「西宮北口」はいろんな人が交差して、羽ばたいてゆく街 【関西 私の好きな街】

取材・執筆: 吉村 智樹 

関西に住み、住んでいる街のことが好きだという方々にその街の魅力を伺うインタビュー企画「関西 私の好きな街」をお届けします。

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西宮北口駅2Fコンコース中央にある「カリヨンの鐘」。1日に4回、さまざまな童謡や唱歌が流れる

住みたい街ランキング 関西版第1位の「西宮北口」。居住者はどう見る?


「西宮北口は僕にとって『いろんな人たちが交差してゆく街』ですね。転勤族が多いし大学がいくつもあるから、全国からたくさんの人たちがやってくる。そのぶんほかの街へ羽ばたいてゆく人もいる。子どものころから『世の中には、いろんな人たちがいるんだなあ』と感じていました。その多様性こそが西宮北口の魅力だと思います」


生まれも育ちも西宮北口、生粋の「ニシキタっ子」である市田響(いちだ ひびき)さんは、そう語ります。


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今回お話を伺ったのは、生まれてからずっと「最寄駅は西宮北口」という施設職員の市田響さん(26歳)


みんなが選んだ住みたい街ランキング2018 関西版」で、関西の「住みたい街(駅)ランキング」の第1位に輝いたのは、兵庫県の「西宮北口」

「ニシキタ」の愛称で親しまれ、兵庫県のみならず他府県民からも圧倒的な支持を集めたこの「西宮北口」。

阪急電車の特急を利用すれば大阪の阪急梅田駅へ約13分、反対方向の神戸三宮駅へもおよそ14分で到着するという利便性のよさ。これは、お勤めの方や学生にはたまらない魅力ポイント。

さらに「西宮北口」駅には超メガサイズなうえにハイセンスなショッピングセンター「阪急西宮ガーデンズ」が横たわり、買い物も存分に楽しめます。


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駅の南東に260を超える店舗が集結した西日本最大級のショッピングモール「阪急西宮ガーデンズ」


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駅の北東側には、こちらも広域な商業ビル「アクタ西宮」がそびえたつ


でも……ニシキタの魅力って、果たしてそういった「便利さ」「おしゃれ感」だけなのでしょうか?

生まれてから今日までずっと変わらずこの街で暮らし続ける市田さんに「居住者から見たニシキタの魅力」をお伺いしました。

通勤に往復4時間かかっても「西宮北口から離れられない」

市田響さんは26歳。知的障がい者施設の職員をしていらっしゃいます。施設がある大阪の泉州地域まで、毎日なんと往復4時間もかけて通勤しているそうです。


市田「よく『そんなに時間がかかるなら大阪に引越せばいいのに』と言われるんです。けれども西宮北口から離れることは考えられない。この街に帰ってくると、ほっとするんですよ」


「たとえ通勤に4時間かかっても西宮北口から離れられない」という市田さんは、施設職員のほかにもうひとつ、「徘徊(はいかい)写真」という独特なスタイルのフォトグラファーとしても活躍中。

街の色褪せた貼り紙や、道端に落ちているものなど、何気ない日常に潜む哀愁をシャッターで切り取っており、写真集『徘徊写真あるいは、』も上梓されています。


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誰も目を向けないような街中の風景をレンズで切り取った写真集『徘徊写真あるいは、』


市田「高校時代は隣町まで通い、学校が終わったあとは街をぶらぶら散歩するのが日課でした。放課後にひとりでふらりと純喫茶や蕎麦屋さんに入るなど、十代にしてはませた時間の過ごし方をしていましたね。そして誰かに見せる目的もなく、徘徊のさなかに入った店のマッチ箱や箸袋をファイリングしたり、写真で記録を残し続けたりしていました」


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「徘徊」するうちに溜まっていったマッチ箱のコレクション


「徘徊写真家」としてメディアに取り上げられる機会が増えた市田さん。まぼろしのような景色をカメラで描きだす独自な作風は、思春期にあてなく「街ぶら」した無為な日々から生みだされたものだったのです。

日本中から人々が集まってくる「転勤族」の街

市田さんが西宮北口エリアの特徴に気がついたのは、幼稚園児のころ。


市田「うちの近くにNTTの社宅があったり、大きな企業の支社があったりするので、街には全国から引越してきた転勤族が多く住んでいたんです。そのため僕が通う幼稚園には日本中から子どもたちが集まっていました。いろんな方言も初めて耳にしました。友達の家へ遊びにいくと、ご家族がみなで新潟弁を話していて、おさなごころに『日本にはいろんな人がおるんやな』と感心しました。みんなでゲームをやっていても、飛び交う言葉がそれぞれ違っていて、おもしろかった。そういった多様性に触れられたのがよかったです」



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市田さんが通っていた西宮市立「高木幼稚園」


市田さんは、全国から子どもたちが集まる幼稚園に通い「視野が広がった」といいます。そして日本の津々浦々から訪れる人々を排斥しない風通しのよさも西宮北口の大きな魅力だと。


市田「西宮北口には、よそからやってきた人たちを受け容れる気風がある。閉鎖的じゃないんです」


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幼少期の市田さん。後方は再開発ビル「アクタ西宮」建設中の様子

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現在の「アクタ西宮」。2棟のビルがそびえる大型のショッピングモールに


中学校へ進学後、インターネットに溺れる

しかし……それほどボーダレスな感覚に富み、誰をも認める心意気がある西宮北口のなかでなお、当の市田さん本人は中学校へ進んだのち、なぜかドロップアウトしてゆくのです。


市田西宮北口は教育に対する関心が高い街なんです。親御さんが教育熱心な方が多く、駅前には塾や予備校が建ち並んでいます。国公立大学を目指して猛勉強する子どもたちもたくさんいるなかで、僕は中学校の授業についていけず、落ちこぼれになりました」


授業についていけず成績が下がり続けた市田さん。そのいたたまれなさから次第にクラスメイトたちと距離をとり、居場所をインターネットのなかに求めはじめたのだそう。


市田「学校が終わって家に帰ると、すぐにインターネットの某掲示板に入り浸る。そんな毎日を送るようになりました。友達と遊ぶより、巨大掲示板にいる匿名の大人たちと議論するのが好きな中学生でしたね。そうやって精神的に成熟していったんでしょう。考え方が大人びてゆき、同級生たちからは『おっさん』と呼ばれるようになりました。そうしてだんだん会話がかみあわなくなり、さらによそよそしい関係になっていきました」


インターネットのなかでは年長者をものともせず喝破してゆく半面、リアル世界では教室の片隅で孤独感にさいまなれ、放課後にひとりで古書店へ立ち寄るのが楽しみな程度の、うつろな中学時代を送っていたといいます。


さびしい学校生活を激変させた「アニメ作品」

そんな市田さんの鬱屈(うっくつ)したスクールライフを一変させたのが、高校に進学して出合った、あるアニメ作品。そしてそのアニメは西宮北口という街があったからこそ生まれたものでした。


市田『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメに、洗礼と呼んで大げさではないほどの影響を受けました。この作品は西宮北高校がモデルで、駅前の公園や『スポーツドームかわらぎ』『珈琲屋ドリーム』など、現実に存在するお店や施設がそのまんま出てくるんです。地元愛にあふれた作品でね。僕自身もハルヒと出合ったことで西宮北口を改めて見つめなおすきっかけになりました」



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西宮北口のあちこちに立てられた飛び出し坊やならぬ「飛び出しハルヒ」


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『涼宮ハルヒの憂鬱』にも登場する「スポーツドームかわらぎ」


「涼宮ハルヒの憂鬱」に激ハマりした市田さんは、作中でモデルとなった場所をめぐりはじめたのだそう。「徘徊」がライフワークとなっていったのは、ハルヒから感化された部分もあったようです。


市田「ハルヒは、サブカルチャーの要素があるのがいいですね。YouTubeと連動してダンスが流行したり、実際の西宮の街を『巡礼』できたり。アニメとネットとリアルの境界をつなげているというか壊しているというか。アニメがアニメにとどまらず多彩なカルチャーを生みだしているのを感じました」


市田さんは現在もときどき、作中に登場する「珈琲屋ドリーム」(現在は移転後の新店舗)へおもむき、長門有希(情報統合思念体によってつくられた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース)が飲んだメロンクリームソーダを注文し、往時を振り返ることがあるとのこと。


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『涼宮ハルヒの憂鬱』に登場する「珈琲屋ドリーム」のメロンクリームソーダ。もともとメニューにはなかったが、作品のファンたちから望まれ正規メニューに昇格した


市田「サブカル的なものを好むようになったのは父親の影響が大きいです。父親はもう70歳になるんですが、当たり前に初音ミクを聴くような人で、新しい音楽や漫画や小説は父親から教えてもらうことが多かったんです」


お父さんは幼いころの市田さんに「つげ義春」などガロ系の漫画を薦めるなど先鋭的な感覚をもった人なのだそう。


大切なことは、大学の授業よりも西宮北口のバーで学んだ

市田さんには”もうひとりの父親”といえる、サブカルチャーやアートを開眼させるきっかけとなった恩人がいました。

それが2016年3月27日に永い眠りについた坂出達典(さかいで たつのり)さん

坂出さんは「西宮北口」駅前に建つエトールVビルの4階に、亡くなった同年まで「メタモルフォーゼ」というバーを営んでいた現代美術作家です。


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「西宮北口」駅前に「メタモルフォーゼ」というバーを開いていた現代美術作家の坂出達典さん


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お亡くなりになった現在も店の名残りのプレートが遺っている


市田「大学に入ってから、いまはなき『メタモルフォーゼ』に通うようになりました。天井から椅子がぶらさがっていて、ブライアン・イーノの環境音楽がずっとループしていて、アバンギャルドな雰囲気にすっかり惹きこまれました。偉大な芸術家たちに愛されたお酒『アブサン』を初めて飲んだのもこの店。お客さんは……いつも僕ひとり。カウンターの同じ場所に座り、坂出さんが語る阪神間モダニズム*1や具体*2の話などを、独り占めで聞いていました。本当に楽しかった。『西宮にそんな文化があったんや』って」


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いまはなき「メタモルフォーゼ」。天井から椅子がぶらさがるなど混とんとしたムード


大学に進んでもあいかわらず友人が少なかったという市田さん。年の離れた坂出さんが語る、さまざまな美術家たちのエピソードは、どれもきらきらと輝き、心の栄養となっていったようです。


市田「坂出さんはおけに入れたスプーンを床にバーンと投げて音を出すノイズパフォーマンスなど、即興性のある表現活動をしておられました。僕はそれまで現代美術というものを知らなかったので、坂出さんの表現や話してくれることがらがなにもかも新鮮で。だから閉店時間までずっと居座って、店を閉めてからも一緒に帰るなど『できるだけ多く話を訊きたい』と思っていたんです」


「君、孤独やな。俺も孤独やねん」

大学の授業に比肩する、いやそれ以上に大切な話を西宮北口の一軒のバーで傾聴していた市田さん。坂出さんの言葉には、特に想い出深いものがあるのだとか。


市田「メタモルフォーゼに通って何回目かのとき、坂出さんが僕にやさしく『市田くん、君、孤独やな。俺も孤独やねん』とおっしゃったんです。見抜かれていたんですね。そしてその言葉を受けて『あ、ここにいてもいいんや』と、ほっと安心できたんです。止まり木を見つけられたというか。そしてある日、僕が気落ちをしているときに『生きてたら、ええことあるよ。君はそのままでええ。写真でもなんでも続けていたら、そのうちええことあるよ』とおっしゃってくださって、励みになりました」


「君はそのままでええ」


その言葉は市田さんにとって、まさに「メタモルフォーゼ(変身)」への転機となりました。坂出さんの言葉に背中を押されたかのようにその後、写真集を発売し、写真展を成功させた市田さん。それだけに、完成した写真集を手渡せなかったのが「心残り」だとも。


市田「ご病気で店を閉められたあと、たまたま駅前の自転車置き場で再会したんです。僕の顔を見て『店はまた開けるからな。ほなな~』とおっしゃった言葉が最期でした。ひょうひょうとされていて、ふわ~っとこの世から去っていかれて……。いまも『もしかしたらいるんじゃないか?』と思ってメタモルフォーゼがあったビルを覗くこともあるんです」


西宮北口の魅力は、やはり「便利さ」「おしゃれ感」だけではなかった。自由に生きた人々がいて、そんな風来坊たちを肯定する度量。それがこの街の美質なのだ。僕はそう感じました。

コスパよすぎ! 具だくさんの絶品スープ

ニシキタの自由なムードは市田さんがインタビュー場所に指定したメキシカンアート&カフェ「エル リンコン デ アリシア」にも表れていました。


市田「ここの日替わりスープ(400円 税込)が好きで。仕事が終わって、2時間かけて西宮北口に帰ってきて、こちらの温かいスープを飲むと疲れが取れて生き返るんです。コーヒー1杯分の値段でこんなに具だくさんなスープがいただけるなんて信じられないですよ」



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メキシコのおふくろの味「ソパ・デ・トラルペーニョ」


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「仕事から疲れて帰ってきても、ここのスープを飲むと元気が回復する」のだそう


今日のスープは「ソパ・デ・トラルペーニョ」(トランタンの鶏のスープ)。豆やズッキーニなど野菜もふんだんに入り、栄養満点。

ママのキタムラ・アリシア・クニコさんは、メキシコのダンスや音楽が好きで、5年間メキシコで暮らし、そこで家庭料理を学んだのだそう。

「日本でメキシコ料理として知られているものは、実はアメリカのファストフードなんです。この店では本場の家庭料理を味わってほしい」(キタムラ・アリシア・クニコさん)


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店内はメキシコ現地で買い付けた雑貨がいっぱい


料理だけではなく雑貨も音楽も現地調達。関西でありながら無国籍な雰囲気がある西宮北口にふさわしいお店です。

西宮北口は「人生の交差点」「孤独な者にもやさしい」

最後に市田さんに「西宮北口でもっとも好きな場所はどこですか」と尋ねると、意外にも指さしたのは、はた目にはごくごく平凡な小さな駅前広場でした。


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市田さんが「西宮北口で特に好きな場所」だと指さしたのは、なんの変哲もない駅前広場


市田「ここに立って、人々が交差してゆく姿をぼんやり眺めるのが好きなんです。いろんな場所から、いろんな人たちがやってきて、また去ってゆく。人生の交差点というか。ここが最もニシキタらしい場所やないかな。行き交う方々のなかには僕のように孤独な人もいるやろうけど、そんな孤独な者にもやさしい。西宮北口って、そういう場所なんですよね」



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「人生の交差点」「孤独な者にもやさしい」

市田さんのその言葉に、なぜ西宮北口が兵庫県民のみならず他府県からも支持を集めているのか、改めてその理由がわかった気がしました。


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著者:吉村 智樹

吉村智樹

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫 美と伝統を訪ねる』(KBS京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。

Twitter:@tomokiy Facebook:吉村 智樹 

*1: 大正から昭和初期にかけ、大阪と神戸の間の地(主に西宮市、芦屋市、尼崎市)に起きた芸術運動。かつては別荘地だった西宮に、関東大震災をきっかけに移り住んだ文化人たちや企業経営者が芸術性に富んだデザインの建築物を数多く建てた。

*2: 関西における前衛芸術の先駆者だった吉原治良をリーダーに結成された、およそ60名による作家グループ。後年は紙を突き破るパフォーマンスで名を馳せた西宮市在住の村上三郎が中核メンバーとなっていた。