
M-1グランプリ2025で決勝に進出して注目を集めるお笑いコンビ、カナメストーン。零士(れいじ)さんと山口誠さんは、地元・茨城県鹿嶋市の中学時代からの親友同士で、現在も一緒に暮らすなど、そのコンビ仲の良さでも知られています。ふたりが出会った鹿嶋について、「鹿嶋がすべての原点」だと零士さんが言えば、山口さんも「俺らにとって最強の街」だと言います。コンビ名も鹿嶋にちなむほど地元を愛するカナメストーンのおふたりに、自身のルーツや鹿嶋の思い出について聞きました。
芸人になるなら、鹿嶋にちなんだコンビ名にしなければと……
―― 「カナメストーン」というコンビ名は鹿島神宮にある「要石」に由来するそうですね。なぜ「要石」から取ったのでしょうか?零士:最初は別のコンビ名があったんです。でもそれを母に伝えたら「は? なんで? ふたりとも鹿嶋出身なのに、なんで鹿嶋にちなんだ名前にしないの?」と言われて。確かにそうだよなと。
山口誠(以下、山口):コンビ名を考えたのは養成所に入る前で、当時はそこまで頭が回っていなかったんです。だから零士のお母さんが指摘してくれなければ「カナメストーン」にはなっていなかったですね。
零士:それで鹿嶋にちなんだ名前ってなんだろう? と考えて。まず鹿島神宮は有名だなと。じゃあ、鹿島神宮の中に何があるかといえば、最初に思い浮かんだのが「要石」。で、山口に電話して「鹿島神宮に要石ってあるじゃん? そのままカタカナで『カナメイシ』ってコンビ名はどう?」と相談したんです。そしたら山口がしばらく黙って、「ダメだ」と。
山口:キビシイ
零士:理由は「ケツメイシ」とかぶってるから。……そうか? と思いつつも、「コンビ名に『ン』がついていると売れる」と当時は言われていたので、じゃあ「イシ」を「ストーン」に変えればいいんじゃないかってことで、カナメストーンになりました。

―― ということは、おふたりはプロになる前からカナメストーンであり、なおかつ当時から地元を背負う意識があったんですね。
山口:モチロン
零士:今より薄かったとは思うんです。若い頃ってそんなに地元を意識しないから。でも時間が経つにつれて以前に増してどんどん地元が好きになっていく感覚があって。カナメストーンでよかったという思いも強くなっています。
―― 時間が経つにつれて地元を好きになっていったのはなぜですか?
零士:たぶん、東京に出てきた頃は「東京で勝負して、東京で夢をかなえる」って意気込んでたんですよね。そうやって頑張りつつも、家族も友達も地元にいるから、やっぱり気になってしまうし、こうやって鹿嶋のことや中学時代のことを語り続けているうちに、徐々に地元を意識するようになったんだと思います。
山口:タシカニ
零士:僕らは中学時代に出会ってその時がめちゃめちゃ楽しくて「コンビでお笑いをやればあの時間をまた一緒に過ごせるんじゃないか」という思いでやっているので、カナメストーンとしての活動歴が長くなればなるほど、鹿嶋が僕らの原点であることに気づいていくってことなんでしょうね。
―― そう考えると、おふたりが上京以来、16年間も同居している板橋の一軒家は、言ってみれば「リトル鹿嶋」みたいなものなんですね。
山口:ナルホド
零士:本当にそうだと思います。鹿島中学校の続きなんですよ。だからあの家は確かにリトル鹿嶋ですね。
山口:今考えてみたんだけど、鹿嶋に根を張ってお笑いをやるってのは、ちょっと違うよな。
零士:それはイメージできなかったね。
山口:やっぱり全国から猛者が集まってくる東京で勝ちたいんです。そうやって東京で活躍した上で、鹿嶋に凱旋してお笑いライブができたら最高ですね。
子どもの頃から続く「イヨマンテ」での特別な時間、中学時代に友情を育んだ「きたき」

―― 子どもの頃の、地元の思い出の場所はどこですか?
零士:僕は「イヨマンテ」というラーメン屋さんですね。夜、親父が「今からラーメン食いに行くか」って言い出して、家族みんなで車で向かうんです。そういうのって子どもの頃、めっちゃワクワクしません? 夜に車で出かけること、夜中にお店でラーメンを食べること、そもそも夜遅くまで起きていること、そういうすべてにワクワクして楽しかったことをよく覚えています。確か、店名は北海道の言葉だって聞いたことがあるような……。
―― ネットで調べたところ、「イヨマンテ」はアイヌの言葉で「動物の魂を神の国に送り返す神聖な儀式」のことだそうです。
零士:おおー! そうなんだ! 初めて知った。
山口:じゃあ店主が北海道出身ってこと?
零士:ってことなのかな? ご夫婦でやられている店で、昔からしょっちゅう行ってるから持ち帰りでチャーシューなんかサービスしてくれて。「イヨマンテ」に行くと大人の仲間入りしてる気がしてめっちゃうれしかったんです。今でも大好きなので定期的に行ってますね。
山口:俺は店じゃなくて、親父と一緒に走っていたロードが思い出深いですね。うちの父は、鹿島アントラーズの前身の住友金属工業蹴球団の選手だったので、小さい頃はかなり鍛えられました。その一環だったのか、よく親父と一緒に走っていて。ランニングコースの最後には心臓破りの坂があって、そこをダッシュで駆け上がるんです。
零士:それってどのへん?
山口:畑のほうなんだけど……HとかF(※友達の名前)ん家の辺りの。
零士:うわ、それもう、めっちゃ田舎のほうだな。昔、野犬がいた所だ。
山口:そうそう、海があってちょっと高台になってる所な。その光景がめちゃくちゃ記憶に焼き付いていて、今でも当時を思い出しながら犬の散歩で回ってます。
―― では、おふたりが仲良くなってからの思い出の場所は?
零士:とんかつ屋「きたき」ですね。そこは普段からよく行っていたけど、いちばん思い出に残っているのは、鹿島中学校サッカー部を引退した後のお疲れ会をやったこと。顧問の先生や親もみんなが集まった会で。
山口:奥に座敷があって宴会できるんです。あれってオードブルが出てたのかな? 定食じゃなかったよね。
零士:そうだったかも。そのときはみんな私服だから、地元でできる精一杯のおしゃれをしてくるんですよね。
山口:で、ちょっといじられちゃう奴もいたりしてね。
安い古着を一生懸命探し、精一杯おしゃれを楽しんだ中高生時代

―― 今ではYouTubeでファッション系の発信が多いカナメストーンさんですが、当時からおふたりはおしゃれだったんでしょうか。
山口:零士は半端なかったですよ。おしゃれなんて意識がまだほとんどなかったころに、ラルフローレンのタートルネックにカーディガンを合わせていて。俺らもなんとなくラルフは知ってたんです。「俺らじゃ買えないもの」っていう認識で。それを着てるやつが現れたと。ナニッ? っていう。
零士:母が服好きだったんです。小さい頃、鹿島アントラーズの試合を見に行くときに「この半袖ユニホームの下に着ていくものをタンスの中から選びなさい」と母に言われ、黄色いロンTを持っていったら「めちゃくちゃいい。ビューティフル!」と拍手されたことがありました。それで「服って楽しいものなんだ!」という意識が芽生えて。
―― 温かいエピソードと、すてきなお母さんですね。鹿嶋は服屋がたくさんあるんですか?
零士:いや、ほとんどないんです。だから年に1回か2回、それまでに貯めたお金を持って友達と高速バスで原宿に行くんです。その日はみんな気合いを入れて早起きして、朝7時くらいのバスに乗って。原宿に着くのは8時半ごろ。当然、まだお店は開いてない。「どこも開いてねえじゃん! 話が違えよ!」とか言いながら、みんなで竹下通りを歩きながら時間を潰すんですね。良い思い出です。
―― おふたりが思春期を過ごした1990~2000年代は、裏原系ファッションが大ブームだったころですもんね。
零士:雑誌を見て情報を仕入れて、でも雑誌に載っているものは高くて買えないから似たような安いアイテムを買うんです。そうやって安い服を買って、雑誌に載っているような組み合わせで楽しむ。それで、あとから「このあいだ原宿で買ったんだよ~」って友達と見せ合うんですよね。山口とはよく塾でお互いの服を見せ合ってました。
―― そうやってコーディネートを覚えるわけですね。地元のお店はどうですか? 確か「50’s」という古着屋が行きつけだったと伺いましたが。
山口:そこも安くて良い店なんですよね。だけど中高生ってお金がないから、せいぜいTシャツ1枚くらいしか買えなくて。1枚500円くらいで安売りしている在庫処分品をあさってました。買った後はその隣にある「カラオケBanBan」に行って、みんなでファッションショーをするんです。
―― すごい。おしゃれな中高生ですね。
山口:今でも覚えてるのが、あるとき、「50’s」で買った体にフィットするハーフジップのモーターサイクルシャツを着て「BanBan」に入ったら、みんなに「なんだよそれー!」って大笑いされたことがあって。珍しい服だったからいじられたんです。でも当時の俺はお笑いに興味がなかったし、ウケ狙いどころか本気でおしゃれだと思ってその服を買っていたから、いじられたことにブチ切れちゃって「ざけんな!」ってその場で服をビリビリに破いてしまいました。若かったな。
―― ファッションといえば、おふたりが家でYouTube配信をする際の服装も気になっています。零士さんは赤、山口さんは青の、シャカシャカのウォーマーを着ていますよね。
山口:零士が着てるのは鹿島中学サッカー部のウォーマーで、俺が着てるのは鹿島高校サッカー部のウォーマーです。当時のものをそのまま着ています。
―― 中高時代に部活で使っていたものを? ということは、当時から体型が変わってないんですね。
山口:タシカニ
零士:いや、当時は少し大きかったんです。中高生って、成長しても着られるように大きいサイズ買うじゃないですか。
山口:そっか、制服とかも大きいの買うもんな。でもかなりボロくなってきてるから新しいの欲しいよな。地元のスポーツショップで同じの買うか。
零士:いいね。それも撮影しよう。
―― 部活で使うようなウォーマーを着てる大人ってあまりいないですよね。
山口:板橋では普通にあの格好でチャリ漕いでますよ。なんも違和感なく着てるんで、新宿とかまで電車乗って行っちゃったりもするし。
零士:横浜まであの格好で行っちゃったこともあります。着いてから服装ミスったなと気づく。
―― 目立ちますよね。
零士:目立ちます。街によくいる変なおじさんになってる可能性はありますね。
―― それはまさに、おふたりが決勝進出したM-1グランプリ2025の最終決戦でドンデコルテが披露したネタに出てくる「名物おじさん」のような……(笑)。
零士:それのリアルバージョンですね。(渡辺)銀次さんとは年齢が1歳しか変わらないので、感じていることが近い気がします。
鹿嶋のエキスがM-1の決勝に連れて行ってくれた

―― 大人になってから気づいた鹿嶋の魅力があれば教えてください。
零士:年々、鹿島アントラーズが大好きになっています。もちろん幼少期からずっと試合は見に行ってるんです。小学校1年生のときにJリーグが開幕してからずっと。あれから30年以上経った今も、スタジアムの階段を上がる際のワクワク感、フィールドが見えてきたときの高揚感、これから試合が始まるんだという特別な感じがずっと変わらないんですよね。いまだに新鮮に心が震えるというか。そして、こんなに素晴らしいものが僕らの地元にはずっとあったんだなと大人になってから気付かされるんです。
山口:そうだよ、スタジアムのカップラーメンとかもね。
零士:うわあ、いいよね~、あれ。アントラーズのスタジアムグルメはめっちゃおいしくて有名で、もつ煮、ハム焼き、ハラミメシなんかが定番で人気なんですけど、今みたいにメニューが充実する前の時代、スタジアムで食う「カップスター」が最高にうまかったんですよね。
山口:ちょっと寒いから、余計にな。匂いも良いし。でも親に買ってもらうものだったから、なんか言い出せねぇんだよな。
零士:わかる。腹減ってるけど親に金使わせたくない気持ちが働いて遠慮しちゃうんだよな。子どもなりに気を使ってな。でも俺はその気持ちは大事だと思ってる。
―― 今後は、鹿嶋とどのように関わっていきたいですか?
零士:この間、初めて鹿嶋市の市長さんとお会いする機会があったんです。そのときに市長さんが周囲の人たちに「カナメストーンさんが鹿嶋市の観光大使でいいよね? 条件満たしてるもんね? じゃあ決まりだな?」と言っていて。
山口:俺らからしたら「え、いいの?」って感じですよ。もちろんめっちゃなりたいけど「こんなふうに決まるの?」っていう。
零士:という話があったんですが、結局、まだ決まってはいないんですよね(笑)。だから早く観光大使になりたい! この記事でもうひとアピールしたいです!
山口:あれ、動画撮っときゃよかったな。証拠として。
―― でも近々、鹿嶋市の広報で特集されるそうですね(※2026年4月号の表紙に抜擢。取材は3月)。
零士:そうなんですよ! だからそうやって、東京で頑張った盛り上がりを鹿嶋に持ち帰りたいんです。何かしら鹿嶋のお手伝いをして地元を盛り上げたいです!
山口:俺としては、いつか冠番組を持って、鹿嶋のロケ旅をやってみたいです。
―― 鹿嶋ロケは、視聴者目線では結構、現実的な気がします。「相席食堂」(朝日放送テレビ)では鹿嶋ロケで千鳥のおふたりにかなり褒められていましたよね。「即『ラヴィット!』ちゃうの?」「仕上がってるやん」「絶妙なコンビネーション」と。
零士:みたいにね、言ってくださって……俺ら誰にもそんなこと言ってもらえたことなかったから、本当にうれしかったです。
―― ロケ慣れしている感じがありましたよ。
山口:ナニッ!
零士:ロケなんてまったくやったことないんですよ。
―― ということは、向いているのかもしれません。
零士:まだまだですけど、「任せてください!」という気持ちはあります。最近よく思うのは、親に喜んでもらいたいってこと。息子が地元の観光大使になって、冠番組持って鹿嶋ロケ旅なんてしたら、絶対に喜んでくれるじゃないですか。頑張りたいです!
―― では、最後の質問ですが、おふたりにとって鹿嶋とは?
零士:ずっと思ってるのは「鹿嶋は、カナメストーンのすべての原点」だということです。
山口:タシカニ
零士:あそこで感じたことが原点となって、俺らのお笑いにかなり濃いエキスとして入っているはずなので。鹿嶋のエキスでM-1グランプリの決勝にも連れて行ってもらいました。
山口:俺らにとって鹿嶋は最強の街なんです。あまり声を大にしては言えないけれど、ドキュメンタリー映画が撮れそうなくらい、住んでいる人たちのキャラクターも濃くて。「まだ見つかっていない川崎」みたいなもんです。もっと多くの人たちにぜひ鹿嶋を知ってほしいですね。キィヨォ!

お話を伺った人:カナメストーン
零士(ツッコミ)と山口誠(ボケ)によるお笑いコンビ。茨城県鹿嶋市出身。中学時代の親友同士で結成。養成所時代から現在まで16年にわたって同居しており、自他共に認める「芸人界でもっとも仲の良いコンビ」。M-1グランプリ2025で敗者復活枠から決勝に進出し注目を集める。精力的にライブを行い、テレビやPodcast、YouTubeなどでも活躍中。
編集:小沢あや(ピース)
