人と人が、ゆる~くつながってゆく大阪の「なんば」【関西 私の好きな街】

取材・執筆: 吉村 智樹 

関西に住み、住んでいる街のことが好きだという方々にその街の魅力を伺うインタビュー企画「関西 私の好きな街」をお届けします。

 

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大阪最大のターミナルスポット「なんば」

 

なんば、大好きなんです。ざっくばらんな雰囲気が街全体を包んでいて、いい意味で“ええ加減さ”があるんです。堅いことを抜きにして誰とでもすぐに仲よくなれる。なんばは人と人がつながるスピードが異様に早い街やと思います

 

そう語るのは、なんばに居住して9年になる、ぶっちょカシワギさん(以下、ぶっちょさん)(39歳)

 

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「なんば」に住んで9年になるぶっちょカシワギさん。インパクトが強いヘアスタイルに二度見する人が多々

 

関西に住む人々に、想い入れがある場所への愛を語っていただく連載「関西 私の好きな街」。今回スポットをあてる街は、大阪の「なんば」です。

 

「なんば」とは、大阪市中央区と浪速区をまたぎながら、千日前通りから南、通天閣が立つ恵美須町からは北に位置するエリア。漢字で書くと「難波」ですが、読み方が難しいことから、ひらがな表記「なんば」が一般化したという説があります。

 

「なんば」は、とてもにぎやか。まず威風堂々と百貨店の「大阪タカシマヤ」がそびえ、ファッションビルがあるかと思えば、方や お笑いの殿堂「なんばグランド花月(NGK)」が。

 

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大阪タカシマヤ

 

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なんばグランド花月。通称「NGK」


そのあいだを縦横に縫うように、いまなお古きよき浪花の情趣をたたえたアーケード商店街が結びます。商店街では高級からB級までジャンルも値段も幅広いグルメが楽しめるのです。

 

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さらに南海、近鉄、阪神、JR、Osaka Metroと名だたる鉄道とのアクセスを可能にする大阪最大のターミナルスポット。なんばは、「住みたい街ランキング関西版2018」の4位にもランクインしています。

 

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なんばのランドマーク。南海「なんば」駅を擁する南海ビルディング

 


体重130キロ強。異色の青年実業家は「なんば」で5店舗経営

「なんばが大好き」というぶっちょさんは体重130キロ強という超巨漢。出身は大阪の岸和田市。生まれたときから身体が大きく、小学校に通っていたころから高校「清風南海学園」を卒業するまで一貫して「クラスで一番デカいやつ」だったのだそう。

 

そして大阪教育大学へ進学したのち、巨大な体格を活かし、柔道部へ入部します。

 

ぶっちょ「柔道をやってから、ものすごく食べるようになって、一段と身体がどデカくなりました。そして柔道をやめても大食いの習慣だけが変わらず、筋肉がぜんぶ脂肪になりました(苦笑)」

 

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ぶっちょさんは大食漢。体重は130キロを超える

 

大好物のうどんなら「一度に3玉は軽く平らげる」という大食漢。そのうえ奇抜極まりないヘアスタイルが強烈なインパクトを放ち、「悪役レスラー?」「レゲエバンドのドラマー?」などと思ってしまいますが、果たしてこの方、いったい何者なのでしょう。

 

その正体は「なんばで知らぬ者なし」と謳われる青年実業家。LIVE BARなんば白鯨(はくげい)なんば紅鶴(べにつる)、BAR群青海月(ぐんじょうくらげ)、ジビエバル「なんば赤狼(せきろう)、画廊モモモグラという5店舗をなんばで営み、さらに名古屋のLIVE BAR金色鮫(こんじきざめ)などなど各地あわせて現在7店舗の代表を務めています。

 

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経営する店舗を巡回するぶっちょカシワギさん

 

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トナカイの頭が目印。獣肉料理専門店「なんば赤狼」

 

大きな体躯を揺さぶりながらほぼ連日、名古屋以外のほぼすべての店を巡回しているというから凄い。

 

ぶっちょ「実業家だと呼ばれていますが、自分では“ミスターすき間産業”やと思っています。あんまり儲かりませんしね。好きなことを、好きなようにやっている。ただそれだけなんです



確かに、ぶっちょさんが昭和31年に建てられたというレトロなレジャービル「味園」のなかに開いた「なんば白鯨」「なんば紅鶴」の1カ月の興行スケジュールを見ると、「好きなことを、好きなようにやっている」というポリシーが伝わってきます。

 

お笑い、講談、アニソン、ネットラジオの公録、映画トーク、フェティッシュなショー、クイズイベントなどなど催し物は多種多彩。つまりバラバラ。ほかのライブハウスがやろうとしないイベントや、ほかの店ならはねのけられる、いい意味で“ええ加減”な人々を放り込み、ごった煮な熱気をはらんでいるのです。

 

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 印象的な赤と青。遠くからでも目立つレジャービル「味園」。1956年に建設され、いまなおそのレトロな風情を保っている

 

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「味園」のシンボルともいえる麗しい流線型のスロープ

 

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スペイシーなデザインの「味園ユニバース」。かつてはグランドキャバレーだったが、現在はクラブイベントやライブなどに使われている

 

ぶっちょ「なんば紅鶴は、もともと『香港』という店名の社交クラブでした。装飾が手づくりで、ゴージャスで、客席にはなんと噴水まであったんです。ただ2000年代に入ってから水商売の景気が落ちて閉店してしまい、味園ビルのオーナーが『もっと賃料を安くして、若者に貸していこう』という動きになりました。こんないいムーブメントに乗らない手はない。『いま自分にはチャンスが来てるねん。この好条件で店を運営できるなんて、いまやれんかったら、いつやれんねん』と奮起したんです」 

 

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味園ビルの 2階にある「なんば紅鶴」。連日、独特なトークイベントが開かれている

 

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「なんば紅鶴」は、かつては「香港」という社交場だった。現在もチャイナ風の意匠が随所に残る

 

そうして、ぶっちょさんたち若きオーナーがこぞってレジャービル「味園」のなかに思い思いの店を開き、このビルはいつしか「関西サブカルチャーの楼閣」「大阪サブカルの魔窟」とまで呼ばれるほど異形の変身を遂げました。

 

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味園ビルのなかはサブカル色が強い店がびっしりと並ぶ

 

ぶっちょさんが手がける数多の店のなかで比較的静かに過ごせるのが「自分が呑める場所がほしくて始めた」というBAR「群青海月」。

 

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多角形なカウンターが魔法陣のよう。ユニークな造りです。そしてここでもぶっちょさんは「なんばらしい、ええ加減さ」を感じたのだそう。

 

ぶっちょ「閉店間際にギターを抱えたお兄さんがふたりして入ってきて、演奏をしてくれたんです。するとその音を聴きつけて、ハーモニカやピアニカ、トランペットなど楽器を手にした人たちがあちこちから続々と店に入ってきて、この狭い店内でたちまち楽団ができてしまった。それを見て、『ああ、なんばやな』と思いましたね。知らない者どうしがすぐに打ち解けあう、いい感じのゆるさがなんばにはあるんです

 

「いい感じの、ゆるさ」。確かに、なんばの街を歩いていると、くらげのように自由にゆるく生きる人々とよくすれ違いますね。

 

居住するなら、なんばは究極の穴場

 

しかしながら「居住する」となると話は別なのでは。どんなにくだけた雰囲気であろうと、梅田や天王寺と並ぶ大阪三大都心のひとつには違いない。家賃は、けっこうかかるのでは?

 

ぶっちょ「僕が住んでいるのは南海『なんば』駅から徒歩3分。エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館)のすぐ近くに立つマンションなんです。1DKで家賃は6万5,000円。意外と高くないでしょう? なんばはけっこう手ごろな物件があるんです。居住するという点で、なんばは究極の穴場やと思います」

 

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エディオンアリーナ大阪

 

家賃が高いという勝手なイメージで居住の選択肢に入れていなかったなんばですが、駅から徒歩3分でそのお値段なら「住める!」という方は多いのでは。

 

ぶっちょ「なんばが大好きで、なんばのなかで何度も引越しました。なんばは雑多で、取り繕ったきれいさはない。いつも騒がしく、『閑静』とはかけ離れた場所です。でも僕にはそういうところがおもしろいし、飽きが来ない。なにより街の情報量が多い

 

「なんばは街の情報量が多い」。実際、なんばパークスなんばCITYなんばマルイなど広大なショッピングモールの至近距離に100軒以上の小さな飲食店がひしめきあう「ウラなんば」があり、映画館、大きな家電量販店、神社などなど、街の表情はさまざま。まさに雑多。若者が多く集う街でありながら、だからといって決して「若者の街」というレッテルは貼れない、どんな世代の誰をも排しない懐の深さを感じます。

 

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なんばパークス

 

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なんばマルイ

 

ぶっちょ「なんばは、1キロ区間ごとにどんどん個性が変わってゆく。毎日自転車で往復しているのに、つねに『こんな店できたんや』『ここにこんなんあったんや』と新しい発見がある。生鮮食料品を扱う黒門市場があって、プロが調理器具を買いに来る千日前道具屋筋商店街があって、さらに巨大な地下街まである。昼と夜とでは雰囲気もぜんぜん違うし、徒歩圏内でこれほど街の色がころころ変わるところって日本中さがしても、ほかにないんじゃないかな。いや、それどころか世界的に見てもこんな街は、まれやと思います

 

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安くてうまい「黒門市場」

 

「区画ごとに個性がある」。そこになんばの魅力を感じるというぶっちょさん。なかでもとりわけ、180軒近い食料品店が集まるアーケード商店街「黒門市場」がお気に入りなのだとか。

 

ぶっちょ「黒門市場、よく外国人の友人を案内するんです。天ぷら、練りもん、たこ焼き、安くてうまいもんがいくらでもある。『コウイウトコロガミタカッタ』と、みんな喜んでくれるんです」

 

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自転車で「黒門市場」をめぐるのがほぼ日課だというぶっちょさん

 

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大阪の台所と呼ばれる食材の宝庫、黒門市場。その周辺にも、やはりおいしい飲食店が集まります。

 

ぶっちょ「お茶をするなら、伊吹珈琲店です。丸福珈琲店 からの分派で、昔ながらの苦くて濃いコーヒー。だからこそアイスカフェオレにすると、ミルクで薄めてもコーヒーの味がちゃんと主張していて、うまいんです

 

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ぶっちょさんが愛する「伊吹珈琲店」は魚の尾の下にある

 

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ミルクを入れても薄まらず、しっかりコーヒーの味がするアイスカフェオレ。モーニングにはたまごトーストサンドがついてくる
 

人生を変えたラジオ番組「サイキック青年団」



そんなぶっちょさんが「なんば」と関わりを持つこととなったのは、ある伝説のラジオ番組がきっかけでした。

 

ぶっちょ『誠のサイキック青年団』です。僕の人生を変えた番組でした

 

「誠のサイキック青年団」。それはABCラジオで1988年~2009年まで放送された深夜ラジオ番組。タレントの北野誠さんと作家の竹内義和さんが、政治、経済、芸能、怪談、サブカルチャー、下ネタに至るまで幅広い分野の話題を採りあげました。その切り口は鋭く、多くの熱狂的なリスナー「サイキッカー」を生みだしたのです。

 

ぶっちょ「サイキック青年団を聴いているうちに、自分もサブカルの世界に近づきたくなって、パーソナリティだった北野誠さんが所属する松竹芸能に入ったんです。当時、松竹芸能の寄席小屋がなんばにあったので、そこへ通うことになりました」

 

そうして2004年、ぶっちょさんは松竹芸能の所属に。さらに同番組のもうひとりのパーソナリティである作家の竹内義和さんに師事します。「ぶっちょカシワギ」と命名したのは、師匠の竹内さんなのです。その後、ぶっちょさんは芸人として快調なスタートを切ります。

 

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「ぶっちょカシワギ」の名付け親である作家の竹内義和さん

 

ぶっちょ「松竹芸能は芸人さんの事務所です。僕自身は自分は芸人だという気持ちはなかったんですが、見た目のキャラクターもあって、運よく一年目から仕事を貰えたんです。デビューしてまだ間もないのにCMに出演したり、TKOさんや、よゐこさんのライブにも出させてもらえたり。芸人さんを目の当たりにして『やっぱりすごいな』と思いましたね。憧れだった北野誠さん、TKOさん、よゐこさん ますだおかださん、売れてる人ほど色気があって、やさしいんです

 

「自分で自分の劇場を持ちたい」

 

順調に売れっ子への階段をのぼっていったぶっちょさん。しかし、もともとサブカルチャーへの憧れが芸能界をこころざした動機であり、いわゆる寄席には、残念ながらそれを見出せなかったのだそう。



ぶっちょ「いまはなき『ど真ん中ホール』『B1角座』があったころですね。先輩の皆さんにはたいへんよくしていただいたのですが、『自分の居場所はここじゃないな』という気持ちが日増しに強くなっていました。いま“事故物件住みます芸人”として注目されている松原タニシからは当時『5年は続けよう』と励まされていたのですが、僕はもう、違うことがやってみたい気持ちでいっぱいになっていました」

 

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著書「 事故物件怪談 恐い間取り」が8万部のベストセラーとなった”事故物件住みます芸人”こと松原タニシ

 

「サブカルチャーが好き」「違うことをやってみたい」。そのためには自分自身が劇場を持つ必要がある。それは、ぶっちょさんが青年実業家として名を馳せる第一歩を踏み出すことを意味していたのです。

 

ぶっちょ「松竹芸能を辞めたあと、竹内義和さんの元で『ウィングエンターテイメント』というサブカル専門劇場の運営にたずさわり、そこでのノウハウをもとに2009年に『なんば白鯨』をスタートさせたんです」

 

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自分を表現したい人のためにステージがあるBAR「なんば白鯨」をオープンさせた。これがぶっちょさんのお店、第1号となる

 

それまで関西にはなかったトークライブに特化したライブシアター「なんば白鯨」。ここに多くの芸人、ミュージシャン、パフォーマー、なんだか分からないけれど「とにかく自分を表現したい」、そんな気持ちがアツアツな人々がここに集いました。

 

ぶっちょ「最初の2年はクソほど大変でした。ブッキング、出演、PA、ドリンク出しと受付、ぜんぶひとりでやっていましたから。朝5時まで毎日バー営業をやっていて、土日は昼間も営業をしていました。毎日2時間しか眠る時間がない。忙しすぎて、さすがに体重が100キロを切るくらいまで痩せましたね(笑)。ただ眠れないことは、つらくはなかった。毎日、新しい出会いがあって楽しかったですから」

 

なんばは「がんばったぶんだけ人とつながれる街」

 

ぶっちょさんは「なんば白鯨」オープンからの2年間で「地図が塗り替わる感覚があった」と言います。また「がんばったら、がんばったぶんだけ、人とつながれる」と感じたとも。ライブバーという表現の場をつくることで見知らぬ人と人とが結びつき、新たな親交、新たなイベント、新たなチームが次々と誕生していったからです。 

 

ぶっちょ「人との出会い、人と人とのつながりが、カルチャーを変え、街の姿すら変えてゆくんだと実感しました。人が集まる場所をつくることがいかに重要であるか、なんば白鯨を開いて本当によく分かったんです」

 

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ぶっちょさんは、人と人とのつながりのなかでもうひとつ、「なんば的」な商いの神髄にも触れたと言います。


ぶっちょ「ビジネスのコツは、僕だけが得をしないこと。自分が得しないことにどれだけ金が使えるかですよ。すぐに金にはならないけれど有益なものってあるんです。なんばは僕に、それを教えてくれた街ですね」

 

「なんば白鯨」の経営経験から「人が集まる場所をつくることの重要性」をひしひしと感じたぶっちょさんはその後、店長を別の人に任せながら、なんばにさらなる2店舗目、3店舗目へ「表現の場を増やす」ことに尽力してゆくことに。 こうしてオーナーとして現在に至るのです。


それにしても、モンスター級に独自性を発揮した人々が集う店を何軒も経営し、さらに増やし続けているなんて、並大抵の精神力ではないのでは。

 

ぶっちょなんばだから、やれたのかもしれないですね。なんばにいる人たちはみんなキャラクターがたっている。人間性がむきだしなんです。そこが僕には魅力的で、その人たちが自分を表現できる場を提供したかったんです」 

 

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何軒おしゃれなビルが建とうと、なぜか洗練された街になりきれない、なんば。でもその不器用さが愛おしく、ひと肌のぬくもりを感じます。

 

それは、ぶっちょさんが言うように「人と人とのつながり」を「すぐに金にはならないけれど有益なもの」として、この街の人々が大事に思っているからなんだろうなと、僕は感じるのです。

 

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著者:吉村 智樹

吉村智樹

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫 美と伝統を訪ねる』(KBS京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。

Twitter:@tomokiy Facebook:吉村 智樹