著者: 上田誠
ヨーロッパ企画という劇団をやっていながら京都に住んでいる。
京都に生まれ、京都に育ち、京都の小中高大学に通い、始めたのがヨーロッパ企画である。
劇団名だけはエキゾチックだけれど、それは詐欺で、そこで作・演出をやっている男はヨーロッパが本当に実在するかも知らない。どころか他府県も知らない。劇団名はメンバーと響きで付けたんであった。
よその町へ住んだことは一度もなく、実家が家族経営の焼き菓子工場だったので両親と出かけることも少なく、旅行へも行く家族ではなく。車も配達用のワゴンしかなく、それもなんだかニカワ臭かったので乗せてもらうのが好きではなく。免許は今も持っていなく、飛行機などは飛んでいる道理が分からなく。
出不精なんである。全然動きたくないんです。
実家が好きだし実家周辺が好きだし、今も実家近くに住み、そして実家を使って劇団をやっている。実家の焼き菓子工場が数年前に廃業し、その場所を引き継ぐような形で、工場だったところを作業場にして事務所にして映像編集室にして、劇や映像を日々つくっている。焼き菓子の残り香に包まれ、ネズミの残党とたたかいながら。
いや、本当は工場が廃業するずっと前から、元々は職人さんの下宿だった離れ部屋を、学友とのたまり場にしていて、彼らが劇団のメンバーだったものだから、そこがなんだか部室のようになり、スタッフが増えて事務所っぽくなり。
そこから工場の空きスペースを見つけては、一人っ子ならではの我儘さで、メンバーとともにリノベーションし、劇団の活動スペースへとつくり変えていった。
そんな風にして、僕の約40年間の思い出は、ずーっと同じ町で、ひたすら上塗りを繰り返されている。
「ああ、この町は学生時代に安アパートに住み、ひたすらアルバイトと雀荘通いに明け暮れた町だ」とか。「この町はまだ俺たちがメジャーデビューしてないころ、彼女と同棲し、始発の音と明け方のシャッターの音を毎日いっしょに聞いた町だ」とか。そういうことがないんですよね。
二条。
僕が生まれた町。そのころは二条駅の駅舎が日本一古かった町。母の自転車に乗せられ、0歳から保育所に通った町。休みの日は駅前の住宅展示場に連れられ、トランポリンで遊んだ町。角のギフトショップが、ラーメン屋に変わり喫茶店に変わり雀荘に変わり、そのつど店名が「淳」と「JUN」を行ったり来たりしている町。
少年野球時代は、二条城の外周を走り、素振りして過ごしたにもかかわらず、公式戦には一度も出れなかった町。中学のバレーボール部時代は、部活にほぼ通わず家でPCエンジンばかりやっていた町。中学3年の組体操で骨折し、体育の成績が「1」になった町。インドアを愛し、スポーツを憎むようになった町。
恥ずかしながらヤマハの音楽教室に通ってギターとボーカルを習ったけど、歌声が嘉門タツオさんに似ていた町。高校時代、泣きながらパソコンでゲームをつくった町。高架下で友達と遊んだ町。ゲームセンターに通った町。文化祭で演劇に出会って、これだと思った町。せっかく大学に入ったのに、キャンパスが遠くて行かず、ずっといた町。
先輩たちと劇団を始めた町。こたつに入って元いた学生劇団に謀反を企ててしまった町。劇作に泣いた町。いくつもの夜をすごした町。社長と会社をつくった町。面白い人たちがやってきては面白いことを企てた町。三条会商店街やわかくさ公園でロケをした町。自分が脚本した映画がTOHOシネマズ二条で上映され、友達や町内の人が舞台挨拶を見に来てくれた町。心と体を壊し、メンバーが東京公演している間、ひと夏を実家で過ごした町。恋が終わった町。妻と出会い、二条城で挙式した町。劇団を始めてから21年目の夏をむかえ、今もこれを書いている町。
同じ町だなあ、と改めて思う。
ずっと同じ町にいるなあ、と。
劇団をやっているので、もちろん旅公演もあれば、東京での打ち合わせもあり、最近は東京滞在も増えてきて、ときおり「ああ、動くのが好きじゃないから作家をやっているというのに、こんなに動く人生になるとはなあ」なんて嘆くこともあるけれど、動いていないのだと今分かった。そして動いていないからこまごま動くことになってしまうのだ、とも。
もちろん時には動くことも好きだし、旅行もやぶさかでない。東京で劇をつくるときなどは長期滞在になるので、宿や稽古場のあるその町が好きになったりもする。下北沢なんてもう劇団で9年ほど部屋を借りていたので、第二のふるさとだ。ふるさとという店があってよく行くので余計にふるさとだ。
しかしやはり動かないことが好きで、同じところで日々を重ねることが好きで、そして恥ずかしいけれど二条が好きなので(何度か行っただけの町なら、たやすく「好き」と言えるのだけど、もうそんなことではないので)、これからも二条にいると思うし、二条の思い出ばかりが増え続け、更新されてゆくことだと思う。
そんな、ソウルプレイス二条のよさを、定点観測してきたなりの視点で、いろいろとご紹介してゆけたらと思います。
しかしここまで書いておいてあれですけど、僕、理系でして、歴史とか郷土史にはとんと疎く、ここは旧だれそれ邸で、とか、ここは何某がどれそれを奉還した場所で、とか、そういうことは書けません。奉還がなにかも怪しいです正直。ですので長くともここ30年ほどのスパンで。
駅からいきましょうかね。
二条駅。日本一古かった駅舎は90年代に建て替わり、今はこんなアーチ屋根です。住宅展示場はもうありません。
そして近ごろは再開発でずいぶんにぎやかになりました。
ショッピングモールBiVi二条にはTOHOシネマズがあり、喫茶店やパン屋、書店や飲食店も程よい人肌感です。
ずっといる僕にとっては商店街なんですここ。一日いて仕事しちゃう。
二条駅構内のパン屋・志津屋さんも、パンは美味しいし居心地よいです。
例えば酒蔵でお酒を飲むとか、市場で魚を食べるとか、そういう「そこで食べる感」って僕好きなんですけど、パン屋さんでパンを食べるということもそれにあたります。心臓部が近くにあるぞ感っていいますか。
そしてここは席にコンセントがあり、ということはパン屋さんでパンを食べながら仕事をしてよいという、こっちが気を遣って身を引いてしまうほど、ノマド作家にとってはありがたい歓待です。
なんというかもっと洒脱な紹介の仕方があるのだろう、と情けない気持ちになっていますが、基本的に僕は、二条では「書き物」をずっとしているので、そう、二条は僕の書斎ですんで、そういう紹介の仕方にどうしてもなってしまいます。
なのでたとえば京都あたりに住んで作家をしようと思うのだけど、というような方には、とくに有益な記事かもしれません。二条に住んで作家はやれます!
駅前のコメダ珈琲。
京都は古い喫茶店が多く、そこへ黒船がやってきたぞ、とできた当時は思ったものでした。とくに僕は、昔から地元にあるお店びいきにどうしてもなるので、こんな人気チェーン店なんかに行くものか。何がシロノワールだ。クリームソーダは靴下型をしているし。小倉トーストはさっくりもっちりで三つ切り四つ切り選べるし。味噌カツサンドはボリューミーでカツはサクッとソースは濃厚だし。最高でした。遅くまでやっているので、夜に打ち合わせしたいときや仕事したいときはよく行きます。
扉の「引」の文字が、世にも奇妙な物語の字体になっているのもグッときます。
お近くの、カフェパラン。
オーガニックなお店で、コーヒーやドリンクも本格的です。しかし僕でも入れて仲良くなれたほどお店の皆さん朗らかです。うちでやっている「ヨーロッパ企画の暗い旅」という手弁当で手持ちハンディカメラな番組がありまして、そのロケでもよくお世話になってます。
なにをかくそう僕オープンテラスが好きで、しかしもちろんオープンテラスは自意識との戦いでもあるわけですが、ここは絶妙に表通りに面してないオープンテラスなので、気分はよいし自意識との戦いも避けられるし、ごきげんです。
そういえば店内に一つ、天板に青空の絵が描かれた丸テーブルがありまして。「ペンギン・ハイウェイ」という森見登美彦先生原作のアニメの脚本は、なんとなくイメージボードとの引き合わせを感じて、決まってその席で書く、ということをしました。
同じ並びの、亀屋権八・二条本店。
ここ美味しいです。スパイシーな手羽先をはじめ、刺身も天ぷらもパチゴレン(権八のナシゴレンだそう)もやみつききゅうりも、フードメニューが大体やみつきです。きゅうりだけやみつきを冠してずるいと思うほど。焼酎とかお酒もたくさん。
そして、この2階のお好み焼き屋「中々」も、亀屋権八に負けじとオリジナルメニューが素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるし、御池通を渡った「四季萬膳はなはな」のもつ鍋は感動的だし、となりの「KameBar8」も、千本通沿いの「山下醤造」も、二条界隈の飲食店ちょっと凄いんじゃないの、って思っていたら、すべてが「起福」という同じ系列のお店なんでした。掌の上だった気分! 二条でもう何を食べても、美味しかったそれは起福の息がかかっているかもしれないと思うと気が気ではありません。二条をどうする気だろう。
そうか、これべつに飲食店ばっかり紹介しないでもいいんだった!
二条駅を北西にくねくねと分け入った、森林食堂。
気づきがあってなお飲食店を紹介してしまうほどのお店です。カレー屋さん。入口は植物でうっそうとしていて、森林じゃないのこれ、でもカレーの匂いがするし食堂かな、と思ったら森林食堂です。
そしてカレーってきっと奥が深くって、僕はそれに対しカレーを語る言葉(スパイスの名前ですとか)を持っていないことが悔しく。
それほどにここのカレーはファンタスティックで、詳しくは「森林食堂」で調べていただけますと、カレーマニアの方々が言葉を尽くして賛辞されています。
言葉を持たない僕は、「あいがけ!」「あいがけ!」と店を訪れるたび、かなしく叫ぶしかないのですが、そうすると2種類のカレーがかかった皿が出てきて最高なので、この魔法の4文字を唱えない手はありません。
元々はケータリングから始まったお店で、そしてオーナー夫妻はカレーとアートの融合を試みているらしく。そんなことしなくても美味しいカレーを目指せば、と思ってしまいますが、店内にはすてきなペーパークラフトやサボテンや焼き物がカオティックに並び、どこがどう相関しているのかよく分からず、もしかするとこれらすべてが「カレー」ということなのかもしれません。
二条城とか紹介しないとなあ。
家から徒歩1分のところに城がある、というのは、生まれたときからそうだったので別段気にも留めてなかったんですが、最近になって、これはけっこう珍しいことかもしれない、と思うようになりました。そして、自分の歴史観の形成に少なからず与しているかもしれない、とも。
考えてみれば不思議な風景です。400年前につくられた城があり、その前に何十年か前にできた道路や信号があって、何年か前につくられた車が走っていて、それらをスマホで撮っている、というのは。
僕の二条での思い出がそうであるように、過去は過去として、未来は未来としてあるのではなく。
過去と未来と現在が、同居していたりモザイクのようになっていたり。
例えば二条の道を歩いていて、あるいは実家で。中学の同級生と劇団のメンバーが。ヨーロッパ企画の事務所にやってきたタレントさんとうちの母親が。昔、焼き菓子工場で働いていたパートさんと若手スタッフが。ふと同じ空間にいるのを見るのは、ときおり走馬灯のような気分で。
町にある二条城を見ると、最近はそういう気分になります。二条城を背負いながらロケをするのは、カメラの中で400年の時間を飛び越えているようで、だから好きです。
時空をまたいだ後は、二条城のほとりにたたずむ「喫茶チロル」へ。
僕が物心ついたときから、ずっとある喫茶店。小中学生のころは、なんだか薄暗くて怖くて、喫茶店ってなんとなく、子どもが入ってはいけない領域、のような感じってありますよねえ。
その恐ろしさが僕の中に長らくあって、なんとなく遠巻きにしたまま、大学3回生のときにここをモデルにして書いたのが、「冬のユリゲラー」(のちに「曲がれ! スプーン」と改題)という、喫茶店でエスパーたちが超能力を見せあっているお話なんでした。
その劇のクライマックスで、サイコキネシスで空へ飛ばされた細身の男が、近所の池に落ちるシーンがあり、その池のモデルは、チロルの数軒となりにある、由緒ある庭園「神泉苑」です。亀に餌をやれて、料亭「平八」のうどんが太くうまい、神社と寺が奇妙に溶け合う庭。
そんな作品を書いたのち、おずおずとチロルに足を踏み入れ、するとエスパーはいない代わりにESP(延々としゃべってくれるプリティ)なおばちゃんがいて、いつしか足しげく通うようになり、今では執筆に撮影にと、僕らの作品の内外でお世話になってます。お昼はカレーと定食を求めるお客さんでいっぱいに。
僕の二条はこんなです。二条に住んで今日もヨーロッパに思いを馳せます。
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筆者:上田誠
編集:ツドイ