「鹿児島の観光大使になりたい」ロージークロニクル・上村麗菜さん 桜島の見える街とアイドルの原点

取材・構成: 川崎絵美 編集: 小沢あや(ピース株式会社) 撮影: あべあさみ

ハロー!プロジェクトのアイドルグループ「ロージークロニクル」のメンバーとして、2024年にデビューした上村麗菜さんは鹿児島県出身。

海と火山が日常にあり、放課後はフェリーに乗って小さな旅に出ることもあったそう。自然豊かな街で育った少女は、どんなふうにアイドルの夢を見つけたのでしょうか。幼少期の思い出と地元・鹿児島の魅力をたっぷり語ってもらいました。

鹿児島と東京を行き来する、週末のレッスン

―― デビュー前、ハロプロ研修生だったときは、鹿児島から東京に通っていたんですか?

上村麗菜さん(以下、上村):そうなんです。月曜から金曜は学校があるので、土日だけレッスンで東京に行く生活でした。レッスンの時間に合わせて朝早く飛行機で東京に向かい、終わったらすぐ空港に向かうんです。正直に言うと、「東京が遠いな」と感じることは何度もありました。みんながレッスンを続けている中で、自分だけ飛行機の時間に合わせて先に帰らなきゃいけないこともあって、すごく悔しかったです。

―― その距離を、どう受け止めていましたか?

上村:最初は「どうしようもないもの」と思っていました。でもだんだん、「この環境だからこそできることもあるのかもしれない」「東京にいられる時間が限られている分、レッスンに集中しよう」と意識が変わりました。鹿児島からは距離があるからこそ、レッスンにかける熱量は人一倍強かったように思います。

お母さんからは「せっかく行くんだから爪痕を残してきなさい」と言われていて、私も「絶対に何か習得して帰ろう」と思っていました。あのときのお母さんの言葉は、今でもすごく覚えています。

―― 東京での厳しいレッスンを終えて、鹿児島に戻ったときは、いつもどんな気持ちでしたか?

上村:ホッとすると同時に「もっと練習したかったな」という気持ちもありました。鹿児島にいる時間と、東京にいる時間。どちらも自分にとって大事で、その行き来の中で少しずつ「アイドルになりたい」という思いが強くなっていった気がします。

距離があったからこそ「もっと近づきたい」と思えた。今振り返ると、毎週飛行機で往復した日々が、自分の原点になっていると思います。

コアラに会いに通った平川動物公園 放課後はフェリーで「プチ旅」も

―― 上村さんの出身地、鹿児島はどんな街ですか?

上村:自然がすごく身近な街ですね。海もあるし、山もあるし、桜島もいつも見えます。

―― 学校行事で訪れた思い出の場所は?

上村:小学校の遠足でよく行ったのは、平川動物公園です。休みの日にお友達と一緒に行くことも多かったですね。平川動物公園にはコアラ館があるので、「コアラに会いにいくぞ」っていう気持ちでしょっちゅう行っていました。でも、コアラって昼間はだいたい寝ているんですよ。起きているところを見られたらラッキーなんです。

―― 木にしがみついて眠るコアラも可愛いですよね。

上村:本当に可愛いんです。動物を見たあとは、園内にある小さな遊園地で遊ぶのがルーティンでした。とくにチェーンタワーのアトラクションが大好きで、何回も連続で乗っていました。

―― 子どもの頃、普段はどんな過ごし方をしていましたか?

上村:小学生のときは、放課後に近所の公園で遊ぶくらいでした。中学生になると子どもだけで校区外に出かけられるようになるので、鹿児島市の中心街の天文館にも行きました。

―― 天文館での思い出は?

上村:デパート「山形屋」の中にある「金生(きんせい)まんじゅう*1」が大好きでよく行っていました。まんじゅうが焼かれているところがガラス越しに見えるので、ずっと見ていました(笑)。おいしいので鹿児島に訪れたときはぜひ食べてほしいです。

―― 天文館デビューしたときは、緊張しませんでしたか?

上村:ちょっとドキドキしたけど、それよりもうれしい気持ちの方が大きかったです。友達と一緒に磯海水浴場に行ったり、少し足を延ばして桜島に行ったこともあります。

―― 友達と桜島へ。行動範囲が一気に広がったんですね。

上村:桜島は鹿児島市内ならどこからでも見えるんですけど、実際に行く機会は意外と少ないんです。友達と天文館にいるとき、「このままフェリーに乗りたくない?」って話で盛り上がって行きました。

桜島フェリーは、天文館から少し歩いたところにある鹿児島港から、桜島港まで15分くらいなので「プチ旅」みたいな感じです。

―― 運航時間は約15分。近いけれど、フェリーはワクワクしますね。

上村:そうなんです。フェリーの楽しみは、船の中のうどん屋さん「やぶ金」のおうどんです。お出汁のいい匂いに惹かれて、フェリーに乗るときは必ず食べていました。乗車時間が短いから、10分くらいで急いで食べないといけないんです。

―― 鹿児島にはおいしいものがたくさんありますよね。とくによく食べていたご当地グルメは?

上村:「鳥刺し」をよく食べていました。東京に来て、あまり食べないと知ってびっくりしたんです。鹿児島だとスーパーでも普通に売っている定番メニューなので。もちろん、鹿児島では鳥刺しを甘いお醤油で食べます。「カネヨ醤油」の「かねよむらさき濃口しょうゆ」が我が家の味でした。

―― 東京にいると、甘いお醤油が恋しくなりませんか?

上村:お醤油は今でもお母さんに送ってもらっています。お刺身ももちろんおいしいんですけど、お餅を食べるときは絶対に鹿児島の甘いお醤油が合うんですよ。

そうめんが回る 鹿児島のおすすめスポット

―― メンバーやファンの方にもおすすめしたいスポットは?

上村:鹿児島の中心エリアからは離れちゃうんですが、指宿(いぶすき)にある「唐船峡(とうせんきょう)そうめん流し」をおすすめしたいです。一般的な流しそうめんは長い竹を割って、上からそうめんを流す方式ですよね。でも、鹿児島のそうめん流しは全然違うんです。丸い水槽みたいなマシーンでそうめんがぐるぐる回っているところを、箸でつかんで食べます。

私は左利きなんですけど、そうめんが掴みにくいという悩みがあって……。でも、唐船峡のそうめん流しは、一部のテーブルで右利き用と左利き用が二段になっていて、どちらも対応できるマシーンが置いてあるからうれしいんです。左利きの人も安心して行ってほしいです。

電車好きな人には、西大山駅がおすすめですね。西大山駅は日本最南端の駅で、夏はひまわり畑がすごくきれいなんです。「薩摩富士」と呼ばれている「開聞岳(かいもんだけ)」が見えて景色がいいので、私も大好きな場所です。

唐船峡も西大山駅も薩摩半島でいう南側のエリアなんですが、指宿で有名な「砂むし温泉」も近いので、いっぱい楽しんでもらいたいですね。

東京の電車は「巻き返せる」? 上京して驚いたこと

―― 東京に来て、鹿児島とのギャップに驚いたことは?

上村:東京は電車がいっぱいあって、難しいです(笑)。鹿児島では路面電車が身近でしたし、東京みたいな複雑な乗り換えはありません。上京してすぐの頃は本当に迷ってばかりで、駅員さんや通りすがりの人に聞いて、なんとか目的地にたどり着くことが多かったです。でもそのおかげで、コミュニケーション力が上がった気がします。

―― 意外なところで対人スキルを磨いていたんですね。

上村:はい。そして、東京の電車って乗り換えで「少しの遅れならあっさりと巻き返せる」ってことに気づきました。電車と電車の間隔が短いからですよね。鹿児島ではそうはならないので。

だから少し家を出るのが遅れても「まだ巻き返せる!」「諦めないぞ!」って、最後まで乗り換えをがんばっています(笑)。

「遅れてもいいよ」 鹿児島に流れる優しい時間

―― 鹿児島あるあるなのかもしれないですけど、「薩摩時間」というのを聞いたことがあります。

上村:鹿児島の人はのんびりしている人が多くて、遅れちゃうのも当たり前というか、誰かが遅刻しても気にしません。友達との集合も、みんながそれぞれ遅刻するのを想定して、あえて集合時間を早めたりしていましたね。

―― おおらかな人が多いんですね。

上村:そうですね。そして鹿児島には温かい人が多いんです。みんな家族みたいに接してくれて、学校帰りにすれ違う地域の人たちが「おかえり」って声をかけてくれます。東京の人は、きっと気遣いがあるからこそ、あまり話しかけたりしないですよね。人との距離感が鹿児島と東京では違うなと思います。

―― 鹿児島を離れて気づいた、地元の良さってどんなところですか?

上村:東京は建物がすごく高いけど、鹿児島はそこまで高くないので、あたりが見渡しやすくて景色がよく見えます。「あ、秋になってきたな」とか、四季を感じやすいですね。

桜島から降る、火山灰とともに暮らす

―― 鹿児島といえば、桜島の火山灰が身近な存在ですよね。

上村:小さい頃から火山灰はすごく身近な存在でした。鹿児島の家には「克灰袋(こくはいぶくろ)」っていう黄色い袋があって、道路にたまった灰をそれに入れて回収してもらうんです。東京の人に話すとすごく驚かれるんですけど、鹿児島では日常的な風景でした。

家の近所とか学校でも、よく火山灰の掃除をしていた思い出があって、楽しかったです。

―― 楽しかった、ですか。

上村:灰が降ると車が汚れるので、家族で洗車に行くんですが、それも好きでした。登校すると、学校の廊下もザラザラしていましたね。机の上までザラザラしちゃうのが嫌で、毎日ウェットティッシュを持参して拭くんです。机の灰のせいで、テスト用紙に字を書くとき、ボコボコして紙が歪むんです。今では、それも懐かしすぎる思い出ですね。

「ランドセルをからう、って鹿児島弁だったんだ」

―― 上村さんも上京してしばらく経ちました。鹿児島の方言の名残はありますか?

上村:今はもうだいぶ方言も抜けたと思うんですけど、家族と電話するときは、無意識につられちゃいますね。メンバーと話すときも、言葉の違いをよく感じます。

―― 例えば、どんな言葉ですか?

上村:「カバンを『からう』」ですね。まさか鹿児島弁で、東京では通じない言葉だとは知らなかったんです。小学校のときは、帰りの会で先生が「ランドセルからって」と毎日言っていました。

「からう」じゃなかったら、何て言ったらいいかわからないんです。「背負う?」も少し、ニュアンスが違いますし。

あとよく使うのは「なおす」です。ものを「しまう」ことを「なおす」と言います。東京の人に「これなおしとくね」と言うと「何を? 何も壊れてないよ?」みたいな感じで噛み合わないことがあって、「これ、鹿児島弁だったんだ」と気づきました。

人に何かをたずねるとき「〜け?」とよく使いますね。メンバーにも「明日、リハーサル何時からけ?」みたいな感じで聞いちゃうことがあります(笑)。

出るつもりはなかった街、鹿児島を離れて

―― グルメや火山灰など、これまでのお話から上村さんの地元愛がよく伝わってきます。もしアイドルの道を選ばなかったとしたら、鹿児島を離れていなかったんでしょうか?

上村:えっ! 離れなかった気がします……。

―― やっぱり、そうなんですね。

上村:まず、私は本当に人見知りだったので「このまま地元で一生過ごしていくんだろうな」と思っていました。東京への憧れはあって「旅行に行きたい」とは思っていたんですけど、暮らすイメージはなかったです。友達や家族、地元が大好きなので、鹿児島でずっと暮らしていたい気持ちが強かったです。

―― そんな上村さんが、地元を離れてアイドル活動をされています。きっかけはなんだったんですか?

上村:ハロー!プロジェクトのオーディションが始まったときに、お父さんが応募してくれたのがきっかけでした。もともと家族みんなアイドルが大好きで、よく見ていたんです。特に父がアイドル好きで、モーニング娘。さんの大ファンでした。

私自身もずっとファンとして見ている側だったので、「自分がアイドルになる」なんて想像はしていなかったんです。

―― お父さんが応募してくれたんですね。

上村:はい。その後、ハロプロ研修生のお誘いをいただいて、私も「入りたい」と思うようになりました。

―― ロージークロニクルとしてデビューできて、きっとお父さんは喜んでいたでしょうね。

上村:めちゃめちゃ喜んでくれましたね。ただ「俺のおかげでデビューできた!」みたいなことを何回も言ってくるので、ちょっと面倒だなと思うときもあります(笑)。

―― 芸能関係者の人から聞く「俺が育てたんだ」の、本当のやつですね。

上村:はい。間違いなく育ててもらいましたね(笑)。お父さんには感謝しています。

鹿児島の大きなステージで単独公演がしたい

―― 鹿児島ではリリース記念のライブも経験されていますね。

上村:はい。小さい頃にダンススクールの発表会で立ったのと同じステージに、アイドルとして立てたのが本当に不思議な経験でした。

ファンの方やメンバーが同じ場所にいる景色を見て「奇跡みたい」と思いました。

―― 上村さんが、これから鹿児島でかなえたい夢は?

上村:ロージークロニクルとして、鹿児島で単独ライブをすることです。一度はリリースイベントをしましたが、ツアーで単独公演がしたい。川商ホールや谷山サザンホールなど大きな会場でライブをして、地元の人たちにたくさんパフォーマンスを観てもらえたらうれしいですね。

個人としては、いつか鹿児島の観光大使になるのが夢です。鹿児島って本当にいいところが多いので、もっともっと魅力を発信していきたいです。


お話を伺った人:上村麗菜(かみむら・れな)

2009年6月15日鹿児島県生まれ。アイドルグループ「ロージークロニクル」として2024年にデビュー。ロージークロニクルとしては、6都市 14 公演を巡る全国ツアー「ロージークロニクル ライブツアー2026春 ~Turn the Leaf!~」を開催中。

編集:小沢あや(ピース)

*1:ひと口サイズの回転焼き風まんじゅう