普通の会社員がたまたま多摩川の野草を好きになり、会社を辞めて野草で食べていくようになった話【いろんな街で捕まえて食べる】

著: 玉置 標本 

「365日野草生活」を掲げているのんさんは、ちょっとしたきっかけからどこにでも生えている野草の魅力に目覚めて、観察する時間がもっと欲しくなり、思い切って会社員を辞めて野草で食べていくと決意したそうだ。

そこまで野草にハマっていったいきさつ、野草観察のポイント、そして好きなものを趣味から生きる糧へと変えていった貴重な経験談を伺った。

きっかけはペットのウサギが食べられる野草探しだった

野草愛好家としてテレビやラジオなどに多数出演しているのんさんだが、意外にも野草を好きになった時期は、かなりの遅咲きだった。

のんさん(以下、のん):「生まれたのは青森です。父が転勤族だったので、五歳くらいで山形へ引っ越して、中学校からは横浜、大学時代は東京。社会人になってからは多摩川の近くに住んでいます」

――野草好きだけに、山形に住んでいた頃は野山を駆け回るタイプだったのですか。

のん:「それが外でたくさん遊んでいたという記憶は無いんです。自然の中で遊んでなくはないけど、そこまでではなかったのかな。

子どもの頃から動物は好きだったので、ハムスターやインコはずっと飼っていましたが、当時は自然が好きという自覚はなかった。動物好きイコール自然好きという訳でもないし。

山形から横浜に引っ越したのもあって、中学・高校時代は、さらに自然から離れていました。周りに外で遊ぶような子もいなかったし。田舎育ちを隠すというか、気をつけて生きていたかな。なまっていたのもあって、人に笑われるのが嫌で、みんなに合わせなきゃと思っていました

――高校までは野草との接点がゼロですね。大学がきっかけですか。植物学のゼミに入ったとか。

のん:「大学は経済とかビジネス系ですね。野草との出会いは社会人になってだいぶ経ってからです。30歳かな。2013年の元旦にウサギをもらってきたんですよ。もぐもぐしているから、名前はもぐちゃん。今年の11月で満10歳になります」

もぐちゃん(写真提供:のん)

のん:「ハムスターとかなら飼ったことがあったけど、ウサギをお迎えするのは初めてだったので、できるだけ長く一緒に過ごすため、飼育書を5冊くらい読んでから飼い始めました。そこにエサが用意できない緊急時の対処法として、ウサギが食べられる野草を覚えましょうと書かれていた本があったんです。

いつまた大きな地震がくるかわからない。その野草の知識が私にあれば、なにかあったときにもぐちゃんを飢えさせないですむ。それで近所の多摩川まで、本に載っていたタンポポとかハコベを探しに行ったんです」

――野草に詳しくなくても、それくらいならすぐ見つかりそうです。

のん:「それが全然。植物図鑑を片手に生えている草を見るんですけど、どれがどの植物なのか全然わからなかった。おそらくこれだろうなとは思うけど、写真の植物と確実に一緒だとは判別がつかない。図鑑って花が咲いているとか、実がついているとか、一番わかりやすい状態の写真しか載っていないんです」

――確かに図鑑と同じ状態で生えていることのほうが少ない。特に1月だとなおさらかも。

のん:「例えばタンポポだったら、図鑑に載っているのとは葉っぱの形や花の色がちょっと違う。それが何種類も見つかるんですよ。今ならタンポポにもいろいろな種類があるってわかりますけど、その頃は野草の知識がまったくなかったから」

――普通の人は、きっとタンポポ、たぶんハコベというレベルで満足しますけど、それでは不安だと。すでに野草を深掘りする素養があったんですかね。

インタビュー中に多摩川の土手で見かけたタンポポ。確かにみんな違って見える

のん:「おそらくこれはタンポポだろうと思うけど、万が一毒草かもしれないと思ったら、もぐちゃんにあげることはできない。

それで野草に詳しい人に聞かなきゃと思って、ネットで探したら多摩川で野草観察をしている人が見つかって、すぐに連絡したんです」

――知らない人に連絡するとは、なかなか積極的ですね。

のん:「私はそういうのが大丈夫なんですよ。最初にお会いしたのは、植物画家の緒方雅子さんです。緒方さんは植物図鑑用に挿絵を描く方なので、地上に見えている部分だけでなく、根っこまで掘って全部確認するんですよ。

時間をかけて一つの植物をじっくり見るという、野草観察の視点を教えてくださいました。それがすごくよかったんですよね」

――そこに生えている植物の名前をただ教えるのではなく、野草はこうやって観察するんだよと、目の前で実践してくれた。

左が緒方雅子さん、右がのんさん。多摩川のごみ拾いボランティアにて

この距離で観察するのがポイントらしい

のんさんがとってきた新鮮な野草を食べるもぐちゃん

のん:「緒方さんが植物画を描かれた『たまがわの野草100選 多摩川の草と友だちになろう』(絶版)は、まさに私にとってのバイブル。種や芽の状態まで描かれていて、写真よりも特徴がわかりやすい。その本を持って川原に行くと、緒方さんと一緒に野草観察をしているような感覚になれて、そこに載っている100種類はすぐに全部覚えました」

――多摩川の野草の本なんてあるんですか。多摩川がホームののんさんにとってはピッタリの本だ。

のん:「この本には多摩川を探せばどこかにある植物だけが載っているので、すごくわかりやすかった。私はこの経験があったから、『どんな図鑑を読めばいいですか?』って聞かれたら、自分が住んでいるエリアとか、近くにある大きな公園とか、流れている川とか、できるだけ場所に特化した図鑑を手に入れてくださいと伝えます」

――植物大事典みたいなものを端から端まで読むよりは、自分が通うフィールドの本を探して覚えた方が早いと。

のんさん所有の「たまがわの野草100選 多摩川の草と友だちになろう」(絶版)。ボロボロになるまで読み込んである(写真提供:のん)

写真ではなく絵だからこそ、より特徴が掴みやすい。根まで描かれているのがすごい

のん:「次に会ったのは、たまたま見た雑誌で、多摩川の野草を使った鍋を作っていた沼尻匡彦さん。沼尻さんからは野草の調理方法だけでなく、採っても良い場所やダメな場所、植物にダメージの少ない採り方など、ルールやマナーもたくさん教えてもらいました」

――会ったのは緒方さんだけじゃないんですね。

のん:「沼尻さんは南インド料理店『ケララの風II(現:ケララの風モーニング)』のオーナーシェフなので、今も『春の七草を使った南インド料理を食べる会』のようなイベントを一緒にやったりしています」

食べられる野草を摘む沼尻さん

のん:「三人目はにゃごにゃさん。彼女もとても素敵な方で、野草の活用方法にすごく詳しい。この三人から教わったことが、今も私の核になっています。

にゃごにゃさんからは食べられる野草についてたくさん教えてもらって、それがすごくおもしろくて、当時は食べられると言われている野草はなんでも食べていました。大きくなったオオバコとかギシギシとかも」

――おいしくなさそう。

のん:「そうなんですよ。食べられはするけど大抵はあんまりおいしくないって途中で気が付いて、観察がメインになりました。食べる目線で野草を見ると、評価基準がおいしいか、おいしくないかだけになってしまって、それ以外の魅力が見えてこなくなっちゃうし。

おいしい種類をおいしいタイミングでおいしい部分を選んでおいしく料理すればおいしいから、今でも野草は毎日のように食べますけど、それはあくまで楽しみの一つという感じです」

10センチ四方の野草観察会

――そういえば最初はウサギのエサを探していたのでは。もう十分すぎるくらいの知識がありますよね。自分で食べちゃっているし。

のん:「最初はウサギの食べられる草を知りたかっただけだったのに、どんどんと野草自体が好きになってしまって。もっと毎日野草を見ていたいけど、会社員だから時間がない。主婦でもあるから家に帰れば家事もあるし、土日だっていろいろやることがあるから、そんなに時間は取れない。

だから植物を見られる時間は昼休みくらいしかない。それで12時になるとおにぎりを持って、会社から徒歩一分の多摩川まで行って、10センチ四方をじっくり見ていました。まずは目の前にある植物をしっかり観察しようと思って」

――10センチ四方ですか。10メートル四方ではなく?

のん:「10センチ。野草のセーブポイントとして目印になる石を置いておき、次の日はその隣の10センチ四方を観察する。それを平日の五日間、会議とかが入らなければ必ずやっていました。

土日も家から近い場所に別のセーブポイントを作って、こっちでも毎週末に観察をする」

10センチ四方の観察を再現していただいた。箱庭みたいだ

――もはや修業だ。観察力をつけるための地道すぎる基礎トレーニング。でもたった10センチの移動で、生えている植物は違うものなのですか。

のん:「違うものもあるし、違わないものもある。例えば、ここにはオオイヌノフグリ、コハコベ、ヘビイチゴ、キュウリグサ、ヒメオドリコソウがあるけれど、その横にはタチイヌノフグリがあるとか。

必ずなんらかの発見があるんですよ。たった10センチ四方でも、昼休みだけでは時間が足りないくらい」

翌日は石を二つ移動させて、隣の場所を観察する

のん:「打ち合わせとかがなければ本当に毎日通っていました。植物って少しずつ成長するから、答え合わせができるんです。『このハコベはコハコベではなくミドリハコベだったのか!』って。最初はわからなかったものが、だんだんとわかってくる。それが楽しかったんですよね」

――なるほど。移動距離が短いから振り返りもできる。毎日新しい発見があるから、雨の日以外はできるだけ行っていたと。

のん:「いや、雨の日も大雨とかでなければ行っていました。雨が降ると植物の状態って変わるんですよ。だったら濡れた姿も見たいじゃないですか」

――は、はい。

のん:「でも雨の日に行くと私の靴までびっちょり濡れるから、オフィスをすごく汚す人になっちゃって。だから会社の人に迷惑をかけないよう、毎日掃除する係を自分からやっていました」

――汚すのはもう仕方がないから、だったら掃除をがんばろうと。

のん:「あちこちに葉っぱとか種をつけて帰ってくるから、制服が一番汚くなる社員で、ツルツルしていたはずの生地なのに気が付けばザラザラ。この会社はボロボロの制服を着せていると思われたくないからなのか、私だけ毎年新しい制服をもらっていました」

――都市伝説の一歩手前みたいな社員ですね。

のん:「すごく無駄な時間に思えるかもしれないけれど、私にとってはまったく無駄じゃなかった。でも学生さんとかにお勧めの観察方法を聞かれて、このやり方がいいよって教えても、キョトンとされますね」

野草という趣味を仕事にするということ

――ここまではいくら濃い活動といっても、一人でこっそり楽しむ趣味の範疇ですよね。野草が仕事につながるきっかけは、なにかあったのですか。

のん:「アウトドア雑誌『HUNT』の取材です。私が野草を始めて三年が経った頃に、『多摩川の野草を摘んで食べる』という企画の案内人として依頼があって。

最初は野草の楽しさを私に教えてくれたにゃごにゃさんに話があったんですけど、自分はメディアには出たくないからと、私を紹介してくれたんです」

HUNT』取材時の写真。ハマダイコンが立派。撮影:山田芳朗

会社員時代ののんさん。取材は午後に半休をとって会社から直行したそうだ。撮影:山田芳朗

のん:「それまでSNSとかに野草のことをまったく発信していなかったんですが、せっかくだからTwitterに登録して記事の宣伝をしようと。

でも肩書をどうしよう、そういえば私は365日野草と接した生活しているぞ(川原に行けない日も自宅で野草料理を作ったり、育てている野草の世話などをしている)。それで名前の横に『365日野草生活』ってつけました。

野草を人に教えるのも楽しいなと思って、月に一回、無償の観察会も始めました。そのあたりから徐々に忙しくなってきましたね。だんだん野草関係のつながりができてくると、個別に観察会を依頼されたり、テレビの撮影が入ったり、野草のクイズを作る仕事が来たり」

無償での野草観察会で踊りながら説明するのんさん

だんだんと参加人数が増えて、個別に頼まれることも多くなった

のん:「全部ボランティアでやってもいいけど、そうするとクオリティが下がるなと思って、明らかに仕事っぽいものはお金をもらおうと。だったら会社に副業申請をしなくてはいけない。テレビとかに出たら絶対バレるし。

それで上司に相談して、ちゃんと副業申請を出して、しばらくは会社員をしながら野草の仕事をやっていたんですが、テレビの密着取材みたいなのがあると、会社にいる姿を撮りたいという話に必ずなってしまう」

野草で副業申請をした人。撮影:山田芳朗

――「普通の会社員が実は野草好き」というギャップを演出するために、働いているところを撮影させてくれと。

のん:「それって一般企業にとっては邪魔で迷惑な話ですよね。こういう状況は良くないなと思って、退職しちゃいました

――おおお、辞めちゃいましたか。

のん:「会社をとるか、野草をとるか。苦渋の決断ではありましたが、私は野草を選びました。野草の仕事が忙しくて、有給休暇を全部使い切ってしまっていたし。それが3年前くらいかな

――さすがに周囲から反対されませんでしたか。

のん:「されました。会社員をしていれば安定したお給料があるし、ちゃんと社会保障もある。世間体とか考えてもマイナスしかない。365日野草生活っていっても、それで仕事はなにをやっている人なの?っていう感じだし。

そもそも野草で食べていくって、普通に考えたら無理な話ですよね」

――文字通りに野草を食べればお腹いっぱいにはなるかもしれないけど、ウサギじゃないから生きるにはお金も必要。「野草で現金収入を得る」という意味で食べていくのは、なかなか難しそうです。

のん:「ネイチャーガイドを仕事にしている人はたくさんいます。でも私の野草観察会は、一人では行けない秘境とか、珍しい動植物を案内する訳ではない。多摩川なんてすぐに行けるし、野草なんて誰でも見つけられる。

それに価値を見出してくれる人が一体どれくらいいるのか、という不安は大きかったです」

果たして多摩川の野草で食べていけたのか

のん:「私は大学とか研究所で植物を勉強してきたのではないから、そんなに詳しくない。もっと詳しい人はいっぱいいる。でもその中で、私には何ができるんだろうというのを考えました。

どこが自分の長所なのか。私の提供できるものはなにか。人に喜んでもらうにはどうしたらいいか。自分の持っているもので勝負するしかないから。

自分で言うことではないんですけど、私の観察会は結構人気なんですよ。それは私が専門家じゃないからかなって思っています。

私は大人になってから始めた愛好家だから、専門的な知識はそんなに持っていない。でも素人目線を知っているからこそ、なにもわからない人に寄り添える」

――10年前の自分がなにも野草をわからない人だったからこそ、観察会に来てくれる人が、なにをわからないのかがわかる。

のん:「そんな気がします。研究者でも先生でもない、愛好家だから身近で接しやすい。それは私の弱みなんだけど、実は強みでもあると思っています。あと親しみやすいのかな。人から話しかけられやすくて、道とかすごく聞かれるんですよ」

いろんな人が集まる多摩川の土手でハマダイコンの花を集める愉快な人

――ちょっと生々しい話になりますけど、具体的にはどんなことがお仕事になるのですか。

のん:「一番稼働が多いのは有償の観察会で、これが年に100回くらい。あとはテレビ、ラジオ、YouTube、雑誌などへの出演。野草が出てくるドラマやバラエティ番組の監修やサポート。他には野草を紹介する記事の執筆とか。もちろんフリーになってすぐに、たくさん仕事が来た訳ではないですけど」

――野草好きというこれまでにないジャンルでも、いろいろと仕事が生まれるものなんですね。特に観察会が年100回っていうのに驚きました。

のん:「自分が主催した観察会に人が全然集まらない時期もありました。だから野草を通じて知り合った人には、その人が興味を持ちそうな企画があったら案内のメールを送る。そういうことの繰り返しです」

――イベントの告知って意外と見逃してしまいがちだから、そういうお誘いはうれしいですね。それにしても地道な積み重ねだ。

のん:「観察会は下見も必要だから、年に100回なら200回は現場を訪れています。時間を使うし、日焼けはするし、体力も必要。私にとっては、こんなに楽しい仕事はないですけど」

ハマダイコンの花は天然のエディブルフラワー(食べられる花)だそうです

――趣味を仕事にしたいと考えている人は多いと思います。そのためのコツみたいなものはありますか。

のん:「大学ではビジネス系を専攻していて、秘書検定などたくさんの資格を取りました。その中にはプレゼンテーション実務士という資格もあって、観察会で説明がうまくできているのは、そういう技術が役立っているし、社会人としての経験があるからこそ。

前に高校生から、自分の力で自分の人生を切り開くための講演をしてほしいという依頼がありました。その時は『私は好きなことをただ自由にしている訳ではない。そう見えるかもしれないけれど、好きなことで生きていくには自己責任が伴うし、礎(いしずえ)となる積み重ねてきたものがないと自由にはならない。私はそうだったよ』っていうような話をしました。

自営業だから、やることを選べる。でも自営業だからこそ、やらないといけないこともあるんですよね。私は特別な才能があるという訳ではないから、地面に足をつけてやっていかないと、うまく行かないんだと思います」

――普通に会社員をやるよりも大変そうです。

のん:「たまに不安になりますよ。自分はただ野草を観察したいだけだったのではって。それなりに忙しくさせてもらっている今だって、生きてはいけるけれど大きなお金にはならないというのが正直なところ。今は共働きですが、もし夫になにかあったとき、家族を支えていけるほどではない。収入の話だけで言えば、会社員を続けていたほうがずっと良かった。

野草に限らずフリーランスはみんなそうですけど、有給休暇もボーナスも社会保障もない。もし自分が休んでしまえばずっと無給。会社員時代に貯めてきたお金を、大事に守りながら生きているって感じですね」

ハマダイコンは莢もおいしいと教わった

――思い切って会社を辞めて良かったですか。

のん:「退職して良かったと思ったことはないです。会社に勤めていた方が正しかったんじゃないかなって思うことのほうが多い。でも、辞めたことで毎日が楽しくなったのは事実です。

会社員を続けていたら続けていたで、その人生もよかっただろうし。今は苦労をしつつも野草と共に生きるという人生が叶っているなっていう感じですね。

ただ、この仕事が一生続くものではないとも思っています。例えば多摩川で同じように野草の仕事をする人がでてきて、その人のほうが適任であれば、別に私は辞めてもいい。また普通の仕事に戻ればいいだけ。趣味としてなら一生楽しめるから。

私は人生に楽観的なんですよ。どうなっても悲観はしないかな

食べようと思ったことがないハルジオンの蕾もおいしいそうだ

嬉しそうにイモムシの写真を撮ったりもする

野草観察会はいろいろある

――もう少し具体的な仕事内容を聞いてもいいですか。一番稼働が多い野草観察会というのは、一体どういうことをやるのですか。

のん:「観察会には、カルチャーセンターや行政や企業が企画するもの、私が自分でテーマを考えて企画するもの、こういう内容でやってくださいと個人的に依頼されるものがあります。

私が企画したものだと、クズの根を掘って澱粉を抽出する会(通称『クズの集まり』)、暗渠に詳しい人と街を巡りながら野草を観察するウォーキング、主に外来植物を利用した正月用のしめ飾りを作るワークショップなどもやっています」

泥だらけになってクズの根を掘るという重労働をするために、毎回定員を超える応募があるそうだ

正月用のしめ縄作りも人気のコンテンツ。もちろん材料は多摩川などから集めてきたものを使う

のん:「個人から依頼されるものは、もっと幅が広いです。通勤経路とかワンちゃんの散歩コースに生えている草の種類を教えてほしいとか、シフォンケーキに使える野草を一緒に摘んでほしいとか。

植物を観察することを通じてお金をいただいているけれど、野生の植物自体を売るようなことはしていません。撮影で大量のタンポポが必要になったとしたら、川原でとりつくすのではなく、懇意にしている農家さんの畑をお借りして、雑草として処分されるものをいただく。

山菜も売りませんが、里山を所有している方から許可をとった場所で、ダメージの少ない採り方やルールを教えることはあります。でもモラルみたいなものは人によって全然違うから、それを伝える難しさがある。だから希少種を教えてくださいという依頼は断る。

せめて自分を通じて野草と接した人には、私が楽しんでいる姿を見せることで、観察するだけでも楽しいんだ、採るにしても本当に必要な分だけで充分満足できるんだと知ってもらいたい。意外とみんな、そう思ってくれますよ」

――それはのんさんが最初に教わった三人の考えでもありますね。

のん:「奥さんを一年前に亡くされた方からの依頼で、妻の遺した庭を一緒に見てほしいというのもありました。一年間ほったらかしで荒れ放題だったけど、植えてある植物を一緒に調べていくと、奥さんがどんなことを大切にしていたのかが見えてくる。

立派な梅の木があったから、『もしかして奥さんは梅酒とか作っていませんでしたか』と聞くと、そういえばって思い出してくる。桑の木を眺めながら、『この木の実でジャムを作っていたよ』と、少しずつ記憶が蘇ってくる。

きっと季節ごとの恵みを旦那さんといただく時間を、奥さんはとても大事にされていたんでしょうね」

マルベリーとも呼ばれる桑の実

のん:「その方からは3回依頼があって、行くたびに庭がどんどんきれいになっていきました。今年は自分で梅酒を漬けてみたよとか、今度は庭に人を呼ぶんだとか、いろいろとうれしい報告もいただけます。

本当なら奥さんがご存命のときに一緒に楽しめたらよかったけれど、そういうのって生きているうちは見えてこないから」

野草観察会に同行させていただいた

のんさんの野草観察会が一体どんなものなのかを知るために、カルチャーセンター主催のイベントを見学させていただいた。

一年間を通して多摩川の植物を観察するという年六回の講座で、今回は今年度の第一回なのだが、なんと参加者の半数以上が昨年度からのリピーターなのだとか。学ぶ内容や場所は昨年と基本的に同じなのに。それだけ満足度の高い講座ということなのだろう。

野草観察会の会場となるのは、山奥でも密林でもなく、誰でも来ることができる多摩川の川原

普通の人が見過ごしているもの、まったく気にもしない野草をじっくりと観察するのが、のんさんの基本スタンス。

この日は普通に歩けば10分ほどの短い距離を、たっぷり二時間以上かけて観察していた。これでもかなり端折っているそうで、その気になれば最初の場所から一歩も動かなくても、野草観察会は成り立つのだとか。

まずはしゃがんで、目の前にある野草を3つスケッチするところからはじまった

ある植物を説明する際は、まずその特徴を一緒になって観察する。どんな花が咲いているか、葉っぱのつき方はどうか、どういった場所に生えているか。指で触らせて、匂いをかがせて、五感をフル活用して理解度を高めていく。

名前を教えるのは一番最後。先に名前を聞くと、その時点で知ったような気になってしまい、深く理解しようとする気持ちを失ってしまうから。

野草観察会の目的は、ただ植物の名前を当てられるようにすることではない。ここで学んだことを生かして、自分ひとりでも観察ができるようになることが狙いなのだろう。

多くの人が知っている知っているヨモギも、葉の裏の毛の生え方までは気にしない。そういう細かいところを観察していくのがのんさんのスタイル

右は食べられるノビル(わかりにくいですが)、左の白い花が咲いているのは有毒のハナニラ。野草を食べてみたいという人は、図鑑やネットで知識を得るだけでなく、現場で詳しい人に教えてもらうことも大切

よくある街路樹だけど、実は猛毒を持っているキョウチクトウのような植物も存在する

どうしても食べられる植物がフィーチャーされがちだが、人間にとってはあまり利用価値がなくても、実はおもしろい生存戦略を持っていたり、それが存在しないと生きられない昆虫がいることなどを中心に話をして、上手に興味を引き付ける。いわば野草のプレゼンだ。

そして本日観察した野草の名前とその特徴をみんなで順番に発表して終了。ものすごく濃密で情報量が多く、それでいて初心者にもわかりやすい観察会だった。

リピーターの受講生が多いというのも納得の内容だった

これからも続く365日野草生活

――野草観察会、お疲れさまでした。今はなんでも簡単にコピーをされる時代です。例えば観察会で教えた内容やツイートした知識が、誰かにそのまま自分の手柄であるかのように書かれたり、企画をまるごと真似されたりすることもありますよね。

のん:「最初はしょっちゅう『消耗するな~』と思っていたけれど、もう今はすり減らなくなってきました。本当はまだそこまで達観できていないのかもしれないけれど。

SNSで野草レシピを発信したら、それはもう自分の手を離れているじゃないですか。誰が作るのも自由。アレンジしたっていい。私も本やネットからたくさん学んでいるし。

最近になって気づいたんですよ。自分の体験は自分だけのものであると。例えば私がドクダミの魅力を自信を持って語れるのは、自宅の庭のドクダミを根絶やしにするくらい活用した経験があるから」

ドクダミは根っこも余すことなく活用する(写真提供:のん)

のん:「自分が体験していないことの言葉とか文字って軽いんですよ。重みがない。単純に情報として知りたいだけの人からしたら、軽くても重くてもどうでもいいのかもしれないけれど、自分の中では実体験からくる言葉は全然違う。

少なくとも、私は自分の言葉を裏付けている体験の価値を信じている。これまでの自分の野草経験は、薄っぺらくないと思っています」

――365日野草生活をスタートさせて早10年目。野草は飽きないという話ですが、さすがにもう知り尽くしたんじゃないですか。特にホームの多摩川あたりだと。

のん:「そうでもないですよ。どこにでも生えているオオイヌノフグリだって、新しい発見はあります。

毎日観察していたとき、咲いた花に印をつけたんです。それを翌日に見ると必ず落ちている。これは一日しか咲かない花、一日花なんだっていうことがわかる」

身近なオオイヌノフグリもヨーロッパ原産の外来種。在来種であるイヌノフグリよりも大きいのでオオイヌノフグリと名付けられた

のん:「さらにじっくり観察していると、花にある蜜標(虫媒花によく見られる、虫を蜜へ誘導するサイン)を目指してハナアブが飛んできた。それが飛び立つときに雌蕊を残して花がポロっと落ちたんです。ハナアブが次の花に飛んでいくと、その花もまた落ちる。

もしかしたら花粉がついているハナアブが雌蕊に触れることで、その花は受粉を終えたと判断して、わざと花を落としているのかもしれない。これは受粉後にすぐ花を落とすことで、残った他の花の受粉する可能性を高めるという生存戦略なのでは!って考えるとおもしろくないですか」

――もしかして前世はファーブルかダーウィンですか。

虫が蜜を吸った後、中央にある雌蕊を残して花が落ちる

のん:「気になったから自分の指でもオオイヌノフグリの花を触ってみたんですよ。私の指には花粉はついていないから、自家受粉はできても他家受粉ができない。それでも花は落ちました。

ハナアブが花を落としたものと、私が花を落としたものに印をつけておいたら、両方に実が付いていた。ということは、オオイヌノフグリは虫による他家受粉を期待して花を咲かせているけれど、実は自家受粉でも種ができてしまうのではと心が震える」

――マニアックな喜びだ。

のん:「ここまで詳しい説明は観察会だとできないから、私が一人で楽しむだけの話ですけど」

――のんさんのバックボーンとなっている「自分の経験」というものが、少しわかったような気がします。

自家受粉でも他家受粉でも実ができる強さが、日本中で繁殖した理由なのだろうか

のん:「せっかくだからもう少し話していいですか。野草の種をとってきて、それを植えて子葉の段階から枯れるまで観察しても、まだまだ発見がたくさんあります」

――え、野草をわざわざ畑で育てているのですか。

のん:「両親と家庭菜園をやっているんですが、畑でシロザという草を育ててみたら、河原とかだとせいぜい1メートルくらいだけど、ちゃんと肥料をあげたら3メートルくらいまで伸びたんです。すごくないですか!」

左からシロザの種、双葉、畑で育った様子

背丈を越えたシロザ、3メートルまで伸びたシロザ、そのシロザで作った杖。ここまでやって「ようやくシロザがわかってきた」となる

のん:「世界には約30万種の植物が存在すると言われているけれど、わたしがこれまでに見てきた、名前のわかる種類は1000種くらいしかない。

10年間、365日ずっと野草をやっても、やりたいことはまだまだいっぱいある。もっとたくさんインプットしたいのに、これじゃ人生足らないよねっていう感じです。だから今の延長線で、これからも一生やりつづけられると思います」

――遠くに目標を立てるのではなく、今やっていることを少しずつ広げていく。一日10センチ四方ずつ観察していたころと、基本的なスタンスは変わっていないというのがよくわかりました。

のん:「私はたまたま野草を好きになったけれど、30歳まで趣味と言えるようなものがずっとなくて、それでも別にいいかなって思っていました。ただ、なんでもやってみないとわからないから、誘われたらとりあえず行くタイプではあった。

普通の会社員だったから、スポーツ観戦に行ったり、飲み会に連日行ったり、週末に韓国まで焼肉を食べに行ったり、そういうのが多かったですね。

それが今は誘われるものがずいぶんと変わって、ゴンズイというヒレに毒のある魚を朝まで釣ったり、富山湾でホタルイカを掬ったり、かっこいいカミキリムシを探したり、夜中にオオサンショウウオを見に行ったり。野草を通じて知り合ったマニアックな友達がたくさんいるから、毎日がおもしろいですよ」

野草料理会でのんさんの関係者に語ってもらった

せっかくの機会なので、のんさんの師匠の一人である沼尻さんのお店で、沼尻さんとのんさんによる野草料理会を開いて、そこにのんさんとゆかりのある方々をお招きして、のんさんとの思い出を語っていただいた。

読みながら頭の中で相槌やツッコミを入れてください。

沼尻さんのお店で野草料理の食事会

野草料理の数々を食べながら、のんさんの思い出話を伺った。誰からともなく「生前葬みたいですね」という感想が漏れた

野草の恩師、植物画家の緒方雅子さんの話

緒方:「野草の観察会とか多摩川を散歩した様子を、私がホームページにアップしたのを見つけてくれて、のんちゃんから連絡が来たのかな。

ホームページを見てくれる人はそこそこいたけれど、連絡をくれる人はほとんどいなかったから、珍しいなと思って会ってみました。

まだなにも知らないんですって言っていたけれど、聞いてくることが的を射るっていう印象はありました。それから何度か一緒に観察をしましたが、会うたびにすごく成長していて」

今では緒方さんが参加しているグループに、のんさんが講師として参加することもあるそうだ

緒方:「野草の観察会って、普通は年齢層が高いんですよ。ボランティアの講師も、集まって来る人も、六十歳以上の退職した人が中心。でものんさんの会は若い人が多いでしょう。

ラーメンの具になる野草を探そうとか、100種類の野草を見つけるまで帰らないとか、企画力がすごいですよね。そういう切り口を考え出せるっていうのは才能かなって思いますね。観察会は年寄りの楽しみだと思っていたけれど、若い人も呼べるんだなって感心しています。

今もちょくちょく連絡をくれて、こういうことをやっているんですっていう話を聞けるのがすごくうれしい。巻き込む力があるんだろうな。見ていて気持ちがいいですよ」

のんさん作、ハルジオン味噌のおにぎり

野草とインド料理の師匠、沼尻さんの話

沼尻:「俺は30年くらい前に、野草を食べるサークルを作っていたんだよ。平成の米騒動があったから、サバイバルというほど大げさじゃないけれど、食べ物が手に入らなくても数日ぐらいはどうにかできるようにしようって。

のんちゃんに呼ばれて初めて会ったときは、ハコベも知らない、オオバコも知らない、何も知らなかったね。これは教えがいがあるなって」

ノビルをじっくりと炒める沼尻さん

沼尻:「野草の名前を教えるというよりは、こういうところは取っちゃダメだとか、こういうことはやっちゃだめだとか、こういう場所は危ないとか、基本的なことを教えた。それは今になって俺に跳ね返ってきているね。一緒に河原とか行くと、『沼尻さん、それはダメでしょ!私は沼尻さんにこれやっちゃだめって教わったんですよ!』って。最近は叱られっぱなしだよね。

それにしても、よく知らないおじさんと会おうと思ったよね。呼び出されてのこのこと会いに行く俺もどうかと思うけど。

のんちゃんは俺と似ているんだよ。人に対するアプローチの仕方とか、興味を持ったら5秒と我慢できない好奇心とか。自分の知識欲に対して貪欲なんだよな」

沼尻さん作、ノビルオイルが味の決め手の野草ラーメン

中学校からの親友、おかめさんの話

おかめ:「野草をやる前からの友人を代表して来ました。過去のすべてを知る女のおかめです。のんちゃんとはじめて会ったのは中学一年のときで、東北から引っ越してきた、ちょっと訛りのある素朴な子でした。

草の話とかは一切してなかったですね。でも動物は昔から飼っていたし、妹が二人いたから、お世話好きではあったのかな。

今はシュッとしているけれど、当時はけっこう丸くて、たまたまジャージも青かったので、みんなにドラえもんって呼ばれていました。まあ私もなんですけど。二人してドラえもん。一緒にバレーボール部へ入ったのですが、運動神経が良くなくて一年でやめちゃいました。

当時は家が近かったから、よく一緒に遊んでいましたけど、のんちゃんは昔からずっと一人でしゃべっていました。好きな映画とか漫画とかアニメとか、今で言う『推し』をプレゼンしてくるんですよ。隙あらばしゃべり続けるっていうのは、今も昔も変わっていないと思います。しゃべっている内容が野草になっただけで。

同じ高校に入学して、毎日のように一緒に学校に通っていたのに、だんだんとのんちゃんだけが子ギャル化していきました。黒ギャルじゃなくて白ギャルです。浜崎あゆみさん全盛期」

のんさんとおかめさんの高校時代のプリクラ(写真提供:のん)

おかめ:「丸くて純朴だったあの子の髪が、いつの間にか黒から茶に、そして金に。スカートも短くなって。でも中身はあんまり変わっていなかった。社交的でしゃべり好きっていうのはずっとそのまま。

ハッキリしているのも昔からで、思ったことをすぐ言うんですよ。その割に人の目を気にしている。そのギャップが不思議でした。白ギャル化していったのも、流行りに乗らなきゃっていう焦りからだったのかも。

とにかく、やりたいことをすぐやる人。確か中学校のころは劇団に入っていて、高校になったら軽音部でバンドを組んで、でも続いていませんでしたね。バレー部のマネージャーもすぐやめた。

大人になってからも、たまに会うとやっていることが毎回違っている。経理の勉強をがんばっているなと思ったら、ネイルの勉強をして資格をとっていたり、今度は介護職に就いていたり。会うたびに興味の対象が替わっている。お父さんと3年くらいオペラを習っている時期もありました」

のんさんの観察会は突然小芝居のスイッチが入ることも多い。演劇とかオペラを学んだ経験があるからだったのか

ハマダイコンの花に合わせて自分で塗ったネイルだそうです

おかめ:「それで今は草をとっているって聞いて。はい?って。節約・クーポン割引・貯金が大好きな子だから、最初は0円食材採取としてハマったのかなと。だとしたら、のんちゃんらしいなってすんなり受け止められました。

でも気づいたら食べることと関係なく、深~く野草にのめり込んでいて、次に会ったら野草の講座を開いていると。教える側になったの?って。今度はテレビ出ると。なんで?って。 

家に呼ぶとドクダミ入り生春巻きとかの野草料理を持ってくるようになったし、家に行っても野草料理が出てくる。野草は一番長続きしているけど、それまでも続かなかっただけで、すぐ始めてしまう実行力、人にプレゼンする説明力、知らない人にも聞きに行ける行動力は、中学校時代から変わっていないんだと思います。

短期間でやめたことも実は力になっていて、細かく積み上げてきたものが、たまたま野草にドバっとハマって開花したんじゃないかな」

のんさん作、イタドリジャム

野草料理を食べ続けている夫の話

夫:「結婚して数か月目で、うさぎと一緒に暮らしはじめました。最初は非常時のためにウサギのエサを探しにいくって言っていたのに、いつの間にか知らない人に野草を教えてもらう約束を取り付けていた。びっくりしましたね。

それまでは特に趣味もない、普通のOLでした。漫画とかは好きだったけど、なにかに特化したり、突き詰めるタイプだとは思っていなかった。それが急に野草に目覚めて、こっちが把握する間もなく、どんどんどんどん話が進んでいく。いきなり雑誌に載る、次はテレビに出る。こんな能力があったんだって驚きました。

最初は野草料理の実験台にされていました。今までは普通に野菜だったのが、見たこともない野草に入れ替わった。野菜と野草が並ぶのではなく、食卓から野菜がなくなって、ほとんど野草になったんです。

料理はお浸しとか和え物、天婦羅が多かったかな。全部野草。いろいろ試してみたいから野草だけが何種類も並ぶ。野草料理と味噌汁とごはんで、味噌汁の具も野草。修行僧みたいな食事です。のんちゃん自身がまだ野草料理を作るのに慣れていないから、すごい歯ごたえの草とかも混ざっていたし。

ウサギよりも俺のほうが食べていたんじゃないかな。一切望んでいないのに、妻に次いで日本で二番目に野草をたくさん食べている人だったかもしれない」

野草八割、野菜二割くらいの食事例(写真提供:のん)

夫:「これが続くのはちょっと困るので、人間の食事にはたんぱく質も必要なんじゃないかっていう話し合いをしました。それで料理が野草と肉・魚になった。ただキャベツとかは出てくる気配が一向にない。

また話をしました。野草料理をがんばっているのはわかるけど、できれば普通の野菜も食べたいなって。今はおかずの3割くらいかな。野草は一品か二品です。普通のホウレンソウだろうと思って食べている味噌汁の具が、実は野草のシロザだったりするらしいけど、もう気にもしなくなりました。

野草の味に慣れてしまうと、普通の野菜を食べても味が薄いと感じて、なんだか物足りなくなってしまうんですよ」

沼尻さん作、野草餃子

野草後に知り合ったイカ好きの友人、まいけるさんの話

まいける:「私はのんさんが草を始めてから出会った友人です。野食界隈に興味があって、のんさんをTwitterでフォローをしていて、2018年の観察会に初めて参加しました。『ラーメンに合う野草を探す会』だったかな。私も製麺が好きなので」

中央の帽子がのんさん、右がまいけるさん

まいける:「それ以来、野草だったり、野草じゃなかったり、友達として一緒に遊んでもらっています。私はイカが趣味なので、水族館に行ったり、ホタルイカを掬いに行ったり。のんさんは私の得意分野にも気軽に入ってきてくれる。趣味が違って知識の交換ができるので、お互いにリスペクトがあるのだと思います。

今でこそ完全に野草の人だけど、当時ののんさんは野草をメインにしつついろいろな野遊びをする人というイメージでした。まだ会社員だったし」

製麺機を回してラーメンの麺を作るまいけるさん。左は緒方さん、右はおかめさん

まいける:「のんさんは行動がすごく早くて、やりたいことを見つけると、その道の人を誘ってセッティングして実現する。のんさんは上手に人をつなげて巻き込むね。

興味の対象が完全に野草だけだったら、今の状態にはなっていたなかったと思います。野草に限らずいろんな形で自然と遊んでいるから、視野が広いんじゃないかな」

生物全般が好きなので、野草にプラスアルファのある観察会も得意としている

まいける:「私の感覚では、のんさんは野草が趣味の人。私はイカが趣味の人だった。本業が別にある愛好家という立ち位置だったから、まさか会社を辞めちゃうとは思わなかった。

カルチャーショックでしたね。すげーなって思いました。将来的にのんさんの野草くらいイカにのめり込んだら、辞めるという選択肢もなくはないんだなって、私も一瞬考えました。

趣味の違う友達がいるのはいいですよ。半分は自分を客観的に見ているような感じもします。性格とかは全然違うけれど、愛好家ってこういう風に見えるんだなって。

のんさんの野草観察会はすごく勉強になります。この前、イカの解剖の説明会をやらせてもらったんですが、私はオタク気質だから、聞いている人がわかっているかどうか関係なく早口でしゃべってしまう。

でものんさんはプレゼン能力がすごいから、相手がわかるレベルの話で、わかりやすく説明できるのがすごい。難しい言葉を使わないから、まったく知らない人にもおもしろいと思ってもらえる」

イカの解剖の説明会。まいけるさんを見守る紺色のエプロンがのんさん

まいける:「一番詳しい人が一番うまく説明できるかというと、そうとも限らないじゃないですか。わかりやすく伝えるためには、情報を絞るのが大切であり、何を言わないかっていうのが肝なんだなって。自分的にはおもしろいところだけど、これは初心者には言わない方が良いだろうなっていう引き算が、まだ私にはできない。表に出さない裏付け部分をすごくたくさん知っているからこそ、情報を取捨選択して伝えられるんだなって。

イカ解剖のワークショップをやりたいなって私が思ったのも、のんさんがいたからです。生き方に対する憧れもあるし、その裏の厳しさも見せてもらっている。趣味を仕事にするっていうことを考えるきっかけになりましたけど、立ち止まって考えてみて、私はまだ趣味でいいかなって」

沼尻さん作、野草チャーハン

すぐ近くに住んでいる父の話

父:「子どものときは、今よりももっと明るかった。大人しくて明るいっていう感じでしたね。人見知りをしない子で、かわいかったですよ。単身赴任が長くて、会えない時期もあったんだけど。

子どもの頃に草が好きだったっていうのはなかったと思う。特別なにが好きっていうのは記憶にない。普通でしたよね。別に好きじゃないピアノを12年間習ったり、習字で10段まで取ったり、親にやれって言われたことを真面目にやり続けるのは得意だったかな。最後は自分の意志でやめたんだけど。

なぜか製麺を習うお父さん

父:「野草にハマっていると聞いて、ウサギのエサをとりにいっているだけだろうと思っていたら、自分も食べていると知って驚きました。でもそうやって視野が広がるのはおもしろいですよね。ちょっとウキウキすることがある。私も一緒にドクダミ茶を三年くらい飲んでいます。

なんでも協力できればなっていう想いはあります。親バカかもしれませんが、子どもの頃からなにをやってもかわいかった。見ているだけでとてもかわいかった」

のんさん作、ドクダミとノビルのチャーシュー

ドクダミが香る野草チャーシューメン。かわいらしい見た目と強烈な匂いのギャップがすごい

野草を仕事とする自営業。これまでに前例のない職種である。自営業とは「自ら営業をする人」のことであり、羨ましがられるような仕事を生み出すためには、表からは見えない丈夫な基礎が必要なのだと学ばせてもらった。

のんさんのメディアデビューとなった『HUNT』の取材をしたライターが私である。あれから七年、久しぶりにインタビューをさせてもらったが、相変わらず野草が好きでなによりだ。

■のんさんのTwitterInstagramNote

【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事 

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著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。同人誌『伊勢うどんってなんですか?』、『出張ビジホ料理録』、『作ろう!南インドの定食ミールス』頒布中。

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