「本当に良いもの」が集まる街・福岡|文・松隈ケンタ

著: 松隈ケンタ

15年近く過ごした東京を離れ、家族と共に福岡に戻ってきた理由

福岡でロックバンド・Buzz72+(バズセブンツー)を結成し、「有名になるぞ」とメンバー4人で上京。バンドが活動休止した後も、自分は作曲家を目指し「仕事をください」と頭を下げる日々。振り返ってみれば、東京で過ごしたそのほとんどの期間は貧乏で売れなくて苦しかった。けれど、試行錯誤を繰り返しながら仲間と暮らす日々は今につながる経験となり、とても充実した時間だった。

その後、メジャーなアーティストの仕事も多くもらえるようになり、東京での仕事が安定してきたさなか、僕は周囲の反対を押し切って福岡に戻ってきた。音楽プロデューサーやミュージシャンとしてはあまり前例がないが、地方移住しても、福岡からエンターテインメントをつくることができる時代が来たのではないかと考えたのだ。

僕らの若い頃は、福岡は東京からとても遠かったため、上京する=売れたら帰ってこないイメージだった。そして戻ってくるのは決まって夢破れた時の印象がある。僕はこれを払拭したくて「仕事を持ったまま、全盛期で戻ってくる」ことを、上京したての頃から理想としていた。

また、福岡に戻ることを決めたのはちょうど僕の娘が2歳になった時だった。子どもが言葉を覚えはじめる前に戻って、九州弁で育てたい思いもあった。東京で育つと東京人になってしまう気がして「僕の地元で育てたい」と考えたのだ。

福岡は、どうしても住みたくなるような魅力がたくさん詰まった街だ。僕がなぜ福岡に移住したのか、福岡という街の魅力と共に語っていきたいと思う。

クリエイターや新興企業が集まる街

2010年ごろから時代が変化し、全国どこにいても仕事ができる時代が来た。福岡にもたくさんのスタートアップ・ベンチャー企業、フリーランスの方が移住、帰郷するようになった。

有名どころで言えば漫画『キングダム』の作者である原先生や、『ドラゴンクエスト』や『妖怪ウォッチ』などを手がける大手ゲーム会社レベルファイブやサイバーコネクトツー、gumiなども福岡からさまざまなコンテンツを世に送り出している。

ちなみにNetflixで話題となった『サンクチュアリ -聖域-』の江口監督や脚本の金沢さんも福岡在住だ。他にもアーティストや、職人、実業家など、さまざまな人材が集まってきていて、実は今とても面白い街なのである。

コンパクトでアクセス良好な福岡

ではなぜ人が集まってくるのか。一番の理由は、街のコンパクトさにあると思う。

まずは簡単に、福岡の地理的な解説からはじめよう。福岡市内には大きなエリアが2つある。博多駅周辺の”博多地区”と西鉄福岡駅周辺の”天神地区”だ。

博多は新幹線が停まるため福岡の玄関口であり、主に企業の本社や九州支社などが集まるビジネス街。東京でいうところの品川のような街。一方天神は、西鉄福岡駅を始発として、県内主要都市の久留米や大牟田をつなぐ路線でもあるため、学生や若者が多く集まる。東京でいうと渋谷・新宿といった感じの街だ。

ちなみに昔から地元の人間はなぜかあまり「福岡駅」と呼ばず「西鉄天神駅」という言い方をしていたためか、2001年より駅名が「西鉄福岡(天神)駅」という不思議な表記になっている。両駅は福岡空港から地下鉄1本で貫かれており、福岡空港→博多→中洲→天神→百道地区(ドーム)……と、市内の主要な街をすぐに行き来できる。

空の玄関口である福岡空港もヤバい。
博多駅から地下鉄でたったの2駅、天神駅からも約10分で行ける。世界でも稀に見るレベルの街の中心地からの近さだそうだ。飛行機に乗れば2時間ほどで羽田に着くので、移動時間でいえば大阪・東京間を新幹線で移動するのと同じくらいの感覚なのである。

みんなが集まる居酒屋「やまちゃん」と「と金」


「やまちゃん」のラーメン

もちろん、食事も福岡の大きな魅力のひとつだ。

ラーメン、鍋、明太子……他にもたくさんの名物があるが、その全てが美味なのだ。東京で仕事があったときなど、夕食を食べて帰った方が良い時間でも、「福岡まで我慢しよう」とわざわざ耐えて帰って来るくらいに美味い。素材や水、あと醤油の違いもあるかもしれない。どの飲食店の店員さんも気さくで楽しいし、お酒もいろいろある。

僕のオススメは、バンドマンやエンタメ界のみんながライブやイベント後に集まる居酒屋「やまちゃん」だ。天神の親不孝通り沿い、長浜公園横にある。焼き鳥ももちろん食べられるのだが、福岡の焼き鳥は豚バラがメインだ。東京の人はびっくりすると思うが、焼鳥屋に入ってみんなが1番最初に食べるのが豚バラだったりする。東京の焼鳥屋にはあまり豚バラがなかったのは上京したときの驚きだったな。よく考えたら当たり前やけどね。


手羽先の美味しい「と金」

天神の今泉にある、僕が足繁く通っている居酒屋「と金」もこれまた最高。お通しで出てくる手羽先の唐揚げはたまらない美味さなので、一度食べてみてほしい。

コミュニケーションの場にもなる屋台


おかもと大将と

天神には多くの屋台が存在する。屋台街にずらりと並ぶ屋台もあれば、街中にひっそりと1軒佇む屋台もある。内容はそれぞれで、ラーメンが食べられる屋台もあれば、焼き鳥やおでん、天ぷらの屋台まである。最近はおしゃれなフレンチが食べられる屋台も人気らしい。

僕が通っているのは北天神にある「屋台ともちゃん」と、今泉にある「屋台おかもと」。どちらもラーメンとおでん、焼き物も楽しめて、スタッフの皆さんも気さくでエンターテインメント関係者が集まる名店だ。

「ともちゃん」のラーメン

屋台では居合わせた隣のお客さんと話すのもよくあることで、友達ができたり、仕事につながった例などもたくさんある。以前九州場所で来ていた有名力士とご一緒したこともあった。僕の作った音楽を聴いてくれている方に声をかけられることもあるが、そんな時は嬉しくて、つい一緒に呑んでしまう。これも福岡ならではの光景だろう。

ただし、次のお客さんが並んでいる場合が多いので、そういう時は食べたら席を譲ってあげるのがマナー。長居は禁物だ。

カルチャーだけではない豊かな自然とシームレスに繋がる九州

海や山、田舎が近いのも福岡のポイントだと思う。市内から車で30分も行けば、近年"Sunset Live"で有名になった海の素敵な地区「糸島」がある。

実は意外なことだが福岡は西海岸の都市なのだ。日本では大都市は東海岸に多いが、西海岸に位置する福岡の夕暮れはとてもきれいだ。空を真っ赤に染めて太陽が海に沈んでいくさまは神秘的ですらある。

近県まで行けば温泉がいくらでもあるし、ツーリングやキャンプ場など、子どもや家族連れが遊べる施設もたくさんある。阿蘇や大分、長崎、鹿児島など九州各県への交通が整備されており、日帰りで遊びにいくことが可能だ。......宮崎だけは、ちょっと遠いけど。

九州の宝・福岡ソフトバンクホークス

そして忘れてはいけない。野球好きな皆さんは分かっていただけるであろう、福岡ソフトバンクホークスのお膝元である。

県民全体、もっと言うと九州全体がホークスを応援している。上京して気づいたのだが、地元に球団があることの誇らしさ・地元ならではの娯楽があるというのは、味わったことがある人にだけ伝わる喜びだ。東京にも球団はあるが、地域全体で応援しているという感じではないように思う。福岡や九州は、野球を特別応援していない人でも「昨日ホークス勝ったよねー」と話していたりとか、女子高生が2軍選手の追っかけをしていたりとか、飲み屋でもどこにいてもホークス中継がかかっている、そんな街だ。


福岡PayPayドームでBuzz72+としてパフォーマンス

嬉しいことに今年2023年は、ホークス球団創設85周年・ドーム開業30周年のダブルアニバーサリーイヤーということで、テーマソングを僕のバンドBuzz72+で歌わせていただくことができた。試合前のセレモニーで福岡PayPayドームのフィールドに立ち、数万人の観客の皆さんの前で演奏した経験は一生の思い出となった。ミュージシャン冥利に尽きるね。

福岡をまたライブハウスから盛り上げるために


culture spot BAD KNee LAB.

さて、福岡に戻った僕は現在、音楽で街を盛り上げるため、音楽スタジオと音楽スクール、ミュージックバーを作ったり、さまざまなイベントを開催している。地元の若手ミュージシャンが集まり、新しいカルチャーが生まれる場所を作りたかったからだ。

"BAD KNee(バッドニー)"という音楽レーベルも作った。新人を発掘したり、若手を育成したりしている僕が、手前味噌ではあるが1つ紹介したい場所がある。天神の今泉にある"culture spot BAD KNee LAB.(カルチャースポット バッドニーラボ)"だ。

収容人数80人程度の小さなライブハウスだが、もともとは1978年にオープンした”天神徒楽夢(ドラム)”というライブハウスだった。80年代、福岡から"めんたいロック"という音楽ムーブメントが巻き起こった。シーナ&ザ・ロケッツ、THE MODS、ARB、サンハウスなどさまざまな福岡出身のロックバンドが全国を席巻していた。そんな時代から続く福岡音楽シーンの伝説のライブハウスであり、現在は有名なDRUM LOGOS、DRUM Be-1などを擁する九州最大のライブハウスDRUMグループの1号店だったのだ。

時代と共に、福岡市内にも大きなライブハウスが増えて来たなか、経営者は代わりながらもこの小さなライブスペースは受け継がれてきた。しかし、コロナ禍で前のライブハウスが閉店し、今後は業態を変えるかもしれないという噂が出てきた。それを聞きつけた僕は、オーナーに直談判し、この歴史的な場所を受け継がせてもらえることになった。仲間と一緒に自分たちの手で改装し、自身のレーベル名でもある"BAD KNee"の拠点として"BAD KNee LAB."と名付けた。

今では若手を中心に、福岡だけでなく全国から来るアーティストのライブも行っていて、徒歩1分のところにある系列のミュージックバー”ガルディロックス”とともに、今泉という街から福岡カルチャーを発信する地として思いを引き継いでいる。

福岡に「本当に良いもの」が集まる理由

福岡は昔からエンターテイメント性の高い街だ。

古くは財津和夫さん率いるチューリップ、武田鉄矢さんの海援隊、陣内孝則さん、タモリさん、井上陽水さん、椎名林檎さん、スピッツさん、MISIAさん、家入レオさん……出身者をあげたらきりがない。「偶然では?」と思われるかもしれないが、脈々とこの地に根付いてきた人々の感覚のようなものがあるように感じる。

福岡人は嗅覚が鋭くて、”本当に良いもの”を感じ取っているように思うのだ。例えば、都会では評判の悪いお店があったとしても、人が多い分、次から次へと新しいお客さんが来るのでなんとなく続いていたりする。反面、福岡は都市が大きすぎず小さすぎず、ほど良いサイズ感なので、評判の悪い店や人間はすぐに噂が広まって淘汰されていくし、逆に本当に質の良いお店や人間はとても評価されやすい。これは、福岡にタレントやミュージシャン、政治家や大物起業家が多いことにもつながっていると強く感じる。

東京や世界から流れてくる流行りの情報のなかでも、"本当にいいもの"が選別しやすい環境にある福岡、偶像ではなく本質を感じられるいい街だと思う。

福岡人は福岡のことを褒められることがとても嬉しい

僕が福岡を好きな1番の理由は、福岡に住むみんなが持っているおもてなし精神と、故郷福岡を愛する気持ちが非常に強いところである。

福岡人は福岡のことを褒められることがとても嬉しい。観光客や移住者に対してもよそ者意識を全く持っておらず、「福岡を楽しんで欲しい」と考えている。これこそがエンターテインメントの基本であり、人間としても一番大切な気持ちなのではないかと思う。

世界中が不安にまみれて過ごしているこのご時世に、シンプルに自分たちの暮らしを大切にし、周りを楽しませることを大事にして過ごしている街のような気がする。

そんな街が僕にはとても合っているし、音楽制作や仕事のイマジネーションにも最高にゴキゲンな環境だ。改めてそんな気持ちを噛み締めながら、今日も仲間たちと屋台に呑みにでも行こうと思う。

著者:松隈ケンタ

松隈ケンタ

1979 年生まれ、福岡県出身。2005 年、ロックバンド Buzz72+のギタリストとしてavex trax よりメジャーデビュー。2011 年、音楽制作集団スクランブルズを発足。J-POP に本格的なロックを取り入れることに定評があり、BiS デビュー以降は、アイドルミュージックの根底を覆すエモーショナルなロックナンバーを制作。近年のアイドルがロックを歌うムーブメントに大きな影響を与えたパイオニアでもある。地元福岡で レーベル"BAD KNee"を立ち上げ、次世代アーティストの発掘・育成にも力を入れている。

編集:小沢あや(ピース)