俵万智が惚れ込んだ、短歌県・宮崎の暮らし

インタビューと文章: 小沢あや

「子を産みて仙台・石垣・宮崎と慌ただしかり我の十年」。そんな歌を詠まれている歌人の俵万智さん。東京を離れて、宮城県仙台市、沖縄県石垣島、そして宮崎県宮崎市と、子育てをしながら暮らす街を転々とするライフスタイルを実践されています。2016年に移住し、俵さんが愛する「宮崎」の魅力を伺いました。(取材は2021年1月末、オンラインにて実施しました)

宮崎は「短歌県」?

f:id:SUUMO:20210216072958p:plain

終始にこやかにお話してくださった、俵万智さん

―― 俵さんは、大阪出身ですよね。今回、暮らしの拠点に宮崎市を選んだのは、どんな理由があったんでしょうか。

俵万智さん(以下、俵):短歌の仲間がきっかけです。高齢者や介護職員らの歌を集めた「老いて歌おう」を始められた伊藤一彦さんという歌人がいらっしゃるんです。伊藤先生は、歌人としても素晴らしいですし、人望もあるんです。彼を慕って宮崎にやってきたり、歌を始めたりする人が多いんですよ。私が所属している歌の会も、東京の次に会員数が多いのが宮崎なんです。

―― 宮崎って、そんなに短歌人口が多い土地なんですね!

:そうなんです。県の方々にも「宮崎を『短歌県』にしよう!」と前々から提案しているぐらい、短歌がさかんな街。若山牧水(1885-1928)という有名な歌人の出身地ですし、高校生の短歌全国大会「牧水・短歌甲子園」をはじめとする、多くの短歌コンクールが開催されています。

―― (調べながら)自治体のホームページにも、たくさんの告知がありますね。

:宮崎、いいですよ。東京に住んでいたことがある私としても、宮崎市で不便を感じることは全然ないです。宮崎の中心地から宮崎ブーゲンビリア空港までは、タクシーで約20分。飛行機にさえ乗ってしまえば、東京日帰りもできますから。まぁ、できれば泊まりたいですけどね(笑)。ネットで注文したものも、すぐ届く時代だし。便利です。

暮らしてみてよく分かった、宮崎の魅力

―― 歌のお友達が多いとはいえ、あまり馴染みがない土地で暮らす選択をしたのは、なぜですか?

:人生で一番長く住んだのは東京なんですけど、あるとき「東京でなくてもいいんじゃない?」って、気づいたんですよ。子育ての途中で、仙台、石垣島、そして、宮崎と移住してきて、「地方」の良さをすごく感じました。もちろん、東京にも良いところはたくさんありますよ。便利だし、情報もあるし、文化的な刺激もある。一方地方は、強いコミュニティとあたたかさがあるんです。

―― 地方移住されたみなさん、よくそうおっしゃいますね。

:東京生活と地方生活、どちらも経験してみて実感したのは、「都会の良さは気軽につまみ食いできるけれど、地方の良さは住んでみないと分からないことが多い」ということ。地域社会の濃密さや、豊かさといったものは住んでみないと、満喫できないんですよ。今の自分のライフスタイルとしては、地方に軸足を置く方があっているのかなと思います。

―― たしかに、日々口にする食材や地域のコミュニティは、ちょっとした旅行では網羅できないですよね。
 
:例えば、宮崎にいるとね、「味噌つくろう」とか「梅干つくろう」とか、友だちに気軽に誘われるんです。「みんなで集まって旬の食材を楽しむ」という文化があるんですね。食材の良さはもちろん、それぞれのレシピがあって、どれもめちゃくちゃおいしいんです。都会にいれば、老舗の名店のいい味噌や梅干しが買えるかもしれないですけど、自分でつくる時間の使い方こそ、豊かだなぁと感じます。

宮崎の食に魅せられて

―― 宮崎では、旬の食材が、コミュニケーションツールになっているんですね。

:宮崎は、食が本当に豊かです。ご近所さんから、食材のおすそ分けもよくいただきます。知り合いの知り合いをたどると、農家の方にすぐ繋がる。生産者さんの声を聞く機会も多いので、興味関心が広がります。

f:id:SUUMO:20210216074055j:plain

亀!? と驚いてしまう巨大サイズの椎茸。宮崎の方言では「ナバ」。ママ友からのおすそ分けだそう

ただ、もったいない部分もあるんです。よそから来た私は、宮崎の野菜のおいしさに毎回感動。でも、ずっと宮崎に住んでいる方々はそもそもおいしいものしか食べたことがないから「野菜なんて、こんなものでしょう?」と思っていることが多いんです。地元の良さに気がつかないまま、ひっそりとおいしいものを食べているんです。

―― なるほど。たしかに、宮崎はマンゴーの印象がとても強くて、他の農産物のイメージが薄いかもしれません。

:宮崎って地味なイメージがあるかもしれないですけど、実はポテンシャル高いんです。あえて地産地消と言わなくても、気がつくと食卓に乗っているものがすべて地元の食材だということも、しょっちゅう。肉も魚も野菜も果物も米もお茶もお酒も、みんなあるので。

f:id:SUUMO:20210216074239j:plain

宮崎県小林産の「紫師舞」という色鮮やかなミニ大根でつくった、お手製サラダ

―― 俵さんのTwitterには、宮崎の食材をふんだんに使った料理がよくアップされていますね。他にも、推し名産物はありますか?

:あまり知られていない名産物としては、キャビアとか、お茶とか、カツオとか……あと、伊勢海老! 宮崎は伊勢海老がたくさん採れるんです。いまや笑い話ですけど、宮崎で行政のお仕事をしたときに、「謝礼が出せない代わりに、こちらをお土産に……」と、生きた伊勢海老3匹をもらったことがあります(笑)。

―― ギャラが伊勢海老払い! 豪快ですね……(笑)!

:動いているし、どう調理していいか分からなくて(笑)。近所の飲み友達に連絡をしたら、出刃包丁と軍手を持ってすぐ駆けつけてくれたんですよ。無事に刺身と焼きと味噌汁にしてもらって、おいしくいただきました。

―― 調理も、宮崎のご近所ネットワークで解決したんですね。
 
:そうそう(笑)。あとは「山太郎ガニ」も小ぶりながら、とてもおいしいカニです。山太郎ガニを丸ごと使う味噌仕立ての汁物「かにまき汁」は、宮崎の郷土料理のひとつです。泥を吐かせて、しばらくかぼちゃだけを食べさせて体をきれいにして、甲羅ごとミキサーですりつぶして料理に使うんですよ。調理工程が多くて大変だけど、宮崎県民は食にかける手間暇を惜しまない方が多いですね。

f:id:SUUMO:20210216074504p:plain

「山太郎ガニ」は、モクズガニ、ツガニをさす宮崎の方言だそう

宮崎空港で一目惚れして衝動買いした宮崎県産アボカド、「ひなたプリンセス」も最高です。

f:id:SUUMO:20210216074551j:plain

俵さんが、実際にアボカド農家を訪ねたときのショット

―― 「アボカドの固さをそっと確かめるように抱きしめられるキッチン」という歌もありましたね。

:そうなんです。短歌に詠むぐらいアボカド好きで、いろいろ食べていますが、「ひなたプリンセス」は、間違いなく私の中でのアボカドNo.1。

―― 最新刊「未来のサイズ」では「発芽したアボカド土に植える午後 したかったことの一つと思う」と、外出自粛中のお家時間を楽しむ歌も詠まれていますね。

:観葉植物代わりに、アボカドの種を水栽培するのが好きで、昔からやってたんです。でも、土植えはこれまでしたことがなくて、外出自粛期間中に初めてやってみたんです。そうしたら、すごいいきいき育ってきて。アボカドが、毎日可愛くて仕方ないんです。植物が身近にあるって、いいなと思いますね。

f:id:SUUMO:20210216074820p:plain

俵さんのご自宅には、水栽培のアボカドがたくさん並んでいるそう

レストランも大充実!

―― 今はなかなか県をまたいだ旅行がしにくい状況ですが、「宮崎観光の際にはここ!」という、おすすめのレストランも教えてほしいです。

:まずは有名店の「ふるさと料理 杉の子」(宮崎市)。宮崎の郷土料理を出してくれるお店なんですけど、冷汁はもちろん、大名筍という細長い筍を皮のまま蒸した料理や、旬のアサヒガニをいただけたりするので、県外から来た人にはまずおすすめしますね。

―― (検索しながら)個室もあるし、今の時期でも安心して楽しめそうですね!

:延岡市にある「日本料理 きたうら善漁。」も、魚がめちゃくちゃおいしいです。取材したことがあるんですけど、店主が元漁師さんで、調理法にもとても強いこだわりがあるお店。「神経締め」という、とても手がかかる方法で魚を締めているので、鮮度もいい。野菜も、トマトの温度管理にまで気を遣っているお店です。コース料理の最後に出てくるごはんがまたおいしいし、とても印象的なお店でした。ぜひ行ってみてください。価格も良心的です。

―― 俵さんがご家族とイベントごとでよく利用する、馴染みのお店はありますか?

:贅沢をしたいときは「一心鮨 光洋」。ワインとカップリングしてくれて、とてもおいしいお寿司をいただけます。息子が高校生になったときに連れて行きましたが、ご褒美のときだけ行きます。回転寿司でおいしいのは「寿司虎」。宮崎県串間市発祥で、南九州を中心に店舗を展開しているチェーン店です。とってもおいしいし、どのネタも安心して食べられますよ。

宮崎って、なにもかもがちょうどいい

―― 歌人というクリエイティブなお仕事をされている俵さんにとって、宮崎移住は作品にもポジティブな影響を及ぼしてそうですね。

:そうですね。今の私にとっては、食や気候も、なにもかもがちょうどいい場所です。都会のインプットが多すぎると、消化しきれなくなっちゃうけれど、宮崎ぐらいの距離感・温度感だと、ひと呼吸置くことができるんです。

f:id:SUUMO:20210217081931j:plain

日南市のサンメッセ日南にあるモアイ像

―― 今回、食に関するお話が多かったですが、短歌の他にも宮崎で触れた魅力的なカルチャーはありますか?

:古くからの文化が根付いているところは、素晴らしいですね。東京で最先端の芝居を見るのとは、また違った楽しみがあります。神楽が地域で披露されて、若い人たちが参加している姿もよく見かけます。太鼓も盛んで、息子も、中学で太鼓部に所属していました。歴史を感じられる文化が身近にあるって、すごく贅沢だと思います。でも、なによりやっぱり食(笑)! 私も、移住後に詠んだ短歌には冷汁の歌があったり、地頭鶏(じとっこ)の歌があったり、豊かな食は自然と作品に入り込んでいるなと感じます。

f:id:SUUMO:20210217084041j:plain

2020年11月にJR宮崎駅西口駅前広場できた「日向夏ポスト」には、俵さんの歌を記したプレートも。宮崎に行かれる際はぜひ寄ってみてください!

お話を伺った人:俵万智

俵万智

1962年大阪府生まれ。歌人。《「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日》など数々の短歌を詠む。近著に『未来のサイズ』(角川書店)ほか。

聞き手:小沢あや

小沢あや

コンテンツプランナー / 編集者。音楽レーベルでの営業・PR、IT企業を経て独立。Engadget日本版にて「ワーママのガジェット育児日記」連載中。SUUMOタウンに寄稿したエッセイ「独身OLだった私にも優しく住みやすい街 池袋」をきっかけに、豊島区長公認の池袋愛好家としても活動している。 Twitter note

編集:小沢あや

原稿協力:五月女菜穂