関西に住み、住んでいる街のことが好きだという方々にその街の魅力を伺うインタビュー企画「関西 私の好きな街」をお届けします。
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今回は、桂駅から徒歩圏内に雑貨店を営むトノイケミキさんに、この街の魅力をうかがった
居住者に桂の魅力を聞いてみた
関西に住む人々に、想い入れがある場所への愛を語っていただく連載「関西 私の好きな街」。今回スポットをあてる街は、京都の「桂」(かつら)です。
京都の「桂」は、「住みたい街ランキング2018関西版 京都府民ランキング」において第1位を獲得した街。阪急京都線の特急停車駅であり、京都・大阪両方面への交通利便性が高く、生活に便利な街として票を集めたようです。
「桂」といえば、いにしえの時代は貴族の別荘地。江戸時代には皇族の別邸が造られ、明治時代になるとそこは「桂離宮」と呼ばれるようになりました。桂離宮では中秋の名月の日に歌が詠まれたことから、いつしか桂は、「お月見の名所」と呼ばれるようになったのです。
駅周辺は、長いあいだ茶畑が広がっており、人々が移り住むようになったのは国道9号線が制定された昭和27年以降。住宅地としての歴史は浅く、京都らしい古い町家はほとんど存在しません。道路は広々と整備され、駅前は西口・東口ともに商業圏が広がっています。
桂が宿場町だった時代の名残が、かろうじて「樫原(かたぎはら)本陣跡」周辺に見受けられる
今回はそんな桂の魅力を、この地で『雑貨店おやつ』を営む、店主のトノイケミキさんにおうかがいしました。
素朴な和菓子、雄大な桂川の眺め、ゆったりとした時間が流れる
トノイケ「私は40歳まで京都の四条大宮というにぎやかな街に住んでいました。引越しを考えるまで、桂という街をあまり意識したことがなかったんです。ところが実際に住んでみたら、もう……最ッ高だったんです」
桂を「最高」と絶賛するトノイケさんは、桂駅の東口から線路沿いに北へ2分という至近距離にて『雑貨店おやつ』というお店を開いています。
また、これまで『カナリア手帖 ちいさな雑貨屋さんのつくり方』『雑貨店おやつへようこそ 小さなお店のつくり方つづけ方』(ともに西日本出版)という雑貨店の開業にまつわる本を2冊上梓。いいことだけではなく苦労する部分もリアルに描かれたこの本は、「いつか小さなお店を開きたい」と夢みる人たちにバイブル的に読み継がれています。
駅東口から線路沿いに北へ2分にある「雑貨店おやつ」
店主のトノイケミキさん
6坪の店内はトノイケさんがセレクトした雑貨がいっぱい
トノイケさんの著書は、開業を夢見る人たちに読み継がれるロングセラー
そんなトノイケさんは桂に腰を据え、今年で7年目になります。
トノイケ「これ、どうぞ」
トノイケさんが、「かつら」とご当地名が焼き印されたお饅頭と、「麦代餅」(むぎてもち)という細長いお餅など、いくつかの和菓子をテーブルへ運んできてくれました。
桂の老舗「中村軒」の和菓子。お饅頭には「かつら」の焼き印
トノイケ「桂川のほとりに建つ『中村軒』の和菓子です。和菓子が好きでいろいろ食べくらべてみたのですが、ここのは食感がほこほこしていて絶品なんです」
桂離宮の南に位置する「中村軒」は創業明治16年。いまだに小豆を「おくどはん」(京都弁で、薪を使うかまどのこと)で炊いています。田植えどきの間食として片手で食べられる形状となった麦代餅ほか、庶民的で素朴な味わいがたまりません。
創業明治16年の「中村軒」
トノイケ「和菓子を買った帰りに、桂川の流れを眺める時間も好き。川風が爽やかだし、春は河川敷に桜が咲き誇るので、見とれてしまいます。繁華街である河原町から数えてたった5駅目とは思えない自然の豊かさなんです」
鮎もとれるという一級水系「桂川」
春は桜が楽しめる桂川河川敷(トノイケさん撮影)
「身体ではなく、こころに必要な雑貨」が並ぶ店
桂の魅力をうかがいながら、「おやつ」の店内でほっこりといただくおやつは格別なお味。ところで、スイーツの店ではないのに、なぜ店名が「おやつ」なのですか。
トノイケ「うちの雑貨って『生活に必要かな、どうなんかな』っていう、境目にあるものが多いんです。例えるならば、それは『おやつ』なんです。おやつは究極、食べなくても生きてはいける。けれども、あると気分が豊かになるでしょう。おやつって、身体ではなく、こころに必要なものだと思うんです」
「こころに必要な雑貨」
確かに「おやつ」の6坪には、生活必需品とまでは言えないけれど、あるとなんだかうれしくなるものが愛らしくディスプレイされています。
店内は、おやつのように「あるとうれしい」雑貨がいっぱい
作家さんの一点ものも数多くそろえる
「ちょっとした贈り物」として購入する人も多い
「箱」の品ぞろえが豊富なのも特徴。「箱、好きなんです」とのこと
なかでも目を引くのが葉書きやレターセットが多種多彩なこと。
トノイケ「手紙を書くのが好きなんです。いまだに文通してるんですよ。インターネットの時代には考えられないスローなやり取りですが、このゆったりしたペースが私には合うみたい」
「いまでもまめに手紙を書く」というトノイケさん。レジのすぐ隣が手紙のコーナー
トノイケさんが選んだやさしいデザインの葉書やレターセットもたくさん
郵便だったり、手渡しできる小さな贈り物だったり、トノイケさん曰く「ちょこっとした幸せ」を感じる品々が、ここには並んでいるのです。それは幼いころに3時のおやつを楽しみにしていた、あのわくわく感そのもの。そして「文通のようなゆったりしたペース」は、桂の街のリズムなのだともおっしゃいます。
トノイケさんのトレードマークのニット帽は、日本で唯一、編みから帽子への加工まで一貫してつくっている熊本の工場の逸品。「おやつ」でも購入できる
野菜は新鮮、子育てにも適した環境
では、トノイケさんが桂を選んだ理由は、なんだったのでしょう。
トノイケ「“たまたま”でした。子育てをしながら雑貨店を商える場所を探していたんです。それなら駅から近いほうがいい。そうして見つけた物件が、たまたま桂にあった。桂を選んだ理由は、それだけだったのです。物件を探すまで桂にはさほど馴染みがありませんでした。ところが桂を選んで……これが正解だったんです」
トノイケさんがことのほか好感をいだいた「桂」。気に入ったのには先ず、生活に密着した理由がありました。
トノイケ「烏丸(からすま)の繁華街まで特急でわずか6分で着くアクセスのよさ。それでいて家の周辺には田畑が多く、軒先でお野菜を無人販売しているお宅もたくさんあります。安くて採れたて新鮮な野菜が買えて大助かりです。ほかにも、高い建物がなく、空気が澄んでいておいしいところも好き。お月見の名所だけあって夜空もきれいなんです」
農地が多く生産者が多く住む桂。街角のいたるところにフレッシュな青果の無人販売が見受けられる
「住宅地のなかにいても田んぼや畑の緑を感じられるのがいい」とトノイケさんは語る
トノイケさんが言うように、それまで都心を走っていた阪急電車の車窓の風景が、桂川を越えると一気に変わります。西に松尾山や嵐山を望む、緑に恵まれた眺めになるのです。
そして、トノイケさんが桂に惚れた最も大きな理由は、学童に対する住環境のよさでした。桂坂ニュータウンなど新興住宅地に若い家族が多く移住しているためか、駅周辺の徒歩圏内だけでも「京都市立桂小学校」「京都市立桂東小学校」「京都市立川岡小学校」と小学校が3つもあるのです。少子化で小学校の統廃合が続く京都市において、桂は「子育てに好ましい環境」と言えるでしょう。
トノイケ「子どもどうしでゴム飛びやかくれんぼをして遊ぶ姿なんて、桂に引越してくるまで久しく見ていませんでした。カルチャーショックでしたね。うちには11歳になるひとりっこの娘がいるのですが、桂に引越してきてからお友だちがたくさんできたようで本当によかったです」
児童公園が多く、親子で遊べる場所がたくさんある
朝7時から焼き立てパンが並ぶ
そんなふうに、桂に根をおろしながら雑貨店を営むトノイケさん。住むうちに気がついたのは「おいしいパン屋さんの多さ」。
トノイケ「桂は、いいパン屋さんがたくさんあるんです。しかも、どのお店も異なった個性があるので、『今日はハード系が食べたいからあそこ』『今日は柔らかいパンにしよう。ならばあそこ』と、気分によってうかがうお店を変えられるのもありがたいですね」
数あるパンの名店のなか、トノイケさんが「親子で大好き」というのが、住宅街のなかにある『ぱん屋 さん。』。「さん。」が店名です。
トノイケさんが「昔懐かしい味がして好き」という「ぱん屋 さん。」
トノイケ「朝7時から開けていらっしゃるんです。開店と同時においしそうなパンがずらっと焼きあがっていて、見ているだけで楽しい。朝7時に焼きたてのフランスパンが買えるなんて最高ですよ」
店内は、味噌カツパンなどの総菜系をはじめ、品ぞろえはふんだん。ご家族で次々と焼きあげてゆきます。なかには「あんチーズ」なる、あんことチーズを和えて焼いた珍しいものも。
パンからはみだすほどチーズとあんこがどっさり入った「あんチーズ」
パン職人の店主、渡世進(わたせ すすむ)さん曰く、
渡世「あんチーズは『甘じょっぱいパンって意外とないよな~』っと思ってつくりました。拒否反応を示す方もおられるので無理には勧めません(笑)」
あんことチーズ、どうなんだろう……。申し訳ないですが不安に思いながらおそるおそる食べてみると……「うわ! これおいしい!」。意外なマッチングに驚き。こういうお宝に巡りあえるのも地元のパン屋さんならではの魅力ですよね。
「店名がなぜ ”さん。” なのかですか? カタカナの名前だと僕が憶えられないので」と笑う渡世さん
おしゃれなメガネがズラリ。次世代が街の様子を変えてゆく
日ごろからハンドメイドの雑貨を吟味しているだけあり、トノイケさんのおメガネにかなう店は、とてもすてきです。「おメガネ」と言えば、トノイケさん、実は眼鏡をかけはじめたのは桂に転居してからなのです。
トノイケ「それまでコンタクトレンズでした。でも『眼鏡屋MuRA(ムーラ)』さんの商品に出会ってから、メガネをかけてみたくなったんです」
『眼鏡屋MuRA』は、創業30年になる家族経営のお店。娘の中村紗也佳さんが8年前に店長となり、バリエーションを新たにしました。
中村「眼鏡の産地である福井県の鯖江市へできるだけ通い、工房の人たちがどういうお仕事をされているのかを分かったうえで仕入れています。アーティスティックなものも置いていますので、きっとお好みの眼鏡をお選びいただけると思います」
自ら眼鏡の工房へ足を運んで確かなものを選ぶことが多いという「眼鏡屋MuRA」の中村さん
デザインの幅が広く、ついついいくつも欲しくなってしまう
トノイケさんは、中村さんがセレクトする眼鏡のデザインセンスが気に入り、コンタクトレンズから眼鏡へとイメージチェンジをはかりました。トノイケさんが営む『雑貨屋おやつ』でもMuRAの商品を置くこともあるのだとか。
横のつながりを強くした地域イベント「桂ヴィレッジフェス」
ふたりの出会いは、4年前から始まった桂の地域イベント『桂ヴィレッジフェス』。トノイケさんは、この催しの実行委員を務めています。
中村「これまで異業種や地域の方々との交流って、考えたこともなかったんです。そんなとき『桂ヴィレッジフェス』というイベントが起ち上がることを知り、好奇心から『気になる~。私も参加したいです!』と、トノイケさんにお声がけしたのが最初です」
意気投合したトノイケさんと中村さんは、イベントが終わったあとも、こうして交流を続けています。
現在の桂を語るうえで、トノイケさんが創立メンバーの一員であるこの『桂ヴィレッジフェス』の存在は、とても大きく、桂エリアのさまざまな商店や工房、作家さん、職人さんたちが出店し、ワークショップや音楽ライブ、ダンスなどで盛り上がるこれは、京都市内で開かれる地域イベントの代表格のひとつとして名を馳せています。
『桂ヴィレッジフェス』が幕を開けたきっかけは、アンティーク着物のレンタルや販売を行う「宮川徳三郎商店」の宮川徳三郎さんとの出会いにありました。
アンティーク着物のレンタルや販売、和小物を扱う「宮川徳三郎商店」
宮川徳三郎さんは「宮川呉服店」の四代目。祖父の代で現在の桂駅前へ店を出し、代々60年に渡って桂とともに在り続ける、言わば「ミスターKATSURA」。
トノイケ「私が桂に店を出してまだ右も左も分からなかったころ、宮川さんがひょっこりと訪ねて来てくれたんです」
宮川「新しくできたお店が雑貨屋さんだと聞いて、『それはぜひともお知り合いになりたい』と思ったんです。きっと、ともに楽しいことができる人なのではないかとピンときまして」
それまで異業種が結びつくことがほとんどなかったという桂。ふたりは賛同者を募り、地元寺院の境内での、子どもからお年寄りまで楽しめる秋のお祭りを計画することとなりました。
四代目となって「新しいことがやってみたい」と考えていた宮川さんは、桂へやってきたトノイケさんと意気投合した
宮川「桂は昔『桂村』と呼ばれる農村でした。なので、往時のようにのどかな秋祭りになるように『桂ヴィレッジ』と名づけたんです。でも、1回目はたいへんでしたね。なんせ前例がありませんでしたから」
トノイケ「みんなでがむしゃらにがんばりました。職人さんに『ワークショップとはなにか』を説明するところから始めました」
宮川「宣伝のしかたも分からなかった。どこまで宣伝したらお客さんが来てくれるのか見当がつかないんですよ」
なにもかもが手探りの状態ではじまった桂ヴィレッジフェス。しかし、当日は当初の予想500人を大きく裏切る1500人もの来場者が訪れ、大盛況。
いまや桂の秋の風物詩となった「桂ヴィレッジフェス」
トノイケ「あの日の成功があってから、横のつながりがとても強くなったんです。桂はいま、とても面白いと思いますよ」
4年目を迎える2018年は、あえて会場を特設せず、お客さんが各店舗をめぐるアラウンド方式にチャレンジするという桂ヴィレッジフェス。静かに時を刻む桂ですが、そのなかにあっても、型にはまらない、新しいクリエイティブの息吹きを感じてやみません。
「桂はいま、とても面白いですよ」と語るトノイケさん
トノイケさんの著書『雑貨店おやつへようこそ 小さなお店のつくり方 つづけ方』に、このようなくだりがあります。
「急がないけれど重要なこと」は今の自分にとって何なのか。実はこれが自分の人生や店の将来を変えていく。
桂は、のんびりとした雰囲気に包まれ、「急ぎ」が似合わない街でした。けれども、
「急がないけれど重要なこと」が、ここにはたくさんある。
そんな気がしたのです。
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