習志野でスタートした音楽との出会い

―― 習志野市は「音楽の街」と呼ばれています。川名さんも、習志野市で過ごすようになってから楽器を始められたんですよね?
川名凜(以下、川名):はい。もともと音楽が好きな家族で、兄弟が楽器を習っていたので私も興味があったんです。習志野市に引越してきてから、トロンボーンを始めたのが楽器との出会いです。姉がトランペットをやっていたので、その影響もありました。
習志野市は音楽に触れる環境が整っていて、まわりに楽器をやっている人がたくさんいましたし、「習志野市で音楽をやりたい」という理由で、ほかの地域から引越してくる方もいました。
―― 同じ地域には、全日本吹奏楽コンクールに30回以上出場する全国屈指の強豪校「習志野高校」吹奏楽部がありますね。
川名:音楽系の部活に入ったのですが、習志野高校の吹奏楽部とは定期的に交流がありました。部員全員で楽器を持って習志野高校に行き、同じパートの先輩に演奏のテクニックを教えてもらう、というぜいたくな時間があったんです。
―― 技術力の高い先輩に教えてもらえるなんて、貴重な機会ですね。
川名:思い返せば、地域ぐるみで連携して音楽のレベルを高めていこう、という気持ちが強かったなと思います。「ならしの学校音楽祭」という、習志野市にある小・中・高校で音楽に関する部活動が集まる演奏会もありました。成績が優秀な学校しか出られなかったので演奏も圧巻でしたし、コンテストとは関係ないのでものすごく盛り上がりましたね。
部活に没頭 「交差点」でのおしゃべりがご褒美だった

―― 部活ではどの楽器を担当していましたか?
川名:ヴァイオリンを選びました。大人数で合わせる機会は今後少ないだろうから、できるだけ違う楽器をやってみたかったんです。学校生活は、部活一色でした。校内でも厳しい部活として有名で、ほぼ毎日、朝練と放課後の練習をしていましたね。入学後の部活説明会で「覚悟がある人は入ってください!」と言われたのを覚えています。音楽に対して情熱のある部員が集まっていました。
―― アイドルとしてデビューする前から、毎日音楽漬けだったんですね。
川名:振り返れば、習志野市に住んでからはずっとストイックに音楽をやっていたと思います。放課後も練習で遊びに行けないので、部活終わりの友達との帰り道が、ご褒美みたいな時間でした。交差点があるたびに立ち止まって、おしゃべりをして、また次の交差点でおしゃべりして一人別れて……というのを、延々と繰り返していました。
習志野市は自然が豊かな地域なので、夏の時期になると、家に着く頃には蚊に20カ所くらい刺されていたこともありました。親に「その腕はどうしたの!?」と驚かれるほど(笑)。それでも気にせず、友達としゃべっている時間が楽しくて。最高の青春でした。
―― 部活のみなさんで演奏をした、思い出の場所はどこですか?
川名:現在は老朽化で改修中なのですが、「習志野文化ホール」のステージにはよく立っていました。1500席近くある大きなホールなので、改修が終わったらアンジュルムとしても公演をしたいな、と今も憧れている場所です。
―― 部活動以外でも、習志野市ならではの音楽との触れ合いはありましたか?
川名:よく覚えているのは「習志野市歌」です。音楽の授業でも歌いますし、部活で伴奏もしていましたし、夕方のチャイムが市歌なので今でも口ずさむことができます!
豊かな自然と都内への好アクセスが魅力の習志野市

―― 部活がない貴重なお休みの日は、どこにお出かけされていたんですか?
川名:習志野市の中でも一番大きな繁華街の「津田沼」には、なんでもそろっていました。「イオンモール津田沼」は定番の遊び場でしたね。でも、10代だとお小遣いも限られているので、1円も使わない遊びが多かったです。公園に集まってひたすらおしゃべりしたり、京成大久保駅から続いている「大久保商店街」を歩いたりしていました。何も買わないで、歩くだけでも楽しい商店街なんです。
―― 1円も使わない、楽しい遊びを見つけ出すのは学生にとって大事ですよね。よく遊びに出かけていた公園は?
川名:よく遊びに行っていたのは「中央公園」、通称タコ公園です。園内に、大きなタコの遊具があるのでそう呼ばれています。ここで、ブランコに乗りながら友達とおしゃべりしていました。市内にはほかにも「屋敷近隣公園」や「実籾本郷(みもみほんごう)公園」など広い公園がたくさんあるので、いろいろな場所に行きました。することは同じなんですが、いろんな自然の景色を楽しんでいましたね。
私は自転車を持っていなかったので、公園に行くときは自転車に乗っている子に走ってついていきました(笑)。市内を駆け回っていたのは、今でもいい思い出になっています。
―― まさに「習志野市PR大使」に就任された際、習志野市の自然豊かなところも好きなポイントだとお話しされていましたね。
川名:公園はもちろん、街の中にも緑がたくさんあって、季節の匂いを毎日感じることができるんです。自然を感じられて便利さもある、本当に住みやすい街だなと思います。
アクセスでいうと、津田沼駅はJR総武本線が走っていて、快速に乗れば30分ほどで東京に出られます。ただ、津田沼になんでもそろっているので、アンジュルムになるまでは、ほとんど都内に出たことがなかったです。ちなみに、「ハッピーバス」という習志野市内を循環するバスも便利ですよ。
―― 習志野市内でずっと過ごしていたんですね。川名さんが今もリフレッシュしたいときに訪れる、自然豊かなスポットは?
川名:ラムサール条約にも登録されている「谷津干潟(やづひがた)」は、どの時間帯に行ってもきれいで癒やされます。とくに、夕方の水辺に光が反射する景色がきれいです。
―― 公式HPにも「都会のオアシス」「水鳥たちの憩いの場」などと書かれていました。
川名:ほんとにそうですね。都内近郊とは思えないほど穏やかな自然が広がっていて、私も鳥を見るのが好きでした。季節によっていろいろな種類の鳥がやってくるので、どの季節に行っても発見があります。あとは、「谷津バラ園」も有名ですよ。私もバラが満開の時期を狙って行きたいです。
市内を駆け回っていた、川名さんのお気に入りスポット

―― 習志野市に行きたいと計画されている方に、食べることが大好きな川名さん推薦のご当地グルメは?
川名:「習志野ソーセージ」ですね。約100年前にドイツの伝統的な製造方法が習志野市に伝えられて、はじめて日本でつくられたソーセージなんです。私も友達とモリシア津田沼(※現在閉館中)のイベントで習志野ソーセージを買って、広場の階段で座って食べました。かなりボリューミーで、溢れるほどの肉汁が美味しいです。
―― 特別な日に、ご家族でよく通われたお店は?
川名:習志野市内に拠点をおいている「ル・パティシエ ヨコヤマ」という洋菓子店には、よく行っていました。『TVチャンピオン』(テレビ東京系列)のケーキ職人選手権で優勝したシェフのお店で、どのケーキもおいしいんです。とくに家族でよく食べていたのは焼き立ての「シュークリーム」と「旬のフルーツを使ったケーキ」。
昨年は「いちじくのタルト」が季節限定商品で出ていて、姉と食べに行く約束をしていたんですが、タイミングを逃してしまって。今でも悔しくてしょうがないので、今年は必ずリベンジします!
大好きな市民まつり「習志野きらっと」

―― 市内では地域が盛り上がるお祭りなども開催されていますが、とくに川名さんがお気に入りのイベントは?
川名:なんといっても市民まつり「習志野きらっと」ですね! 4万人以上が集まる習志野市の一大イベントで、中でも私は「きらっとサンバ」という、サンバを踊りながら練り歩くパレードが大好きなんです。
津田沼駅から市役所の辺りまで道路が封鎖されて、学校や団体ごとにサンバを踊りながら歩くパレードで、見ている人たちも踊っているくらいにぎやかなイベント。公式キャラクターの「きらっと君」というゆるキャラも、かわいいんですよ。結構気さくでぐいぐい来てくれて、子どもたちにはちょっかいを出されている愛されキャラなんです。
アイドルの道を志したきっかけも、習志野で触れた「音楽」

―― 市内で毎日音楽と向き合っていた川名さんがハロー!プロジェクトのオーディションを受けたのが16歳のとき。もともと芸能界へのあこがれがあったのですか?
川名:芸能界というよりは、「音楽が好き」という気持ちが強かったんです。それなら大好きなハロー!プロジェクトに入れるのが一番幸せだと考えるようになりました。もともと姉がハロプロファンだった影響もあって、Berryz工房さんに夢中だったんです。MVを自分だけが楽しむ用に編集して、川名バージョンを作り込んでいたくらいに(笑)。
オーディションの応募用紙の自己PR欄には、習志野市でたくさん音楽に触れてきた経験を書いて送りました。
―― デビューが決まったとき、部活の友達はどのような反応でしたか?
川名:習志野市を離れてしまっていたのですが、連絡をくれた子もいましたね。市内を歩いてたら、後輩から「おめでとうございます」と声をかけられたこともあります。同学年の人だけでなく、学年を越えて知ってもらえていることがうれしかったです。
今も習志野時代の友達は、いい意味で変わらないでいてくれる。気を使わずに話せる、ありがたい存在です。
サブスク解禁! ハロプロの楽曲が映える習志野市のスポットは?

―― オーディションを経て突然芸能界に入ることになり、習志野を走り回っていた時代とはだいぶ生活が変わったと思います。離れてみて感じる習志野の心地よさは?
川名:たくさんありますね……。今でも、習志野に帰って市内を走り回りたいくらいです。体力が有り余っちゃうときがあって(笑)。
―― 習志野市はフードコートや交差点など、ハロー!プロジェクトの楽曲と重なる情景も多いのではないかと思います。ご自身の青春がよみがえる場所とハロプロの楽曲は?
川名:パッと思いついたのはBerryz工房さんの「友達は友達なんだ!」です。聴くと、部活時代の帰り道の情景が自分の中でよみがえります。みんなでわちゃわちゃと話して、恋バナもそうじゃない話もあって。ぜひ、中央公園で、ブランコに乗りながら聴いてもらいたいですね。
「音楽は数学」!? 部活で学んできたことがハロプロで活かされている

―― グループでは年長組になり、後輩に指導する機会も増えていると思います。習志野市でストイックに音楽について学んできた経験は今に活かされていますか?
川名:活かされていると思います。まず、楽譜が読めることは自分にとって大きいですね。一度、アンジュルムの楽曲のインスト収録を見学させてもらったんです。そこで、インストの楽譜を見せてもらって、音の連なりや楽譜の記号に含まれている“意味”を感じられたことで、より楽曲への解像度が高くなりました。
部活の顧問が数学の先生だったんですが、しきりに「音楽は数学だ」と仰っていました。4/4拍子のようなリズムの道筋、ヴァイオリンで弦を鳴らす回数、音楽は数が決まっていることが多いんです。
そういう理論に、ハロー!プロジェクトの音楽は当てはまるものが多いなと感じます。なので、私も言葉として楽譜を説明できるので、自分なりに噛み砕いて後輩に教えることもありますね。
―― ハロプロの基本リズムである16ビートの習得は、また違った難しさがありますか?
川名:すごく難しいですね。音楽をやっていたから多少できるかなと思っていたんですが、次元が違いました。ヴァイオリンは小回りが効く楽器なので、いくつもの音を素早く刻むのですが、そういうところで慣れた細かい音符取りが少し活かされていたらいいです。
最近は、レコーディングでも楽譜が欲しくなります。仮歌を聴いて覚えるよりも楽譜を見たほうが覚えやすいので。学生のころに楽譜をもらったら、一音だけ 弾いてもらって、あとは初見でも楽譜を見て歌うという訓練をしていたので鍛えられました(笑)。聴いた曲が頭の中でうっすら楽譜化される感覚があります。
―― アンジュルムのメンバーと習志野に遊びに行ったときはどこを巡りましたか。
川名:去年、同期の為永幸音ちゃんとふたりで遊びに行きました。しおんぬ(為永さんのニックネーム)は誘ったら必ず来てくれて、どこでも楽しんでくれるんです。習志野の私の思い出巡りに付き合ってくれました。「ハッピーバス」に乗って市内を巡りながら、大きな貝がらの滑り台がある「八幡公園」で思い出話をして、津田沼にある人気のパン屋さん「ピーターパン(奏の杜店)」へ。千葉県内にいくつか店舗がある大人気パン屋です。
「大久保商店街」も歩いて、「龍翔堂」のタピオカも飲みました。学生のころからあるチェーン店ですが、当時大久保にできたときは革命的で、友達と特別なときにだけ飲んでいた思い出の味です。
―― 習志野を知り尽くした川名さんですが、もしも、市内でアンジュルムのMVを撮るとしたらどんなイメージでしょう?
川名:楽しそうですね。自然豊かで日常生活を送るのにぴったりな街なので、それこそ「青春の1ページ」をテーマに撮りたいです。みんなが同じ学校のクラスメイトだったら、という世界線で、教室で過ごしたあとに習志野の商店街や公園で放課後を過ごして……そんな、何でもないけれど私たちらしい日常を撮るのにぴったりかなと思います。
―― もし習志野で『地元公演』が実現するとしたら、どんな特別な演出をしたいですか?
川名:「習志野文化ホール」にはパイプオルガンがあるんですね。私も学生時代に演奏を聴きに行っていたくらい特別な楽器なので、パイプオルガンをライブの演出に入れ込みたいです。あとは、習志野市の後輩たちとコラボレーションして、生演奏をお願いしてみたいですね。
ただ、「習志野文化ホール」は今、改装中なんです。すぐにはかなえられないので、現実的な夢としては市民まつりの「習志野きらっと」にアンジュルムで出演したいです! サンバ隊となって踊って街を盛り上げるのは、アンジュルムにぴったりだと思います。

お話を伺った人:川名凜
2003年12月6日生まれ。千葉県出身。2020年「アンジュルム ONLY ONEオーディション〜私を創るのは私〜」に合格し、同年11月に加入。2025年より習志野市PR大使をつとめる。アンジュルムとしては、全国ツアー「陰と陽」が4月から開催予定。
編集:小沢あや(ピース)
