あれこれ不思議な浮間舟渡【銀座に住むのはまだ早い 第4回 北区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

◆◆◆

 基本、僕は島に弱い。孤島とか無人島とかそういうことではなく。よそと仕切られた場所に弱い。

 ここで言う島は、川で囲まれた場所、だ。川が多い東京にはそんな町がいくつもある。

 町の島は、これまで小説の舞台にもしてきた。例えば『ナオタの星』では中央区の新川、『ライフ』や『まち』では江戸川区の平井。

 今回は、埼京線の浮間舟渡。北区の回はここ、と初めから決めていた。

 浮間舟渡近辺の囲まれっぷりを、まずは地図で見てほしい。囲まれるにもほどがありますよ、と言いたくなるくらい囲まれてる。島というよりは砂州のように、川と川に挟まれちゃってる。島好きの僕としてはやられる。そりゃ、選んでしまう。

 浮間舟渡は、JRでは23区最北端にある駅だ。

 駅自体が北区浮間と板橋区舟渡にまたがっている。だから駅名が浮間舟渡。その偶然性には惹かれる。そこに変な意味づけはない。北区山田と板橋区吉田なら、山田吉田、になっていたはずなのだ。
 いつもの条件、管理費・共益費込みで家賃5万円、のワンルームがあるか。さっそくSUUMOで検索。

 どうにか見つかった。駅から徒歩5分。築5年。3.5畳ロフト付きで4万5千円。

 初めて埼京線に乗り、浮間舟渡駅の、北側にしかない出口に降り立つ。

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 そこそこ広いロータリーがあるのにこぢんまりしている。なかなかに絶妙。さびしいとまではいかないが、23区感は抑えめだ。タワーマンションが一つ見えるも、ほかに高い建物はない。飲食店も多くはない。

 そして最初の不思議に遭遇。

 駅前、ロータリーのすぐ先が、ドーンと広い公園になっているのだ。

 今回は北区回なので、板橋区の舟渡はあきらめ、浮間に絞る。そのドーン公園はひとまず措いておき、駅の南側から探索開始。高架をくぐって、そちらへ。

 すると早くも二つめの不思議に遭遇。

 その南側は南側で、いきなりドーンと中学校なのだ。

 そこには浮間図書館が併設されている。駅から徒歩2分の図書館。行かねばなるまい。

 前回の杉並区、西荻図書館でもそうしたように、お邪魔した。

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 まだ新しい感じで、なかはとてもきれい。とりあえず、自分の本があるか見てみた。

 4冊。うち1冊はほかの作家さんの短編も含まれるアンソロジーだから、実質3冊。西荻図書館からは3倍増。僕レベルなら大健闘。

 少しいい気分で図書館を出て、隣にある新河岸東公園へ。

 浮間水再生センターなる下水処理施設の上に整備された公園とのことで、階段を上っていく必要があった。

 実際に現地に行ってみなければわからないのは、こうした部分だ。地図から高低差までは読みとれない。公園の写真を見ても気づけない。だから取材は必要なのだと、あらためて思う。

 ちょうどお昼どきだからか、広い公園には誰もいない。本当に一人もいない。すさまじい占有感!

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 遊歩道をぐるっとひとまわりして階段を下り、新河岸川へ向かう。

 北側にある荒川とで浮間舟渡を挟む、もう一つの川だ。ちょろちょろ流れる都会の川ではない。幅は優に50メートル以上。でも残念なことに、堤防に遮られ、水辺には寄れない。見るなら橋から見るしかない。

 ということで、新河岸橋よりしばし川を眺めてから、その川沿いに進む。

 やがて、北区立浮間つり堀公園が現れる。

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 もう、まさにつり堀。真ブナや和金(わきん)が釣れるという。夏季にはザリガニ釣りもできるという。入園料は無料。さおは有料で借りられるし、えさも買える。魚やザリガニの持ち帰りはできないらしい。

 時間があればやりたいところだが、今は探索中なので、断念。

 その代わり、小学生のころによくやったハゼ釣りのことを思いだした。

 ちょうど新河岸川くらいの川だった。ガキでもまたげる低い堤防をまたぎ、僕はコンクリートで固められた急斜面を後ろ向きにソロソロと下りていった。そして幅が1メートルもなかったであろう縁のところで釣りをした。

 ハゼのほかにはカニも釣れた。そちらはさお不要。水中の岸壁にへばりついたカニ目がけて草の蔓を垂らすだけでよかった。それを目の前でゆらゆらさせると、やかましいわ、とばかり、カニがハサミで挟むから、そこを一気に引き上げるのだ。

 もちろん、ハゼもカニもキャッチアンドリリース。カニのほうはリリースするまでもない。ほうっておけば自力で川に戻っていった。横歩きで縁を進み、ぽちゃん。

 当時はそんなことは考えなかったが、今考えればかなり危険だ。カニがではなく、僕らが。

 水面は縁よりずっと低かったので、もし川に落ちていたら、自力では上がれなかっただろう。友だちが一緒にいたとしても、救助するのは無理。下手をすれば下手をしていたかもしれない。

 ガキのころはその手の、よく考えれば危険、なことが結構あった。

 僕はこわがりゆえ決して無茶をしなかったが、無茶をする友だちは平気で無茶をした。団地の階段の踊り場から建物の外に飛び下りたり、陸橋の急坂を全速力ノーブレーキチャリで下ったり。彼らは軽快かつ華麗に無茶をするのだ。こいつには敵わない、と思わされたことが何度もある。皆、無事に生きているだろうか。

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 つり堀公園を横目に進むと、新河岸大橋にぶつかる。

 この辺り、意外にも橋は少ない。西隣、さっきの新河岸橋までは700メートルくらいあるし、東隣の浮間橋までは1キロくらいある。

 対岸に行くのにまわり道をするのは面倒だよなぁ。でもそのおかげで島感はより強まってるんだよなぁ。

 と思いつつ歩いていたら。

 民家のわきの一角に、浮間の渡船場(とせんば)跡なるものを見つけた。

 かつてはそこに渡船場があり、対岸の板橋区小豆沢(あずさわ)とを結んでいたという。浮間橋ができた昭和3年までは存在していたらしい。

 見逃してしまいがちだが、町にはこんなものもある。歴史はそこかしこに溶けこんでいるのだ。過去はなくなるようでなくならない。

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 そのまま浮間橋近くまで行き、左折。

 埼京線や新幹線の高架に沿って浮間舟渡駅のほうへ戻る。

 そう。ここは東北新幹線や北陸新幹線も通っているのだ。

 だからということなのか、高架がよそよりも高い。下の隙間から向こうの空が見えたりする。それで閉塞感が少ないのかと気づく。

 下をくぐる道も多いので、北側との行き来もしやすそうだ。それは案外大事。線路で分断されると、町はどうしても狭くなってしまう。

 駅が迫ってきたところで前半終了。ランチ。

 一膳屋 五丈原さん、というお店に入った。

 手のアルコール消毒に続き、検温。6度1分。久しぶりに自分の体温を知る。

 最近の非接触体温計はすごい。わずか1秒。速攻。昔、水銀体温計をわきの下に挟んで待ったあの数分は何だったのか。

 そこではチキン甘酢ソース定食を頂いた。サラダとは別に小鉢が3つ。チキンもご飯もがっつり。おいしかった。

 空腹も満たされての後半。

 駅の北側へ戻り、さっきのドーン公園、東京都立浮間公園へ。

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 真ん中にこれまたドーンと池がある。浮間ヶ池。デカい。公園にある池のイメージを遥かに超えている。公園が滋賀県なら池は琵琶湖、という感じ。

 駅同様、この公園も北区と板橋区にまたがっているらしい。北区側から眺めると、板橋区側に立派な風車が見える。さすが都立、と感心する。

 それにしても、水はいい。川に限らない。池でも、いい。何故いいのか。水というよりは水面がいいのかもしれない。そこに立つ小波の揺らぎが心を落ちつかせるのだ。うん。そうだ。

 と、いくらか情緒的になって公園をあとにし、浮間けやき通りを西に進む。

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 左右に高木が植えられている。けやき通りなのだから、たぶん、けやきだろう。情緒的なくせに植物のことはよく知らない。恥ずかしい。

 途中でけやき通りを外れ、物件を見た。

 荒川に近い、静かそうな場所。悪くない。

 けやき通りに戻ってしばらく歩き、左折。いよいよその荒川へ。

 長い階段を上って河川敷に出る。

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 広い。河川敷なのに、川が遠い。

 一帯がゴルフコースになっているのだ。コースだから、当然、18ホールある。駅で言うと、浮間舟渡から隣の北赤羽を越え、赤羽まであと半分というくらいのところまでいく。

 その辺りは、荒川と新河岸川に挟まれ、まさに砂州のよう。陸地の幅は400メートルくらいしかないだろう。

 先には新荒川大橋サッカー場があり、春には桜が見られるらしい荒川赤羽桜堤緑地がある。そこからはさらに幅が狭くなり、先端には荒川と隅田川を仕切る岩淵水門がある。

 住んだらまちがいなく行く。散歩コースにする。往復で一時間強。ちょうどいい。しかもノー信号。理想。

 これで北区浮間はひとまわり。

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 荒川を離れ、北赤羽駅近くの珈琲店燕里さんへ。

 ありがたいことに、ストレートコーヒーがある。その上、安い。せっかくなので、そんなには巡り合えないトアルコトラジャを頂いた。おいしかった。散歩のあとにここで休憩。ゴールデンコースが見えた。

 浮間舟渡にも、実は自作の登場人物が住んでいる。『今夜』の立野優菜(たての・ゆうな)。女性タクシードライバー。なのに休日もカーシェアリングを利用して夜の東京を車で走る。僕自身、とても好きな人物だ。

 水間に浮かぶ浮間舟渡。何とも不思議な町。もとは工業地域として発展したらしいが、まあ、住宅地は住宅地。

 町として定まった印象はない。といっても、悪い意味ではまったくない。広い町ではないのに各所で風景が変わる、という意味。

 実際に住んで初めて、この町の印象は定まるのかもしれない。

 定めたい。


『銀座に住むのはまだ早い』第5回は「大田区」へ。3月末更新予定です!


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著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平