仕事の休憩時間を存分に楽しませてくれる街——神保町

著者: 山口 周

半蔵門線の新駅「神保町」

かつて、東京メトロ半蔵門線はたった5駅しかない小さな路線であった。渋谷-表参道-青山一丁目-永田町-半蔵門で終わり。それが三越前まで4駅延び、神保町を通るようなったのは1989(平成元)年、私が中学2年のころである。

田園都市沿線に実家があった私は、自宅から乗り換えなしで神保町へ出られるようになった。真新しい駅のホームの壁面には、積まれた本のイラストがあしらわれ、「本の街」をアピールしていた。今もホームの壁面はそのまま同じ絵だ。

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今も変わらぬホームの壁面

中野書店・漫画部と欧風カレーボンディ

神保町はカレーの街、B級グルメの街でもあるが、それは大学生になってからのこと。食事を自宅で食べる中高生にとって、神保町へ行く目的は純粋に“本を買う”一択で、買った本を喫茶店で優雅に読むことすらほとんどなかった。

主にマンガを買うことが目的で神保町へ出かけていた私は、神田古書センター2階の中野書店・漫画部へは必ず行った。ここは、日本で最初にマンガにヴィンテージ価格を付けた古書店だという。小さい店舗ながら、ガラスケースに陳列された数十万円する手塚治虫の初期単行本などは、眺めるだけでも面白い。

中野書店は残念ながら数年前に閉店し、現在は従業員だった人が夢野書店として引き継いで営業している。

ところで、この中野書店と同じフロアに、神保町を代表する老舗のカレー店「ボンディ」があり、マンガを見ているとやたら良い匂いがしてきて、腹が減ってしまうのだ。古めかしい喫茶店のような看板や内装にもそそられた。ところが、店頭にメニューの類が一切掲示されておらず、いくらかかるのかがまったく分からない。

喫茶店風だし、まあしょせんカレーだ。いくらなんでもそんな高いことないだろうと思わず入ったら、メニューにある一番安いカレーで1杯1250円(今は1480円)。たぶん、高校生時分としては、歴代最高額の外食だったと思う。美味しいカレーだったが、値段のパンチ力の方が遥かに上回っていた。

余談だが、中野書店が閉店する少し前くらいから、両店はどうも仲がうまくいっていない様子で、夢野書店に移行後は「当店からボンディへの通り抜けは出来ません」「ボンディをご利用の方は、ビルの裏にお回りください」と言った張り紙が倍増。ボンディ目当ての客の通り抜けを全面拒否するようになった。神保町へ行くようになって30年以上経つが、そこまで不穏な空気を感じなかった両店に一体何があったのだろう。

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中野書店としては閉店直前の古書センター2階入口

古書センターをつかさどるエロの殿堂「芳賀書店」

ボンディや中野書店と同じ神田古書センターにて、昨年まで長らく営業を続けていた芳賀書店。要するにビニ本専門店で、この「ビニ本」というのはおそらく80年代が全盛で、私も解説出来るほどよくは知らないのだが、まあ、ビニール袋に包まれたエロ本のことだ。面積は広大で、ありとあらゆる性癖ジャンルの本が果てしなく陳列されているように感じた。

電気グルーヴの石野卓球がオールナイトニッポンで「神保町の芳賀書店に行って来たけど、いやーすごいね。あらゆるジャンルの本があったね」と言うと、ピエール瀧が「でもひとつだけ、動物モノがなかったぞ」と返しているのを聞き、「いや、少し前まで獣姦の本は数冊置いてあった」と思ったことがある。

高校1年のある日、学校帰りに友人たちと連れ立って神保町の芳賀書店へ出かけた。その時、特に目を引いたのが、犬や馬、豚と人間が絡み合っている海外の本で、我々は「おーい、こんな本まであるぞー!」と盛り上がった。

そうやってワイワイ楽しみつつ、ムラムラもしている高校1年生たちが気になっていたのが、壁から吊られた10枚千円のエロ生写真である。なぜ気になったかと言うと、性器や結合部などが、マジックペンで塗りつぶされているのだ。

「これは…マジックを…消せば…見られる…?」 年に一度くらい、ダビングにダビングを重ねた画質の悪い裏ビデオが友人から回ってくればラッキーという時代である。性器の画像は今では想像もつかないレベルの価値があることをお分かりいただきたい。

その夜、アルコールや除光液などを駆使し、各々がマジックインキを消すことに腐心したはずである。しかし、翌朝の皆の顔は晴れなかった。消したマジックインキの下に現れたのは、真っ白く消された結合部であった。おそらく、ネガの段階でフィルムを削って消したのだろう。それをさらにマジックで塗りつぶすだなんて。芳賀書店は、高校1年生にとって一生モノの話のネタをプレゼントしてくれた。

ちなみに芳賀書店は出版業務もやっていて、そっちは「シネ・アルバムシリーズ」というハリウッドスターの写真集をたくさん出版していて、映画ファンからは一定の評価を得ていた。古書センター最上階の店舗は昨年閉店となり、九段下寄りに残った小さな本店はDVDショップに様変わりしている。

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現在、古書センター入口にある案内板。芳賀書店は8階にあった。

キッチンマミー

芳賀書店の話が長くなってしまった。大学生になるとアルバイトの稼ぎもあり、「エチオピア」などのカレー屋にもちょいちょい行くようになった。

CSアンテナを取り付けるアルバイトをしていて、ある日の現場が神保町だった。昼時に「キッチンマミー」という清潔感のある定食屋へたまたま入った。壁に「店主急病につき、当分の間揚げ物のみとなります。」という張り紙が目についた。

母娘と分かる顔の似た2人が店を切り盛りしていて、娘さんは慣れない仕事をオドオドしながらこなしているように見え、おそらくピンチヒッターで急きょホールを任されたのではないかと思う。

就職してからはラッキーなことに、得意先が神保町から程近い場所にあった。出来るだけ打ち合わせ時間が昼時や夕方になるよう調整し、いろいろなカレー屋を訪れ、キッチンマミーへも時折行った。

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小さな黒板と、紙に印刷されたメニューが2種類。お母さんに言わせると、黒板のメニューは量が多く、紙のメニューは控えめということ。

「店主急病につき…」の張り紙はもう無く、メニューは揚げ物だけに。オドオドしていた娘さんは行くたびに頼りがいのある接客へと変貌していた。

独立、そして神保町の住人へ

やがて私は今の仕事を始めて独立し、自分のオフィスを借りるため、神保町で物件を探し始めた。ほとんどの音楽関連会社は、246沿いや六本木付近にオフィスを構えていた。インディーズ系の会社は下北沢にも多くあったが、神保町というのはかなり意表をついていたし、渋谷-青山-六本木といった場所に多くある得意先へも出やすく、一風変わったことをするために不便を我慢するという心配はなさそうだった。

さっそく木造の味わいある建物に「貸室あり」という張り紙を見つけ、内見したところ、同行した不動産屋が「汚いですよ」「ネズミも出るみたいですよ」「もう何年も入居者がいないです」と、ぜんぜん貸す気がない。最終的に、「家主の電話を鳴らしても出ないんですよ」という理由で不動産屋から断られた。

そんなことがあるのだろうかと、同じ建物に入っているタバコ屋に、「2階を借りたいのですが、不動産屋が家主さんと連絡を取れないみたいで、何かご存じないでしょうか?」と尋ねると、タバコ屋の顔色がサッと変わり、「ああ、その件は他言できないんだ。帰ってくれ」と、まるで2時間ドラマのワンシーンのような感じで追い出された。

一緒に内見し、タバコ屋との一部始終を見ていた妻は「ここは借りちゃいけない。きっと殺される」と本気で怖がっていた。あれから8年経つが、今もその物件には「貸室あり」と張られている。

週2でキッチンマミー

その後物件は見つかり、晴れて神保町の住人となった。昼休み、店に入るなり、「いつもの?」と聞かれる店すら出来る有り様だった。

キッチンマミーへは週2ペースで行くようになった。CSアンテナを付けている時は、まさかこんな日が来るなんて。

ところで、キッチンマミーはとにかく盛りが多い。それはこの店の誇りでもあり、たまに「食べきれないから持ち帰りたい」と言い出す客が現れると、「揚げたてじゃなきゃ美味しくないからね」と、お母さんはとても不機嫌になる。

満席時に訪れると「時間かかるけど?」と娘さんから言われる。これは暗に「帰れ」と言っているのだが、「時間あるから大丈夫ッス」みたいに並び始めると、2人とも不機嫌になる。

「いやー変わらないなぁ。学生以来30年ぶりに来ましたよ!」みたいな客に対してもまったく喜ばない。「ここらへんで働いてる人がしょっちゅう来てくれてるからね」と、極めて冷淡だ。

そんなドライな母娘だが、あるとき、ひょんなことから「キッチンマミー」の店名の由来に気付いた。「マミー」はてっきりお母さんのことだと思っていたのだが、娘さんはお母さんからしばしば「まみちゃん」と呼ばれている。「マミー」は「まみ」だったのだ。ドライに見える母娘なだけに、開店時に娘の名を付けた事実にむしろ感動してしまったのだった。

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ヨーロッパ土産をプレゼントした際、母娘が大喜びしてくれて、お返しにくれた「ガツンゴールド」。

これからの神保町はどう楽しませてくれるか

最後に、最近の私の楽しみを紹介して終わろう。

神保町の古書店で、靖国通りに面した店、すずらん通りに構えているような店はほんの一握りで、花形と言っていいと思う。実際には、靖国通りを渡ったエリアや、細い路地裏の雑居ビルにおびただしい数の古書店が存在する。これらのほとんどは店頭で本を売ることが目的でなく、目録やネット通販を主とする固定ジャンル専門店だ。ふと、「こういう店こそ面白いのでは?」と思い付いた私は、足の踏み場なく身動きの取れないミステリ専門店や、ブートレッグを大量に売る古典芸能専門店などを見つけ、特に古典芸能の店へは足しげく通うようになってしまった。神保町9年目にして散財の日々を送ってしまっているものの、新しい楽しみを見つけられた喜びにも浸っている。

私がいたこの8年間だけでも、「コミック高岡」「書泉ブックマート」といった書店や、「いもや」「さぶちゃん」といった名物の飲食店が閉店していった。しかし、名物店が無くなって行こうが、神保町を楽しむには攻めの姿勢さえあればいくらでも受け入れてくれる土壌がまだある気がしている。


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著者:山口 周

山口 周

1976年神奈川県出身。男女デュオ「ハンバートハンバート」のマネージメントオフィス、株式会社ハンバートハンバートクルー代表。マネージャー兼プロデューサー。ライブのステージ、新譜、グッズのことなどを考える日々。

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※記事公開時、本文中の書店名に誤りがありました。読者様からのご指摘により、7月24日(水)8:00ごろ修正しました。ご指摘ありがとうございました。

 

編集:ツドイ