
唯一無二の存在感で、多くの人を魅了する俳優・坂口涼太郎さん。俳優の他にも、ダンサー・シンガーソングライター・歌人などさまざまな顔を併せ持ち、幅広い表現活動で輝きを放っています。2025年にはエッセイ集『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』(講談社)が出版され、心のままに踊るような筆致にも注目が集まる坂口さん。今回は表現の源泉となった出身地・神戸の街や、東京でのひとり暮らしについてお話を伺いました。
個性花開く街・神戸に、私のソウル=魂がある

―― ご出身は神戸と伺いました。坂口さんにとって神戸はどんな街ですか?
坂口:色とりどりの異文化が入り混じる街。北野異人館や元町中華街といった代表的な場所だけではなくて、店先や歩く人の装いからもそれを感じます。世界中から人が訪れる港町ですからね。入ってきた文化をみんな思い思いに受け入れて、取り入れているのだと思います。
私のお気に入りの場所は、三ノ宮や元町の高架下に並ぶ古着屋さん。ビビッときたアイテムを買って組み合わせたりリメイクしたりして、自分なりに好みのファッションを楽しんでいました。持っているものを組み合わせて表現する楽しさは、今の仕事にも通じるところがあります。
―― お芝居・ダンス・文章など、今仕事にされている表現の源は神戸にあったと。
坂口:そうですね、私のソウルは神戸にあります。幼い頃から両親に連れられてさまざまな表現に触れていたことも影響として大きいと思います。ミュージカルやサーカスを見に行ったり、街中のジャズ喫茶に音楽を聴きに行ったり。そんな中で出会ったミュージカル『キャッツ』に魅了されたことがきっかけで、「自分も表現してみたい」と、自宅のちゃぶ台の上で歌い踊るようになって。そのうちダンススタジオに通い始めて、自分の身体を使って表現する喜びを知りました。
演技の世界に触れたのは、ダンスで舞台に上がり続けていたら、俳優の八十田勇一さんから「俳優になれば、しゃべれるし、踊れるし、歌えるよ」と声をかけられたから。とてもしゃべりたそうに踊っていたみたい(笑)。その言葉に導かれて、俳優の道に進むことになりました。
―― 俳優・坂口涼太郎の原点となった場所ですね。
坂口:人生の転機をくれた場所であり、思い出の場所です。今思い返すと、スタジオの出で立ちも素敵でした。外観は蔦に覆われていて、中に入ると昔の外国の家みたいなこだわりのインテリアがたくさん置かれてあって。
今の自分の部屋にかわいいものをたくさん詰め込んでいるのは、あの空間への憧れがあったからかもしれません。実家の部屋は、もともとあったものや学校に必要なものが溢れかえっている状態だったから、大人になって一人暮らしを始めるタイミングで自分の好きなものだけを集めようと一念発起しました。
―― 欲望が爆発したんですね(笑)。
坂口:そう(笑)。私、実家暮らしが長かったんです。高校生の時、父の転勤で神戸から神奈川に引越して、30歳まで実家にいました。だからなおさら、ゼロから部屋をつくり上げていく喜びは大きかったです。暮らし始めて早6年目。お気に入りが詰まった最高の住環境になりました。
引越し欲よりも愛着が優ってしまう5.8畳のマイルーム

―― 東京で一人暮らしすることになって、運命の物件に出会えたのですね。どのように探したのでしょう?
坂口:ふらっと通りがかった街の不動産屋さんの壁に貼りだされているのを見つけたんです。ネット検索でいろいろ物件を見ていたので、アンテナが反応しやすくなっていたんでしょうね。「こんなところにあったなんて!」という不意打ちの出会いでした。
決め手は眺望。4階建てのマンション最上階の部屋で、建物自体はそんなに高くないけど、周囲に視界を遮るものがなくて空が大きく見えるんです。ベランダに出るともう一面が空。青空の下で短歌を詠んだり、夕日を見て過ごすのが息抜きになっています。部屋はかなりコンパクトだけど、開放感は抜群。
―― どんなお部屋なのか、すごく気になります。
坂口:5.8畳なんですけど、意外と窮屈じゃないし居心地いいですよ。手を伸ばしたら物が取れるし(笑)。ヨガや筋トレをしたい時も身体をぶつけながらだけどなんとかやれちゃう。たまに不都合なことが出てきたりすると「引越したいな」と思うタイミングもあるけど、工夫すれば解決できちゃって、むしろお気に入り度が増すんです。
例えば……執筆の仕事をするようになって、机の上でスタイリッシュに作業したいけど、うちは狭くて机と椅子が置けない。今あるちゃぶ台だとかなわない。広い部屋に引越そうかとも考えましたが、折り畳みのテーブルを買ったら「あれ、なかなか心地いいぞ」と。引越す必要がなくなっちゃいました。
―― 不都合だったはずなのに、むしろ愛が深まってしまったと。
坂口:最近も本が積みあがった床に嫌気がさして引越しを考えたんだけど、本棚を取り入れたらまた愛が深まって。並んでいる背表紙の言葉たちが、インテリアみたいに目に飛び込んでくるでしょ。お守りのように安心する空間ができました。
嫌な部分がみえて「失敗した!」と思っても、「じゃあどうしよう」って考えたらちゃんと解決して、いい方に向かう。私の暮らしはその連続です。
理想の空間を“あきらめ”たらお気に入りに

―― お話を伺っていると、「理想がすべて備わった物件を見つけないと」と力む必要はないのかもと思えてきました。
坂口:そうですよ!すべてが備わっていることなんて基本的にないと思います。これは「引越したい!」という衝動が沸き起こるたびに物件を見て回って気づいたこと。著書の『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』でも綴りましたが、私、衝動にまかせて貯金がゼロの状態で内見しちゃうタイプなんです。「ここで理想の生活を!」と目を輝かせては、貯金ゼロの事実を思い出してガッカリする。
そんな経験を繰り返して、今ある環境をああだこうだ言うのではなくて、現状を“あきらめる”ことが必要だなと気づいたんですね。“あきらめる”とは、本来“あきらかにする”こと。自分の現状を明らかにして、今持っているものやできることで、どうお気に入りの環境をつくっていくかが大切だと思うんです。
―― “あきらめる”ことは、決してネガティブなことではないと。
坂口:手の届かない理想をちゃんとあきらめて、自分にあったものを探していけば、生活はラメのように輝いていく。私はこれを「あきらめ活動」、略して「らめ活」と呼んでいます!
―― 諦められないこだわりがある場合はどうしたらいいですか……?
坂口:カスタマイズしちゃう! 私、ガスコンロに関しては「2口と魚焼きグリル付き」がこだわりだけど、今の物件はそれがなかったから自分で買ったの。でも、いざ買ってみたらキッチンスペースに収まらなかったから、今度は拡張するための台を取り付けたり、高さを調節したりしてなんとかしました。服をかけるハンガーラックは、備え付けのものが壊れたから自分で手づくり。なかったり壊れたりしたら、チャンスだと思ってお気に入りにカスタマイズしています。
―― 見習いたいです! 台所とか料理にもこだわりがあるんですね。
坂口:実はひとり暮らしを始めるまで、ちゃんとした料理をしたことがなかったんです。おいしいものを食べるのは得意だから、どういう味付けをしたらおいしいかわかるし、やればできるでしょと思っていた。
そんな気持ちで、新居で実家からもらってきた料理道具を駆使してキャロットラペをつくったのが初めての料理だったんですが……もう散々でした。ピーラーで人参の皮を剥いたら、指の皮を剥いちゃうし。今でも痕が残っているくらい思いっきりいってしまって、なんとか血を止めようと2時間格闘しました。
ああ、私はなんて浅はかだったんだと思いましたね。お父さん、お母さん、私に食事を与えてくれてありがとう……って。そのままは悔しかったから、血が止まってから再挑戦してなんとか完成したキャロットラペ。とってもおいしかった。今ではお料理、もとい“(涼太郎ならではの)お涼理”は生きがいです。
―― 東京の一人暮らしを始めて、他に印象的だった変化などはありますか?
坂口:「仕事現場、近い!」が一番印象的でしたね。神奈川の実家にいた頃は、どんな現場にいくにも片道1時間以上かかっていたので大きな変化でした。楽だけど、短くなった移動の間にできることがあまりなくて、改めて「無駄」の大切さを感じています。
移動の時間って、無駄だと思えば無駄になってしまう。でもその時間でいつも見られない空を見られたとか、車窓からの景色に感動したとか、本を読む時間になったりとか、そういうことで気分が変わるんですよね。今は「タイパ」や「コスパ」という言葉をよく耳にしますが、無駄があるからこそ生まれるパフォーマンス、「無駄パ」もあるのではなんて思っています。
―― 最近ではどんな愛すべき「無駄」があったのでしょう?
坂口:ふらっと散歩に出かけて、気に入った場所をみつけて執筆をしています。喫茶店に入ってみたり、スカイツリーの最上階にあるカフェで書いてみたり……(笑)。自分でも「なんでここで?」と思っちゃうけどおもしろい。気分転換になるから、用事がなくてもよく出かけています。自宅でサササッと書く方が時間が節約されて効率的なのかもしれません。でも私にとっては、無駄じゃない大切な時間です。
憧れの道が、自分の道とは限らない

―― 無駄すらも愛し、心の糧にする暮らし、とっても素敵ですね。自分らしい時間や場所をつくっていく坂口さんのように生きるにはどうしたらいいですか?
坂口:自分の持ち味とか自分の中にあるものを明らかにして、それを活かすことを一番に考えるのがいいと思います。お気に入りの部屋づくりと同じ。仕事にも通じることかもしれません。
私も、自分の生まれ持った身体や性格を活かすことを考えていたら役をいただけるようになって、俳優の仕事ができる道が開けていった。憧れの先輩方のやり方をなぞるだけでは見つからなかった、私らしい道を選んでこられたと思っています。
―― 憧れや理想の中に正解があるのではとつい考えてしまうことがありますが、そうではないのですね。
坂口:憧れや理想の中には、本当は自分に必要のないものも含まれているかもしれません。確かに有名になることやお金を稼ぐことは、仕事を続けていくために必要かもしれないけど、私の場合はそれ自体が欲しいのではない。本当に欲しいのは、人前に出て自分の身体を使って表現して、お客さんに喜んでもらえる喜びです。
自分にとって一番必要な要素を見逃さないこと。そうすれば、自分らしく心地よく生きていけると思います。
―― 表現することが本当に好きなのですね。坂口さんの演じる役に唯一無二の存在感がある理由が、今のお話に表れている気がします。
坂口:うれしいです。私自身に注目されるよりも、役に注目されるほうがうれしいんですよ。役名を覚えてもらえることが積み重なって、「あの役を演じていたのは誰だろう」と興味を持ってもらえるから、坂口涼太郎という看板を掲げて仕事を続けてこれました。続ければ何かにはなれるんだと今感じています。
―― 希望を感じる言葉です。
坂口:続けられるのは、根源の喜びがそこにあるから。もし自分のことがわからなくなったら、続けてきたことに目を向けるのがいいのかもしれません。そして時には、途中で「向いてないや」と気づくこともまた、自分を明らかにすることであると思います。これからも自らの感覚を信じて進んでいきたいです。
お部屋も自分色にしちゃえばいい

―― 最後に、住まいを新たにしたいとか生活を変えたいなと考えている方々にメッセージをお願いします。
坂口:完璧なんてないと思う。物件も、生活も。最初から用意されることなんてありません。生きる場所も、働く場所も、思い描く完璧をあきらめて目の前にあるものをどう自分色にしていくか。そんな「らめ活」をやっていってほしいです。
お部屋も自分色にしちゃえばいい。自分の幸せを一番に考えた部屋をつくっていってほしいです。引越して、これから自分の城ができあがっていくわけでしょ。家具も、電化製品も細かな道具も、自分の好きな色を意識してみると、ときめくものが明らかになっていきます。
ずっと目にしておきたいもの、周りに置きたいものを探していくことで、自分を知っていける。見つけたものは人生の糧になると思います。好きじゃないものに対するアンテナも機能するようになって、きっとどんどん生きやすくなりますよ。
―― ご自身の生活のこれからについて、思い描く未来はありますか?
坂口:今の部屋での生活が心底気に入っているから、基本的には変わらないと思います。同じマンションの人はちょこちょこ引越して出ていくけど、私は離れられない。部屋の隣にもうひと部屋借りたいくらいの気持ちです。執筆部屋にしたり、ヨガ部屋にしたりと割り振ったらおもしろそうじゃない!?
―― 坂口さんの「おうち愛」がひしひし伝わってきました。それでも、どうしても引越さなければならないとしたらどんな街を選びますか?
坂口:うーん、(神奈川県・三浦半島の)葉山なんていいかも。一色海岸が好きで、昔から夏になるとよく遊びに行くんです。泳いだり、海岸で本を読んだり。神奈川の実家が海の近くで、散歩でちょっと海岸沿いを歩くのが癒やしだったから、いつかかなうとうれしいな。願って行動すれば、きっとかなうと信じています。

お話を伺った人:坂口涼太郎

1990年生まれ。兵庫県出身。2010年に俳優デビューし、映画「ちはやふる」シリーズ、連続テレビ小説「らんまん」など話題作に多数出演。2025年、エッセイ集『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』を出版した。独創的なファッションやメイクも話題を呼んでいる。
編集:株式会社GUINGA
