
1990年代にギャグ漫画家としてデビューして以降、シュールでクセになる作品を生み出し続けている和田ラヂヲさん。和田さんは愛媛県松山市で生まれ育ち、現在に至るまで松山で活動を続けていることでも知られています。
そんな和田さんに、愛媛・松山のお気に入りスポットや、クリエイターが地方在住で作品を生み出し続けることの意義についてお話を伺いました。
漫画には「ウソしか描かない」から、東京じゃなくてもよかった

(写真提供:和田ラヂヲさん)
―― 和田さんは、ご出身も現在のお住まいも愛媛県松山市なんですよね。ほかの都市に住んだことはほとんどないとか。
和田ラヂヲさん(以下、和田):ほぼないですね。漫画家になってから住んでいるところも生まれ育ったところも、すべて3km圏内ぐらいだと思います。
―― 「松山ってどんなところですか」と県外の方に聞かれたら、ふだんはどう答えていますか?
和田:特にこれといったものが浮かばないんだよな、松山……。でも、一番に挙げるのはやっぱり瀬戸内海ですかね。気候が温暖だからか、住んでる人たちもどこかのんびりしてるというか。ずっとこっちにいると意外とわからないんですけど、都会から愛媛に来た人は「時間の流れ方が違う」って言いますね。やっぱり人が少ないので歩きやすいんですよ、人と肩がぶつかるようなこともないし。最近だと、定年後に移住してくる方もけっこう多いみたいで。
―― 和田さんは、かつて雑誌連載時に愛媛からFAXで原稿を入稿されていたことでも有名です。和田さんがデビューされた90年代初頭は地方在住のクリエイターがまだ少なかった時代だと思いますが、「都会に出なくては」と焦りを感じることはなかったですか?
和田:漫画家に関していえば、たしかにデビューしたらみんな、ほぼ100%と言っていいほど上京してましたよね、当時は。僕が東京に行かなかったのは、なんでだろうな……たぶん、上京したら、愛媛に帰るのがめんどくさくなると思ったんでしょうね。行くエネルギーより帰るエネルギーのほうが大きそうだから。
―― 和田さんが焦らずに自分のペースを保てたのは、愛媛ののんびりした雰囲気も関係しているのでしょうか?
和田:それはあるでしょうね。人付き合いも都会みたいに多くないですし、自分次第で創作ができるというか、遊ばないぶん漫画だけに集中できたというのはあります。東京みたいな大きな都市に行っていたらたぶん、飲み会とかで時間を割かれてた面もあったでしょうしね。
―― 愛媛での生活や街の風景が、作品にインスピレーションを与えることもありますか?
和田:いや、それはほぼないですね。僕は風景もほとんど描かないので……簡単な風景であっても、多少は山の形なんかに愛媛らしさが出てることはあるかもしれないですけどね。
たぶん、漫画家のタイプにもよるんだと思います。僕はエッセイ漫画とかもやらないし、作品には完全にウソしか描かないタイプなので、ある意味、どこにいても同じものが生まれると思うんですよ。
―― 和田さんはFM愛媛のラジオ番組も担当されていますが、そこでもあまり地元の話などはされていませんよね。
和田:そうそう。ラジオも地元を盛り上げるための番組というより、ただおもしろいことを追求してるだけの番組なんです。そういう意味ではずっと一貫してるのかもしれないな、やってることが。別にどこでもいいからこそ、東京じゃなくてもよかったというのはあると思います。
愛媛県民にとって、みかんは名産ではなく“そこにあるもの”
―― 和田さんはよくインドアだとお話しされている印象がありますが、松山でお気に入りのお店はありますか?和田:本屋さんの「本の轍」、そのお店の並びにある「七分」というギャラリーは、良いお店です。どちらも店主さんが知り合いなのでよく行きます。でも本当にそのくらいかもなあ。あんまり新しいお店をいろいろ開拓するタイプじゃないんです。画材でいえば、「愛媛画材」ってお店で原稿用紙とスクリーントーンはだいたい買ってましたね。いまはもう、さすがにデジタルに移行してますが。
―― 食べ物に関してはどうでしょう。ふだんよく行かれるお店や、愛媛県民のソウルフードなどはありますか?

(写真提供:和田ラヂヲさん)
和田:有名どころでは鍋焼きうどんですかね。松山には「アサヒ」と「ことり」という鍋焼きうどん店の二大巨頭があって、松山の人はたいてい「アサヒ」派か「ことり」派に分かれるんですけど、僕はどちらかというと「アサヒ」派なんです。甘い出汁がね、おいしくて。

(写真提供:和田ラヂヲさん)
―― 甘い出汁、ですか?
和田:あ、そうそう。鍋焼きうどんに限らずなんですけど、愛媛ってなんでも味つけが甘いんですよ。あれは砂糖とかみりんの甘さなのかな。ラーメンも甘いし唐揚げも甘いんです。県外から来た方が初めて食べるとたいていびっくりされますけど、でもおいしいんです。
それからお好み焼きのお店も多いですね、松山は。松山の三津浜というエリアのソウルフードに「三津浜焼き」っていうのがあるんです。味つけは広島風お好み焼きに近いんですけど、お好み焼きを焼いたあと、三津浜焼きは最後にパタッと折りたたむんです。だからオムレツみたいな半円形になって、ふつうのお好み焼きよりも食べやすくていいんですよ。僕がよく行くのは「みよし」ってお店です。牛脂とか魚粉が使われてるのが特徴で。
―― オムレツのようなお好み焼き、初めて聞きました。食べ歩きにも良さそうですね。
和田:テイクアウトも人気みたいですね。あとは、「でゅえっと」という大盛りのスパゲティが有名なお店や、「レストラン野咲」という老舗の洋食屋さんもたまに行きますね。「でゅえっと」ではミートソースをよく頼むんですけど、これがまた甘い味つけで、めちゃくちゃおいしいんです。

(写真提供:和田ラヂヲさん)
―― B級グルメや昔ながらの洋食が名物のお店が多いんですね。ほかにも名産品はありますか?
和田:魚はやっぱりおいしいです。鯛めしは愛媛の名物ですね。鯛とかハマチ、イカも瀬戸内海産のはいいですよ。松山には「松山鮓(ずし)」という、瀬戸内の魚や食材をいろいろ入れてつくるばら寿司みたいな郷土料理もあるんです。親戚が集まったときに年配の方がつくってくれるイメージがありますね。
地元の人は鯛めしも松山鮓も食べ飽きちゃってるみたいなところもあるんですけど、県外で海鮮を食べることがあると、やっぱり地元の鯛はおいしいなと実感しますよ。愛媛のはプリプリして身が締まってて、噛み切れないくらい歯ごたえがあるんです。
―― 海鮮もおいしいのですね。それからやっぱり、愛媛の名産品といえばみかんが真っ先に思い浮かびますが……。
和田:はい、みかんはもう名産というか、“そこにあるもの”ですから。「買うものではなくもらうもの」って感覚ですね、みかんって。だから特に言及する必要もないというか(笑)。
道後温泉、松山城、デパートの観覧車が観光の鉄板コース

(画像提供:道後温泉)
―― 愛媛は歴史的な名所なども多い土地だと思います。県外から漫画家さんや編集者さんがいらっしゃったときは、どんなスポットに連れて行くことが多いですか?
和田:まずはやっぱり道後温泉ですね。道後温泉って最近は観光客の方が朝から並んだりするほど人気ですね。県外から来た方には一度くらいは入ってほしいなと。お湯が透明でとろっとしていて入りやすいので、愛媛に来たらぜひって感じですね。松山城、伊丹十三記念館あたりも観光にはいいかな。

(画像提供:道後温泉)
和田:あと、松山にいよてつ髙島屋ってデパートがあるんですが、そこの屋上に大きな観覧車があるんですよ。天守閣も見えますし、瀬戸内海もかなり遠くまで見えて松山市内を一望できるので、東京から編集者が来るとよく乗せてます(笑)。だから温泉、お城、観覧車……ってコースが鉄板ですかね。寒い時期じゃなければ、海にもぜひ連れて行きたいところですけどね。
―― やっぱり県外の方には、瀬戸内海は見てほしいですか。
和田:そうですね。瀬戸内海って僕らは見慣れちゃってますけど、県外から来た方はたいてい驚いてくれるんですよ。島が多くてきれいで、海自体もすごく穏やかなので。高知の方とか、太平洋の荒々しい海に慣れてる人もびっくりされますね。
―― 瀬戸内の美しさはよく「多島美」とも形容されますが、大小の島々が並ぶ景色は本当にきれいですよね。
和田:だから、愛媛に2、3回来ている方には島巡りなんかもおすすめですよ。島の宿泊所みたいなところに泊まってもおもしろいし、僕も子どもがまだ小さかった頃は、キャンプ場によく行きました。
愛媛と高知にまたがる「四国カルスト」も、雄大で、ちょっとヨーロッパっぽい雰囲気の景色が見られるのでおすすめです。そこからもう少し西のほうに行くと宇和海という海があるんですが、リアス式海岸になっていて、シュノーケルをつけてちょっと泳ぐだけでもサンゴが見られることもあるんです。

(写真提供:和田ラヂヲさん)
―― 海も山も、どちらも楽しめるのがすばらしいですね。
和田:そうそう、あと、松山空港も近いですしね。空港から市内までは車で20分くらいなので、県外から来た人でも観光は意外としやすいと思いますよ。
松山は、人付き合いがあまり好きじゃないクリエイターにもおすすめ

(写真提供:和田ラヂヲさん)
―― お話を伺っていると、和田さんは「これといって思いつくものがない」「どこでもよかった」と言いつつも、愛媛のいいところをたくさん教えてくださるんだな、と感じています。
和田:そうかもしれないですね。愛媛の人ってそういうのが下手というか、あんまり自分からアピールできない県民性ではあるのかもしれない。実際、いいものはたくさんあると思うんですけどね。
松山って夏目漱石の『坊つちやん』で有名な街でもありますけど、漱石も、あの小説の中で松山のことを田舎だ田舎だって、かなりディスってるんですよ(笑)。でも地元の人も、かえってそういうのを楽しんでるような節がありますね。
―― いいところだと知っているからこそ、無理にアピールする必要がない、ということでしょうか。
和田:松山には新しいお店もどんどんできて、若い人たちも頑張っていますね。最近は漫画家も全国いろいろなところに住んでる方が増えましたから。必ずしも東京に住まなくてもよくなったという意味では、本当にいい時代ですよね。
―― 昔からそういったスタイルでお仕事をされている和田さんですが、いま、クリエイターが地方在住で働き続けることのメリットはどんなところにあると思いますか?
和田:仕事関係の方に「会いたいです」とか言われても、「遠いから無理です、すみません」で済ませられるところですかね。誰かとベタベタ付き合うのが苦手なタイプの人にはいいですよ。漫画家さんとの付き合いも、お互いの嫌なところが見えないくらいの絶妙な距離で時間が過ぎていくから、松山にいると楽で。
―― クリエイターの方の中には、積極的に周囲と交流したい人もいれば、そうでない人もいそうですよね。
和田:僕の場合は後者です。やっぱり、「あの人は描いてるものがいいよね」って言われて仕事をもらえるのが理想だと思うので。地方にいると人となりがあんまりわからない分、作品しか見えなくなるんですよ。だから、ものづくりをしていて人付き合いが苦手な人は、地方に住むのはけっこうおすすめですよ。
―― 中には地元の方とのつながりがとても強い土地もあると思いますが、松山はちょうどいい距離感ですか?
和田:そうですね。地元の人たちもいい意味でほっといてくれますから(笑)、僕はそれがすごく肌に合ってるのかな。松山は家賃も安いし小回りもきくし、大きな都市にこだわりのない人にはいいところですよ。海もきれいですしね、ほんと。

お話を伺った人:和田ラヂヲさん
漫画家。シュールな笑いと独特の作風で知られ、シンプルな線で描かれるキャラクターが特徴的。代表作に『和田ラヂヲのここにいます』などがある。雑誌や広告など幅広く活躍。ラジオやイベント出演も行い、その飄々とした語り口でも人気を集めている。
編集:ピース株式会社
