
現役弁護士でありながら、ピン芸人としても活躍しているこたけ正義感さん。京都市内で生まれ育ったこたけさんは、これまでに香川・愛媛・東京とさまざまな土地を転々として暮らしてきたといいます。
「一箇所にとどまらず、地元愛や土地への愛着が薄いからこそ、どんなエリアでも楽しめる」と語るこたけさん。これまでに暮らした街の遍歴を伺いつつ、知らない街での生活を楽しむためのポイントを伺いました。
京都市内で育ち、お笑い好きになった子ども時代

―― こたけさんは京都のご出身ですよね。子どもの頃よく行っていた場所や、お気に入りだったスポットはどこですか?
こたけ正義感さん(以下、こたけ):僕は4人兄弟の末っ子なんですが、兄弟が多かったこともあって、家族みんなで遠出する機会は少なかったんです。両親とよく行っていたスポットとして真っ先に思い出すのは、北山にあった「イズミヤ」。おもちゃ売り場とかフードコートもあるちょっと大きめのスーパーで、買い物ついでにイズミヤに連れて行ってもらうのが楽しみでした。
友達とよく行っていたのは、四条の商店街とか京都御所の中の公園、それに京都疎水(琵琶湖疏水)ですかね。いまはもうできないと思うんですが、当時の京都疎水では釣りができて、ブラックバスとかブルーギルを釣ったりしてました。
―― 京都の中心地が遊び場だったんですね。こたけさんはどんな性格の子どもでしたか?
こたけ:あんまりじっとできなくて、教室をウロウロ立ち歩いちゃうような小学生でした。ベタですけど、授業中に椅子の前脚を浮かせて遊んでいたせいで何度も転んじゃって、そのたびに先生に怒られるっていう。
―― では、同級生を笑わせたりするのが好きな、ひょうきん者タイプだったんでしょうか?
こたけ:別にひょうきんでもなかったんです(笑)。おもしろいことを言いたい気持ちはあるけれど、派手に騒ぐのは苦手っていう、難儀な性格でしたね。ただやっぱり関西なので、物心つくころには当たり前にテレビでお笑い番組を見ていて。小学校1年生のときには、兄とふたりで中川家さんの漫才をコピーして親に見せたりもしました。
―― 幼少期からお笑いはお好きだったんですね。中学・高校時代には、どんな場所がお気に入りでしたか?
こたけ:「ROUND1」とか、新京極商店街の中の映画館「MOVIX京都」にはよく行ってました。当時はそういう学生らしい場所ばっかりで、金閣寺とか清水寺のような観光名所にはむしろ全然行ったことがなかったですね。
通っていた中学が二条城の近くだったんですが、運動部は二条城の周りをランニングさせられるのが恒例になっていて、僕らはそれを「ニジョラン」って呼んでたんです。だから、二条城には「ニジョランさせられる場所」っていうイメージがあります(笑)。
―― いまは劇場「よしもと祇園花月」がありますが、当時の京都にはおそらく、お笑いを生で見られる劇場は少なかったですよね。
こたけ:当時はまったくなかったので、劇場に行こうと思ったら大阪まで行く必要がありましたね。
あ、でも僕、初めて芸人のネタを生で見たのは京都だったんです。場所は曖昧なんですが、商業施設かどこかの地下通路の特設ステージで、麒麟さんが漫才をしているのを中学生の頃に見た記憶があって。営業で来られてたんだと思うんですけど、人がわんさかいて、すごくウケてて。それに衝撃を受けたのが、いま思えば原体験だったのかもしれないです。
司法試験の勉強の合間に海を見に行っていた、香川での4年間

―― 学生の頃は、お笑いの世界には憧れつつも「自分なんかが目指せる世界ではない」と思われていたそうですね。進路としては弁護士を目指し、香川大学の法学部に進学されています。
こたけ:そうなんです。もともと国立大学の法学部志望で、センター試験の結果だけで進学校を決めたので、正直、香川のことは何も知らない状態で香川大学に入りました。
―― 情報のない状態で初めての土地に住むとなると、不安もあったのでは?
こたけ:いや、でも香川はめちゃくちゃ住みやすくて、ストレスを感じたりすることはまったくなかったんですよ。とにかく家賃が安いし、コンパクトシティなのでどこでも自転車で行けるし。安くておいしいうどん屋さんがそこら中にあるから、食費もかからないし。
―― 行きつけのうどん屋さんもありましたか?
こたけ:「池上製麺所」が好きで、よく行ってましたね。るみばあちゃんっていう名物おばあちゃんがやっている お店で、川沿いにぽつんと建ってて。
「こんなところにうどん屋が?」と思うような場所なんですけど、行くたびに行列ができてるんですよ。香川でいろんなうどんを食べてると、味の違いやおいしいお店がだんだんわかってくるんですが、ここは本当においしかったです。
―― ほかには、どんなスポットがお気に入りでしたか?
こたけ:栗林公園が好きでした。歩いてて気持ちいい公園だし、桜のシーズンになるとライトアップがすごく綺麗で。高松築港エリアも好きでしたね。京都にも東京にもなかなかないような、おしゃれなカフェがたくさん集まってるエリアなんです。中でも「Umie」っていう古い倉庫を改装したカフェは本当にいいカフェで、当時の彼女とのデートでもここにはよく行ってましたね。
―― 大学時代は、司法試験の勉強も熱心にされていたそうですね。
こたけ:そうですね。基本的には勉強ばっかりしていて、それ以外の時間は散歩と、彼女と近所でデートするだけの4年間でした。
あ、ただ、海にはよく行ってたかもな。僕、京都市内育ちでずっと海が身近じゃなかったから、自転車をちょっと漕いだら海に行けるのがうれしくて。勉強に疲れたりすると、目的もなく「サンポート高松」っていう港のあるエリアまで自転車で行って、防波堤沿いをダラダラ走ったりしてました。
海辺なので、常にとんでもなく強い風が吹いてるんですよ。試しに正月に凧を揚げてみたら信じられないくらい簡単に揚がったので、糸が伸び切るまで凧揚げをした思い出もあります(笑)。
―― 勉強が中心の大学生活の中でも、自然を楽しみながらリラックスしていたんですね。
こたけ:香川って騒がしいところが少ないから、その環境も自分に合っていたのかもしれないです。カフェは多いけど娯楽施設はそんなにないので、淡々と本を読んだり勉強したりするのが捗るというか。大学を中心とした街という空気があって、すごく落ち着く街だったなと思います。
知らない土地で住む場所に迷ったら、裁判所の近くがおすすめ

―― 大学卒業後は一度ご実家に戻り、司法試験合格を目指してロースクールに通われていたんですよね。
こたけ:その2年はもう、勉強以外の思い出がまったくないんです。家とロースクールを往復し続けるだけの生活でしたね、当時は。
―― そんな猛勉強の甲斐もあり、司法試験には見事一発合格されています。司法修習時代の実務修習地は愛媛だったそうですね。
こたけ:はい。愛媛には1年弱しかいませんでしたが、それでも楽しかったです。司法修習って毎日17時には終わるんですよ。で、知らない土地で友達もいないから、そのあとにすることと言ったら修習生同士で集まって遊ぶことくらいなんです。だからしょっちゅう同期と飲みに行ったり、誰かの家に遊びに行ったりしていました。
―― 当時、行きつけだったお店は?
こたけ:裁判所前通りにある「ダイニングバー フルフル」。老舗の洋食屋さんなんですけど何を食べてもおいしくて、しかも安いんです。ここのエビスビールが好きで、同期とよく飲んでましたね。店長さんと仲良くなって、同期みんなと集合写真を撮ったりもして。
―― 「住む街」としては、愛媛は暮らしやすかったですか?
こたけ:愛媛も香川と同じくらい住みやすかったです。サイズ感も、ガヤガヤしすぎていないところもよく似ていたし。あと、愛媛って松山城がとにかくどこからでも見えるんですよ。立派なお城が常にドーンと街の中心にそびえているのもなんだか好きでしたね。城下町ってこういう街のことを言うんだな、と新鮮に感じました。
それに、松山城の周りのエリアもすごくよくて。松山城跡のほぼ全域が城山公園という都市公園になっていて、その中に美術館とか図書館もあるんです。だから修習が休みの日には城山公園のロープウェイに乗ってみたり、公園内で開催されるイベントを見に行ったりもしてました。修習で裁判所に行くときも必ずこの公園を通るようにしていたので、すごく気持ちよく通勤してましたね。
―― 裁判所も城山公園のすぐ近くにあるんですね。たしかに、通勤には気持ちよさそうなエリアです。
こたけ:そうなんですよ。ちなみに裁判所って、たいていその土地における一番閑静なエリアに建ってるんです。京都なら京都御所の向かいにありますし、東京なら霞が関ですし。だから僕としては、知らない土地で住む場所に迷ったときは、裁判所の近くに住むのはかなりおすすめです。その街のいいところを知れるし、たいてい静かで空気もいいので。
「この街、何もないな」と感じたことは一度もない

―― その後、司法修習を終えて弁護士になられてからは東京にお住まいですよね。京都、香川、愛媛のような自然豊かな土地から東京に住むとなると、ギャップを感じませんでしたか?
こたけ:僕は、なんなら東京のほうが自然豊かだなと感じたんですよね。代々木公園とか日比谷公園のような、整備された広い公園がたくさんあるのがいいなと思って。
弁護士として働き始めたばっかりの頃って、やっぱりしんどいことも多かったんですよ。夜遅くまで働いて、帰ってきたら寝るだけ、みたいな生活で。当時は代々木に住んでいたので、疲れたら明治神宮の周りをランニングしたり、代々木公園を散歩したりしてました。ちょっとピリッとした空気の場所にいると、リラックスできる感じがして。
数年後に芸人を目指してワタナベの養成所(ワタナベコメディスクール)に通い始めたときも、養成所が中目黒にあったので、帰りに目黒川沿いを歩くのが好きでしたね。中目黒も雰囲気がよくて、いいところだなと感じました。
―― こたけさんは街の「空気」をとても重視されているんですね。アクセスのよさなどの効率を重視されるイメージがあったので、ちょっと意外でした。
こたけ:街選びに関しては本当に、直感とか空気を重視するタイプかもしれません。芸人の中にもそういう人は多いんですよ。街にしても部屋にしても、パッと「雰囲気がいい」と感じたところに住んだほうが成功する。
逆に言うと、それ以外のこだわりがほとんどないんです。なんとなく雰囲気がよくて、近所に図書館さえあれば、どんな街にも住める気がしています。だからちょっと冷たいのかもしれないですけど、地元愛とか土地への愛着もほとんどなくて。
―― たしかに、こたけさんの漫談やネタの中にも、ローカルな土地の名前はほとんど出てこない印象があります。
こたけ:「法律」というテーマ自体に地域性がないことも大きいですけどね。芸人の中にはニッチな土地の名前をネタに入れてウケる人もたしかにいるんです。僕はひとつの場所にあまり長く住んだ経験がなくてずっと転々とし続けているから、「街」に対する感度が低いのかもしれない。
でも僕、新しい街に住むこと自体はすごく好きなんですよ。どこに行ってもワクワクするんです。過去のことにあまり興味がなくて、未来のことを考えるのが常に楽しみなタイプだからかもしれないです。
―― そのマインドに憧れる方も多いと思います。新しい街に住むとき、こたけさんは最初にどんなことをするんですか?
こたけ:まずは家の周りを散歩しますね。それで道が少しわかってきたら、通勤ルートを変えてみたりします。「あ、この道にこんな看板あったんや」「メインの通りは人が多いけど、1本ずれると静かな道やな」とか思いながら歩くのが好きなんですよ。目的地へのルートをちょっと変えるだけで、意外と楽しめることも多いので。
―― こたけさんは今後、どんな土地に住むことがあっても楽しめそうですね。
こたけ:そうだと思います。「この街、何もないな」って感じたことも一度もないですし。どこであれ新しい土地に行けば、見たことないものって絶対にたくさんあるじゃないですか。僕は身の回りのものを観察したり、新しい発見をしたりするのが好きなのかもしれないですね。

お話を伺った人:こたけ正義感
1986年、京都府出身。香川大学卒業後、立命館大学法科大学院を経て、2012年に東京弁護士会登録。2016年にワタナベコメディスクールに入学。現役の弁護士として働くかたわら、「ワタナベお笑いNo.1決定戦2022」で準優勝、「R-1グランプリ2023」で決勝に進出するなど、お笑い芸人としても着々と実績を積んでいる。
編集:ピース株式会社
