最北端の島と僕の邂逅【北海道・利尻町】

著者: 杉本貴亮

2020年6月1日、地元の愛知を出発した僕は、飛行機を乗り継いでこの島にやってきた。

札幌から利尻に向かうのは小さなプロペラ機。その小ささに少しドキドキしつつも、飛び出したらあっという間で、北の大都市から日本の端っこの離島まで1時間足らずで出られる。直線距離にして約240km。地元の豊田市から東京と同じくらいだった。

島が近づくに連れて、ど真ん中にそびえる利尻山が目に入った。標高1721mの山頂から沢筋にかけてまだ所々に白く雪が残っている。そんな山を横目に飛行機は少し旋回して小さな空港へと降りて行く。この来島が僕のはじめての利尻島だった。

1周60kmほどの島には約4200人の島民が生活している。かつては漁業で栄えていたそうだが、現在では日本の多くの地域と同じように少子高齢化による過疎化が深刻な課題となっている。

島の人にはときどき、「こんなところによく来たな」と冗談半分で言われることがある。でも僕にとって利尻島はチャンスと挑戦の場所だ。ここには僕のほかにも、なぜかいろいろな人たちが集まってくる。きっとみんなこの島がもつ「何か」に引き寄せられて来たんだと思う。

その引力の正体を僕もまだよくわかっていないし、うまく言葉にできないけれど、人生を今までとは違った方向に転換させ、踏み出すきっかけをくれる「何か」は、きっと僕だけじゃなくみんなの中にも存在する。

 

厳しくて美しい島

利尻島はその大部分を国内最北の国立公園として指定されている。そのため自然の景観や島固有の植物が保護されており、それらはその時々でいろいろな表情を見せてくれる。

1000万年前の海底火山活動によって生まれたこの島は、至るところで溶岩の塊が見られる。島の象徴ともいえる独立峰も長い時間をかけてできた豊かな自然の産物だ。観光シーズンになると、高山植物や登山を目的とした観光客で大いににぎわう。

利尻の自然は利尻山だけじゃなく周囲に広がる海もとても綺麗だ。北方の海と聞くと、重たいような、暗く濁った荒れた海をイメージする人が多いと思う。だけど実際には透明度も高くて波もない穏やかな日だってある。

春、気温の上昇とともに町に積もっていた雪が徐々に溶けはじめる。残雪を抱えた山からは少しずつ植物たちが芽吹きだし、白一色だった島は再び彩りを戻してゆく。

漁業と観光が盛んな島の夏は忙しない。早朝からウニ漁の準備で軽トラがあちこちで走り、磯舟に乗った漁師さんがウニを獲っている様子が岸からでも見られる。昆布漁が始まれば、島中の干場は昆布で埋め尽くされる。この光景は夏の時期ならではのものだ。

この季節になると、みんなそれぞれに短い夏を謳歌しようと家族や友達同士で集まって BBQをしたり、アウトドアを楽しむ。少し町から外れて夜空を見上げれば、天の川が輝いていてとても綺麗だ。

夏にしがみつくような秋は一瞬で過ぎてゆく。ついこの間までTシャツで過ごしていたかと思いきや一気に冷えて寒くなる。登山道では厄介者のツタウルシや甘酸っぱい実をつけるヤマブドウの葉が紅葉し、真っ赤に色づく。この短い秋の夕焼けが僕はとても好きだ。見返台や沓形岬から見える水平線に沈んでゆく夕陽にいつも陶然としてしまう。

そして長い冬が始まる。実は利尻は気温だけでいえば、道内でも特段低いわけではない。けれど、海から吹く強い風のため、体感ではとても寒く感じる。

吹雪けば視界は真っ白で何も見えなくなり、島中が通行止めになることも年に数回あるほどだ。海が荒れれば稚内からのフェリーも欠航になり、コンビニの棚は空っぽになってしまう。そんなときは、大人しく家に籠ってやり過ごすしかない。

だけど、この時期にしか見ることのできない風景もある。穏やかな天気の日、一面真っ白な森は静寂に包まれる。風に揺れる木の音や小鳥たちの囀りだけが響き、日差しに照らされてできた木の影は、雪面を縦横無尽に走る血管のようにも見える。

遠くにそびえる利尻山は雪を纏っており、夏とはまた違った雰囲気を漂わせる。その鎮座した様は美しくも、容赦のない自然が人を試しているかのようだ。

 

今、僕がここにいるのは。

僕は今、利尻島でSUPのツアーガイドをしている。そのきっかけとなったのは、ある友人からの何気ない誘いによるものだった。

島に来る前は、愛知県豊田市にある実家で家族と暮らしながら、近所の農家でバイトをしていた。農作業は好きだったし、家族と暮らすことには満足していた一方で、「このままでいいのだろうか」という気持ちが頭を常に巡り、悶々としていた。

大学を卒業後、周りの友人たちはほとんどが就職し、時々愚痴をこぼしながらもそれぞれの道を確実に進んでいる。その一方、自分で就職しない道を選んだのに、その選択に自信を持てずに何もできないでいる自分の小ささに辟易していた。

自信のなさと劣等感は、いつだって自分に付き纏っている。でも同時に、そこから少しだけ抜け出せる方法も知っていて、それは「旅に出ること」だった。そして僕は前から長年の憧れだった南米縦断旅を決意した。

当初はコロンビアからアルゼンチンまでをすべて徒歩のみで行く予定だったが、途中さまざまな出来事に遭遇し、結局は徒歩のほかにも、自転車や馬といった方法で旅をした。道中は肉体的にも精神的にもキツくて愚痴ったり、叫んでばかりだったけれど、雄大な自然の中をゆっくり進んでいるときや、民家に泊まってみんなとご飯を食べているときはとても幸せな時間だった。

旅は自分の存在意義に疑問を投げかけ、無力さやちっぽけさを容赦なく突き付けてくる。でもだからこそ自分の存在を信じられたりする瞬間もある。なにより、たくさんの人の優しさや助けに触れ、自分もそうありたいと思わせてくれる。

この旅の最中に突然連絡が来た。相手は大学時代、一緒に登山やキャンプをして遊んでいた室田雄飛だった。彼は大学を卒業後、国立公園の管理を行うアクティブレンジャーとして就職し、利尻島で暮らしていた。

彼からのメールには「利尻島でツアーガイドの事業をはじめるから一緒にやらないか」という内容が記されてあった。旅を終えた後のことについてはとくに決めていなかったし、彼とやり取りをする中で感じた「何か」に心を惹かれ、「いいよ」と返事をした。そして、その数週間後には、あっけなく利尻島に行くことを決めたのだった。

 

出会いが僕を育ててくれる

撮影 佐々木 謙

こうして始まった、人生初の島暮らし。地元にいるときは、自分が島で暮らす姿なんて想像できなかったけれど、周囲の支えもあって、楽しい毎日を送っている。

1年目はツアーガイドの準備期間として、僕自身が島を知るための時間に充てた。SUPを漕いだり、実際のツアールートの下見などをして、お客さんに楽しんでもらえそうなポイントを探すのはとても楽しかった。

島には恒例のバイトがいくつかあって、とくに印象に残っているのは昆布干しだ。朝4時に昆布の干場に集まって、海から引き揚げてきたロープに付いた養殖昆布を切り取り、綺麗に並べて干していく。作業は大人数でするので、いろいろな人と知り合いになれる。この島に馴染むには昆布干しがオススメだ。

撮影 吉田 悠人

島の西側の利尻町沓形地区にある「利尻町定住移住支援センターツギノバ」も繋がりの輪を大きくしてくれる場所の一つ。

2017年に閉校した中学校を活用した施設で、利尻町の住宅や仕事、定住・移住に関する相談窓口やコワーキングカフェとしての役割を担っている。町民だけでなく、観光客やビジネスで来島した方も利用できるため、島内外の人たちを結ぶ交流スペースとしても活気のある場所だ。

冒頭でも述べたように、日本の離島では人口減少が著しく進んでいて、この島もその例外ではない。それと同時に空き家も年々増えていて、老朽化、維持管理の難しさといった面で問題となっている。ただ最近では「利尻町空き家バンク」という取り組みが始まり、空き家の利活用や定住移住推進が積極的に進められている。

僕と雄飛が住んでいる家も「空き家」をリノベーションしたものだ。最初は部屋中どこも埃を被っていて掃除も大変だったけれど、快適に過ごせるように壁を抜いたり床の貼り替えなども自分たちで行った。はじめてのシェアハウスは少し不安だったけれど、今ではすっかり慣れてのびのびと暮らしている。

 

「何か」とは

撮影 吉田 悠人

この島にはショッピングモールもなければ、ファストフード店もない。コンビニも島に3つしかない。言ってしまえば地元にいた時より不便なこともある。だけど僕にとってそれ以上に楽しい生活ができる場所だ。

海に行けばSUPや魚釣りが出来るし、山に行けば登山や雪が積もればスノーボードで滑る斜面をついつい探してしまう。自然の流れに沿うようなこの生活サイクルが自分の中で出来上がりつつあるのもなんだか感慨深い。

ここでは何気なく過ぎていく日々の中に、必ず自然との接点がある。ときにそれは冬の厳しさでもあるけれど、僕自身にはとても大切なことのような気がする。

思いがけず始まった利尻での生活が僕の人生にとって大きな分岐点になったことは間違いないだろう。今思えば、あの時感じた「何か」とは、「未知への好奇心」だったように思う。心のどこかにあった「この先どうなるかわからないからこそ、今を楽しみたい」という感情が僕をいろいろな場所や人と結びつけてくれた。そう考えると、旅と通じるものがあったのかもしれない。

たくさんの巡り合わせが幾重にも絡みあって自分が形成されている。だからこそ今、この場所にいられることを僕は誇りに思う。

 

著者:杉本貴亮

チョーヒカル

1995年愛知県生まれ。大学進学で北海道に行き、大学では「環境共生」を学び、山岳部に所属し北海道の山を踏破してきた。山以外にも在学中にニュージーランド南島を自転車で一周、卒業後には南米大陸をコロンビア〜チリ(サンティアゴ)まで徒歩、自転車、馬を駆使して旅をしてきた。大学時代の友人に誘われ、夏は利尻島でガイド兼フィルマーとして活躍し、冬は単独での旅を続ける。
Instagram: @takaaki3sugi 
利尻アクティビティ:@rishiri_activity
HP:http://rishiri-activity.com

 

編集:日向コイケ(Huuuu)