自然と遊ぶ、阿寒湖民の暮らし

著: 菊地美姫 

北海道の東側、雄阿寒岳と雌阿寒岳、豊かな森に囲まれた阿寒湖畔で暮らしています。

阿寒湖の南側に温泉街があるほか は全て森。温泉街を出れば携帯はすぐに圏外です。よく「不便ではないですか?」と聞かれますが、住めば都。日用品の買い物やちょっとカフェに行くための往復3時間の道のりも慣れてしまえば、近場のコンビニにふらっと行くのとさほど変わらない感覚です。スーパーに買い出しに行く道中で阿寒の森、農地に残ったデントコーン(飼料用とうもろこし)の粒をついばむタンチョウなどを見て湿原の季節の移り変わりを感じることができるのです。

このエッセイでは、そんな阿寒湖での暮らしを少しのぞいていってください。

四季と暮らす

長い冬が明け、湖を厚く閉ざしていた氷が少しずつ解けていきます。雪の中から福寿草や水芭蕉が顔を出すと一気に春めく世界。

しかしあんなに長い間、春を待っていたはずなのにいざ季節が進みだすと雪が惜しくなって山に登ったり、残雪でスノーボードをしたり……なんとも複雑な阿寒湖民心です。

完全に解氷する日は年によってかなりばらつきます。私たちは5月のGWからカヌーガイドを始めるのですが、解氷が遅れGWの営業開始を見送ったこともあります。逆に観光船は4月の終わり、GW操業に備えて阿寒湖の氷を割る砕氷船イベントを行うため解氷が早過ぎるのもいけません。……阿寒湖の自然はなんとも複雑なのです。

そして、阿寒湖民は山菜採りが大好き。世間では桜前線の話をしているころ、阿寒湖での話題の中心は「行者ニンニク前線」がどこまで来ているかで持ちきりになります。アイヌ料理屋は1年分を採って保存するため、春は大忙し。季節の進み方に翻弄されながら、それもまた楽しみながら過ごしています。

4月。春の雪は締まっていて歩きやすい


とにかく新緑が美しい初夏。夏の北海道観光のハイシーズンは8月ですが、私のおすすめは6月から7月上旬です。新緑の季節の森は林床に咲く小さな花々まで光が差し込み、見上げれば木々の新芽が淡い緑に輝いていて、深呼吸をすると生命力に溢れた美味しい空気が身体に染み渡ります。

観光地で暮らす住民にとっても北海道観光のハイシーズンに入る前に英気を養う大切な季節。とにかく遊ぶ。阿寒湖のお店は、この時期なにか楽しいことがあるとすぐに店を閉めて遊びに行きます(弊社含む(笑))。もし行こうとしていたお店が「CLOSED」になっていたら、そのときはどうか「店主は今最高に楽しいんだな!」と笑って許してください。

わたしのお気に入りの湿地。初夏はここで遊ぶのが好き


「Cafe&Gallery KARIP」自家焙煎のコーヒーがとてもおいしい。わたしたちの憩いの場。店主はコーヒーだけでなく「楽しいことマスター」でもあるので、ディープに阿寒湖で遊ぼうと思ったらぜひここでコーヒーを飲んでみてください!


そして、森の緑が濃くなってくると阿寒湖の観光全体が繁忙期へ入ります。
わたしたちのガイドコースでは基本的に毎日同じコースに出ますが、日ごとに代わる代わる咲く花や子育て中の動物たち、そんな毎日違う顔を見せてくれる山々のおかげで見飽きることはなく毎日きれいだと思います。

早朝カヌーの様子。朝のいい景色の中でコーヒーが飲みたいという理由でつくったコースなのでガイドも一緒に飲んでます。朝もやに包まれて飲むコーヒーは最高だ!


雨の日でも悲しまず、ぜひカッパを着て長靴を履いて森へ出掛けてみてください。雨にぬれた森は本当に美しく、生き生きとしたコケやきのこたちが出迎えてくれます。

色とりどりのきのこたち。きのこは一年中生えているけど、夏~秋にかけてが特に見つけやすい


春に一度落とし、再び生えてくるエゾシカの角も夏の終わりごろに完成する


阿寒湖がある道東では、お盆を過ぎると季節はもう秋へ向かっていきます。夏の観光シーズンが終わり、紅葉が始まるまでの間、住民たちはまたせっせと遊び始めるのです。

阿寒湖民みんなたき火や釣りが好き。人が集まると誰かしらエゾ鹿肉を持ってきてくれる。写真はご近所さん手づくりの行者ニンニク入り鹿肉ソーセージ。ビールが止まらない


釣りも人気の遊びである


阿寒湖周辺の紅葉は10月中旬にピークを迎えます。見上げれば紅葉、歩けば落ち葉のふかふかの踏み心地、森じゅうに桂の葉の甘い香りが広がり、そして足元には色鮮やかなきのこたちが目を引きます。

2021年10月9日の朝7時ごろ。このころになるとゆっくり起きても朝日に間に合うのがうれしい


温泉が湧いている場所の周辺は最も紅葉が美しい


タマゴタケに夢中で撮影する新井さん。新井さんはきのこ粘菌写真家で、6月から10月の阿寒で撮影をしている。その合間でガイドの仕事を手伝ってくれる


毒キノコ界でも有名な、真っ赤なかさに赤い斑点のベニテングタケは阿寒湖の鹿たちが好んで食べる。幼菌を見つけると後日傘が開いた姿を期待して見に行くがたいてい鹿に食べられている


11月に入ると阿寒湖の観光全体はオフシーズンになります。わたしの勤務する「阿寒ネイチャーセンター」も1月まで休業するので、雪が積もるまでの期間は、精いっぱい遊んで精いっぱいゆっくりします。

下草が枯れているので森じゅう歩きやすい。急斜面はMTBを担いで登る


12月に入ると小河川や湖岸が凍り始めます。私は大地が少しずつ氷に覆われていくこの季節が大好きです。凍っては解けを繰り返してできるさまざまな形の氷の芸術や花のように成長する霜の結晶たち、薄く雪が積もると見えてくる動物たちの痕跡を探してその日一番良さそうな場所を徘徊しています。

少しずつ成長していく氷と霜の花


凍り始めの時期は感覚が鈍っているのか、滑りまくっている鹿の足跡。湖岸が凍り始めると、キツネもエゾリスも鹿も、われ先にと阿寒湖の中にある島々に渡ろうとする足跡がよくついている。友人の写真家は、熊が湖岸氷上で歩き回り寝そべった跡の写真も撮っていて、もしかすると動物たちも結氷を楽しみにしているのかもしれない……


お正月を迎えるころには阿寒湖全体が結氷し、氷上を車で走れるほど氷が厚くなっていきます。

阿寒湖の氷上にまだ雪が積もっておらず、氷の下がきれいに見える状態は長くても1週間程度。透き通った湖面を歩くと感じる言い表せないぞわぞわとした感覚がたまらなく好きで、一年に数日しか味わえないぜいたくな時間を今から楽しみにしています。

-15℃を下回る無風の朝にだけ見られるフロストフラワー。夜からゆっくりと時間をかけて霜が成長することで大輪の花になる。阿寒湖の完全結氷直前は見渡す限りのフロストフラワーが咲き乱れる


阿寒湖を氷が覆いつくした後、大雪が降ると氷の大地は大雪原へと姿を変えます。気温ごとに変わる新雪を踏む音も、真っさらな新雪に振り返ると自分たちの足跡しかついていない感動も、ジャンプして寝そべり視界いっぱいに広がる青空も、全てが最高に気持ち良いのです。

氷の大地と大雪原になった阿寒湖

マリモと暮らす

世界で唯一、大型の球体マリモが群生する阿寒湖。現在までに見つかった最大のもので直径34cm。
球体マリモは阿寒湖北側のチュウルイ湾のみに群生していて、特別保護区のため地元住民でも許可なく生息地に立ち入ることはできません。

マリモ群生地。大きなものから小さなものまで全てマリモ


普段、マリモと触れ合う機会のない阿寒湖住民ですが、みんな実は結構マリモが好き。数年に一度くらいの頻度で、大雨による増水と暴風による大波が重なるとマリモが湖岸に大量に打ち上がることがあります。この打ち上がり自体はマリモの正常な生活サイクルの一つなのですが、温泉街にたどり着いてしまうと盗難に遭う恐れがあります。

そんなとき、立ち上がるのが地元有志による「まりもお助け隊」!。環境省と研究室主導のもと、ひたすらマリモを拾い集めチュウルイ湾に帰しにいくのです。
阿寒湖のマリモは国の天然記念物。通常は学芸員以外は触ることができないのでみんな喜んで参加し、たとえ湖の結氷直前の極寒の時期に打ち上がりが起ころうとも震えながらマリモを救出しに行きます!

打ち上がりマリモとお助け隊


阿寒湖周辺にある唯一の学校「阿寒湖義務教育学校(小中一貫校)」には「阿寒湖学」という授業があります。9年間を通して、阿寒湖周辺の森林管理や漁業、マリモの生態について学ぶのです。そして卒業直前、阿寒湖学最後の授業はチュウルイ湾に行き、湖の氷の下で眠るマリモのサイズや水温等を測る調査を行います。高校の無い阿寒湖では、それぞれ別々の高校へ旅立つ前の最後のイベントなので、授業をお手伝いしているわたしたちも、ひとしお感動してしまいます。

鹿の樹皮剝ぎから樹木を守るためのネット巻き


氷の下に眠るマリモをすくい上げ直径を記録する。奥の分厚いブロックは切り出した阿寒湖の氷


年々数が減っているマリモ。そんなマリモたちを救うため、日々マリモの研究を行っているのが、マリモ研究室の尾山さん。マリモ研究室は「阿寒湖畔エコミュージアムセンター」の中にあり、天然のマリモを見ることもできるので阿寒湖に来た際はぜひ訪れてみてくださいね。


「温泉街・観光地」としてのイメージが強い阿寒湖ですが、温泉街から一歩踏み出すと魅力あふれる大自然が広がっていて、季節によってさまざまな表情を見せてくれます。住民たちはみんなその場所場所でこっそりと好きな遊びをもっているので、話しかけてみるときっとうれしそうに教えてくれるでしょう。

でもきっと、それは阿寒湖だけの話ではないと思います。よかったら皆さんも、いつも訪れるお気に入りの場所の一歩外、例えばいつもの季節と違う時期に遊びに行くと想像もしなかったような感動に出合えるかもしれません。

阿寒湖民からみなさんへ。「明日のために、遊ぶ。」

著者:阿寒ネイチャーセンター 菊地美姫

阿寒ネイチャーセンター 菊地美姫

阿寒湖周辺でカナディアンカヌー、トレッキング、スノーシューのツアーを行っています。森とキノコとお酒が大好き。阿寒の森は最高だ!
HP:http://www.akan.co.jp/ Twitter:https://twitter.com/Akan_Nature

編集:ツドイ