著者:山内創(やまうちそう)
北の大地の水族館館長。1987年愛知県生まれ。館長が出てくるボタンやついつい読みたくなる解説板の設置など、水族館を通して生き物や自然のことをより知りたくなってもらえるといいなと活動中。
X:@suymuc / Instagram:@suymuc
北海道北見市留辺蘂町おんねゆ温泉にある北の大地の水族館で館長をしている。
北の大地の水族館は北海道の淡水魚と世界の熱帯淡水魚を展示する淡水魚専門水族館で、滝つぼを下から見上げる水槽や冬には凍った川の下の景色が見られる水槽、日本最大級の淡水魚イトウの捕食シーンが見られるいただきますライブなどここでしか見ることができない魚たちの生き生きとした姿を見てもらうことができる水族館だ。
来館者に楽しく生き物のことを知ってもらいたいという思いから、ちょっと笑える解説を作ったり、押すと私が登場するボタンを設置してみたり、いろいろな仕掛けをしているがそれはまた別の話ということで。
ところで留辺蘂、という文字を見て日本中のどれだけの人がさらっと読むことができるだろう。場所も名前もわからない方がほとんどかもしれないなと思いながら、移住から干支が一周した今でもまだまだやりたいことで溢れる留辺蘂(るべしべ)町おんねゆ温泉を拠点にした私の野遊び生活をご紹介しよう。
おんねゆ温泉は開湯から120年以上という道内でも屈指の歴史ある温泉郷として古くから賑わい、多くの人々に愛されてきた場所だ。
この地の小さな水族館に就職でやってきた25歳の私は、気づけば37歳になってしまった。夢だった水族館の飼育員という仕事の楽しさもさることながら、おんねゆの人のあたたかさとここを拠点にした水辺の遊びにどっぷりと浸かり、すごい勢いでやってくるダイナミックな季節の変化を全力で楽しんでいる。
おんねゆ温泉を拠点にしていると、西の大雪山国立公園から日本海・太平洋・オホーツク海の3つの海へと流れ出る数々の大河川、東には日本最大の汽水湖であるサロマ湖を含むオホーツク海沿岸の湖沼群、南東には原始の自然を残した知床国立公園や日本最大のカルデラ湖である屈斜路湖を抱く阿寒摩周国立公園など、多様かつ日本を代表するような大自然にぐるりと囲まれ、大河川、渓流、湿原、湖、湧水など思いつく限りの水辺があると言っても過言ではなく、一年を通して様々な水辺の自然を楽しむことができる。
ホームリバーにて

一本の本流にあつまる川や湖を全部合わせて「水系」と呼ぶが、おんねゆ温泉に流れる無加川は、流路延長120kmを超える一級河川・常呂川の中で最も大きな支流で、常呂川水系となる。
おんねゆ温泉から一番近くの川、言ってみれば「ホームリバー」とも呼べるこの川では近さを活かして季節ごとに様々な遊びを楽しんでいるが、なかでもリバースノーケリングと呼ばれる川での素潜りをご紹介しようと思う。
まだ雪の残る早春、ドライスーツに身を包みスノーシューを履き、背中のリュックにはカメラと装備を満載し、雪をかき分けながらぐんぐんと河原を進む。
やがて現れた穏やかに流れる小川を横目に装備を整えていく。スノーシューを脱ぎ、合計10kgを超えるおもりを身につける。頭にはフードを被りマスクとスノーケルをつけ、防水ケースを装着したカメラを手にするりと川へ入ると、雪をかき分け火照った体に雪解け水を含み刺すように冷たくなった川の水が心地よい。
川の中には昨秋海から戻ったサケが残した子どもたちが一生懸命に泳いでいる姿を見ることができる。小さな体で一生懸命に流れに逆らい、更に小さな生き物を次々と捕らえていく。
この魚がまた4年後に大きな姿でここに戻ってきてくれることを期待しながら観察と撮影を楽しむのだ。
同じようにして常呂川水系の様々な川を行き来して春にはウグイの大遡上(そじょう)を、至る所でニジマスやアメマスを、季節が進めばサクラマスやカラフトマス、サケなどの遡上とその産卵から死に至るまで、観察と撮影とその対象は目まぐるしく変化していく。そうしてあっという間に一年が過ぎて雪が溶け始める頃にはまた稚魚の観察が始まるのだ。
もちろん橋の上からだって、川を覗くと魚の姿を見つけることができるだろう。でも水中では大きな魚から小さな魚まで、陸上から見るよりも遥かにたくさんの魚が泳いているし、水深が10センチにも満たないような場所にも小さな魚が泳いでいることがある。とても身近な川も実は陸から見るのと潜ってみるのでは全然違う世界が広がっていて、川は身近な異世界だなと常々感じている。
屈斜路湖と釧路川

釧路湿原という日本最大の湿原がある。その源になっているのが屈斜路湖でありそこから流れて太平洋へと注ぐ釧路川だ。
おんねゆ温泉からは車でおよそ2時間、ここ道東地方に住まう人なら余裕の日帰り圏内だ。ここでは主にカナディアンカヌーを楽しんでいる。
「カヌーは水上を行く魚だよ」とは私のカヌーの先生の言葉で、初めてのカヌーに乗せてもらう直前に言われたこの言葉が本当にその通りで、滑るように進むカヌーに一瞬で魅了されて、すぐに自分のカヌーを購入して暇をつくっては通っている。湖と川下り、その日の天候や気分に合わせて2種類の楽しみ方ができるのも屈斜路湖ならではだろう。湖に突き出た和琴半島はカヌーで一周1時間ほど、行程の中盤にあるオヤコツ地獄と呼ばれる熱水の出るポイントで上陸してゆで卵を作って楽しむなど、のんびりと水上を楽しむことができる。
一方屈斜路湖から流れ出る釧路川の源流部では曲がりくねった川に倒れ込む倒木をかわしながら、水中の魚や頭上を行き交う鳥たち、ときおり現れるシカやキツネを眺めつつカヌーの操舵の面白みを感じる事ができる。
街の喧騒から離れて、風の音や鳥の声、川のせせらぎと一体になれる時間はカヌーならでは。カヌーイストからは聖地と呼ばれることもあるこの場所に気軽に遊びに行けるのは、道東住まいでよかったと心から思う瞬間だ。
帰ってきたら飯と温泉

水辺の遊びは冷える。カヌーとリバースノーケリングのダブルヘッダーという日も少なくないので、そういうときは肩も凝るし腹も減る。
そんなとき強い味方が「成や」だ。暖簾をくぐると「お、そうちゃんいらっしゃい」と声をかけてくれる。
一品料理から定食、ラーメン、お酒まで様々な料理が出るこの店でいつも食べるのはあんかけ焼きそばだ。ぱりっと焼いた焼きそばに野菜たっぷりの五目あんがかけられている。何度も食べているのに「うまそ〜!」と一口目をがっついて口の中をやけどするまでがセットだ。やさしめの塩味でボリュームも満点、疲れた体に染み渡る。
がっつり食べて次に向かうは日帰り入浴施設「夢風泉」だ。ここは24時間無人受付の温泉なのでいつでも気兼ねなく利用できる。お盆や大型連休などの繁忙期を除けば混雑も少ない。
ほんの僅かにかおる硫黄のにおいとつるつる滑るような感触、熱すぎない温度、昔ながらの湯船、すべてが最高でゆっくりと一日の流れを洗い流すことができる。これで500円。
実は大学を卒業してすぐに就職でここへ来たときは3年もしたら辞めようと思っていた。
いろいろな経験をしたかったし、寒いのは好きじゃない。けれど自然の中で遊べば遊ぶほど次から次へと見たいもの触れたいもの感じたいものが増えていった。
最初はサケの仲間だけ観察していたのが今やウグイやワカサギなども毎年必ず観察しているし、魚だけではなく魚がダイナミックに移動することで水中はもちろん陸上の生き物も影響されていることに気づき始めて、鳥や哺乳類、そしてそれらが生きる川や森そのものへも関心が向いている。
私にとってここを拠点に様々な生き物を見ることは、人間を含めた生き物がそれだけで生きているわけではないことを実感する、ひいては私が今生きているということを実感することなのかもしれない。
編集:ツドイ