「まだ帰りたくない」ブルーグレーの街・福生にいまも鳴る音

著・撮:横田大

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2001年、20歳の夏。初めてライターとして就いた制作会社は、風邪を口実に休んだまま辞めてしまった。本当は休む前日に、当時の社長に「お前の仕事は給与と見合っていない」と謗られたからだ。

 

たいした給料はもらっていなかったし、当初は「この仕事は売上じゃなくて、うちの実績としてやりたいものだから。専任のライター職を置くのは初めてだけど、がんばってほしい」そう言われていたはずだったのだが……。

 

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――久々に福生に帰って地元の駅から16号へ。まず最初に思い出したのは、そんな苦い記憶だった。

 

いま思えばおそらく、たんに僕の実力不足だったのだろう。ひょっとするとあずかり知らぬところで、クライアントに文句を言われていたのかもしれない。

 

担当していたのは、いまも古参だが人気を博すWebメディアの前身。両社、気合の入ったプロジェクトだった。でも僕はといえば、文章もろくすっぽ書けないのにこだわりだけは人一倍強かったし、出した企画は1つも採用されなかった。

 

 

夢は音楽ライター。友人たちと夜な夜なフリーペーパーをつくり、レコードショップやカフェを周る日々。古本屋で音楽誌やカルチャー誌ばかりを買い漁り、ライブハウスで安酒にまみれ、音の渦に耳をすませていた。

 

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雑誌の中のミュージシャンはいつだって、キラキラと輝いて見えた。中程にある白黒のページでは、名物ライターたちのコラムが踊っていた。ただそれらはいつも、どこか遠い世界の出来事のようだった。音楽はこんなにも自分の近くにあるのに……。

 

――だけど、「きっとライターでさえいれば、いつか音楽ライターになれるはず」そんな夢は、想像以上にあっさりと潰えたのだった。

 

 

僕は地元・福生に戻り、友人に誘われるがままCDショップで働き始めた。「一歩でも音楽に近づきたかった」などとカッコつけていたが本当は、何も行動できていない自分の体裁を保つためだった。

 

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当時、スマホはおろか自宅にもインターネットはなかった。まだネット黎明期で……というか、金がなくてネットなんて引けなかった。住んでいたのは、かつて赤線だった場所にある3万8千円のアパート。

 

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赤線とは端的に言えば昔の風俗街だ。ガスや電気などインフラを守るので精一杯の生活。ときどきはそれすらままならず、途方にくれた。

 

 

ロング・バケイション

そんなこともあって、そのころよくあてもなく街を歩いた。福生はわりに、目的もなく街をうろついても見るものが多く、飽きないのだ。

 

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国道16号を歩けば……

 

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異国情緒漂うカフェやレストランはもちろん、

 

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日本で初めてピザを提供した「ニコラピザ」(写真上)と、トゥクトゥクが目印「カオマンガイ」(写真下)

 

軍の払い下げやアメカジの古着店、

 

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雑貨屋やインテリアショップ。昔はビンテージの楽器屋やレコードショップもあった。

 

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忌野清志郎が通い、山田詠美の小説に出てくるラーメン屋もある(僕らのソウルフードだ)。

 

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山田詠美の小説「ラビット病」にも登場する、「福実」の担々麺は一食の価値あり

 

あのかっこいいステージ衣装だって16号沿いの仕立て屋さんの仕事だし、山田詠美さんはときどき駅前の西友に出没するらしい。


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多くのアメリカ兵はもちろん、清志郎さんの衣装に始まり、東京スカパラダイスオーケストラ、横山剣、浅野忠信らが愛したテーラー「K・ブラザーズ」は、惜しくも閉店。ここでオーダースーツをつくるのが夢だった。

 

それに、ギターウルフや曽我部恵一がツアーで周る、国内屈指の老舗ライブハウスだって、


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70年代から続く老舗ライブハウス「チキンシャック」。入口付近の壁には、故郷に戻る兵士たちのメッセージが書かれた1ドル札がびっしりと貼られている

 

大瀧詠一の音楽スタジオだって(誰に聞いても詳細な場所は分からないけど)、若かりし頃のリリー・フランキーが描いた壁画なんかもある。

 

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そういや「私立探偵 濱マイク」の美術を担当した方の米軍ハウスでBBQをしたこともあったっけ。


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駐屯する兵士たちのためにつくられた「米軍ハウス」も、老朽化などで数えるほどに。写真は有志によって復元され、観光スポットとして人気の「福生アメリカンハウス」

 

ほかにも「スローなブギにしてくれ」「シュガー&スパイス〜風味絶佳〜」「ハッシュ!」「限りなく透明に近いブルー」など、多くの映画や小説の舞台になっていることは広く知られたところだ。

 

またRCサクセション、細野晴臣、真島昌利、桑田佳祐、布袋寅泰など、錚々たる面々がかつてハウスに住んでいた、という話もある。

 

――なかなか見どころのある街なのかもしれない。あらためてこうやって来てみると、そんな感慨さえ浮かびもする。

 

 

「出身は福生です。東京の端っこなんですけど……」と言うと、ピンとくる人はみな「米軍基地のあるところでしょ? 文化的な街なんだろうね」なんて言ってくれる。

 

たしかに、塀の向こうはアメリカだ。最近では16号沿いでなくとも隣町にはない一風変わった個人商店もぼちぼちある。

 

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でも、実際のこの街は、“本当の東京人”は知らない平凡な田舎街。いや平凡というのもおこがましいかもしれない。

 

みんな高校生になったら原付の免許をとり、集団で乗り回す。ゲーセンに行けば、ひょろひょろだった僕らはもれなくヤンキーに絡まれる。

 

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大人になった彼らは、こぞってでかいワンボックスカーに乗っているし、多くは若いうちに結婚して子どもがいる。ヤンキー・ゴー・ホーム。

 

遊びといえばボーリングかカラオケ。少しまともならビリヤード、という世界。そこにはカルチャーなど欠片もない。

 

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夜の街をゆけば、コンビニの前には大声で日本国憲法を叫ぶおじいさんが。また何の酒かも分からぬグラス片手に夢か幻……ひと目でカタギではないと分かるロン毛のおじさんたち。

 

はたまた、夜の蝶を連れるおらが村のお偉方、音楽を諦めきれないバンドマン、行き過ぎた若者がいれば躊躇なく蹴りを入れる警察官 etc.

 

と、挙げればきりがないが、とにかく毎晩毎晩できもしない妄想や疑いようのないつくり話を肴に酒を呑む。

 

…みんな、おんなじような顔をして。

 

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あるとき、居酒屋のカウンターで隣に座ったバンドマンが僕に言った

「とにかく音楽をやめないのがロックだよ」

「一度、レコード会社にデモテープでも送ったらいいじゃないですか」

「…そういうのはいいんだよ、商業的に成功することが目的じゃあないんだから」

 

「じゃあ、目的はいったいなんなんだよ?」どうしてこの街の人たちは、何も行動しようとしないのか。真剣に聞いているこちらがバカみたいだ。

 

――僕はかつて、この街でずっと、苛立っていた。

 

 

赤線のアパートにて

どこをどう歩いたのか。例の赤線のアパートの前に着いた。

それにしても、いつからこんなふうに街をブラつくことをしなくなったのか。途中からはそんなことを考えながら、あてもなく歩いた。


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『モヤモヤするあの人』(幻冬舎)の著者でライターの宮崎智之は、一時期アパートの上下に住んでいた

 

――とはいえ、楽しいこともあったのだ。

 

アパートの2階には、夢を同じくする幼馴染が住んでいたこともあり、僕らの部屋は友人たちの溜まり場になっていた。

例えば、恒例となっていた奥多摩のバンガローで行われる飲み会のあくる朝。

 

いい感じになった女の子とひと足先においとまして1時間、「さあ、これから……」ってときに玄関が激しく叩かれた。

 

ほどなく「横田〜っ!」と聞き馴染みのある声。昨晩までともに飲んでいた宮崎だ。

 

彼はドアを開けた瞬間、声を潜めて

「…お前さ、バンガローの鍵持って帰っただろ?」

「いや、電話してくれれば」

「いや、だってお前……」

 

そういえば僕の携帯は、料金が払えず止められていたのだった。宮崎は、抜け駆けした友の情けない姿を彼女に伝えまいと、わざわざ奥多摩から伝えに来てくれたのだった(結局バレていたけど、ありがとう)。

 

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こんなこともあった。

 

「…Damn it! HAHAHAHA〜!」ある晩、部屋で寝ていると、寝耳にコントのような英語を浴びせられて、飛び起きた。

 

息を潜めてそっと窓の外をうかがうと、そこにはひと目で白旗を上げたくなる屈強な男たちと、影絵で踊る外国人女性たち。

 

当時アパート裏の空き地には、夜な夜な明かりの灯る空き家があり、彼らはそこへ吸い込まれていった。どうやら僕の部屋は、ベースからその空き家までの近道だったらしい。

 

その後、かのホームパーティーが気になってしかたがなかったことは言うまでもない。海外ドラマに憧れる横田青年は、自分の出自を激しく恨んだ。

 

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またあるときにはこんなことも。

 

ある日仕事から帰ったら、チェ・ゲバラのTシャツを着た6人の男たちが僕の部屋をせっせと掃除をしていた。

 

「さすがにこれは、不法侵入だから!」そう言おうとした瞬間、「お前の分な」とおそろいのTシャツを手渡される。

 

男たちの正体は、翌朝から旅行の約束をしていた友人たち。不法侵入は、仕事で遅くなり翌日起きられないであろう僕を気遣ってのことで、掃除はその罪滅ぼし。ついでにゲバラTのサプライズ、というわけだ。

 

僕らは予定を繰り上げ、そのまま車で旅に出た(Tシャツはピチピチでもう着れないけれど、大事にとってあります)。

 

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でも、3年ほど経ったころだろうか。そんな仲間たちも結婚やなにかの事情で、それまでのように集まらなくなっていった。

 

僕は僕でこのころ恩師に拾ってもらい、雑誌編集の仕事をさせてもらうことになった。

 

僕はこの街に、より大きな苛立ちを感じるようになっていた。自分の夢は叶いそうだ。これは自分が行動した結果だ。なのにみんなヘラヘラして、まだ夢を肴に飲んでいるのか……。

 

ときどきは仲間にすら、そういう感情をぶつけてしまったように思う。僕は苛立ったままこの街を離れた。

 

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それからのことは長くなるので、別の機会に譲る。とにかく僕は怒りをぶつけるように猛然と働いた。音楽の仕事もした。憧れの人にインタビューもできた。いくつかはかつて描いた夢のような出来事も起きた。結婚をして、離婚もした。いつでも仲間が集まれるようにとお店を始め、ついには柄にもなく会社を起こした。

 

苛立ちもいくぶんは薄れた。でも福生に足が向くことは、ほとんどなくなってしまった。何かもっともらしいことを嘯きながら。

 

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福生にいたころ古本屋で見つけ、いつか時間ができたら……とずっと部屋に放ってあった『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、こんな一説がある。

 

“幸福な人間の顔は、みんな似ているが、不幸な人間のほうは、どれもが特別な顔をしている”

 

――10年後の僕は気付いている。

 

“東京”ではみんな「特別な顔」をしたがっている。でもこの街のそれは、次の日には忘れる酒場での戯言だ。そのせいか福生の人はみな、“本当の東京”の誰より幸せそうなのだ。

 

なんのことはない。かつて僕が苛立っていたこの街は、自分を写す鏡だったのだ。行動できていなかったのも、夜な夜な夢を肴に呑む輩も、自分自身のことだったのだ。

 

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ブルーグレーの街に添えて

蛇足だが、僕が福生のことを思い出すとき、いつもこんなフレーズが流れる。

 

 “嘘も本当も入り混ぜて 僕たちは時を泳いで行く
運ばれて来た喜びの リボンをほどいて風に投げる
それぞれの場所へ帰って行く つかの間の時を踊っている
朝がくる時はちょっとだけ あったまる胸を冷ましている

騒音が重なって寝息みたい 高速道路の横で息を吐く
君の名前を思い出したり 忘れたりする アフターアワーズ

思ってたよりもすごい早さで 全てが普通になって行く
安心しなよ 今日のねたみだって ふきだすサイダーさ
こぼれても泣かないさ

ポケットに手を入れて ステップを踏み町をゆけば
どぶ川が瞬いて意味もなく誰かに会いたくなる
鼻水をすすり 水たまりをジャンプして 
まだまだ遊び足りない まだまだ帰りたくないのさ”

  

シャムキャッツ「AFTER HOURS」の一節だ。

実際に今回の取材でも、僕はあてもなく福生の街を歩きながら、あらゆるシチュエーションでこの曲を聴いた。

 

シャムキャッツ - AFTER HOURS - YouTube

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「フジロック'18」でシャムキャッツは、いつもなら終盤に演奏するこの曲を1発目に放った。その瞬間「AFTER HOURS」は過ぎ去った日々を憂う曲ではなく、未来から今この瞬間を見つめる曲として響いた

 

彼らが“東京”郊外の千葉県出身ということもあるだろう。

 

この曲は、震災後の液状化で自分たちの故郷がなくなってしまうのではないか、という感慨からつくられたそうだ。

 

幼く儚い恋愛に永遠を感じている恋人たち/仕事や何かの事情で時間を共有できなくなってしまった仲間たち/地元に後ろ髪を引かれながら街を去っていく青年……。

 

この曲の背景に流れるそんなストーリーに、なんだか自分を重ね合わせてしまうのだ。

 

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――思い返せば、ごく当たり前のストーリーだ。でも誰しもに訪れる、奇跡のようなストーリーだ。そしてそこから、道は続いてきた。

 

だから、ときどきは、未だ見ぬ夢を肴に酒を飲みながら。情けない過去も今と地続きなのだと思い出しながら。それぞれのサウンドスケイプを夜気に融かしながら……。

 

今日も僕らは、二度と戻れないブルーグレーの街に想いを馳せている。「まだまだ遊び足りない、帰りたくないのさ」と自分に言い聞かせて。

 

 

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著者:横田 大

横田大

編集者、クリエイティブ・ディレクター。書籍や雑誌・Webメディアの編集、Webサイトを中心とする広告制作を経て独立。2017年、<人と場所、文化と組織をつなぐ>クリエイティブ・エージェンシー Camp Inc.を設立。ライフワークとして、西荻窪で深夜喫茶Wanderungを営む。偏愛で世の中に寛容をつくりたい。

Twitter:@marblebowyah

編集:Huuuu inc.