だと、何の草を食べたかで味が変わってくる可能性がある。そこまで把握した上で『△△で育った〇〇の終齢幼虫を食べた』って言えないと、ちゃんとした評価はできない。料理によっても印象が全く変わってくるし、難しいですね」
――幼虫の種類だけじゃ情報量が足りな過ぎると。ソムリエがワインを評価するときに、国やブドウの銘柄だけでなく、畑の状況や年代、醸造者の個性などを把握しておくのと一緒だ。
日比野:「興味がありつつ、まだ試せていないのがセミ。セミって幼虫の期間は土の中で根から汁を吸って、何年もかけて成長している。あまり動き回らないだろうから、同じ木に依存して育つはずなので、ちゃんと食べ比べて『〇〇の木で育ったアブラゼミはうまいんだぜ!」って言えるようになりたい。味の違い、絶対あると思うんですよ。そういう話ができるようになったら濃いなーって」
――濃いですねー(白目を剥きながら)。
この見た目で食用キノコってすごくないですか
日比野:「きっと成虫でも味が違うんですよ。その可能性はクスサン(ヤママユガ科のガの一種)が教えてくれました。幼虫の味が違うのはまだ分かるじゃないですか。体の中に葉っぱの風味が染み込んでいるんだなっていうのは。でも蛹になる時点で糞をして、余計なものを全部排出して生まれた成虫のガが、幼虫時代の食草を味で反映しているっていう」
――これが数日前なら、さっきからこの人なにいってるんだろうって思うところでしたが、アカムツの体液だけを吸って育ったアカムツノエがすごくうまかった実体験があるので、今ならすべてを素直に聞けます。続きをどうぞ。
日比野:「クルミの葉っぱを食べて育ったであろう幼虫の成虫は、クルミの味がしたんです。クルミの実じゃなくて、アクの強い葉っぱを食べていたのに、実を焙煎して中を割って食べた、あの味がものすごいするんですよ!」
――それはすごい! でもガを食べながら「胡桃の味がする!」っていっても誰も信じないですよ。よくガを食べようと思いましたね。
日比野:「昔はそんな気、全くなかったんですよ。鱗粉だらけで食べるに値するとは思っていなかったんだけど、長野の食文化にカイコの蛹だけじゃなく、成虫を食べる文化があることを知って。鱗粉を洗い流して佃煮にして、缶詰とかにもなっていた。食べるとたまに卵がボリボリってしてアタリ。そういう経験があったから、クスサンの成虫も大丈夫っしょって食べてみたら、やべえこいつって。めっちゃクリーミーでジューシーじゃん。見た目がそのままなので、かなりえぐいですけどね」
――美味しいんでしょうけど、成虫のガはちょっと迷いますね。ガかー。
日比野:「クスサンはいろんな植物につきます。実家にあったイチョウの木に毎年大発生していたけど、あれはギンナンの味がしたのかなー。数年前にクリの木に大量発生しているのをみたけど、食べておけばよかったなー。樟脳の原料になるクスノキを食べて育つとどんな味なのかなー。でも欲しいときに手に入らないんだよなーって思うんです」
クスサンの詳しい話はこちらをどうぞ。茹でたオスがおすすめだそうです。
――そういえばスギ花粉も食べてましたね。あれはどうしちゃったんだって思いました。
日比野:「試した理由は、まずそこに大量にあるから。ブワーって出てくるじゃないですか。手に届くところにスギの花がぶらさがっているから、たくさん簡単に採れる。でも誰にも見向きもされない。自分だけ美味しく食べられれば一人勝ちっていう可能性を秘めているので」
――それはまたずいぶんなギャンブラーだ。
日比野:「もう一つの理由は、私がスギ花粉症だから。アレルゲン物質はうまく使うとアレルギーの対策になる可能性もあるじゃないですか。スギ花粉入りの飴も発売されているので、博打的な使い方ですが、予防に使えるならラッキー。最悪、盛大に悪化する可能性もあるんだけど。調理中はくしゃみが出まくりました」
――ええと、とりあえず死なないでくださいね。
日比野:「やっぱり美味しいかどうかが大事なんですけど、まあまずい。麺にもしたんですけど、料理のチョイスを間違えましたね。生地の色はすさまじい黄色で、おもしろいかもって思ったら、小麦粉のつなぎの効果が打ち消されて、なにしても麺にならない。サラッサラって崩壊してく。あのサイズのガラス玉を触っているみたいな絶望感がありました」
「ざざむし。」をスタートさせた意外な理由
効率を重視しているといいつつ、明らかに効率を無視した労力を掛けてリスクも背負い、全力で誰も知らない最適解を突き詰める姿勢がかっこいい日比野さんだが、最近は「ざざむし。」の更新が滞りがちになっている。それを寂しく思っている読者も多いはずだ。
クライマックスはコガネタケの見事な群生だった。この話は「ざざむし。」に掲載されるのだろうか
――「ざざむし。」は1999年~2005年に書かれていて、その後10年間の空白があって、2015年に復活しています。最初はどういう経緯でつくったサイトなんですか?
日比野:「自己主張がしたい訳ではまったくなくて。もともとは自分の好きだった場所がいつのまにやら埋め立てられたり、工事されたりして無くなっていくのが嫌で、そこに貴重な生き物がいることを分かってもらいたいから。それを多くの人に知ってもらうためには、情報を流布しなければいけないんだけど、普通に伝えたところで興味のある人しか見ないから、結局はそれを前から知っている人だけの分離された世界でしか広がらない。結果的に大好きな場所が消されていく。間をつなぐものは何かないかなって考えたとき、あの時代ってまだテレビでゲテモノ番組が定期的にやっている時代だったから、これはどうかなと」
日曜日は河合さんの家で晩御飯。採ってきたキノコの天婦羅をメインに、昨日釣ったアカムツなどをいただく。刺身は寝かせたことで旨味が倍増していた
――環境保護の遠回りな啓蒙活動的な視点からスタートしているんですね。
日比野:「食べるっていう、一見すると『え!』っていうマイナス部分から入っても、実はそれが美味しいとか、こんなかわいい面もあるんだとか、プラスのイメージにつながるおもしろい結果が載っていれば、その生物のいる環境が心の中に刻まれる。ふと目がいったときに『あ、こんなところに〇〇がいるんだよね』って思ってもらえる。ある意味、炎上商法と同じなんですよ。存在を知られてなければ、ゼロと一緒なんで。それで引き付けられない人はもともと見ない人なので、マイナスにはならないから。引き付けられた人をプラスに転じられるようにできればって当時考えたんだけど、そこまで理解して見てくれていた人はほとんどいなかったかも。だいぶ後になって、ある人から『あれのサイトってこういう意味だったでしょ』って言われて、意図を汲んでくれた人もいることがわかってうれしかったです」
――「ざざむし。」というタイトルの由来は? 長野の伊那地方とかで食べられている、川虫のことですよね。
日比野:「タイトルも分かりやすく、どこか心に残るものじゃないと意味がないなって。ざざむしって自分のイメージだとまったく何の問題もない食材だから心に残らないんだけど、高校のころ、生物の先生が冷蔵庫からざざむしの佃煮を取り出して見せたら、周りの反応がすごかった。商品として普通に売っているものなのに、こんな反応があるっていう。だから一つの象徴としてアリなのかなと名前をもらいました」
――そんな経緯があったんだ。
日比野:「『ざざむし。』は前からゲーム攻略とかCGとかをやっていっていた個人サイトの一部として始めたもの。奇食自慢がしたいだけだったら自分の存在をアピールするんでしょうけど、そこでは自分のキャラクターを出すつもりがないんで、サイト本体のページに戻れない設計にしました。前からサイトを見ている人はともかく、検索とかで入って『ざざむし。』から見た人には、管理人が何をしているのか全然分からない。余計なイメージを植え付けることは趣旨の邪魔になるんで、戻れないようにしたんです」
――え、ゲーマーで絵描きだったんですか! それが今回一番の衝撃かも。
日比野:「自分の存在を前に出して自然保護を訴えることで、あの人がやっているんだったらって賛同してもらうという考えもあるかもしれないけど、それだと象徴的な人がいなくなったら興味が薄れちゃう。それって本質が違うじゃないですか。
日比野さんとカメラマンが疲れ果てて寝息を立てる中、手打ちそばを準備する河合さん
――最近になってサイトを復活させた理由は?
日比野:「仕事が忙しすぎて2005年に一旦サイトを閉じて、友達に勧められて2015年に復活させたのかな。あんまり覚えてないですね。会社を辞めて時間もできたし、やらない理由もないし」
――日比野さんの記事は、いわゆるブログの日記的な物じゃなくて、それぞれが論文というか物語であり、報告書になっています。これ書くの大変だなーと思いますけど、富山に移住してまた記事が増えるかと期待したら、更新頻度が減りましたね。
日比野:「いろいろ考えると、記事を書く意味があるのかなーって思っちゃって。
アフィリエイト収入の維持に意味を求めちゃうと、それは違うかなと。アフィリで稼ごうと思えば更新のネタはあるんだろうけど。でもやめたつもりもないので、何か納得いく結果になれば。書きたい欲と書きたくない欲があって、まあ今日は書こうかってなったら。直感でおもしれーってなるのが、もう少ないんでね」
――確かにまだ誰も書いてないおもしろいネタって、よっぽどのことがないと見つからないです。
日比野:「自分が書き始めた当時は、ネットで情報を調べようと思ってもほとんど見つからなかった。でも今はいくらでも出てくるし、最近やっている人はレベルが高くて、めっちゃ尖っている。ツイッターにいる人たちの化け物っぷりとかおかしいから、自分が発信しなくてもいいんじゃねえのって思いだしたのもあって。でも人気があるだけのユーチューバーとかブロガーが検索では上位に出て、内容がスカスカだったりするんですよ。タイトル詐欺みたいな。そんなんだったら同じテーマでも、すごく真剣に考えてやっているけどまだあまり知られていない、マイナーなサイトへ読者を誘導してあげるのも役割なのかなっていう気はする。でも発信しようと思っている人と、そうでもない人がいて。今は目立つと文句を言う人も多いから、面倒くさい思いをさせるくらいなら、今のまま好きにやってもらえばいいのかなーって思っちゃう」
――なにか書こうと思っているネタはあるんですか。
日比野:「あるエリアに生えてるって分かってから、3年掛かってようやく見つけた美味しい植物があるけど、それは絶滅危惧種だった。その情報を出すことで、みんなが採りにいって絶滅しちゃったら残念じゃないですか」
――東京の干潟を守る活動をしている人も、ここに貝がいるよって発信すると採りに来る人が増えちゃうけど、発信しないと誰も関心を持たないから埋め立てられるって言ってましたね。
日比野:「守りたいんだけど、保護指定をする動きになったらなったで、もし人知れず食べている地元の人が一人でもいたら、それはとても申し訳ない。直接関係ない外部の人間の働き掛けで、その人の食べる楽しみを奪うことになるんだから。保護活動が自己満足になる」
ナメコやヌメリイグチをたっぷりと使った贅沢なキノコ蕎麦
日比野:「最近の『ざざむし。』は口うるさい内容が多い、説教臭くなったってコメントが付くことあるけど、当然そうですよって。好かれる必要がないっていうのは楽です。有名になって人に好かれる必要が生まれて、言うべきことが言えなくなるのは本末転倒な訳で。昔から良かれと思ってなのか意見を言ってくる人も多いけど、役立ちそうにない意見は完全スルー」
――ウェブでの活躍もいいんですけど、例えば「ざざむし。」をまとめた本を出したりはしないんですか?
日比野:「これまでに話はたくさん来ましたけど、自己主張が無さ過ぎて、本を出すという気にまったくならない。情報も古くなっているし。もし出すとしたら、その本の目的は何なのか。そこを突いてくる編集の人がいたら、やってもいいのかもしれない」
日比野さん、ありがとうございました!
日比野さんの暮らし方や生き方は、真似しようと思ってできるものではないし、その必要ももちろんない。なにを優先して生きるかは人それぞれで当然だし、趣味は分散したほうが助かると本人も言っている。世の中にはこういう人もいるっていうだけの話で、みんながアカムツノエやジョロウグモを食べたがる必要はない。
自分の価値観をしっかりと持った上で、捨てるものと残すものを選び、現在の状況から導き出した最適な生活をしているだけ。もちろんリスクのある生活だが、関係ない誰かに否定されるものでもない。
また来年の春くらいに会いましょう。
我が家から何百キロも離れた場所に住む日比野さんや河合さんと会うのは、年に1回か2回程度。今後は数年に1回になるかもしれない。それでも会いにいけば絶対に楽しい友人が、会おうと思えば会える場所に住んでいることが、とても心強いのである。
河合さんがポツリとこぼした「たまに誰か来たほうが掃除をするきっかけになるわ」という言葉に甘えて、また遊びに行こうと思う。
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著者:玉置 標本
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。
Twitter:https://twitter.com/hyouhon
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