食べて、寝て、風呂に入って。僕の生活のすべてがあった生野区寺田町|文・田津原理音

著: 田津原理音

田津原理音です。本名です。僕は今、大阪府大阪市の生野区にある寺田町という町に住んでいます。19歳のときに地元奈良県から引越してきて、10年間ずっと寺田町です。

嘘です。11年間でした。サバ読んでしまいました。ちなみに8年前には寺田町から寺田町に引越してます。どこからどう見ても寺田町ラバーです。そんなラバーな僕がどのようにラバーになったのかを今回は書けたラナーって思います。

芸人が住み、なぜか出ていく町?


まず最初は寺田町に住むことになった経緯から。

僕はお笑いの養成所を卒業する頃、そろそろ地元から出て大阪に住まないとな、と思い、当時仲の良かった同期の芸人とルームシェアすることを決意しました。

養成所にそのことを伝えると、若手芸人御用達の不動産屋を紹介してくれました。そしてそこの不動産屋のお姉さんから芸人がよく住んでいる町は寺田町だと言われました。僕は大人が言うことは全て真実だと思っている系の青年だったので、お姉さんを信じて寺田町に住み始めました。

住んでみると確かに芸人はたくさんいたものの全員が同期。先輩芸人が全くいないのです。それもそのはず。僕たち芸人は普段難波の劇場メインで活動しないといけないのに、寺田町はとても遠いのです。遠いだけならまだしも坂道がすさまじい。

初めてiPhoneのマップを見ながら自転車で難波に行ったとき、数ある坂の中でも一番壁に近い急な角度の下り坂に案内されて死にかけました。完全にiPhoneが僕を殺しにかかってました。そりゃ芸歴を重ねて大阪を知っている芸人は誰も住まないです。命懸けで劇場に行きたくはないので。

不動産屋のお姉さんは芸人がよく住んでいる町と言ってましたが、そのぶん、よく出ていってる町なのです。

僕はすぐに引越す目標を立てました。早くお金を貯め、引越したいという野望をスパイスに寺田町でご飯を食べ、寺田町で風呂に入り、寺田町で眠る。そんな日々を過ごしました。そして気づきました。

え、ご飯美味しくない?? いい町銭湯多すぎへん??? てか家賃安くない????? オシャレな古着屋とかも多いし、近くに地下鉄もJRも近鉄もあってどこへの移動も便利くない?????

そうです。寺田町はとても住み良かったのです。

ラーメン店が並ぶエリアも 充実する食

寺田町の魅力を一つずつさらっていくと、まずはご飯。ラーメン屋さんが駅から半径200メートル以内に10軒はあります。なぜ「生野ラーメンストリート」的な名前がついていないのか不思議でたまりません。

僕がよく通っているのは「麺屋わっしょい」。大阪各地で店舗数を増やしているラーメン屋さんで、寺田町はその1号店です。

いつも食べるのは「男の根性黒醤油」という定番メニュー。焦がし醤油と背脂いっぱいのスープにもっちもちの太麺。そしてまるで夜空に浮かぶ月のよう。黒いスープに浮かぶ白いもやし。生きてたら、頭を空っぽにしてお腹いっぱいなにかにがっつきたいときありますよね。まさにそんなときに行くラーメン屋さんです。人生系ラーメン。

うなぎ屋、うどん屋、焼き鳥屋などの名店も多く、もちろん居酒屋も多いです。そんな中、僕が通うのはまたまた人生系うどん。「極楽うどんAh-麺」です。ここももっっっちもちの太麺が魅力。表面張力MAX溢れかけの大ボリュームでくるカレーうどんが名物ですが、僕が頼むのは鳥天釜玉うどん。鳥天がとにかくぷっっっりぷり。麺もっっっちもちの鳥ぷっっっりぷり。田津原ウッッッキウキ。

麺も中盛りまで無料なのですが、そもそも普通盛りがうどん2玉ぶんの量。お昼に中盛りを頼むのなら、まずはお母さんに「今日は晩ごはんいらない」って電話したほうがよさそうです。

そしてなにより寺田町には、僕が「大阪の宝」と呼んでいる美味しすぎる天丼屋さん「たま天」があります。サッックサクの衣で揚げたぷっっっっりんぷりんのエビ天にほくほくかぼちゃ天。黄身がまぶしい半熟の卵天は割ってお米に絡ませられる。そして袋チップスとして売ってくれないかな? と思うような、大葉の天ぷら。それらにオリジナリティ溢れる風味のつゆをかけて食べる天丼はまさに寺田町丼界のドン。丼ドン。

僕はバイト代が入ると月一回の贅沢としてたま天に行ってました。普段コンビニの弁当ばかり食べていたのもたま天を美味しくいただくためのフリだったんだなと思います。

名前からして縁起が良い、愛する銭湯「出世湯」


次に銭湯。生野区は大阪市の中で一番銭湯の数が多く、銭湯好きからすると聖地のような場所なのです。

生野区内でいうと出世湯、桃谷温泉、ニュー清滝温泉、福徳温泉など有名な町銭湯が多く、銭湯ごとにサウナ、水風呂の温度、露天風呂のととのいスペースなど色んなこだわりが見られます。

そんな中でも僕が通っているのはダントツで「出世湯」。まず名前がいい。ここに通ってたらたぶん絶対売れる。って思わせるネーミング。水風呂の温度も低すぎず水風呂が苦手な方でもチャレンジしやすい。

そしてこれが僕が通う一番の理由。露天風呂に「ととのい椅子」ことデッキチェアが置いてあります。これを置いている町銭湯は意外と少ないのです。あるのとないのでは、ととのいレベルが4は変わります。さらに出世湯にはととのい椅子が二脚しか無いので、座れたらラッキー。優越感にも浸れるというおまけつきです。

そんな出世湯ですが、通ううちにとあることに気づきます。毎回お風呂上がりに脱衣所で会うおじさんがいるのですが、浴場では一度も会ったことがないのです。着替えにだけ銭湯に来ているのでしょうか。そんな脱衣所おじさんがいるのも寺田町カラー。楽しませてくれます。

家賃相場も控えめ

さらに家賃が安い。大阪芸人は大国町、桜川などといった、難波に近く、比較的家賃が安いとされている町によく住んでます。

たしかに坂道もなく難波へのアクセスはよくいい町なのですが、寺田町はそこに比べて家賃相場が3万円ほど安いです。3万円あれば毎月AirPodsが買えます。坂道を登るだけで毎月AirPodsが買えるのです。AirPodsって高いですね。

町の魅力に気がつき、真の寺田町ラバーに


このように色んな町の魅力に気づいた僕は、当初どうやって寺田町から抜け出そうかを考えていたのに、どうやって寺田町から出ずに快適に生きていけるかを考えるようになりました。

ただやはり問題はさきほどから言っている、難波との間にある坂道です。あの坂道問題さえクリアできればハッピーエンドおめでとうなんです。それを考え始め季節を3つほど跨いだ頃、ついに答えが出ました。「速い系の自転車」これを手に入れたのです。

そこからの僕はまさに水を得た魚、シャケを得たヒグマ、チャリを得た田津原です。用事のない日まで難波に行くようになりました。20分くらいかかる道のりなのですが、その時間体を動かしながら色々考えたり鼻歌歌っちゃったりが楽しいのです。5分くらいで着く場所なら1曲しか歌えません。20分だったら鼻歌4曲は歌えます。かなりお得です。

R-1グランプリでありがたいことにチャンピオンの座をいただき、それなりの贅沢を出来るようになった今でも「タクシーで通う」という選択肢はありません。自転車で、時間をかけて行くのが楽しいのです。

そうして距離問題を解決できた今、私は無敵の寺田町ラバーになれたのです! これを見越してたんだね不動産屋のお姉さん!

寺田町が大好きな僕も、次のステージへ。

今までお金が無さすぎて行けなかった、ずっと気になっていた焼肉屋さんにも行けるようになりました。「ホルモン大和」という焼肉屋さんです。

僕が大好きなメニューはツラ刺し。甘辛いタレに卵を絡めて食べる絶品最強生モノ。そんなツラ刺しをいつも笑顔で頼むのですが、一度もR-1チャンピオンだと顔を指されたことはないです。

そしてホルモン大和に通い始め、ある日気づきました。昔コンビニでバイトしてたとき常連客として来てた愛想のいい優しいお兄さんはここの焼肉屋の店長だったんだということです。愛想がいいってだけでいい人として覚えてるものなので、皆さんレジでは愛想よくしたほうがいいですよ。これも見越してたのかよ不動産屋のお姉さん!!!

そんな寺田町を愛してやまない僕ですが、ありがたいことにお仕事の都合もあり、春から東京進出を決めました。それでも、この町で過ごした日々が芸人としての糧になったことは間違いありません。ありがとう、寺田町。

というわけで皆さん、移動さえ楽しくなれば輝く街がたくさんあります。今見てる家、いい家かもよ?

著者:田津原理音

1993年5月25日生まれ。奈良県橿原市曽我町出身、吉本興業株所属のピン芸人。「R-1グランプリ2023」チャンピオン。2019年に「Canon EOS Kiss」をプレゼントでもらったことからカメラにのめり込む。芸人仲間を撮影するようになり、数多くの単独ライブなどのイベントポスターを制作。一時期写真の仕事が増えすぎた影響でネタを書く時間がなくなった。3月22日には自身のネタを活かした「バトリオンモンスターズ」コレクションカード(全54種)がバンダイより発売予定。

編集:小沢あや(ピース株式会社