ほどよく都会でほどよく田舎。恵まれた環境で子育てができる街、広島|文・枡田絵理奈

著: 枡田絵理奈
2014年のクリスマス。一年半の遠距離恋愛を経て、29歳の誕生日に結婚。

夫は広島東洋カープの選手で6歳年下。まだまだ駆け出し中の夫をサポートするために、8年間勤めたTBSを退社し、広島県広島市に移り住んだ。

横浜で生まれ育った私。親戚もほとんど東京。そんな中、縁もゆかりもない、友達もいない広島という土地での初めての暮らし。休みもなく、朝から時に深夜まで、番組のスタッフやアナウンサー仲間とこれでもかと働き続けた日々から一転、別人のような人生が始まった。

新天地での暮らしは、見るものすべてが新鮮で楽しかった。
とはいえ、やはり知り合いが誰もいない中で過ごす日々。夫が帰ってくる日は、ご飯の用意など、やることがいろいろあるけど、遠征が続くと、誰との約束があるわけでもないし、暇を持て余して、家の片隅から掃除を始める。窓拭き、網戸掃除、お風呂掃除。

しまいには片付けるところがないくらいに家の中が綺麗になる。ピカピカになった家は、よりがらんとしているように感じ、私を孤独に感じさせる。

一日中対面で誰とも話さなかったということもしばしば。自分が望んで決めた道だし、覚悟もしてはいたけれど、やはり寂しかった。

そんな私に小さな家族ができた。

夫が買ってくれたトイプードル。名前は夫の背番号にちなんで「ナナ」。生後2カ月の小さな子犬。このナナが、私に広島でのたくさんの出会いを導いてくれる大きな存在になってくれた。

目が隠れるくらい毛が伸びて、熊のようになっていたナナの、初めてのカットで立ち寄ったトリミングサロン。女性のオーナーが個人で営業されている小さなお店だ。トリミングの申し込みをすると、「ドウバヤシのドウは、道ですか〜?」と、のほほんとした声でオーナーが尋ねてくる。

広島に来てからというもの、広島県民のカープ愛の強さには驚かされっぱなしで、私自身も、「TBSのマスパン」から、「堂林の奥さん」という見られ方をすることが多くなった。それが有り難くもあったけれど、「堂林の妻」として、きちんとしなければと、プレッシャーになっていた部分も間違いなくあったと思う。

そんな中で、堂林を道林かと聞いてきた、私のことも夫のことも全く知らない彼女と仲良くなってみたいという気持ちが出てきて、「引越してきたばかりで、広島のことが全然分からなくて……良かったらいろいろ教えてください!」とお願いしてみた。

そこから、私の広島生活は180度変わった。

彼女の名前は、ちーちゃん。
生まれも育ちも広島。広島在住歴50年以上の生粋の広島人。ちなみに、私のことは、転勤族の夫を持つ妻だと思っていたらしい。

後日、ちーちゃんが夫婦でテレビを見ていたら、「カープの堂林選手が……」とニュースから聞こえてきて、「そういえば、うちにも最近堂林さんっていうお客さんがいるのよ〜」と言ったところ、「いや、そりゃこの堂林さんじゃろ!」とつっこまれて、我が家の存在に気付いたらしい……。

そんなちーちゃんは、休みの日になると、私を車に乗せ、ドライブをしながら広島の街のことをたくさん教えてくれた。『ゆめタウン』や『イオンモール』のような大きな商業施設はもちろん、街に古くからあって、地元の人に愛されているお店にもたくさん連れて行ってくれた。


その中の一つ、『アミヤストア』は、外観からしてとっても趣がある。
お惣菜、肉、魚、そして青果店が軒を連ねる小さな商業施設だ。

お肉屋さんの手作りのお惣菜がとても美味しい。あとは自宅で焼くだけの念入りに仕上げたハンバーグ、衣までついた状態のコロッケ。無添加だし、実家の母が作ってくれたような懐しい優しい味。

鮮魚店は、小さなお店なのに、生の穴子や、東京のスーパーでは見かけないような魚介類がズラリと並ぶ。鯛の皮をパリパリに焼いたおつまみが美味しくて、ちーちゃんに連れて行ってもらうたびに買っていた。

また、中区舟入にある『新鮮館リアル』も、ちーちゃんに教えてもらった面白いスーパーだ。

とにかく激安。安いのに新鮮で美味しい! アワビやサザエだって売っている。お菓子は、「昔実家にあったー!」というような、懐かしいラインナップのものもたくさんあって、ワクワクする。

ちなみにこのお店にはカートがない。買い物カゴがいっぱいになると、みんなその辺の床に置いて、新しいカゴを持って買い物をする。

店内のどこにもそんな案内が書いてあるわけではないけれど、暗黙のルールで、そんな独自の文化ができている。私も、このお店に来た時は、例に倣(なら)って床置きさせてもらっている。

ちーちゃんは、「これ、広島のものじゃけぇ、食べてみんちゃい!」と、よく、私のカゴに食べ物を入れる。白身魚のすり身に衣をつけて揚げた「がんす」(トースターで焼いて生姜醤油をつけたらめちゃくちゃ美味しい!)、桜の形をした、花ソーセージ、タコ天などなど。ちーちゃんのおかげで、広島の味を知ることができた。


広島県民のソウルフードとして有名な『むさし』という、うどんとおにぎりのお店。有吉弘行さんをはじめ、広島出身の有名人もこよなく愛するお店。

ここも、ちーちゃんに教えてもらった。「広島県民になったんじゃけえ、ソウルフードは食べておかんと……」と連れて行ってくれて以来、私のお気に入りになった。

ちなみに、広島出身の有吉さんとも、よく『むさし』の話題で盛り上がる。有吉さんは「肉うどん」一択らしい。一緒に広島ロケに行った時も、その日一番の幸せそうな顔で「肉うどん」をすすっていた。
一方、私は具だくさんで、ニンニクの効いたとろみのあるスープの「元気うどん」がお気に入り。

私がよく行くのは、この写真の広島駅店だけど、『むさし土橋店いろりや』なら、いろりを囲んでにぎやかな雰囲気の中で食事をすることができる。お店のお母さんたちも明るくて気がよくて、そんな中で元気うどんを食べると、本当に元気が出る。


インスタに載せた「肉のこばやし」。比治山橋駅から徒歩数分とアクセスもいい

そして、ちーちゃんが「『肉のこばやし』(正式名称は「小林正肉店」)というお店のコロッケが美味しいよ」と連れて行ってくれて、それをインスタに載せたところ、「こばやしさんなら、ささみカツも美味しいから食べてみて!」とたくさんメッセージが届いて、この街にはちーちゃんみたいな人がたくさんいるんだなと、微笑ましくなった。


……ここまで書いて思った……この原稿、もはや、ちーちゃんが書けばいいのでは……。


ということで、ここからは私が見つけた広島の魅力を。

懐かしくてどこかほっとするお店もたくさんある中で、広島市は、中国地方、四国地方の中で最大の都市であり、都会的な施設や便利さもあるので、東京から引越してきても不便さを感じることはほとんどない。

私の大好きな蔦屋書店が2店舗もあるし、コンパクトシティなので、都市機能がぎゅっと中心に集まっていて、徒歩で用を済ませることができる。特に良いなと思ったのは、劇団四季のミュージカルや、ディズニー・オン・アイス、コンサートやいろいろなアーティストのライブなど、さまざまなイベントが市内で開かれるので、そういった文化的な体験も気軽にできること。

東京にいたら、東京ドーム、東京国際フォーラム、幕張メッセ……など、会場がたくさんある分、それぞれ距離があるので子連れでは行きにくくなってしまうけど、広島の場合はだいたいのところは、車であっという間に着いてしまう。

広島市街地の中心部にある「本通商店街」はこれまで私が見てきた商店街の中で、間違いなく一番活気がある。歴史あるお店や観光客向けのお店はもちろん、若者向けのお店や、今どきのアパレルショップやおしゃれなカフェも混在していて、老若男女が集っている。

さらに、広島駅前や市街地は、ものすごいスピードで再開発が進んでいる。広島駅は2025年春にリニューアルが終了する予定で、営業しながらの改築工事のため、今は行くたびに駅へのルートが変わって迷路みたいになっている。少しずつ、新しく、きれいに生まれ変わっていく様子を見るのはワクワクする。


旧市民球場跡地も「ひろしまゲートパーク」として生まれ変わった。 とても洗練された空間で、おしゃれなスタバもあるし、子どもの遊び場やスケートボード用の広場があって、家族連れでにぎわう。

新しさの中にも、旧市民球場で使われていたベンチやカープの記念碑などが残されていたり、かつてのグラウンドの部分は広場として残され、それを囲むようにして店舗が建っていたりして、なんとなく、グラウンドとスタンドを彷彿(ほうふつ)とさせるようなつくりになっていて、旧市民球場の名残を感じることができる。 歴史を大事にしているところも、広島らしくて良いと思う点だ。


ちなみに、広場は、お祭りや餃子フェス、アーバンスポーツのイベントなどバラエティにとんだ企画が催され、夏にはプールもできていて、我が家もかなりお世話になっている(市街地のど真ん中でプール!)。

広島城のすぐ近くに、サンフレッチェ広島の新しいスタジアムも建設中。ここも、商業施設や子どもの遊び場が入るらしく、ますます家族で楽しめるスポットが増えそうでうれしい。

新しさと温かさを感じることができる市街地がある一方で、ちょっと車を走らせたら、大自然! 海や川、山など豊かな自然の中で遊ぶことができるし、果物狩りやグランピングなどのレジャーも充実している。

ほどよく都会で、ほどよく田舎。本当に、恵まれた環境で豊かに子育てさせてもらっているなあと思う。

でも、広島に来て一番魅力的に感じているのは、なんといっても人だ。ちーちゃんをはじめ、広島には優しくてあたたかくて、お世話好きな人がたくさんいる。そして、昔ながらのご近所付き合いが今でも盛んだ。

「片栗粉大さじ3だけください!」といって、ビニール袋を持って友達の家に行ったこともあるし、友達が「炊飯ボタン押し忘れてたから、一杯ご飯をちょうだい!」とお弁当箱を持って現れたことも。

体調が悪いと話したら、みんながいろいろなおかずを持ってきてくれて、いつもより食卓が豪華になったり(ちなみに、ちーちゃんはこの時、マツタケの土瓶蒸しを土瓶にラップをして家まで自転車で持ってきてくれた……)、家事や仕事が立て込む時に、お互い子どもを預けあったりして、休みの日には、家族ぐるみで遊んでいる。

たくさんの方に見守ってもらいながら、子どもを育てているような感覚になれる。もう、昔のような寂しさは全く感じない。

ちなみに、広島県は、地理的に東西に長くて、いろいろなところに魅力的な観光スポットがある。宮島はもちろん、呉や尾道、『崖の上のポニョ』の舞台であり、ドラマ『流星ワゴン』のロケ地にもなった港町・鞆の浦がある福山。そして、美しい瀬戸内海の島々。

家族の休みが揃うと、少し遠出して、そんな広島県内の名所をまわっている。でも、引越して9年経った今でも、まだまだ周りきれないほど、行ってみたいところがたくさんある。

人のあたたかさを感じながら、この街で暮らせることをありがたく幸せに思う。

著者:枡田絵理奈

枡田絵理奈

1985年12月25日生まれ。神奈川県出身。
2008年から15年までTBSアナウンサーとして「チューボーですよ!」「ひるおび!」「クイズ☆タレン ト名鑑」 などのMCのほか、五輪やサッカーW杯などでもスポーツキャスターとして中継MCを担当。 広島東洋カープに所属する堂林翔太選手との結婚を機にTBSを退社し、広島に移住。現在は3児の子育てをしながら、フリーアナウンサーとして活動中。
Instagram:@masuda_erina.official

編集:岡本尚之