隣あうから似てるところも違うところも共有できる。【ぐるっと街観察 光が丘・成増】

著: 白方はるか(鳩) 

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フリーライター・イラストレーターのさんが、街の魅力を実際に住んでいる人、住んでいた人と散策しながら発見する「ぐるっと街観察」。4回目の今回は、「光が丘・成増」へ。

◆◆◆

今回の案内人:小川夫婦(夫・みき & 妻・れな)

小川夫婦(夫・みき & 妻・れな)

高校時代から付き合いはじめ、7年間の交際を経て2017年に結婚。みきの実家が成増、れなの実家が光が丘だった。現在は東京都心在住。

 

【これまでの引越し遍歴】

みき
 ・〜2017年 成増
 ・2017年〜 東京都心

れな
 ・〜2003年 父親の転勤で転々と
 ・2003年〜2015年 光が丘
 ・2015年〜2017年 埼玉県
 ・2017年〜 東京都心

 

小川夫婦が光が丘と成増に住んでいた理由

みきさんの祖父が九州から東京へ出てきたとき成増に住んだことをきっかけに、3代にわたりこの地に暮らしてきました。れなさんは、小学生のころに家族で光が丘へ引越してきて、大学4年生までの約12年間この街で暮らしました。現在ご実家は、別の街へ引越されています。

 

光が丘と成増の基本情報

今回歩いたのは「光が丘駅」と「成増駅」の間。「光が丘駅」は練馬区にある都営大江戸線の終着駅で、新宿駅から30分ほどでアクセスできます。一方「成増駅」は板橋区にある駅。東武東上線のほか、ほぼ隣接した「地下鉄成増駅」の東京メトロ有楽町線・副都心線が通っていて、池袋へ10分、渋谷へ35分ほどでアクセスできます。2つの駅間は、バスや自転車が主な移動手段です。

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1942年、光が丘周辺には、日本陸軍の飛行場がありました。戦時中は神風特攻隊の出撃基地としても使われていた飛行場ですが、戦後の1947年から70年代までアメリカ空軍の家族宿舎「グラントハイツ」が建設され、多くのアメリカ人たちが生活を営んでいたそうです。その後、その敷地は日本へと返還され、都内有数の大団地として生まれ変わりました。

今回は、そんなグラントハイツの跡地の3分の1を使ってつくられた「光が丘公園」を中心に、街を散策します。

住んで歩いて気がつく街のこと

待ち合わせは、光が丘駅の改札前。小川夫婦の案内のもと、駅直結のショッピングモール「IMA(イマ)」の地下1階、フードコートへ向かいます。

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訪れたのは「東京ラーメン 大盛軒(たいせいけん)」。昭和53年、江古田駅前に創業、光が丘に移転した昭和59年から30年以上にわたり地元に愛されているラーメン店です。日曜日のランチタイム、店の前にはフードコートのテーブルが空くのを待つ10人以上の列が。SUUMO編集部の岡さんと合流して、私たちも並びます。

小川夫婦が注文したのは「チャーシューメン」と「四川麺」と「餃子」、岡さんは「火焔湯麺(かえんたんめん)」、私は「四川麺」の少なめ。

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真っ赤な火炎湯麺は、ビリビリしびれる辛さ。真っ赤なスープとギンガムチェックのトレイの組み合わせが、かわいい

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大きめの、もち豚餃子。一口噛むと肉汁がぶしゅぅっと飛び出る。餃子はテイクアウトも可能

みき「光が丘でラーメンといったらココで決まりです。ショピングモールのラーメンの味のレベルを超えてるんですよ。麺も具もしっかり量があります」

れな「たぶん3年ぶりに食べたけど、やっぱりおいしいですね。子どものことから、ずっと食べていたから、味の記憶に思い出補正が入ってるかも……と心配していたけど、期待を裏切らないおいしさでした(笑)」

ラーメンでお腹を満たしたあとは、ショッピングモールをぐるっと散策。スーパーから鮮魚店、豆腐屋、レストランもファストフードもファッションも。生活に必要な有名チェーン店が、まるっと網羅されている印象です(個人的には、サイゼリヤもサブウェイもあって、羨ましい)。

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れな「友だちとおしゃべりしたり買い物したり、懐かしいなー。私、このモールの上層階にあるピアノ教室に通ってたんですけど、発表会も同じフロアにあるホールでやったんです(笑)このモールには、小・中学生時代の思い出がたくさん詰まっています」

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ショッピングモールを出ると、目に入るのは高層マンションと団地の棟。光が丘団地は「団地」と聞いてイメージするとおりの、きれいに整備された風景が広がっていることもあり、ドラマやアニメ作品の舞台にもよく使われています。

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驚いたのは、駅→ショッピングモール→公園と、道が直結していて、車道を通ることなく公園へ向かうことができること(まるでテーマパークのよう)。公園の入り口まで続く歩道は、道幅が広く、両脇に背の高い街路樹とベンチ、飲食店などが並びます。

れな「私たちの初デートは、そこにあるドトールだったね」

みき「僕たちは違う高校に通っていたんですが部活をきっかけに出会って、たまたま家が成増と光が丘で近かったので、僕が帰り道の方向を口実に一緒に帰ろうと誘ってました。ここらへんは当時も一緒に歩いた場所です」

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光が丘公園へと通じる贅沢な歩道。買い物帰りの人、犬の散歩をする人、ベンチに座って休憩する人、デートする人、楽しみ方も人それぞれ

あらゆる場所にアクセスしやすく、子育てはもちろん、高齢になっても暮らしやすいだろうなと、街との長い関わり方がイメージできます。大きな歩道をまっすぐ進んで3分「光が丘公園」の入り口に到着しました。

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歴史を感じさせる公園の案内図

図書館や体育館、テニスコート、野球場、ゲートボール場、芝生広場、バーベキュー広場……さまざまな施設が内包されている、光が丘公園。練馬区最大の面積を誇り、23区内にある公園の中では、代々木公園や駒沢オリンピック公園よりも広く、その順位はなんと4位。Googleマップで見るとその広大さに驚かされます。

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「小学生のとき、友だち数人とコースを決めて自転車でよく走っていたなー」と子どものころの遊びを思い出すみきさん

園内にある施設のひとつ「バードサンクチュアリ」は、バードウォッチングできるスペース。れなさんのお父さんも、朝に通ってはカワセミを撮影していたんだそう。日曜日ということもあり、双眼鏡や一眼レフカメラを片手にした大人たちでにぎわっていました。

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窓から外を覗くと……

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23区とは思えない、のどかな風景が広がっていました

また、公園の中央にある芝生の広場には、大きな桜の木やテーブルもあり、春にはお花見客がにぎわいます。れなさんも、成人したあと友だちと公園でビールを飲んでカンパイした思い出があるんだとか。

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園内はとにかく広いので、他人との距離感を気にせず、悠々と遊びを楽しめます。園内にいる人たちを観察してみると、スケボーする人、サックスを吹く人、将棋を打つ人、虫捕りする人、紙飛行機を飛ばす人……子どもだけでなく大人たちの趣味もいろいろ垣間見えました。

みき「光が丘まで送ったあとの帰り道、ひとりでこの公園通るの、怖かったな。夜になると山奥みたいに真っ暗になるんです」

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公園の一部は深い森……(かなりの暗さ)。虫捕りしている人たちもちらほら。近くに置かれていた虫かごをそっと覗くと、カブトムシが…!

れな「そうそう。あと夏になるとセミの大合唱が始まるんですけど、それがもうロックフェスみたいな大音量で。セミが地上に出てくる前に公園を案内できてよかったです(笑)」

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公園の北にある出口から、今度は成増駅方面へと向かいます。

公園の近くは光が丘と同じように小さな団地もちらほら。なだらかな坂を下ると、少しずつ、個人商店や1人暮らし向けの賃貸マンションも増えてきます。みきさんの通っていた小学校の前を通り、歩いて10分ほどで駅前の大きな交差点に到着しました。

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川越街道は、車通りも激しい

美容室、花屋、カラオケ、レストラン、パチンコ店。光が丘の広々と整備された街のイメージから、小さな店が立ち並ぶコンパクトな街へと移り変わります。

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交差点を超えると、東武東上線「成増駅」の南口が見えてきました。そのすぐ横にある商店街「なりますスキップ村」をみきさんに案内してもらいます。

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駅前側の入り口に、モスバーガーを発見。なんとモスバーガーの1号店なんだそう。

先を歩いてみると、とにかくファストフード店が多く、連続する看板のならびに驚かされます。ハンバーガー、牛丼、天丼、ラーメン、そば、定食……有名なチェーン店の名前がほとんどリストアップされています。みきさんお気に入りのお店は、タイ料理のセーンタイ、ラーメンだと武蔵家、焼肉問屋バンバン(特にランチハンバーグ)、とのこと。

商店街の奥にはダイエー、小さい服屋と飲食店が並ぶ細い道。商店街のキャラクター、そのイラストの入った旗、道の面積に対して多すぎる自転車と歩行者……。私の実家(埼玉)も東武線沿線だからか、この風景にどこか懐かしさを感じます。

光が丘に住んでいたれなさんも、塾へ通ったり、友だちと遊ぶのに成増へ通っていたんだそう。最後に、成増のおすすめスポットを尋ねると「鳩のいるところに行こう」とれなさん。向かった先は、北口の高架でした。

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ふたりでこの道を一緒に歩いたりしたんだろうなと、踏切待ちの若いカップルを見て、しみじみ昔の二人に思いを馳せました

踏切を越えると、成増駅の北口前。西友や板橋区立成増アクトホールなどがあり、先ほどいた南口に比べると静かな印象です。そしてここが、みきさんとれなさんおすすめのスポットである、成増駅の北口の高架「鳩のいるところ」。

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れな「みきさん意外とロマンチストで、高いところから景色を眺めるのが好きなんですよ」みき「ロータリーを眺めたりね。晴れてる夕方にここへ来ると空がきれいに見えるんです」

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ところで、なんでココが「鳩のいるところ」なんだろう……?

みき「小鳥のモニュメントが設置されてるので、それで鳩のいるところって勝手に呼んでいます。夜になると、モニュメントに混じって本物の鳩が動いているのでビクッとするんですよ」

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たしかに、この時間も鳩がたくさんいました

整備されたモールが中心の「光が丘」とコンパクトな商店街が中心の「成増」。ふたつの真ん中に大きな公園があり、どちらともチェーン店とマンションを軸に街がつくられています。共通点もあれば違った魅力もある2つの街。小川夫婦と2つの街の個性を重ねながら、懐かしさとやさしい愛情を感じる街歩きになりました。


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光が丘・成増はこんな人におすすめ

最後に、光が丘・成増に住むなら、こんな人がおすすめ!というイメージを小川夫婦に聞きました。

小川夫婦から一言

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みき「成増は池袋や和光へ通う若い学生や社会人にぴったりです。ひとり暮らしにちょうどよい間取りの部屋がみつかりやすいと思います。ラーメン店はたくさんあるけど、ひとりでも入りやすい雰囲気のカフェやファッション系のお店は少ないので、女性よりも男性のほうが住みやすいかもしれません」

れな「光が丘は新宿方面へ通勤する人におすすめです。古い団地も多いので、3LDKもお手ごろな家賃で借りられることもあります。お店も区の施設も多く、ファミリーに特におすすめです」


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著者:白方はるか(鳩)

白方はるか(鳩)

1988年生まれ、清澄白河在住。近所の人には「鳩」と呼ばれている。IT企業でWebディレクターをしたのち、現在はフリーライター・イラストレーターとして活動中。ビールが大好き

Twitter:@tyore

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仕事の休憩時間を存分に楽しませてくれる街——神保町

著者: 山口 周

半蔵門線の新駅「神保町」

かつて、東京メトロ半蔵門線はたった5駅しかない小さな路線であった。渋谷-表参道-青山一丁目-永田町-半蔵門で終わり。それが三越前まで4駅延び、神保町を通るようなったのは1989(平成元)年、私が中学2年のころである。

田園都市沿線に実家があった私は、自宅から乗り換えなしで神保町へ出られるようになった。真新しい駅のホームの壁面には、積まれた本のイラストがあしらわれ、「本の街」をアピールしていた。今もホームの壁面はそのまま同じ絵だ。

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今も変わらぬホームの壁面

中野書店・漫画部と欧風カレーボンディ

神保町はカレーの街、B級グルメの街でもあるが、それは大学生になってからのこと。食事を自宅で食べる中高生にとって、神保町へ行く目的は純粋に“本を買う”一択で、買った本を喫茶店で優雅に読むことすらほとんどなかった。

主にマンガを買うことが目的で神保町へ出かけていた私は、神田古書センター2階の中野書店・漫画部へは必ず行った。ここは、日本で最初にマンガにヴィンテージ価格を付けた古書店だという。小さい店舗ながら、ガラスケースに陳列された数十万円する手塚治虫の初期単行本などは、眺めるだけでも面白い。

中野書店は残念ながら数年前に閉店し、現在は従業員だった人が夢野書店として引き継いで営業している。

ところで、この中野書店と同じフロアに、神保町を代表する老舗のカレー店「ボンディ」があり、マンガを見ているとやたら良い匂いがしてきて、腹が減ってしまうのだ。古めかしい喫茶店のような看板や内装にもそそられた。ところが、店頭にメニューの類が一切掲示されておらず、いくらかかるのかがまったく分からない。

喫茶店風だし、まあしょせんカレーだ。いくらなんでもそんな高いことないだろうと思わず入ったら、メニューにある一番安いカレーで1杯1250円(今は1480円)。たぶん、高校生時分としては、歴代最高額の外食だったと思う。美味しいカレーだったが、値段のパンチ力の方が遥かに上回っていた。

余談だが、中野書店が閉店する少し前くらいから、両店はどうも仲がうまくいっていない様子で、夢野書店に移行後は「当店からボンディへの通り抜けは出来ません」「ボンディをご利用の方は、ビルの裏にお回りください」と言った張り紙が倍増。ボンディ目当ての客の通り抜けを全面拒否するようになった。神保町へ行くようになって30年以上経つが、そこまで不穏な空気を感じなかった両店に一体何があったのだろう。

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中野書店としては閉店直前の古書センター2階入口

古書センターをつかさどるエロの殿堂「芳賀書店」

ボンディや中野書店と同じ神田古書センターにて、昨年まで長らく営業を続けていた芳賀書店。要するにビニ本専門店で、この「ビニ本」というのはおそらく80年代が全盛で、私も解説出来るほどよくは知らないのだが、まあ、ビニール袋に包まれたエロ本のことだ。面積は広大で、ありとあらゆる性癖ジャンルの本が果てしなく陳列されているように感じた。

電気グルーヴの石野卓球がオールナイトニッポンで「神保町の芳賀書店に行って来たけど、いやーすごいね。あらゆるジャンルの本があったね」と言うと、ピエール瀧が「でもひとつだけ、動物モノがなかったぞ」と返しているのを聞き、「いや、少し前まで獣姦の本は数冊置いてあった」と思ったことがある。

高校1年のある日、学校帰りに友人たちと連れ立って神保町の芳賀書店へ出かけた。その時、特に目を引いたのが、犬や馬、豚と人間が絡み合っている海外の本で、我々は「おーい、こんな本まであるぞー!」と盛り上がった。

そうやってワイワイ楽しみつつ、ムラムラもしている高校1年生たちが気になっていたのが、壁から吊られた10枚千円のエロ生写真である。なぜ気になったかと言うと、性器や結合部などが、マジックペンで塗りつぶされているのだ。

「これは…マジックを…消せば…見られる…?」 年に一度くらい、ダビングにダビングを重ねた画質の悪い裏ビデオが友人から回ってくればラッキーという時代である。性器の画像は今では想像もつかないレベルの価値があることをお分かりいただきたい。

その夜、アルコールや除光液などを駆使し、各々がマジックインキを消すことに腐心したはずである。しかし、翌朝の皆の顔は晴れなかった。消したマジックインキの下に現れたのは、真っ白く消された結合部であった。おそらく、ネガの段階でフィルムを削って消したのだろう。それをさらにマジックで塗りつぶすだなんて。芳賀書店は、高校1年生にとって一生モノの話のネタをプレゼントしてくれた。

ちなみに芳賀書店は出版業務もやっていて、そっちは「シネ・アルバムシリーズ」というハリウッドスターの写真集をたくさん出版していて、映画ファンからは一定の評価を得ていた。古書センター最上階の店舗は昨年閉店となり、九段下寄りに残った小さな本店はDVDショップに様変わりしている。

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現在、古書センター入口にある案内板。芳賀書店は8階にあった。

キッチンマミー

芳賀書店の話が長くなってしまった。大学生になるとアルバイトの稼ぎもあり、「エチオピア」などのカレー屋にもちょいちょい行くようになった。

CSアンテナを取り付けるアルバイトをしていて、ある日の現場が神保町だった。昼時に「キッチンマミー」という清潔感のある定食屋へたまたま入った。壁に「店主急病につき、当分の間揚げ物のみとなります。」という張り紙が目についた。

母娘と分かる顔の似た2人が店を切り盛りしていて、娘さんは慣れない仕事をオドオドしながらこなしているように見え、おそらくピンチヒッターで急きょホールを任されたのではないかと思う。

就職してからはラッキーなことに、得意先が神保町から程近い場所にあった。出来るだけ打ち合わせ時間が昼時や夕方になるよう調整し、いろいろなカレー屋を訪れ、キッチンマミーへも時折行った。

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小さな黒板と、紙に印刷されたメニューが2種類。お母さんに言わせると、黒板のメニューは量が多く、紙のメニューは控えめということ。

「店主急病につき…」の張り紙はもう無く、メニューは揚げ物だけに。オドオドしていた娘さんは行くたびに頼りがいのある接客へと変貌していた。

独立、そして神保町の住人へ

やがて私は今の仕事を始めて独立し、自分のオフィスを借りるため、神保町で物件を探し始めた。ほとんどの音楽関連会社は、246沿いや六本木付近にオフィスを構えていた。インディーズ系の会社は下北沢にも多くあったが、神保町というのはかなり意表をついていたし、渋谷-青山-六本木といった場所に多くある得意先へも出やすく、一風変わったことをするために不便を我慢するという心配はなさそうだった。

さっそく木造の味わいある建物に「貸室あり」という張り紙を見つけ、内見したところ、同行した不動産屋が「汚いですよ」「ネズミも出るみたいですよ」「もう何年も入居者がいないです」と、ぜんぜん貸す気がない。最終的に、「家主の電話を鳴らしても出ないんですよ」という理由で不動産屋から断られた。

そんなことがあるのだろうかと、同じ建物に入っているタバコ屋に、「2階を借りたいのですが、不動産屋が家主さんと連絡を取れないみたいで、何かご存じないでしょうか?」と尋ねると、タバコ屋の顔色がサッと変わり、「ああ、その件は他言できないんだ。帰ってくれ」と、まるで2時間ドラマのワンシーンのような感じで追い出された。

一緒に内見し、タバコ屋との一部始終を見ていた妻は「ここは借りちゃいけない。きっと殺される」と本気で怖がっていた。あれから8年経つが、今もその物件には「貸室あり」と張られている。

週2でキッチンマミー

その後物件は見つかり、晴れて神保町の住人となった。昼休み、店に入るなり、「いつもの?」と聞かれる店すら出来る有り様だった。

キッチンマミーへは週2ペースで行くようになった。CSアンテナを付けている時は、まさかこんな日が来るなんて。

ところで、キッチンマミーはとにかく盛りが多い。それはこの店の誇りでもあり、たまに「食べきれないから持ち帰りたい」と言い出す客が現れると、「揚げたてじゃなきゃ美味しくないからね」と、お母さんはとても不機嫌になる。

満席時に訪れると「時間かかるけど?」と娘さんから言われる。これは暗に「帰れ」と言っているのだが、「時間あるから大丈夫ッス」みたいに並び始めると、2人とも不機嫌になる。

「いやー変わらないなぁ。学生以来30年ぶりに来ましたよ!」みたいな客に対してもまったく喜ばない。「ここらへんで働いてる人がしょっちゅう来てくれてるからね」と、極めて冷淡だ。

そんなドライな母娘だが、あるとき、ひょんなことから「キッチンマミー」の店名の由来に気付いた。「マミー」はてっきりお母さんのことだと思っていたのだが、娘さんはお母さんからしばしば「まみちゃん」と呼ばれている。「マミー」は「まみ」だったのだ。ドライに見える母娘なだけに、開店時に娘の名を付けた事実にむしろ感動してしまったのだった。

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ヨーロッパ土産をプレゼントした際、母娘が大喜びしてくれて、お返しにくれた「ガツンゴールド」。

これからの神保町はどう楽しませてくれるか

最後に、最近の私の楽しみを紹介して終わろう。

神保町の古書店で、靖国通りに面した店、すずらん通りに構えているような店はほんの一握りで、花形と言っていいと思う。実際には、靖国通りを渡ったエリアや、細い路地裏の雑居ビルにおびただしい数の古書店が存在する。これらのほとんどは店頭で本を売ることが目的でなく、目録やネット通販を主とする固定ジャンル専門店だ。ふと、「こういう店こそ面白いのでは?」と思い付いた私は、足の踏み場なく身動きの取れないミステリ専門店や、ブートレッグを大量に売る古典芸能専門店などを見つけ、特に古典芸能の店へは足しげく通うようになってしまった。神保町9年目にして散財の日々を送ってしまっているものの、新しい楽しみを見つけられた喜びにも浸っている。

私がいたこの8年間だけでも、「コミック高岡」「書泉ブックマート」といった書店や、「いもや」「さぶちゃん」といった名物の飲食店が閉店していった。しかし、名物店が無くなって行こうが、神保町を楽しむには攻めの姿勢さえあればいくらでも受け入れてくれる土壌がまだある気がしている。


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著者:山口 周

山口 周

1976年神奈川県出身。男女デュオ「ハンバートハンバート」のマネージメントオフィス、株式会社ハンバートハンバートクルー代表。マネージャー兼プロデューサー。ライブのステージ、新譜、グッズのことなどを考える日々。

Instagram

 

※記事公開時、本文中の書店名に誤りがありました。読者様からのご指摘により、7月24日(水)8:00ごろ修正しました。ご指摘ありがとうございました。

 

編集:ツドイ

時間がまだらに積み重なる街、熱海 - 住んだことのない街に、一週間住んでみる -

著: pha

「もしもし」
「はい」
「前に『SUUMOタウン』で、『住んだことのない街に、一週間住んでみる』って企画やったじゃないですか」
千駄ヶ谷のやつですね」
「あれが好評だったのでまたやりませんか?」
「やります。人の金で行けるんだったらどこにでも行きます」
「どこか住んでみたいところはありますか」
「そうっすねー、海の近くに一度住んでみたかったんですよね。あと温泉があるといいな。温泉に入って海を眺めて毎日ぼーっと暮らしたい」
「じゃあ熱海とかどうですか。海も山も温泉もありますよ」
「いいですね」

そんな感じで、突然熱海に一週間住んでみることになったのだった。こんな仕事ばかりやって生きていきたい。

5月26日(日):男二人で花火を見る

というわけで熱海に着いた。

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「おう、久しぶり」

熱海駅の前で大学時代の友人のSと合流した。Sがたまたま熱海に旅行に来ているというので会うことになったのだ。

「最近どうよ」とSが言った。
「あいかわらずだね。人間40歳にもなると大体のことはやってしまって何もやることがなくなってくるな」と僕は答える。
「本当にねえ」
「我々がここに別荘を買ったのも遠い昔の話だ」

10年ほど前に、熱海で90万の別荘をSと共同で買ったことがあったのだ。

「もうあんなことを新しくやる元気はないなあ」
「あのとき買う瞬間はすごいワクワクしたけどね」

別荘は、最初は楽しかったのだけど、1年もすると飽きてきてあまり行かなくなってしまい、月々の維持費も結構かかったので、結局3年後に元の不動産屋に引き取ってもらった。売り値は8万円だった。

「この先40代以降、何をやって生きていけばいいんだろうか」
「なんも分からんね」

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とりあえず昼食に海鮮丼を食べたあと、どうしようか、と熱海の地図を見ていたら、Sが舩井幸雄記念館を見つけて、ここに行きたい、と言ったので行った。舩井幸雄というのは経営コンサルタントだけど、晩年はスピリチュアルに傾倒していたことで知られる。人はなぜスピリチュアルに向かうのだろうか。

帰りのタクシーの中で「熱海の最盛期って、いつくらいなんだろう」という話をしていると、タクシーの運転手さんが「1950年代くらいですよ」と言った。

「そんな前なんですか」
「そのころは新婚旅行のメッカでしたからね。そのあとに団体旅行のブームが来た」
「そうなんですか」

最盛期が60年くらい前ってどんな感じなんだろう。

「これからの日本もそんなもんだよ」とSが言う。
「そうかもね……」
「そして僕らの人生も……」
「これからずっと下り坂か」

熱海は日本の、そして自分たちの未来のようなものなのかもしれない。実際に熱海の高齢化率というのは他に比べて高く、日本の30年後の姿だと言われているそうだ。そう思うと、この少し古びた感じの街並みにもちょっと愛着が湧いてくる。

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宿に荷物を置いたあと、海岸に向かうと既に人がたくさん集まっていた。

今日は花火大会があるのだ。熱海では海上花火大会がしょっちゅう開催されていて、今年は年間で16回もやるらしい。人が多いといってもそこまですごく混み合ってるわけではなく、座る場所はすぐに確保できた。20時20分になるとアナウンスによるカウントダウンとともに、花火が打ち上がった。

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生で見るのはいつぶりだろう。花火なんて見に行くと人が多くて疲れるだけだと言って全然行かなかったけれど、実際に見てみると良さがあるな。爆発の音と振動が力強く体に響いてくる。

花火を見ているときはみんな平等だ。老人も子どももオタクもヤンキーも、みんなの心を揺さぶるシンプルだけど力強いイベント、それが花火だ。後ろに座っている若い女性の二人組が話している。

「一番最後のあれが見たいんだよね! バババババーンのやつ」
「それな」

ババババーンのやつってどれだろう。

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これか。

空一面が白い線で埋め尽くされて、確かによかった。

花火って、きれいなのは一瞬で消え去ってしまって、どういう風にきれいだったかもすぐにぼんやりとしたイメージに代わってしまって、不思議なことになかなか思い出せない。儚い。まるで人生みたいだ。とかいえばエッセイぽいだろうか。

なんかいい感じで締めのような雰囲気になってしまったけれど、まだこの取材は1日目で、これから一週間続くのだ。花火の写真を出しておけば適当に書いてもうまくまとまりそうだから本当は花火を最終日にしたかったのだけど、宿がうまく取れなかったので初日になってしまった。ここから一週間どうしよう。書くことはあるだろうか。

終わってからSが「これは女の子と来たかったな」と言った。確かにこれはおっさん二人で見るものじゃないな。

Sは「明日仕事があるから」と言って東京に帰っていった。そして一人になった。

5月27日(月):誰もいない夜の海

昨日はホテルが取れず、ゲストハウスのカプセルルームで寝たのだけど、4時間くらいしか眠れずに目が覚めてしまった。部屋が狭いからだろうか。

若いころはゲストハウスやカプセルホテルに泊まることに全く抵抗がなかったのだけど、年をとるにつれてだんだんちょっとしんどくなってきた。体力がなくなっているのか、それとも贅沢になっているのか。ずっとやっていたシェアハウスもこないだやめて一人暮らしを始めてしまったし。年をとるとだんだんそういう場所が似合わなくなってくる、という要素も大きそうだ。ゲストハウス自体はとても良い雰囲気だったのだけど。

寝不足のままよろよろとチェックアウトをする。次の宿のチェックインまでまだ時間があるのだけどどうしようか。しんどいのでちょっと休みたい、と思って大江戸温泉物語に行った。

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大江戸温泉物語なんて東京にもあるからわざわざ熱海で行かなくてもいいようなものなのだけど、温泉地の温泉とは違うスーパー銭湯感がある場所に行きたかったのだ。スーパー銭湯感というのを具体的に言うと、ごろごろ寝転べる休憩スペースとマンガスペースだ。

風呂に入って休憩室で仮眠して、適当にマンガを読んだら少し回復してきた。それでもチェックインまではまだ時間があったので、デニーズで時間を潰した。

熱海まで来て、わざわざ大江戸温泉物語とかデニーズとか、そういう東京にもあるものに行ってしまう。東京に帰りたいのかもしれない。僕は都会の暮らしが好きなのに、なんで熱海になんて来てしまったのだろう、という気持ちになってくる。

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15時過ぎにようやくチェックインして、しばらく仮眠をした。目を覚ますともう夜だった。

晩御飯を食べに行こうと思い、気になっていた洋食屋さんに行ってみたのだけど、19時半を過ぎていたので「もう閉店です」と言われて入れなかった。夜が早い……。東京のつもりで動いているとすぐ店が閉まってしまう。結局またデニーズに行って、ハンバーグカレードリアを食べた。

晩御飯を食べるともうすることがないので、海に行ってみた。

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夜の海は誰もいない。ただ暗い水が揺れているだけだ。ここでようやく心が少し落ち着いてきた。この場所は好きだな。人が全くいないのがいい。東京だと、どこに行っても絶対人がいるからな。しばらく海を見ながら座ってぼんやりとした。

なんだか、自分はずっと一人だな、と思った。今こうやって夜の海を見ながら一人で座っているように。それは、自分が人生の中で他人を振り捨ててきた結果なので自業自得なのだけど、でもときどきそれが寂しくなってくるときがある。自分はこの先もずっとこんな感じで生きていくのだろうか。

5月28日(火):激動の熱海の歴史

9時ごろに目を覚まして、宿のすぐ近くにある海に行く。

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昨日の夜の海も誰もいなかったけれど、昼の海も誰もいないな。人がいないのが心地よい。自分が海のそばで育っていたら、いつもこんな風に海のそばで学校をサボったり仕事をサボったりしていただろうなと思う。

シャッターが半分くらい閉まっている商店街を抜けて駅のほうへと向かう。

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熱海の街は、街のところどころに温泉を汲み上げるための設備があるのがいい。武骨な機械から蒸気が上がっている様子はスチームパンク感がある。

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駅に近づくと観光客がぐっと増えてくる。年配の人も多いけど、若いカップルや女子二人連れなども結構いる。インスタ映えしそうなプリン屋の前にすごく行列ができていた。

駅の近くでアジフライ定食か何かでも食べようと思ったのだけど、昼時のせいかどこも満員だったので、駅前のマクドナルドに入った。マクドナルドはわりと空いていた。別にそんなに美味しくもないけどそんなにまずくもない、いつものマクドナルドの味だった。

駅前からMOA美術館へ向かうバスに乗る。美術館は山の上のほうにあるので、バスはひたすら急な坂をジグザグに登っていく。乗客は年配の女性が多い。MOA美術館というのは世界救世教という宗教の教祖の岡田茂吉がつくった美術館で、国宝を始めとして結構すごいコレクションがある。

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建物が豪華でお金がかかっている感じで、展示品も良かった。「広重が描いた静岡 東海道五十三次を中心に」という展示をやっていて、広重が東海道を描いた絵が宿場順にとにかくたくさん並び、ずっと見てると全部似た感じに見えてきたりもするんだけど、まあ良かった。

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山の上から海を見下ろすと気持ちがいい。良い場所だな。帰りは歩いてみることにした。

ひたすら坂道や階段を下っていく。熱海というのは本当に坂の街だ。急な坂や階段がたくさんあって、そんな風景は結構好きだ。住むと大変そうだけど。

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坂を下りながらふと、そういえば在華坊さんがMOA美術館について書いていたな、ということを思い出して検索してみる。あった。

zaikabou.hatenablog.com

在華坊さんの旅行記事はいいな……。僕も在華坊さんみたいな教養溢れる素敵な旅ができる大人になりたかった。在華坊さんだったら旅先で大江戸温泉物語に行ったり、デニーズやマクドナルドに行ったりしないだろう。

駅まで戻って、今度は図書館に向かう。熱海の歴史を調べるためだ。

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熱海の街を歩いていると、創業和銅三年というひもの屋さんがあった。和銅三年って何年だよって思ったら、どうやら西暦710年らしい。和同開珎ができた和銅か。すごい。

調べてみると、それくらいのころから温泉地だったらしい。だけど熱海が温泉地として有名になったのはそこまで古くはなく、近世のことらしい。具体的には、徳川家康が熱海の湯に入ってめっちゃ気に入って、家康の口コミで名前が上がったという感じだ。江戸時代は熱海の湯を樽に詰めて江戸城まで運んでいて、熱々の源泉が江戸に着くころにはちょうどいい湯加減になっていたとか。

その後近代に入ってからは、庶民の行楽として温泉に行くことが普及し始め、東京からほど近い熱海にはたくさん人が来るようになる。1897年(明治三十年)には尾崎紅葉『金色夜叉』の舞台になったことで注目が集まる。1925年(大正十四年)には国鉄熱海駅が開業した。

1950年代には新婚旅行のメッカとして知られ、1960年代には社員旅行などの団体旅行がたくさん来るようになり、大型のホテルが林立する。企業の保養所などもたくさんあったそうだ。

しかし、社員旅行や団体旅行という昭和的な文化は少しずつ廃れていき、バブルが崩壊するころから熱海の繁栄も陰り始める。廃業した大型ホテルが廃墟化するのも目立つようになり、熱海といえば衰退した昭和の観光地の代名詞的な存在になっていた。

だけど、2007年ごろからはまた観光客が増えてきていて、若い人向けのゲストハウスやカフェやスイーツなどの店ができるようになっている。確かに、僕が別荘を持っていた10年前に比べて駅前はすごくにぎわっていて勢いがある感じだ。結構アップダウンがはっきりしていて面白い歴史だな、と思った。

図書館のあとは食べ物を買いに、マックスバリュ熱海店に行った。

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マックスバリュの中には、スーパーもドラッグストアも本屋も電気屋もなんでも入っている。こういった、そこに行けば何でもそろうような地方の大きなショッピングセンターが好きだ。世界の全てがここにある、という気持ちになれるからだ。熱海ではマックスバリュに行けばなんでも手に入る。高くそびえ立つマックスバリュの勇姿を見ると頼もしい気分になる。

買い物のあとはどこかの温泉にでも入って帰ろうかと思ったけど、風が強くて雨が降りそうなのでそのまま帰って、ホテルのユニットバスに入って寝た。

5月29日(水):最強のLaQuaを見つける

目が覚めると雨は上がっていたのだけど、少し憂鬱な気分になっている。なんだか少し寂しい。しばらく人と話していないからだろうか。誰かと少し話したい、と思ってゲストハウスマルヤのカフェに行ってみる。ここは、熱海でいろいろやっている若い人のハブになっている場所っぽい。

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飲み物を頼んでカウンターでお店のお姉さんと少し話す。「熱海の街の良さってどういうところですかね」と聞くと、「昭和のころのまま、スナックとか喫茶店の文化が残っているところかなあ」と言っていた。後日行ってみようか。

久しぶりに人と話して、ちょっと元気が出たので活動を始める。今日は山のほうを攻めてみたい。とりあえず、熱海城と秘宝館に向かうロープウェイに乗ってみる。

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ロープウェイはすごく短くて3分くらいで着いてしまった。

この近くにある、在華坊さんがブログで勧めていた台湾茶のお店に行こうと思っていたのだけど、山の上に着いてから調べてみたら今日は定休日だった。やっぱり僕は在華坊さんにはなれないのだ……。

zaikabou.hatenablog.com

山の上なので景色はいい。だけど慣れない自撮りをしていたらうっかりスマホを地面に落としてしまい、画面がバキバキに割れてしまった。つらい。

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スマホが割れたせいですさんだ気持ちで熱海城と秘宝館を見る。

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昭和だな……という感想。平成を飛び越えて令和の時代までこんな昭和の申し子のような施設が生き残っているのはすごい。時代というのは一斉に変化するのではなく、まだら模様のように変化していくものなのだろう。

ロープウェイにふたたび乗って、山から降りて、すぐそばにあるオーシャンスパ Fuuaに行く。ここは今年の3月にオープンしたばかりなのだけど、評判がいいので気になっていたのだ。

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最近流行っているらしい、海と湯船がつながっているかのように見える露天立ち湯がすごく良い。海を望んでものすごく広くて、ゆったりとできる。お湯も少しぬるめで、いつまでも入っていられるな。

一時間ほど湯船に浸かっているとだいぶ気分が回復して、生きてる意味なんてここに温泉があって自分がそこに浸かっている、それだけでいいじゃないか、という気持ちになってきた。

風呂から上がったあとは二時間ほど、休憩室で寝たり起きたり本を読んだりとごろごろ過ごした。最高だ。

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そうしてるうちに、ここは何かに似てるんだよな、ということに気付く。そうだ、東京の水道橋のSpa LaQuaだ。休憩室の構造がすごく似ている。

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調べてみると、やっぱり運営が同じらしい。「東京ドーム天然温泉『Spa LaQua』で培ったノウハウに、熱海後楽園ホテルの『おもてなし』を融合した新たなスパリゾート」って書いてあった。FuuaとLaQuaとは名前が似てるし、もっと早く気付いてもよかったな。

僕はLaQuaがすごく好きなんだけど、LaQuaはいかんせん都心部にあるので、いつ行っても人が多くて混み合っている感じがある。だけどFuuaはLaQuaよりも広くて、さらに人が半分くらいしかいない。これは最強のLaQuaじゃないか。最高すぎる。自分はここに来るために熱海に来たんだろう、という気持ちになった。ここ2日くらいちょっと沈んでいたけれど、楽しくなってきた。

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街に咲いていたブーゲンビリアの花。

5月30日(木):時の止まったような温泉場

7時ごろに暑くて目が覚めた。部屋が東向きだからだ。熱海の街は東が海で西が山なので、午前中は明るいイメージがある。海岸に行くと、海は強い日差しを受けて光っていた。

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60代くらいと思われる人たちの団体が、海をバックに集合写真を撮ったあと、バスに乗り込んでいった。こんな暑い日はどこにも行きたくないな。デニーズでモーニングを食べたあと昼寝をした。

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今日は福島屋旅館で温泉に入ることにする。日帰り入浴400円。

ここの建物が建てられたのは昭和20年代くらいらしい。全てが古ぼけて時間が止まっているような空間だった。20年前も40年前も60年前もほとんど変わらず同じだったであろうという確信が持てる建物。

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風呂場に入ると誰もいなくて、貸し切り状態だった。現存しているのが不思議なくらいの全てが色あせたこの建物で、たった一人薄暗い電灯の下、ぬるめのお湯に浸かっていると、今が昭和だったか平成だったか令和だったか何も分からなくなってくる。最高の体験だった。

いつなくなってもおかしくないけれど、いつまでも同じような感じでありそうな気もする空間。そういうものに限っていつの間にかなくなってしまったりするものだから、行けるうちに行っておかないといけないんだよな。

風呂を出て海辺に向かう。風呂上がりに海辺で風に吹かれているのは最高だな。ずっとこうしていたい。気付くとあたりは夜になっていた。

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夜の海辺には誰もいない。海は静かで波の音さえもない。浮かんでいる何かがときどき軋む音が聞こえるだけだ。

人間の体では想像もつかないほど大量の水がそこにたたえられているということ。それがなぜか心を落ち着かせる。

5月31日(金):フェリーで初島へ

熱海の滞在も残り2日になってしまった。今日は初島に行ってみることにする。熱海から海を見るといつも向こうに浮かんでいるのが見える初島だ。行ったことはないけれど、フェリーで30分くらいで行けるらしい。ちなみに熱海港からは初島の他に、伊豆大島にもフェリーが出ている。

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船というのはいつだって非日常でわくわくするものだ。平日だけど結構乗客は多かった。大体は観光客っぽい感じだ。老若男女、日本人も外国人もバランスよくいる。集団でいるのは60代以上が多い。他は、カップル、女性二人組、子連れなど。

そういえば、女子二人旅はときどき見るけど、男子二人旅はあまり見ないな。自分が男友達と二人で旅をするかと言われると、別に行かないな、と思う。女子と行きたい。でもそれが男の弱さかもしれない、とも思う。

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船が港を出る。遠ざかっていく街。

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かもめがたくさん寄ってくるので、それにスナック菓子を投げる人たち。僕も餌やりたかったな。船の上で強い風に吹かれていると何もかもどうでも良くなってくる。

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初島に着いた。熱海の海は、公園ぽく整備された街の海って感じだけど、初島の海はシンプルな漁港という感じで良い。

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コンクリートの上で干されているのはテングサらしい(トコロテンの材料)。

岩場に座って海を眺めながらぼーっとする。ごつごつと並ぶ消波ブロック。はるか向こうに見える熱海の街。

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海を見ているといくらでもぼーっとできるな。だけど、あてもなく座っていたら、地元の中学生くらいの男子集団が通りかかったので、ちょっと身を隠したくなった。用もなく海辺で座っているよそもののおっさんは変に見えただろうか。それともそういうのは見慣れているだろうか。

海のそばにある「島の湯」という風呂に入る。ここが、人が誰も来なくて貸切状態だったのもあって最高すぎた。波の音を聴きながら潮風に吹かれていると、湯にいくらでも入っていられるな。風呂に入って、木のベンチで寝転んで、また風呂に入る、の無限ループが完成してしまった。

そうなんだよな。陽と湯と海があれば人生は完成しているのに。なぜ東京みたいなごみごみした場所であくせく暮らしているのだろうという気持ちになってしまった。東京に帰りたくないな……。

旅のときは大体いつも初日とか二日目は「なんでこんなところに来てしまったのだろう、帰りたい」と思うのだけど、帰る前日くらいになると「やっぱり帰りたくない」という気持ちになるんだよな。

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再び船に乗って熱海に戻って、宿で休む。

夜、ちょっと原稿を書く必要があって、またデニーズに行った。デニーズはワイファイが使えるのでよい。ファミレスがあれば田舎でも暮らしていける気がする。

カタカタとキーボードを叩きながら文章を書いていると、ばっちりとお化粧をした和服のきれいなお姉さんが二人、向かいの席に座った。芸者さんとかなのだろうか。熱海、深夜、芸者、デニーズ、という組み合わせが、なんかよかった。二人ともすごく背筋が伸びていてきれいな姿勢で、丁寧にお箸を使いながら、ファミレスのごはんを食べていた。

6月1日(土):純喫茶で地元の新聞を読む

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観光地というのは観光客がたくさんいるのでいいな。観光客というのは大体楽しそうだから。楽しそうな人たちが街にたくさんいるのはよい。

朝起きてホテルをチェックアウトして、朝食が食べたかったのでボンネットという喫茶店に行く。1952年(昭和27年)創業の老舗の純喫茶で、三島由紀夫や谷崎潤一郎が通っていたりしたらしい。

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そんな古い喫茶店なんて今どき行ってもあまり楽しくないんじゃないだろうか、と思ったのだけど、入ってみるとすごく良かった。古いけど完成度が高いセンスの良い内装。すごく落ち着く。店内には40年代、50年代くらいのアメリカのポップスが薄く流れていて、当時の趣味の良い雰囲気をそのまま残している。こういうのは、今新しくつくろうとしてもつくれないだろうな。歴史の積み重ねがあるからこその空間という感じだ。

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紅茶を飲みながら熱海新聞を読む。市議会とか新施設オープンとか運動会とか、地元のことしか書いてないその地域の新聞を読むのが結構好きだ。

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もう帰る時間になってしまった。終わってみると一週間なんてあっという間な気がする。東京に戻りたくないな。東京は時間の流れが速すぎる。


熱海の街は、時間の流れがゆっくりで、過去のさまざまな時間がまだらに積み重なっているようなところがとても良かった。

今ならではの若者向けのスポットもありつつ、昭和の時間をそのまま残したような場所もまだまだたくさんある。東京のような大都市ではすぐに淘汰されてしまうような、時代の記憶が街の中で生きている。

都会のように時間の流れが速いのも楽しいけれど、ときどきそれに疲れてしまうこともある。そんなときは熱海に来て、昔のままでも良いものはたくさんあるし、別にそんなに生き急ぐ必要はないんだよな、という気持ちになって暮らしてみるのも良いかもしれない。

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著者:pha (id:pha)

pha

毎日寝て暮らしたい。著書に『持たない幸福論』(幻冬舎文庫)、『しないことリスト』(だいわ文庫)など。7月24日に新刊の『がんばらない練習』が幻冬舎より発売。

ブログ:http://pha.hateblo.jp Twitter:http://twitter.com/pha

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編集:はてな編集部

シンガーソングライター・butajiさんの暮らす街「駒込」【教えて!あなたの街の飲み心地】

著: パリッコ 

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酒場ライターのパリッコさんが気になる街へ行き、そこで暮らす人と楽しく飲みながら街の魅力を探る企画「教えて!あなたの街の飲み心地」をお届けします。

 

◆◆◆

 

共通の知人を介し、シンガーソングライターのbutajiさんと初めてお酒を飲んだのは、3、4年前のことだっただろうか。


もちろん、ミュージシャンとしてはそれ以前から知っていた。

その、あまりにも真摯に音楽と対峙する姿勢のせいか、寡黙で、ぼそりぼそりと言葉を選びながら、しかしすさまじく切れ味のある言葉を日常的に紡ぐような想像をし、勝手に緊張していたら、普段のbutajiさんはむしろ真逆の印象だった。

顔をクシャッと崩してよく笑い、酒を飲みながらとことんくだらない話に付きあってくれる。

上品で物腰が柔らかく、ついつい同世代か、むしろ後輩のような気持ちで接してしまうのだけど、たまに、実は自分より10歳も年下であることを思い出してはびっくりする。

そんなbutajiさんと一緒にお酒を飲む時間は、心の底から楽しい。

昨年リリースした2ndアルバム『告白』が、音楽ファンのみならず数多くのミュージシャンたちからも高い評価を得、そしてまた、僕も狂ったように聴きまくった。
聴けば聴くほど深く、心地よく、本当にすごい作品。
だからこそbutajiさんが、雲の上の存在になってしまったような気もしていた。

今回、彼が暮らす街「駒込」にお邪魔して、ちょっと久しぶりにゆっくりとお酒を飲ませてもらったところ、やっぱりbutajiさんはbutajiさんのままで、とてもうれしくなったのだった。

 

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JR駒込駅にて

 

butajiさんと合流し、まずは駒込の街を気ままに散歩する。

 

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絵になる男

 

東京都豊島区にあり、JR山手線と東京メトロ南北線の2路線が通る「駒込駅」。

駅からほど近い都立庭園「六義園」は、歴史ある大名庭園で、観光名所としても有名。

また、駅周辺には「霜降銀座商店街」「駒込銀座商店街」「染井銀座商店街」など、昔ながらの商店街が多くあり、庶民的な雰囲気が魅力の街でもある。

 

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中でもbutajiさんがよく行く店が多いという「アザレア通り商店会」

 

僕も個人的に好きな飲み屋がいくつかあるこの商店街を、ああだこうだと言いながら散歩していたら、一軒の古い商店のような建物が目に入った。

興味を持ち覗いていると、女将さんが「どうぞ好きに見てってね」と招き入れてくれる。

 

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雑多な雰囲気に妙に惹かれる

 

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女将さんとbutajiさん

 

ここはかつて「三枝海苔店」という老舗の海苔店だった建物で、時代の流れにより閉店してしまったが、この通りがシャッター商店街にならないよう、日中は女将さんがご好意でオープンな状態にしているそう。

店内は歴史ある道具などで溢れていて、butajiさんの誰にでも気に入られてしまう笑顔のおかげか、女将さんはそのひとつひとつについて丁寧に説明してくれた。

気候も良く、この街の雰囲気自体がとても心地よいので、まずはコンビニでお酒を買って、高台にある公園で乾杯することに。

 

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愛嬌のある猫

 

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その毛づくろいを眺めながら

 

butaji:「僕の出身は、ここからもそんなに遠くない板橋区です。板橋区役所のあたり。

家を出て初めに住んだのは埼玉の川口でした。もともと住む場所にはそんなにこだわりがないんですよね。川口を選んだのも、家賃が安かったからというだけ。

そこがちょっと手狭になってきたところで、今の家、つまり駒込に掘り出しものの物件を見つけて引越してきました。間取りもちょうどいいし、家賃もかなり手ごろだったので。そこに住み始めて今年で4年目ですね。

駒込の印象は……とりあえず、人が多いですね(笑)。商店街がたくさんあって活気があるし、最近は外国人観光客もすごく多いですよ。やっぱり「六義園」があるからなのかな? とはいえ、個人商店は早めに閉まってしまうので、夜は意外と静かです。

文京区側はオシャレな雰囲気で、北区側はどちらかといえば庶民的。両方の文化が楽しめるのもポイントですね


気さくな大将に癒やされる大衆酒場「もつ田」

さて、いよいよ本腰を入れて飲み始めよう。

やってきたのは、butajiさんの行きつけだという「もつ田」というもつ焼き屋だ。

 

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「ここが好きなんです」

 

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「大将、ホッピーもらいますね」

 

さすが勝手知ったる店。

冷蔵庫から自分でホッピーの瓶を取り出す動きが極めてスムーズで、なんとも頼もしい。

 

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至福の時間!

 

初夏の夕方の涼しい風がよく通る店内にて、ホッピーで乾杯!

人生における究極に幸せな瞬間のひとつに間違いない。


以前ふらりと入ってみて以来、料理の美味しさ、リーズナブルさ、何より大将の気さくな人柄を気に入って通うようになったというこちら。

確かに、気どらずにリラックスできて、あまり懐を気にせず楽しめる、理想的な大衆酒場だ。

 

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「いや〜、最高ですね……」

 

butaji「僕の活動を応援してくれる方々はたくさんいて本当にありがたいんですが、音楽はまだまだ生活の中心とはいえない状況です。別に仕事もしていますからね。

だから、音楽活動に関わるオファーがきたら、どうしてもスタート時間は仕事が終わってからになる。やり始めるととことん集中してしまうほうなので、どんどん生活サイクルが乱れていっちゃうんですよね。その折り合いをつけなきゃっていうのが、目下の悩みです。

食事は基本自炊なんですが、「エネルギースーパーたじま」っていうスーパーが、24時間営業なので、ものすごく重宝してます。安いし、名前もなんだかかっこいいし(笑)」

 

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なぜふたりに対しておしぼりを4つも出してくれたのかを聞いたら「オレ、butajiくん応援してるからさ!」と大将

 

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butajiさんにスマホの使い方の分からないところを聞く大将

 

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刻んだミョウガが今日の気分にぴったり

 

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1本100円〜の焼鳥/もつ焼きも絶品。特にオリジナルの「カレーつくね」はクセになる味

 

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「ナカの量が多い店は正義ですよね」

 

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(恥ずかしいからと正面の写真はNGだった)大将、良い時間をありがとうございました!

 

新規開拓、スパゲッティ&ワイン

butaji「良さそうなお店の新規開拓、最近はあまりできてないけど、ちょっと前まではよくやってましたね。でもあれってけっこう勇気がいりません? 初めてのお店ってどうふるまったらいいかが分からないことも多いし。だから、2、3軒目からになりますよね。まずは知ってる店で飲んで、下地をつくって(笑)」


そんな話から、今日の2軒目以降は「新規開拓コース」で攻めてみようということになった。

せっかくならば、普段なら選ばなそうなお店で飲んでみるのが楽しそう。

そうして飛び込んでみたのは「むぎわら」というスパゲッティ屋さん。

 

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気分を変えて白ワインで乾杯

 

まさに「スパゲッティ屋さん」と呼ぶにふさわしい、昔ながらの街のイタリアンといった趣で、おつまみ向きの単品料理もいろいろとそろっている。

 

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旨味が飽和状態の「3種のきのこのガーリックバターやき」(480円)

 

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メニューに「一番人気のスパゲッティ」とあった「ミートソース」に、おすすめだという「なっとうトッピング」を追加(1150円)

 

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麺にソースをよ〜く絡めて……

 

するとこれが、驚くべき美味しさ!

甘酸っぱく旨味濃厚なミートソースに納豆のコクがベストマッチで、フォークに巻きつけてはバクバク、ワインをゴクゴク、とてもお上品になんて食べていられない、これぞ庶民のごちそうスパゲッティだ!

 

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「ご主人、また食べにきます」

 

さらにディープに街探索

 さて、お腹も酔い心地もずいぶん満足してきたが、もう一軒くらいどこかで飲んで帰りたい。

 

歩いても歩いても興味深い店の途切れない駒込の街。

「ここだ!」というお店を探し求め、我々の探索はさらに続く。

 

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「中華屋、いいですね」

 

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なんだかすごそうな店

 

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夜の街とbutajiさん

 

徘徊の末、我々の目に止まったのは、とある立ち飲み屋。

窓に貼られた「焼鳥 100円」のどこか素っ気ない文字と、「逆転クラブ」という変わった店名に、強烈な魅力を感じる。

 

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立ち飲み「逆転クラブ」

 

もはや入ってみるしかない。

ここから、共通の友達であり、バンド「チミドロ」のラッパーとして活動するハナイさんも合流。

 

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最高の笑顔

 

結論から言えば、ここがまたすさまじい名店だった。

お酒も料理もごくごく大衆価格で、どこにでもあるようなオーソドックスな立ち飲み屋に違いない。

そして、そんな店が今の気分にぴったり。

なんて油断しながら飲んでいたら、カウンター上に垣間見える他のお客さんが注文した料理たちが、なんだかやけにキラキラしているのだ。

 

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お皿の上だけ老舗洋食屋の雰囲気

 

そこで試しに、名物のひとつらしい「ピザ」(小 400円)を注文してみると……。

 

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本気の焼きたてピザ!

 

あまりに美味しく、4切れが一瞬でなくなる。

こうなってくるとなんでもかんでも食べてみたくなるけれど、胃の残り容量もあとわずか。

検討に検討を重ね、ラストのオーダーは、メニュー名から並々ならぬ自信を感じる「逆転勝ち特製ハンバーグ」に決定。

 

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やがて目の前に広がった、夢のような絶景!

 

どこからどう見ても美味しそうな肉厚ハンバーグの周囲に、色とりどりの副菜たち。

ポテトと春巻は揚げたて。

なんとこれで450円だというんだから、とても信じられない。

 

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こんなにいいものをつまみに飲んでいいんでしょうか……

 

さらにここで、陽気なアジア系の女性店員さんから「ご飯あるけど、食べる?」との追い打ちが。

もちろんサービスだそうで、そんなご好意、受けないわけにはいかないでしょう。

 

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つまりこういうこと

 

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「……(笑)」

 

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ご飯をくれた店員のお姉さん

 

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ただ者じゃないマスター

 

探そうとしてもたどり着けるかどうか分からない、こんな奇跡のような出会いがあるから、飲み歩きはおもしろい。

そしてなんといっても、駒込最高!

今宵の縁をくれたbutajiさんにも、心から感謝するのだった。

 

butaji「そういえば、好きな酒場の話をもうひとつ。駒込に有名な『ロスコ』というサウナがあって、近くに『駒込食堂 じみち』って食堂も経営してるんです。そこも24時間やってる。とにかく生活時間が乱れまくってるので、24時間営業のお店が大好きなんですよね(笑)。

深夜に音楽の仕事をずっとやっていて、それが形になると、やっぱりどうしても打ち上げをしたくなるじゃないですか。そういうときにひとりで行っては、しみじみと飲む。

ごく普通の食堂兼居酒屋なんですけど、一品一品すごく丁寧なんですよね。お酒は瓶ビールの日もあれば、「トマトハイ」とか「アールグレーハイ」みたいなものを頼む日もある。定食、丼もの、つまみ系も充実してるし、ラーメンも3、4種類くらいある。気分によって頼みかたは多岐にわたるんですが、それを受け止めてくれる懐の深さがいいんですよ。日替わりのボードメニューがまた魅力的で!

あぁ、こうやって思い返してみると、あそこも本当にいい店だなぁ(笑)」

 

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「じみち」店頭の日替わりボードメニュー

 

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こうして駒込の夜は更けていった

 

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butajiさん、また飲みましょうね!

 

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著者:パリッコ

パリッコ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』など。

Twitter 公式サイト

 

混沌の街・高田馬場で“誰かにとってのいい子”をやめた

著者: ミキオサナイ

「恋人の、近くに住みたい」

それが今から3年前、大学進学と同時に住み始めた高田馬場を去った理由だった。

 

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当時の私は、そのころ付き合っていた恋人に相当熱を上げていた。

 

今となっては、会えない時間が育んだ「1秒でも長く一緒にいたい」は、どんなに幸せなことだったろうと思ったりする部分もある。

けれども当時は、お互いの家が離れていたのと元恋人が勤勉な学生だったために、頻繁にデートができなかったもどかしさに耐えられなかった。

 

「そんな日々に、引越しすることで終止符を打つ!」

 

……と思い立ってはみたものの、実際に引越すまでには随分と時間がかかった。

なぜなら高田馬場のマンションを契約してくれた両親、とくに母親に反対されることが目に見えていたから。

 

物心ついたころから、母とぶつかったことなんてほとんどなかった――というか、ぶつかることを避けていた私は、「引越したいなぁ」「でも反対されるのも、いやだな」のふたつの気持ちで揺れ動きながら、約2年半の期間を高田馬場で過ごす。

 

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「なにも犠牲にせず、欲しいものを手に入れたい」

 

こんな自分に、もういい加減ウンザリしていた。「このまま大人になっていいの?」と焦っていた。

 

そんな私が最終的には、恋人の近くへの引越しを選んだ。怖がりで煮え切らない大学生だった私が、はじめて誰かにとっての「いい子」よりも自分の気持ちを選べた。

 

それは高田馬場に住んでなければ、あり得なかったことだと思う。

 

生活にも遊びにも困らなかった馬場ライフ

高田馬場にやってきたのは18のころのこと。

高校卒業とともに地元である秋田県能代市を離れた私は、進学のために上京した。

それまでずっと人口6万人弱の小さな街で育った自分としては、「東京はどこも都会なんだろう」と誤認していたので、「住む場所はどこでもいい」と両親に丸投げしていた。

 

そんな中で高田馬場が“候補のひとつ”に挙がったのは、学生街であることと、私が通う予定の大学まで電車で3駅と交通の便が良いことが理由だった。それを“決定事項”に後押ししたのが「ラーメン」である。

高田馬場はラーメン激戦区だ。あっさり系からこってり系まで、さまざまな味の店がしのぎを削っている。

上京前、それを教えてくれたのは東京に出張の多い父だった。そして私の家は、家族みんな大のラーメン好きだったりする。

「高田の馬場に住めばいつでも美味しいラーメンが食べられるよ」という父の情報で、母も私も数ある他の候補地から、すんなりと高田馬場に傾いた。

 

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住んでからしばらくして分かったのは、高田馬場は家賃相場の割にとても便利な街だということだった。

2018年の世界乗降客数ランキングでは、高田馬場は9位の品川に次ぐ10位だったりする(ちなみに1位〜23位が全て日本の駅らしい)。山手線の他に東西線と西武新宿線が通っているため、通勤・通学で不便をすることはない。ちょっと歩けば西早稲田駅があるので副都心線も利用することができる。

 

チェーン店というチェーン店がそろっているこの街で、生活に困ることもまずなかった。

駅前には24時間営業のドン・キホーテがあるし、食事処もファミレス・ラーメン店・寿司屋・焼肉屋と、なんでもそろってる。

私が住んでいたマンションは駅から徒歩7分の場所にあったのだけど、その途中には「SEIYU」「オオゼキ」「マルエツ」と3つもスーパーがあって、買いたい食材が手に入らないことはなかった。

 

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上京してはじめて一人暮らしする私にとって、生活のインフラが十分すぎるほど整っていたことは、今思えば何よりも心強かった。

 

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学生街だからか、高田馬場には本屋が多い。というのも、この街に住んでみて分かったことのひとつ。

駅前の大型書店「芳林堂書店」は3フロアあって、欲しい新刊は本でも漫画でもたいていここで手に入った。

駅から5分ほど歩けばヴィレッジヴァンガード(2016年に閉店)があり、早稲田通りを早稲田方面に歩けば古本屋が立ち並ぶ。

 

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もう潰れちゃったけど、早稲田通りを中野方面に歩く途中にあった「あおい書店」は24時間営業していて、よく深夜にフラッと寄り道した。

時間は有り余るのにお金がない大学生の身分としては、この街を歩いているだけで退屈しないのはとてもありがたかった。

 

 

それぞれのカラーを持った若者たち

学生街として知られる高田馬場。

 

だけど「学生街」のひとことで括られていいのか疑問なほどに、この街にはいろんなカラーの若者が生息している。

早稲田大学、東京富士大学、学習院女子大学とまず大学がいくつかあり、音楽専門学校や美容専門学校、外国人専門の日本語学校なんかもある。

 

ロータリー周辺はアッパー系の若者とダウナー系の若者が入り混じっているので、全体的に「ウェーイ」な雰囲気かといえばそうでもない。

とにかくいつも、若者の姿で溢れてはいるのだけど。

 

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西早稲田の方向に早稲田通りを歩けば、2階建てのスターバックスが見えてくる。

高田馬場に住んでいたころ、そこの2階席で声をかけてきたフランス人が、映画『スタンド・バイ・ミー』のリヴァー・フェニックスに似ていた(タイプだった)という理由だけで、一回だけデートしたことがある。

 

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元々フランスで製薬会社に勤めていたリヴァー似の彼は、留学生として高田馬場の専門学校に日本語の勉強をしに来ていた。

見目麗しく、役職もあった人が、母国を離れ日本で一から学生をやっている。彼が嬉々として見せてくれたiPhoneの写真フォルダの中には、彼が暮らしている高田馬場の部屋の中が写っていて、畳に盆栽が置かれていたのが印象的だった。

 

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高田馬場にはライブハウスや音楽スタジオもあるので、バンドマンの姿もよく見かけるし、国内屈指のミャンマー人コミュニティがある(ゆえに高田馬場は「リトルヤンゴン」とも呼ばれている)せいか、アジア系の若者も数多く生活している。

 

思い出すのは、住んでいたマンション近くのライブハウス「AREA」付近での出来事。

ライブハウスの横には坂道があるのだけど、ある日買い物袋を持ってその坂道を下っている途中に袋が破け、中の食材が転げ落ちてしまった。

 

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そこにライブハウスの裏口でタバコをふかしていたビジュアル系のバンドマンたちが駆け寄って来て、家まで一緒に買った食材を運んでくれたことがある。

 

そのときバンドメンバーのひとりが、自分も高田馬場に住んでいると教えてくれた。「大学を中退し、バイトをしながらバンドをやっている」と話していた彼は、今もどこかのライブハウスで音を鳴らしているのかな。

 

 

この街にスタイルはない、けれど懐の広さがある

肌の色、髪の色、言語、バックボーン、将来の夢、集団として見たときあまりにも雑多な若者たちを抱える高田馬場。

この街に生きる若者の混沌ぷりは、そのまま街の雰囲気ともリンクしている。

 

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活気はある。

けれどもこの街に住んでいたときから、高田馬場は、お洒落や都会的とはずいぶん程遠いところにいる気がしていた。

 

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そういえば英語で「お洒落」は「stylish」と表現される。

お洒落がスタイルを持つことならば、高田馬場が垢抜けないのも納得かもしれない。

なぜなら、高田馬場には、定まったスタイル──つまり「型」や「様式」がない。渋谷や下北沢のようなカルチャー色はないし、中目黒や代官山のようなハイセンスさも感じられない。

高田馬場はいつまでもスタイルがなく混沌としている状態だから、垢抜けないのかもしれない。

 

でも混沌としているのはひっくり返せば、高田馬場ではいろんなカラーを持った若者たちが共存できるということでもある。

高田馬場という枠の中に決まったスタイルがないことで、どんな個性も排除されず、目立ったカラーに誰も気後れすることも、「合わせないと」と焦ることもなく、ただ自分の内側を大切にできるのかもしれない。

 

スタイルがないことは、言い換えれば「懐が広い」ということかもしれない。

そんなことを、あの街で出会って関わった若者たちとの記憶をふり返り思うのだ。

 

 

高田馬場からいい子を辞めた

引越しの件は、いざ口に出してみるとやはり反対された。

 

「マンション契約、安くなかったのよ」

「どうしてわざわざ大学から遠いところに行くの」

「恋人の近くに住むって言うけど、近すぎるとうまくいかないものよ」

 

母の言葉は理にかなっていて、何度か思い直そうともしてみた。けれどやっぱり引越しを諦められなくて、最終的には「一円も頼らないんで許してください」とお願いすることで、しぶしぶ了解を得ることができた。

 

あのときの自分は、我ながら頑固だったと思う。引越しの許しをもらってからのバイトへの精の出し方もすさまじかった。

プライベートをほぼ削ってバイトを3つ掛け持ちし、家と大学とバイト先を往復する日々。

 

あのころの自分には、なにか執念めいたものがあったようにふり返る。

 

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私はたしかに引越しをして、恋人のそばに居たかった。

 

けれど、私を焚きつけたのはきっと“引越し”や“恋人”だけじゃない。引越しは、在りたい自分になるための切り札だったんだと思う。

 

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結果的には、引越した先で恋人とは半年も経たないうちにお別れすることになった。

母には「ほら言ったでしょ」と呆れられる始末。

 

けれど、よくよく考えてみると、母の反対を押し切って自分の気持ちを優先して行動したのは、初めてだった。

行動できないゆえに失敗すらできなかった私が、大学3年生になってやっと失敗できたのは、ある意味の成功だった気がする。

 

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思えば高田馬場から「いい子」を辞めてから、水を得た魚のように随分とやりたい放題生きられるようになった。

就活をしないという選択も、新卒から完全リモート・完全フレックスの環境で働くことを選んだことも、周りから最初は「大丈夫なの?」って心配されたりした。それを毎度ふりきってきた自分のルーツは、あの引越しと高田馬場にあると思う。

やりたい放題やるにあたっての一切の責任は、自分が持たないといけない苦しさも知った。


そんな私をいつもなんだかんだ最後まで温かく見守ってくれたのも、母だった。

引越しのためにバイトに明け暮れる娘を、突き放すでも途中で手を差し伸べるでもなく、ただ何も言わずに最後まで見守ってくれた。

どんな私も受け入れてくれる母もまた、どんな若者も受け入れる高田馬場のような、懐の広い人だった。

 

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混沌の街・高田馬場の懐の広さとは、住む人を選ばない優しさだ。

住む人を選ばないということはつまり、学生だったりフリーターだったりという肩書きだけでなく、その人のどんな内面や現状も、肯定してくれるということでもある。

 

大学生だった私のような、怖がりで煮え切らない態度を惰性で続けている若者も、あのバンドマンやフランス人のように欲しいもののためにふりきって行動している若者も、オールオッケーな街が高田馬場だ。

 

混沌が成り立つこの街にあるのは、若者の個人の想いに間違いなんてない、という力強い肯定じゃないかと思う。

そんな高田馬場に住んで私はやっと、「たとえ失敗しても、応援されなくても、自分の人生を生きている自分」を踏み出してみたくなった。

 

引越し計画は散々な結果に収束したけど、私は今、あのころの失敗をこんなふうに愛おしく、懐かしく思うことができる。

それは、怖がりで煮え切らない大学生だった私が何より欲しかったものが、「誰かに認められる自分」よりも「自分の人生を生きている自分」だったからかもしれない。

 

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著者:ミキオサナイ

ミキオサナイ

1995年生まれの編集者・ライター。「灯台もと暮らし」というウェブメディアを運営しています。
灯台もと暮らし:http://motokurashi.com/
Twitter:@mk__1008

 

※記事公開時、ヴィレッジヴァンガード高田馬場店(2016年に閉店)の位置に関する説明に誤りがありました。7月9日(火)16:50ごろ修正しました。お詫びして訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。

 

編集:Huuuu inc.くいしん

ベイスターズが育ててくれた「アイラブヨコハマ」精神。オタクに目覚めて知った横浜の暮らしやすさ【オタ女子街図鑑】

著: 劇団雌猫 

二次元、ジャニーズ、宝塚にアイドル。次元もジャンルも異なれど、オタク女子にとって趣味は人生の重要な一部。趣味を満喫するうえで、実は大切なのが「暮らす街」。オタク女子はどんなことを考え、どんなことを重視して街と家を選ぶのか?

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4人組オタク女子ユニット「劇団雌猫」がお届けする連載「オタ女子街図鑑」。

今回ご紹介していただく街は「横浜」。特に思い入れなく暮らしていたはずが、オタクに目覚めたことで見える世界が激変。アイラブヨコハマっぷりを語っていただきました。

本日の語り手 ゴールデンハムスターさん

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都内で一人暮らししよう、と決めていたはずが…

私は、横浜で生まれ育った。自分の生活圏で普通に暮らしているだけなのに、10年ほど前から急に「横浜の人って横浜から出ないよね〜(笑)」と、なぜか嘲笑気味に言われるようになった。

今思えば気にする必要など全くないことだけど、当時大学生だった私は妙なからかいを何度も受けるのにうんざりして、都内で就職して数年お金を貯めたら都内で一人暮らししようと決めていた。

それから時が経ち、都内で働いている今も、一人暮らしすることなくずっと横浜で暮らしている。なぜなら、私のオタ活に横浜がとっても都合がいいから!

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横浜にはベイスターズがいる

社会人3年目の夏、横浜DeNAベイスターズにどっぷりはまった。それまで野球に興味を持ったことはなく、はじめは青空の下でビールを飲んで、風船を飛ばすのが楽しいだけだった。

そこから何度か球場に行ったり、無料のネット試合中継を見たりしているうちに、ルールや簡単な戦略が少しずつ分かるようになって、好きな選手がどんどん増えて、見える景色の解像度があがっていく感覚が楽しかった。そして気がついたら年間で30試合ほど観戦していて、シーズンの終わりには翌年のシーズンシートを契約していた。

※ シーズンシート:シーズンを通して、ホーム球場で行われる全試合を固定の席で観戦できるチケット。プロ野球のレギュラーシーズンは年間143試合なので、そのうちのだいたい半分の70試合ほど観戦できる。座席位置によって値段が異なり、ベイスターズの場合、10万円から50万円を超えるものも。シーズンが始まる前に支払い完了するので、シーズン中は実質無料になる。

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外野席からの景色。バックネット裏上部に新設されたVIPルーム、いつか行ってみたい…!

自宅の最寄り駅から関内駅まで約10分。ベイスターズの本拠地である「ハマスタ」こと横浜スタジアムまでは、ドアto座席で30分ほどだ。

プロ野球は平日夜も21時〜21時半くらいまで試合があるけど、22時に球場を出れば24時前には眠れる。多い時は火曜日〜日曜日の週6日ハマスタ開催の試合が続き、体力との戦いになるのでこの近さは何にも代え難い。そこで、完全に都内に住む理由がなくなってしまった。

ベイスターズは近年、地域に根ざした活動やアピールが格段に増えた。そのおかげで、街中でもふとした瞬間にベイスターズを感じることができる。

例えば、開幕前やイベント前には駅構内にポスターやサイネージ広告があふれるし、みなとみらい線・東急線には「ベイスターズトレイン」が存在する。選手の顔が写ったものに遭遇したときは、「今日も応援してます!!」「昨日の守備かっこよかった〜〜!」と心の中で話しかけながら歩いている。自分でも気持ち悪いと思いつつ、すごく楽しい。

推しがいる街に住むって、それだけで幸せが増えるからすごい。

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横浜ビブレの外壁に掲げられた、ベイスターズの4番でキャプテン、筒香嘉智選手の特大ポスター!通るたびに目が合ってうれしい

勝負事なので、チームの状況には波がある。今年のベイスターズもいいときと苦しいとき、どちらもあるけど、どんな状況であろうと私のようなファンにできるのは「信じて応援すること」と「できる範囲、したい範囲でお金を落とすこと」だけだと思っている。

だから今年もその先も、ユニフォームや選手名タオルを買い足して、試合に行けるときも行けないときも応援の念を飛ばします!

ハマスタは世界で1番好きな場所

ベイスターズだけじゃなく「ハマスタ」自体もすごく好きで、行くだけで楽しい気分になれる場所だ。最寄駅の関内から歩いていくと徐々に見えてくるハマスタの姿には、毎回気持ちが高揚する。

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横浜公園の地域イベントとベイスターズの試合が重なった日。双方の参加者が混じりあった、雑多なにぎわいが好き

スタジアムの周りを囲った横浜公園では、春は咲き乱れるチューリップが綺麗だし、夏はベイスターズが主催するビアガーデンが楽しげだ。東京オリンピックで野球の会場になるため、ここ数年は増席のために工事続きで立入禁止エリアが多いのが寂しいけど、新しく生まれ変わりつつあるハマスタの今後も楽しみ。思いが通じたのかオリンピックのチケットも無事当選しました!!

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席が増設されてから、来場者が3万人を超えるようになった。毎回のようにこの人数が集まるってすごい

ハマったころの私のように、野球をあまり知らない人こそ楽しんでほしいハマスタ。近場のおすすめ寄り道スポットも紹介しておきます。

・横浜港 大さん橋
osanbashi.jp

ベタだけど、ふらっと散歩するなら「大さん橋」。客船の船着場だけど、屋上が芝生になっていて誰でも無料で入れるのでのんびりすごせるし、いわゆる「横浜」な景色が見られるので観光にもぴったり。

運が良ければ、停泊中の豪華客船を見られることも。客船のテラスでお茶しているマダムたちに手を振ると100発100中で振り返してくださるのが楽しい。

・喜久家洋菓子舗(横浜元町)
kiku-ya.jp
元町商店街にある老舗の洋菓子屋さん。ラム酒が染み染みの生地がチョコレートでコーティングされた、大人向けのお菓子「ラムボール」が絶品!

・牡丹園
www.botanen.co.jp
せっかくハマスタ付近まで行ったら、食事はやっぱり中華街! 肉まんや小籠包の食べ歩きもいいけど、庶民的な中華料理もいいですよね。牡丹園はベイスターズの選手が食事会をしたり、ベイスターズのイベントに出店したりと、ベイスターズファンにもお馴染みのお店。

以下もおすすめ!

・翡翠楼
www.chinatown.or.jp
「網油酥炸巻」という、五目入り巻揚げがおすすめ。私はここでしか見たことがない!食感が楽しいメニュー。

・中華菜館 同發
www.douhatsu.co.jp
家族でたまに利用するお店。緑に輝く餡がかかった、翡翠炒飯がおいしい!コースのボリュームがすごくてお得なので、お腹を空かしていくのがおすすめ。

ヨコハマ〜!と呼んでもらえる

コンサートやライブが多く開催されることも、オタク視点で感じる横浜の魅力のひとつだ。

これまで私が行ったことのある会場だけでも、日産スタジアム、横浜スタジアム、横浜アリーナ、神奈川県民ホール、パシフィコ横浜など結構な数がある。そして、どの会場でも、アイドルやアーティストは「ヨコハマ〜!!」とファンに向かって呼びかけてくれる。自分が住む街の名前を呼んでもらえると、そのコンサートの特別感が増す気がする。

特に私はベイスターズのせいで「アイラブヨコハマ」精神が異常に育っているので、「○○が横浜って言った!!!!」とめちゃくちゃ興奮できる。

(ベイスターズには、試合の合間やヒーローインタビューの締め、節目のイベントなどで、「アイラブヨコハマ〜!」とファンに叫ばせるお決まりのやり取りがある。これまで応援してきた5年間で、間違いなく300回以上は言っているので、順調に洗脳されている)

平成最後のゴールデンウィークは、横浜スタジアムで行われた元HKT48指原莉乃さんの卒業コンサートに行った。

最高のコンサートで何度も感動する場面があったけど、私が一番最初に涙してしまったのは指原さんが「ハマスタ泣くなー!ハマスタ、叫べーーー!!」とファンを煽ったときだった。その瞬間世界で最もキラキラしている人の口から、世界で一番好きな場所の名前が出てきたことがうれしくて感極まってしまったのだ。

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有志の方々が配ってくれた企画のうちわ。愛がすごい

そして令和最初のGWには、横浜アリーナで行われたSexy Zoneのコンサートに初参戦!Sexy Zoneのコンサートに行けたこと自体はもちろんうれしかったけど、今回が人生初だった「ジャニーズのコンサート」が、横浜アリーナだったこともめちゃくちゃうれしかった。

それにしても、平成の大アイドルのひとりである指原さんの卒コンで平成を締めて、これからの時代を創るSexyZoneのコンサートで令和を始めた私のGWは、非常にゴールデンだったな〜〜。しかも、それがどちらとも横浜の会場だったなんて、偶然とはいえ改めて横浜はオタクにありがたい街だと思った。

思い入れはないと思っていたけれど

あとは単純に、横浜駅が近いエリアに住めば交通アクセスもよい。横浜からは東京、新宿、渋谷など大きなターミナル駅には乗換なしで行けるし、新横浜駅も羽田空港も利用しやすいので、軽いノリで新幹線や飛行機に飛び乗って弾丸遠征もできてしまう。行きたいところがあれば、どこにだって行ける。

オタ活をしていないころは特にこの街に思い入れはないと思っていたけど、オタクになってからアクティブになったことや活動範囲が広がったことで、横浜の暮らしやすさを実感している。

そろそろ実家は出ないといけないと思っていて、いつまでこの生活が続くかは分からないけど、横浜に生まれてベイスターズやアイドルを好きになれた幸運を、存分に味わい尽くしたいと思う。

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著者:劇団雌猫

劇団雌猫

アラサー女4人の同人サークル。「インターネットで言えない話」をテーマに、さまざまなジャンルのオタク女性の匿名エッセイを集めた同人誌「悪友」シリーズを刊行中。その他、イベントや執筆活動などもおこなっている。編著書に『浪費図鑑』『シン・浪費図鑑』『まんが浪費図鑑』『だから私はメイクする』。3月に新刊『一生楽しく浪費するためのお金の話』が発売した。

Twitter:@aku__you

ブログ:劇団雌猫


<劇団雌猫による連載、次回は7月後半に更新予定です!>


■過去の記事

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受け入れてくれる街・大塚は変わりつづける:インバウンドでインクルーシブなインターナショナルシティ

著者: 矢代真也

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大塚駅南口のサンモール大塚商店街には、和食屋、ベトナム料理屋、インド料理屋が入ったビルがある。

2018年、東京の大塚に進出したものが2つある。星野リゾートとドン・キホーテである。前者は「旅のテンションをあげるホテル」というコンセプトを掲げる星野リゾートの新ブランド「OMO」。大塚駅北口から徒歩1分、オシャレなカフェや内装を備えた宿泊施設で、大塚店が都内の1店舗目となる。

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大塚北口の「OMO5 東京大塚」。ガラス張りのカフェやパン屋などが入る。

後者は、ディスカウントストア「ピカソ大塚北口駅前店」。「近隣のホテルに宿泊する人の需要に応えられるよう気軽に手に取れる日配品や日用雑貨品などの品ぞろえを強化」したという。こちらも大塚駅北口を出てすぐのところに、2階建ての店舗ができた。

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大塚駅北口すぐのディスカウントショップ「ピカソ」。日用品だけでなく、東京土産も扱う。

いずれの施設も、生まれた背景には「インバウンド需要」がある。観光客の需要を取り込むために、宿泊施設としてのホテルや、気軽に消費できるディスカウントストアをつくる。いま日本中で行われているインバウンド施策のひとつが、大塚にも本格的に上陸したとみて間違いない。ただ、2014年から2017年まで大塚でルームシェアをしていたわたしは、大塚で起きたこの動きをどう解釈していいのか分からなかった。

京都出身のためか、ここ10年のインバウンド需要による実家周辺の変化を家族から耳にすることが多い。徒歩10分圏内に5軒以上のホテルが建ったという。自分が住んでいた街が変わってしまうのかもしれない。そんな心配と同時に、なぜ大塚に?という感覚があった。

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北口の商店街にオープンしていたタピオカ専門店。多言語対応はインバウンドのためか。

星野リゾートが「OMO」という新しいホテルのブランドを東京でスタートするにあたって、大塚という場所を選んだ背景には何があるのだろう。ターミナル駅である池袋から1駅というアクセスのよさや、都内にしては家賃が安いことに象徴される物価の安さだけが理由なのだろうか。そんなことを考えながら、3年ぶりに大塚の街を歩き回り、自分が住んでいたころの記憶を思い返した。

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南口にあるクリーニング店。筆者が住んでいた当時はワイシャツ1枚のクリーニング料金が100円で、その安さに驚いた。

外国人と感じなくてよい街

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南口の商店街にある、食料品店。アジアのさまざまな国の品を扱う。

もともと大学でフランス文学を勉強していた関係で、2013年から1年間スイスに留学していた。帰国後、東京の大学に復学するタイミングで、現地でできた友人・オレリアが日本へ留学するため、一緒にルームシェアをすることにした。両者の大学の中間地点にあったので、住み始めたのが大塚という街だった。

1年間日本を満喫したオレリアが「大塚は東京で一番外国人であることを感じなくてもよい街」とよく言っていたのが印象に残っている。確かに当時から大塚には外国人がとにかく多い印象があった。北口を出たところに、英会話バー「Speak Easy」があって、そこでよくオレリアは「スイスのチーズが食べたい」とクダを巻いていたらしい。

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南口の商店街を抜けたところにある、イスラム向けの食品を扱うハラールショップ。

個人的には引越した当初、近所のコンビニの店先で缶チューハイを片手に酔っぱらっていたアラブ系の人に驚いた。アラビア語とおぼしき言語で楽しそうに友人と話している彼を見ながら、この街に住んでいるのは日本人だけではないのだという当然の事実に気づいた。これまで東京・京都で見かけた観光を楽しんでいる「外国人」とは違って、彼は大塚で自分の生活を営んでいる。そんな事実を目の当たりにし、日本という国を「日本語を話す日本人」というマジョリティを前提にした世界と捉えていた自分の感覚が恥ずかしくなった。ただ、住んでいるうちにすぐに、その世界の変化は心地よいものだと思うようになっていた。

「ひとり」でも居心地のよい街

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南口すぐに立ち並んだビルの1階には、中華、牛丼のチェーン店が軒を連ねる。

大学最後の1年と、新卒として社会に出てからの2年を大塚で過ごした。その間は、1人で外食することが多かった。卒業論文を書いたり、慣れない仕事で深夜に帰宅したりと、自炊をする時間がなかったからだ。ただ、大塚という街ではその必要も感じなかった。変則的な生活時間に疲れ、毎日吸い込まれるように外食をしていた。とにかく1人で入りやすい店が多かったのだ。「外国人であること」だけでなく、「おひとりさま」であることも、感じることが少なかったともいえる。

カレーの名店「カッチャル バッチャル」は、全国屈指のインドカレーを食べられる予約必至の人気店なのだが、1人で座れるカウンター席が空いていることも多くフラっと寄れることが多かった。サラリーマンとおぼしきおひとりさまと隣り合わせになりながら、自分も1人で「白い牡蠣カレー」を食べていた。自宅から徒歩5分の場所で、こんなにおいしいカレーを食べられる大塚は本当に最高だと思った記憶がある。

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南口から巣鴨に向かう小道にある居酒屋「種子島」。

1人で入れる飲み屋も多い。南口から巣鴨へ向かう道の途中にある居酒屋「種子島」は、おかみさんと娘さんの2人でやっている小さなお店。奥にある4〜5人用のお座敷はどこかの居間そのままという趣で雰囲気が最高なのだが、1人でカウンターに座るのもよい。お酒を飲んだ後、シメにご飯とお味噌汁を食べられるのもありがたかった。外食しているのに、生姜焼きや焼き鳥といったおつまみが、食卓のおかずになった。

日本酒の街として知られる大塚は、1人でお酒を飲むお客さんを受け入れるために必然的にカウンターのある店が多いのかもしれない。常連の人が多い店もあるが、そこに1人でいても誰も干渉してこない雰囲気がある。新しい店を開拓するのに勇気がいらないのだ。もちろん、飲み以外にもラーメン屋、定食屋にも事欠かない。卒論を書いていて部屋にこもりきりだったときは、夕食に何を食べるか決めるのが楽しみだった。

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北口の繁華街にある焼肉「龍園」。深夜2時まで営業していて、1人でも入りやすい。同じビルには洋菓子教室が入っている。

実は「日本」が多い街

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南口の都電沿いには、一軒屋を使った外国人向けゲストハウスと合気道の道場が並んでいる。

大塚の魅力に思いを馳せながら、昨年オープンしたOMO5のサイトを見ると「大塚の街は、昼は昭和レトロな雰囲気に包まれていますが、夜は大人の遊び場に姿を変えます」と書かれていた。たしかに、この街は「よい古さ」と「アダルトな雰囲気」に満ちている。

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南口にあるバッティングセンターの裏側。ラブホテルと病院が隣接している。

「よい古さ」と「アダルトな雰囲気」は、大塚では混じり合うように存在している。大塚という街は、ザックリいうと北側の繁華街、南側の住宅地に大別されるが、北口の繁華街のどまんなかに仏具店があったり、南口の商店街にスナックがあったりする。さらに、そこに在日外国人向けのお店が混じり合う。大塚には、都内に9カ所あるモスクのひとつがあるのだが、隣のビルの1階にはラーメン屋、2階にはエステがある。

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南口の商店街奥にあるモスク(写真右)。1999年から、この場所にあるという。

自分が住んでいたころ、スナックに通うことも、仏具店に行くことも、モスクに行くこともなかったが、複数の文化が雑然と混じり合った雰囲気が好きだった。キッチリとエリアが区切られているのではないだけで、そこにいる自分が誰なのかを気にする必要がなくなるからだ。大塚に住んでいた当時、大学を卒業して社会人となり新しい肩書きと向き合っていた自分が、そんな大塚という街の懐の深さに惹かれていたのは、間違いない。

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北口繁華街の中心にある仏具店。

インクルーシブな街

新卒で入社した会社を離れ、いつの間にか大企業との仕事が増えた結果、ここ2、3年インクルーシブという言葉を耳にすることが多くなった。多様な文化・人を分け隔てなく「包含」する姿勢を示すこの形容詞は、2015年に国連が制定した「持続可能な開発目標(SDGs)」のなかで繰り返し使われ、日本の企業にも文化的な指針として採用されつつある。ただ、わたしはインクルーシブと聞くたびに、大塚のことを思い出す。外国人、おひとりさまを受け入れ、さらには異文化をも受容する雑然さ。この街に溶け込むのは容易だ。

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北口の繁華街にオープンしていたベトナム食料品店。店先でドリアンが売られていた。

この原稿を書くために、ルームシェアを解散して引越してから3年ぶりに大塚の街を歩き回った。南口にドラッグストアを備えた新しいホテルが営業中、アパホテルも建設されるようだ。見慣れないタピオカ店もできている。インバウンド需要に向けて、この街はさらなる変化をとげつつある。北口のメインストリートに最近オープンしたらしいベトナム食料品店では、軒先でドリアンのたたき売りが行われており、単なる日本の観光地とは異なる趣が確かにあった。

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北口の繁華街にあるラーメン屋「ぼたん」。本格的な博多の豚骨ラーメンが食べられる。Suicaで支払えるのが嬉しい。

街を歩いたあと、懐かしいラーメン屋に入って注文を待ちながら、OMO5がオープンすると聞いたときに感じた、「大塚が変わってしまうのかもしれない」という心配は的外れだったと思い至った。もし「インクルーシブ」という姿勢が大塚に備わっているのであれば、新しい文化を受け入れるための変化にこそ、その「居心地のよさ」の理由がある。

大塚の変化を心配することは、大塚の良さを否定することなのかもしれない。どこからやってきたのか知るよしもない外国人の隣でラーメンをすすりながら、1人で大塚の心地よさを噛みしめ、この街を後にした。

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星野リゾートだけでなく、南口にはアパホテルも建設中だった。


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筆者:矢代真也

矢代真也

大学卒業後、2012年にクリエイターエージェンシー、株式会社コルクに入社。三田紀房のマンガ『インベスターZ』の立ち上げを担当し、投資関係の取材、マンガコンテンツの編集・プロモーションを行う。2015年から『WIRED』日本版編集部で、海外取材を含む雑誌・ウェブ記事制作、イベント企画・運営などに携わる。2017年に独立、合同会社飛ぶ教室を設立し代表を務める。写真:西田香織

 

編集:ツドイ

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