私がこの街を好きな理由 〜大船〜

著: SUUMOタウン編集部 

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その街に住んでいる(住んでいた)、住んだことはないけれど好きだ、という人にその魅力について語ってもらう本企画。

今回は、『日本てくてく ゲストハウスめぐり』(ダイヤモンド社)、『あちこち島ごはん』(芳文社)という2冊の書籍を2017年7月に出版したイラストエッセイストの松鳥むうさんに、「大船(神奈川県鎌倉市)」について語っていただきました。

6路線が乗り入れる交通の要所で、どこに出かけるのにも便利な大船

松鳥むうさんは、これまで100軒以上のゲストハウスを泊まり歩き、国内の離島のうち84島を訪れたという、まさに旅のエキスパート。

旅というと多くの人は名所旧跡や絶景を見に行く“観光旅行”をイメージしがちですが、むうさんの旅はちょっと違います。興味の対象は単なる観光ではなく、

その土地で暮らす人がどんなものを食べて、どんな日常を、どんな気持ちですごしているか?

つまり“人と出会い”が彼女の旅のテーマとなっています。

そんなあたたかな視点で旅の楽しさを描いた彼女の作品にはファンが多く、最近はラジオ番組にゲスト出演したり、各地のトークイベントに招かれて旅について語ったりと、執筆以外の仕事も増えてきているようです。

全国を飛び回る中で、いろんな街や村を見てきたむうさんが “今、首都圏エリアで一番気になっている街”として挙げてくれた街が、「大船」です。

f:id:SUUMO:20180227175851j:plain仲通商店街で買い物をする松鳥むうさん。大船駅東口には仲通、駅前、商栄会の三つの商店街があり、“湘南のアメ横”“鎌倉の台所”ともよばれるほど多くの買い物客で常ににぎわっている

大船駅は鎌倉市の北西部に位置し、駅には東海道本線、湘南新宿ライン、上野東京ライン、横須賀線、根岸線、湘南モノレールの6路線が乗り入れています。東京駅や新宿駅へ乗り換え無しで、1時間以内で行けることを思うと、十分都心への通勤圏内にある街といっていいでしょう。

また大船駅は湘南の玄関口としても知られ、鎌倉までは6分(横須賀線利用)、江ノ島までは14分(湘南モノレール利用)ほど。

通勤にも観光にも便利な大船ですが、他の湘南エリアの街(鎌倉、逗子、葉山、藤沢、茅ヶ崎など)と比べると、少々印象の薄い街のように感じる方もいるかもしれません。

「乗り換えで通ったことあるけど、駅から外に出たことはない」、「車窓から真っ白な観音様を眺めたことはあるけど、どんな街なのかよく分からないという人もいるのではないでしょうか。

同じ湘南エリアなら「住みたい街ランキング」(SUUMO調べ)の上位にランクインする「鎌倉」の名前が挙がってもよさそうなのに、なぜ、むうさんは大船が気になっているのでしょう?

観光客も雑誌もスルーしがちな街・大船に注目する理由

むうさんが大船に興味を持ったのは、大船在住の友人とお酒を飲んで終電を逃し、友人宅に泊めてもらったのがきっかけだといいます。


「泊まった翌朝に駅へとむかう途中、商店街を歩いてみたら、そこには八百屋さんや魚屋さんやらがぎゅうぎゅうにひしめきあっていて、びっくりするほど活気があって、それを見て、次に引越すならここがいい!と思ったんです。昔ながらの商店が元気なだけでなく、大手スーパーもあるし、居酒屋も多いし、ちっちゃい街の中に雑多なものがギュ〜っと詰まっているのがいいんですよ。


むうさんに案内されながら、取材陣も北口の商店街を歩いてみましたが、確かに人が多い。

「今日は何がおすすめかしら?」「サンマの新鮮なのが入ってるよ、安くしとくから買ってってよ!」といったお店とお客の丁々発止の会話が通りのあちこちから聞こえてきて、規模こそ違うものの、上野のアメ横の雑踏に迷い込んだかのような気分になってきます。

また、路地沿いの居酒屋やスナックの看板に明かりがともる夕暮れ時になると、ほろ酔いの人々の笑い声が店から漏れ聞こえてきて、昼とはまた別のにぎわいが街に広がりはじめます。

大船と同様に、お隣の鎌倉や江ノ島も大勢の人でにぎわっていますが、にぎわいの中心はあくまで観光客。それに対し大船の場合は、地元の人々の暮らしそのものが街のにぎわいをつくっているような印象を受けます。


「そうなんですよ。大船って、鎌倉よりも食材とかも安いから、近隣の住民が買い出しに来たりもするし、いろんな路線が乗り入れていて、みんなで集うときにも便利なので、近隣の地元の人が集まる場所にもなっているようです。湘南エリアの他の街のように観光地、観光地してなくて、人間の暮らしの匂いが感じられるところが好きなんです」

f:id:SUUMO:20180227175931j:plain個人商店が元気なのが大船の特長だが、大手スーパーの西友(24時間営業)、イトーヨーカドーもあるし、駅ビルにはルミネウィング、アトレ(駅構内)も入っている

東口・北口はにぎやかだが、西口は静かで自然も多く残る

また、にぎやかなだけでなく、落ち着いた場所が点在していて、「静」と「動」のバランスがとれているのも大船の魅力だと、むうさんはいいます。


「イラストやエッセイを描くときは、どうしても部屋にずっと籠もって集中することになるので、一段落したときは、静かな場所で一息つきたくなるんです。その点、大船には落ち着いた場所も意外と多いから、こういう仕事をするのにも向いてるんじゃないかなぁ……と。

西口を出てすぐの丘の上には優しい表情の観音さま(大船観音)も鎮座してるし、西口には川(柏尾川)も流れていて、川沿いを散歩しながらぼんやり観音さまを眺めているだけでも、気持ちがすぅ〜と落ち着きそうじゃないですか」


むうさんが言うように、大船の東口にはビルや商店が密集しているのに対して、西口は緑が多く長閑な雰囲気が漂っています。線路と並行して流れる柏尾川を渡った先に広がる、こんもりとした里山のような風景を見ていると、確かに心が和みます。

また、駅から少し足をのばした場所には、四季折々の花が楽しめる「県立フラワーセンター大船植物園」や、北条早雲が築いたと伝わる城「玉縄城跡」などもあり、住環境としては恵まれているといってよさそうです。

f:id:SUUMO:20171225101531j:plain大船の街を丘の上から見守っている色白で優しい表情をたたえた「大船観音」。毎週日曜日の9時からは一般客も参加可能な坐禅会も開催されている(坐禅会は要予約)
f:id:SUUMO:20171225101619j:plain西口から藤沢方面に15分ほど歩いたところにある「県立フラワーセンター大船植物園」。現在は改修工事中で平成30年4月にリニューアルオープン予定

ゲストハウスを開くのにも大船は向いている?

さらにむうさんは、こう続けます。


「私が大船でもうひとつ気になっているのが銭湯の充実ぶりです。鎌倉市内には5軒の銭湯が残っているのですが、そのうち4軒は大船駅周辺にあるんですよ。なかでもおすすめは湘南モノレールの富士見町駅近くの「常楽湯」。最近の銭湯は、重油や灯油でお湯を沸かしているのが普通ですが、ここは今も昔ながらのスタイルを貫いていて、マキで湧かしているんです。一度だけ入りにいったことがあるんですが、内部も昔のままですごくいい雰囲気でしたよ」


f:id:SUUMO:20171225101849j:plain県道302号線沿いの路地奥で昭和15年から営業しているレトロな銭湯「常楽湯」。浴室の壁画はもちろん富士山!


風呂なしアパートが姿を消しつつある昨今、銭湯の有無に注目する人はそれほど多くはないはずですが、旅先でゲストハウス(共有シャワーが基本で、浴槽のない宿も多い)に泊まることの多いむうさんにとっては“その街にいい銭湯があるかどうか?”が、どうしても気になってしまうようです。


「銭湯が充実していて、食堂や居酒屋がたくさんあるという点では、じつは大船はゲストハウスを開くのにもすごく向いているように思うんですよ。自転車があれば北鎌倉や鎌倉にも行けるし、モノレールに乗れば江ノ島もすぐです。

また大船では、お店同士の横のつながりも強くて、いろんなお店が協力して、「大船ライブパーティー」(チケットを購入すると、20軒以上の参加店すべての音楽ライブが楽しめるイベント)が毎年開催されていたり。『大船ヨイマチ新聞』という地元愛に満ちたフリーペーパーがつくられていたりと、街を盛り上げようという動きも盛んです。

今のところ、大船にゲストハウスは一軒もないけど、もし、ここに地元の人も利用できるカフェを併設したゲストハウスがつくられたら、観光客を巻き込んで街はさらに活性化していくはずです。“大船自治区”を盛り上げるために、誰か早くゲストハウスをつくってくれないかな〜」

湘南だけど湘南っぽくないのはなぜ!?大船は「自治区」なのだ

むうさんは、“湘南エリアの他の街とは別の文化がある”という意味を込めて、大船のことを“大船自治区”と呼んでいるようですが、確かに大船には、古都鎌倉や、サーファーカルチャーが根付いた藤沢・茅ヶ崎、著名人も住む逗子・葉山といった、いわゆる「湘南イメージの街」とはどこか異なる雰囲気・文化が漂っているようにも感じられます。

大船に他の湘南の街とは違った印象を感じるのは、街の発展の歴史が関係しているのかもしれません。特に、大船を語る上で欠かせないのが「松竹大船撮影所」の存在。昭和11年に松竹の撮影所が鎌田から移転してきたのを機に、大船は“映画の街”として発展を遂げていくことになります。

映画産業全盛期には、街を銀幕の大スターや映画関係者が闊歩し、今とは比べものにならないくらい街は華やかさに満ちていたそうです。それを思うと当時から大船は、他の湘南エリアとは“別の文化の流れ”の中にあったといってよいでしょう。

2000年に撮影所は閉鎖となり、現在の大船には映画の街だったころの面影はほとんど残ってはいませんが、おそらく地元の人々の心の中には、「かつては文化の街だった」というプライドが今もあるはず。街をもっと盛り上げようという気持ちが地元の人の中に強いのも、そのせいなのかもしれません。


「撮影所自体はなくなってしまいましたが、当時から続くお店はけっこう残っていて、懐かしそうに昔話をしてくれる人もまだまだいますよ。ずっと続けてくれるとうれしいんですけどね〜」


と、むうさん。

ちなみに当時、映画関係者や銀幕のスターたちが通った店としては、「でぶそば(中華)」「浅野屋(蕎麦)」「との山(炭火焼き)」「レストランミカサ(洋食)」などが、今も営業を続けているようです。

f:id:SUUMO:20171225101947j:plainかつて「松竹大船撮影所」があった場所には現在「鎌倉女子大学」が建っている。学内のホールには撮影所で使用されていた機材や資料が展示されていて、事前に予約すれば見学可能

“湘南っぽくない湘南の街”の隠れた湘南らしさとは?

他の湘南の街とは異なる文化の流れの中にありつつも、湘南らしさもちゃんとあってそれも街の魅力になっていると、むうさんは言います。


「例えば相模湾でその日の朝に獲れた新鮮な魚を美味しく味わえるお店も、大船には結構多いんですよ。なかでもおすすめは『魚男(フィッシュマン)』という店。ここは釣り好きの方たちが集まるお店だけあって、お刺身がとにかく絶品です。

それから、大船にはサーフィンや釣りを趣味にしていて真っ黒な人も多いから、島にしょっちゅうでかけて一年中日焼けしてる私も、浮かないのがいいですね(笑)私は『ギョサン』(小笠原諸島の漁業関係者が履いている樹脂製サンダル)を普段履いているのですが、場所によってはただの便所サンダルだと思われるけど(笑)、海がそれほど遠くないせいか、ここではマリンスポーツをやっていたり、海にかかわりのある仕事の人だと認識されるみたいです。」

 f:id:SUUMO:20180227180027j:plain大船の商店街の風景にとけ込むむうさん。最新刊『おばあちゃんとわたし』(方丈社)も好評発売中。2018年初夏には西日本出版社からトカラ列島の本を出版予定

f:id:SUUMO:20171225102026j:plain「魚男(フィッシュマン)」の刺身盛り合わせ。むうさんはラジオ番組に出演したときDJの方に紹介してもらったのをきっかけにこの店の存在を知り、足を運ぶようになったとか

沖縄料理「アンダンスー」でディープな大船を体験

さらにディープな大船の魅力が知りたくなった取材陣は、むうさんのおすすめのお店に連れて行ってもらうことにしました。


「素敵なお店はたくさんあるけど、今日は、私の大好きな女将がやってる沖縄料理の『アンダンスー』に行ってみましょう」


むうさんに連れられて、駅から北鎌倉方面へ住宅地を10分歩き、「ここです〜」と言われた取材陣は、むむ、これってホントにお店なの? と思わず顔を見合わせてしまいました。どう見ても普通の民家です。

おそるおそるドアを開けると、「むうちゃんこんばんは〜」と、女将の“かよて三吉”さん(通称かよさん)が迎えてくれました。店内は生活感たっぷりでありながらも、友人の家の居間におじゃましたような気分でなんだか和めます。

メニューはお任せコースのみ。かよさんの料理はお肉を使わない昔の沖縄の家庭料理で、味付けも上品で素材の味が生き生きと感じられます。

f:id:SUUMO:20171225102145j:plainちょっぴりカオス状態だが、なぜか和める「アンダンスー(沖縄の油味噌の意味)」の店内。素材の味を活かした料理はどれも美味。2階のお座敷はライブスペースになっている

店を一人で切り盛りしているかよさんは、沖縄民謡を歌うアーティストとしても活動していて、最初は鎌倉より家賃が手ごろという理由で大船に住み始めたものの、今ではすっかりこの街の魅力にはまってしまったといいます。


「雑多な人が暮らしていて、すべての人に分け隔て無くウエルカムなところが大船の良さなんです。同じ湘南エリアでもクリエイターや文化人が多く住む鎌倉や逗子は、なんとなく敷居が高いイメージがありますよね。

でも大船には、企業の工場が多いため、職人さんや工員さんたちもたくさん暮らしていて、変に気取ったところないのがいいんです。かといって文化的な匂いが皆無というわけではなく、面白いことをやっている人もそれなりに住んでいるし、商店街でライブやイベントが開催されたり……。街を盛り上げようという気概を持った人がこの街には意外に多いんですよ」


とかよさん。

かよさん自身も、お店の2階の座敷を利用して落語などのライブを開催したりと、独自の活動を続けているそうです。

ほどほど感と、ゆる〜い空気感が居心地のよさの秘密

泡盛片手に、ゆったりとした口調のかよさんとおしゃべりしているうちに、すっかりいい気分になった取材陣を前に、むうさんは「なぜ鎌倉ではなく、大船に魅力を感じるのか?」の理由を、最後にこう自己分析してくれました。


「結局、私が大船に惹かれる理由は この町に漂う、いい意味での“ゆるさ、ほどほど感”にあるように思うんです。東京で暮らしていると、常に上を目指してがんばらなきゃ!って思いがちじゃないですか。でも人間の幸せって本当はそうじゃない気もするんですよ。肩の力を抜いたフツーの暮らしの中にこそホントの幸せはあるんじゃないかって。

以前、自然農法でお米をつくっているゲストハウスに泊まったとき、そこのご主人が「ぼくは有機農業に頑なにこだわってるわけでもないし、必要以上に稼ぎたいとも思わない。自分の食べるものを自分でつくって“ほどほど”に暮らしていければそれでいいんだよ」って語るのを聞いて、私もそんなふうに生きたいと思ったんです。

大船の街には、そうした背伸びしない「ゆるさ、ほどほど感」が感じられのが、居心地の良さの秘密なのかもしれませんね」


等身大の暮らしを楽しむことができそうな街、大船。気になった方は週末訪れて歩いてみてはいかがでしょうか。


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(取材、文・中村宏覚/撮影・鈴木さや香)