嫌いだったはずの静岡県沼津市で、自分のダサさに向き合った日のこと

著: 上坂あゆ美 

静岡県沼津市で生まれ、18歳まで過ごした。
このエッセイは、地元が大嫌いだったわたしが、自分のダサさや呪いと向き合って沼津を認められるようになるまでの記録である。

地元・沼津が大嫌いだった中高生時代

沼津市は、伊豆半島の付け根に位置する港町で、人口20万人弱を有する、静岡県東部地域の中心都市だ。近年ではテレビアニメ『ラブライブ!サンシャイン!! 』の舞台としても注目を浴びているので、それで知った方も多いかと思う。一年を通じて温暖な気候で自然に恵まれている上、東京へは新幹線を使えば約1時間という便利な立地条件であるため、昔から著名人の別荘地としても人気の街である。

f:id:SUUMO:20220323093416p:plain

しかし、わたしが沼津に暮らしていた当時は沼津が恵まれた良い街であるなんて全く思えていなかった。中高生のころの生活範囲はほぼ沼津駅周辺だったため、そこから港に出るまでは車で20分ほどかかる。車をもたず、自然環境よりも自分の睫毛(まつげ)の角度が気になって仕方がないような中高生にとっては、もはや海はないのと同然だった。

わたしが沼津といわれて思い出すのは、巨大なバイパス沿いに立ち並ぶチェーン店の数々。全国にあるあまり美味しくないラーメン屋、全国にあるガソリンスタンド、全国にある安価で大量生産の衣類ショップ。今でこそ便利だと思えるが、当時はそれら全てがどうしようもなく灰色に見えて、この街は文化が死んでいる、とまで思っていた。

もっと田舎なら田舎の、都会なら都会の、その街固有の生活様式や文化資本があると思うのだが、中途半端に発展した沼津には、「この街ならではの文化」というものがあまりに希薄に感じ、わたしはテレビや雑誌で見る東京への憧れを募らせていった。


ラーメンとユニクロイオンあとバッセン 果てない灰色の通学路

富士山が見えるのが北という教師 見える範囲に閉じ込められて

天国では意思がないのがしあわせ ここが天国なのかもしれない

沼津市で熱量を持つもの全てダサいと定義していた青春


自分にかかったダサい呪いを解く

高校卒業後、念願の上京を果たし、そのまま東京に住み続けて12年になる。

太宰治が「恥の多い生涯」だったなら、わたしは「呪いの多い生涯」だった。まだ生涯終えてないけど。ここでいう呪いというのは、「全てを知っているわけでもないのに、一面的な感想にまかせて対象全般を必要以上に忌避すること」だ。

東京に来て、わたしは広告代理店で働きながら短歌をつくるようになり、30歳になった現在、歌人とサラリーマン、その他にも様々な仕事があり、複数のわらじ生活をしている。何者かになりたいと思って生きていたら、うっかり何者かになりすぎた。まあ、一応それなりに生きていける自信を得てからのここ数年のわたしのテーマは、「自分にかかった呪いを解くこと」にあった。

わたしには、ギャンブル依存症だけど社交性が高くモテる父と、ジャイアンとルフィを足したようなたくましく社交性が高い母、ひとつ年上のギャルでヤンキーでやはり社交性が高い姉がいた。

比較的真面目で内向的だったわたしは、そんな家族とあまりバイブスが合わなくて、思春期はどこにも自分の居場所が無いように感じ、わざと「家族の真逆の人間になる、つまり、家族の好むものを否定して生きる」ことで自分のポジションを保とうとした。

例えばタバコ。家族全員が昔からヘビースモーカーだったことと、父や姉の印象が強くて、「タバコは堕落した人間が吸うもの」みたいな謎の思い込みが長年あった。東京で暮らす中で、めちゃめちゃカッコよくタバコを吸う人に出会ったり、タバコがゆったりしたひとりの時間をもたらしてくれるものであることを知ったりして、3、4年ほど前に人生で初めてのタバコを吸ってみた。すると想像以上に体質に合ってしまって、喫煙防止が進む世の中に反し、今ではわたしがヘビースモーカーになりつつある。

例えば結婚と出産。わたしの姉は18歳のときに授かり婚をしており、その後離婚と再婚をして、今では12歳の娘と、父親の異なる3歳の息子の母親だ。「結婚して子どもを産むことは正義!」みたいな姉の考え方に反発して、長年子ども嫌いだったし結婚にも興味はなかった。しかし、フラットに考えて「好きな人と法的に結ばれる機会を享受できるなら、できる人はしたらいいよな※」と今では思う。姉はもはや「3人目欲しい~!!」とか言ってて、世間体にこだわらず自分の幸せを追求し続ける姉の姿が、「こいつマジで強くておもしれー女だな」と思っている。

※…もちろん現行の婚姻制度、出産制度には問題が山積みなので、現状のままでいいとは思ってないです

ちなみに沼津市では、高校3年生まで通院・医療費が無料となる「こども医療費助成」制度があったり、幼稚園や保育園等の保育料が、第三子以降無償(第二子は半額)となる制度もあるらしく、そういう意味では子育てのしやすい街なのかもしれない。

例えば人付き合い。最初は家族への反抗心と、元来の協調性のなさが混ぜこぜになったような状態だったと思うが、割と最近までかなり愛想と人付き合いが悪く、交友関係を広げることを自ら避けていた。ダサいのはわかってる上で正直にいうと、「一匹狼でいることがカッコいい」と思っている節すらあった。

しかし数年前に、自分の呪いと正直に向き合った結果、「(本当は一人でも強く楽しくいられる女でありたかったけど)自分は人と話すことがかなり好きだし、なんなら寂しがり屋かもしれない」という事実を受け止めるに至った。そこからは、どうやったらより多くの人と楽しく過ごせるかを考えるようになり、今では「大好きな友人に大好きな友人を紹介し合うこと」以上に、この世で楽しいことなんてないのでは??と思うほどに人間が好きになり、この数年で友人が爆増した。


少しずつ自由になって月経のにおいに慣れてゆくわたしたち

学生時代力をいれて生きてきた 生きていくんだたくさんの夜


沼津を、偏見なしにちゃんと味わうことにした

今考えれば、冒頭に挙げた沼津への感情は、紛うことなき偏見であり、家族が沼津という土地を好きだったことへの幼稚な反抗心だ。

この呪いを解くため、ここ数年は実家に帰るたびに沼津のいいところを探す旅をしている。

その結果実感したのは、確かに沼津は住みやすい街であるということだ。九州や北海道に実家がある友人からは、いつでも帰省できるねと羨ましがられるし、海だけでなく山や川もあって自然を楽しむことができる。一方でららぽーと沼津などの大型商業施設も増えていて、買い物にも困らない。
そして、10代のわたしが感じていた「この街固有の文化というものが希薄」というのは強い思い込みだったことが今ならわかったので、ここからは自分へのお焚き上げとして、心が動いた文化的沼津スポットを紹介させてほしい。


沼津港

f:id:SUUMO:20220323093630j:plain

沼津港は海が多い静岡県でも県内2位の漁獲量を誇る港で、サバ、イワシ、アジなど、約1000種類もの魚類が水揚げされる。沼津港には観光客向けの飲食街があり、釣りをしなくても水揚げされたばかりの新鮮な魚を味わうことができる。

冒頭に書いたように、わたしが暮らしていたのは海からやや遠いエリアだったため学生時代はほとんど行ったことがなかったが、沼津にも海はあった。本当にあったんだ。

f:id:SUUMO:20220330092802p:plain

母の人脈によって知人の船に乗せてもらい、友人と人生初の海釣りを楽しんだ。釣り、めっちゃ楽しい。最初、船に乗り合わせたベテランっぽいおじさんがやり方を手とり足とり教えてくれたのだけど、その後わたしがビギナーズラックでおじさんを遥かに上回る釣果を上げてしまい、だんだん話しかけてくれなくなってちょっと気まずかった。

海なら日本のいろいろなところにあるけれど、沼津は港と市街地の距離が近いので、帰り道にご飯をするのに困らないのもいい。あんなに嫌いだったバイパス沿いのラーメンが、釣りのあとは世界で一番美味しい食べ物に変わることを知った。


ひもの和助

沼津はアジの干物において日本有数の生産量を誇っており、学校の給食でも頻繁に干物が出てくる。そのころはあまり美味しさがわからなかったのだけど、大人になってからここでアジの干物を食べたら、その美味しさにびっくりした。

f:id:SUUMO:20220323093739j:plain

沼津港からほど近い場所にある「ひもの和助」は、明治初頭から続いているという干物屋さん。カフェのような店内だが、さまざまな魚の干物定食を食べることができるお店だ。

綺麗な店内のショーケースでは、高級なケーキのごとく干物が陳列されていて、このミスマッチ感がなんだか可愛らしい。


甘味処「どんぐり」

沼津にある喫茶店の中でわたしが一番好きなのが、この「どんぐり」だ。地元でも有名店で、老舗にも関わらず土日は若い人々で混み合っているが、わりと席数が多いので少し待てば大体はすぐに入店することができる。

なんとこのお店、店内にリバーカウンターという名の川が流れており、食券で注文した商品がタライに乗ってどんぶらこどんぶらこと席まで届く。何をいっているのかわからないと思うので説明する。

f:id:SUUMO:20220330092958p:plain

店内の川は、東海道五十三次をモチーフにしており、各卓には日本橋から京都までの宿場町の名前が掲げられている。料理ができると各卓の地名ランプが光るので、客は自分の注文が乗ったタライを見逃さないようにキャッチする必要がある。

f:id:SUUMO:20220330093133p:plain

あんみつやパフェなどの甘味だけでなく、コーヒーやクリームソーダにビール、お茶漬けに餅に定食メニューまでがそろっており、カオスの様相を呈している。

f:id:SUUMO:20220330093301p:plain

また店内には、アメリカROCK-OLA社製の470という、日本に一台しかないらしいレアなジュークボックスがあり(マジで何故?)、100円を投入するとレコードの中から好きな昭和歌謡を2曲流してくれる。

こんなお店が沼津で、45年以上も愛されているらしい。機能性を度外視し、人の情熱とこだわりの結果生まれた、意味のわからないものにこそわたしは文化を感じるので、この「どんぐり」はまさに沼津文化の結晶だなと思う。どうかこの地で、末永くずっと続いていてほしいお店だ。


桃屋

f:id:SUUMO:20220330093447p:plain

もう一つ、「どんぐり」と同じ仲見世商店街にある「桃屋」。ここも沼津でずっと続いている古くからあるお店らしい。饅頭やお団子なども売っているので定義が難しいのだが、メインは「コッペパンサンド」のお店だ。

といっても東京で最近増えているような、オシャレでたくさんのメニューがあるコッペパンサンドとは違い、基本的に揚げ物(メンチカツ、ハムフライなど)を挟んだコッペパンのみ。ソースに強いこだわりがあるらしく、「甘いタレ」と「甘くないタレ」の2種類のパンが用意されている。

f:id:SUUMO:20220330093628p:plain

仲見世商店街から歩いてすぐのところにある、狩野川の土手に座って食べた。
美味しい。「こういうのでいいんだよ」という味がする。


炭焼きレストラン さわやか 沼津学園通り店

度々話題になるのでご存知の方が多いと思うが、静岡県内にしかない有名ハンバーグチェーンの「さわやか」。

実はわたしが沼津に住んでいたころは近隣にさわやかは一つもなく、その存在を知ったのは東京に出てきてからだった。しかし2017年に「炭焼きレストランさわやか 沼津学園通り店」がいよいよオープンし、沼津でもあのさわやかが食べられるようになった。

f:id:SUUMO:20220330093806p:plain

東京から一番近い「御殿場インター店」はいつも関東からの客で激混みなのだが、比較的東京寄りでアクセスが良い「沼津学園通り店」は意外と穴場で、平日昼などは5〜10分待ち程度でさわやかが食べられる。当然のように美味しい。


セイバーズ ジャパン

f:id:SUUMO:20220330093920p:plain

近年、沼津市民は「ららぽーと沼津」ができたことで狂喜乱舞しているのだが、その近隣にある「セイバーズ ジャパン」こそ実は穴場だ。

f:id:SUUMO:20220323094122j:plain

地方特有の大規模倉庫型の古着屋で、全体的にかなり安く、いいものがある。沼津に立ち寄ることがある友人には必ずおすすめしているし、実際関東からわざわざ服を買いに来る人も多いらしい。宝探しをするように服を探すことができて、古着好きな方にはぜひおすすめしたい。


沼津駅北口の飲み屋街横丁・小路

ここ数年の「沼津再発見の旅」の中で正直一番感動したのが、沼津駅北口からすぐのところにある、おびただしい数の飲み屋が並ぶ横丁・小路スポットだ。

f:id:SUUMO:20220323094154j:plain

高架下などにぽつぽつと飲食街が並んでいるだけの通りのことを、大げさに「●●横丁」「●●小路」と呼ぶのは地方都市あるあるかもしれない。
しかし沼津駅北口は、何故か歩いても歩いても新たな横丁や小路に出くわしてしまう、横丁小路のゲシュタルト崩壊を起こしそうなカオス密集スポットなのである。

※夜だと暗くて雰囲気が伝わらないので、以下、昼間の営業前の写真をお届けします

f:id:SUUMO:20220323094222j:plain

f:id:SUUMO:20220323094236j:plain

f:id:SUUMO:20220323094248j:plain

中央小路、北光小路、新富小路、みその通り飲食街、法善寺横丁……わたしが確認したものだけでも10以上は「●●横丁」「●●小路」が密集しており、その全てに現在も営業中のお店が数軒~十数軒は連なっている。まだわたしはこの中で5、6軒のお店にしか行けておらず、その全貌は定かではない。もしかして、宇宙のように膨張を繰り返しているのかもしれない。

また、どのお店も佇まいが素晴らしく、この地で生きてきた歴史と文化を感じさせてくれる。

f:id:SUUMO:20220330094127p:plain

先日は、北光小路の入り口にある「おでん居酒屋 信」さんに行った(ご覧の通り店名がどこにも書いていないのだが、ここではみんな、なんとなくの場所と店主の顔で覚えているので、もはや店名すらなくてもいいのかもしれない)。
ここは年配の女性が一人でやっているアットホームな雰囲気の居酒屋で、静岡おでんに加え、うどんや焼きそば、ハムエッグなどの素朴なメニューが味わえる。店内には何故か駄菓子も売っていてすごく良かった。

東京には、浅草のホッピー通りや吉祥寺のハモニカ横丁など、大規模な飲み屋街はいくつもあるけれど、それらと全く違う文化と魅力がこの横丁小路エリアにはある。何が出てくるかわからないカオスさを楽しみたい方、小ぢんまりと飲むお酒が好きな方々には、有名な沼津港の飲食街よりもぜひこちらに足を踏み入れてほしい。


ここまで紹介したお店はほとんどが東京で暮らすようになってから知ったお店である。沼津を知れば知るほど、当時のわたしがいかに、狭い狭い世界と偏った思い込みで生きていたかを思い知る。そのころから、沼津にはずっと海も文化もあったのに。

f:id:SUUMO:20220323094332j:plain

当時のわたしの生き方は本当にダサいと思うけど、同時に「そうやって、他者を見下して自分のポジションをつくらないことには生きていけないくらい弱かったんだな」と、かわいそうにも思う。


怒りって光と似てる 路地裏の掃き溜めすべてはじまりだった

沼津という街でxの値を求めていたころ会っていればな

吐瀉物にまみれた道を歩いてく おおきなおおきな犬の心で


こうした旅を通じて、最近やっと家族や沼津への呪いを解くことができたので、それらの気持ちを閉じ込めて、わたしは短歌集を出版した。このエッセイに入っている短歌は、第一歌集「老人ホームで死ぬほどモテたい」から引用している。

f:id:SUUMO:20220323094413p:plain

あのころのわたしへ。家族のことも、沼津のことも、無理に好きになる必要はないけれど、理解する努力を放棄するのはダサいよ。わたしは今のわたしを信じられるから、もう自意識のために誰のことも恨まなくていいよ。今まで必死で生きてて偉かったね。マジでおつかれ。

沼津という街へ。長い間勝手に恨んでてごめん。思ったより悪い街じゃなかったんだね。今のわたしくらい素直に生きることを楽しめていたら、沼津の人とも、いろんなお店とも、街そのものとも、もっと仲良くなれたかもしれない。でも、このボコボコでダサい道のりも含めて大事なわたしの人生だから、これからはあらためて仲良くしてください。


短歌引用元 上坂あゆ美 第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(上坂あゆ美 (著), 東 直子 (監修)書肆侃侃房)より[UA(12]

著者:上坂あゆ美

上坂あゆ美

1991年、静岡県生まれ。2017年から短歌をつくり始める。2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』刊行。 銭湯、漫画、ファミレスが好き。

編集:小沢あや(ピース)