15年以上アイドルを続けられたのは、新潟と新潟のみなさんのおかげ――Negicco Kaedeさん

インタビューと文章: 小沢あや 写真:きくちよしみ

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2003年の結成から、新潟県を拠点に活動を続けているアイドル・Negicco。現在は「にいがた観光特使」を務める、地域の顔です。

結成後、なかなか芽が出ず、苦しい時期が長かった彼女たち。2014年に『光のシュプール』で悲願のオリコンチャート5位を獲得して以来、順調に動員を伸ばしています。

今回は、4月23日にソロシングル『クラウドナイン』をリリースした最年少メンバー・Kaedeさんをお迎えし、全国区のアイドルとなってからも上京しない理由や、地元愛について聞きました。

「新潟でアイドル?」最初は冷ややかだった地域の目

――Negiccoは3人とも、新潟生まれ新潟育ちですね。Kaedeさんが暮らしているのは、新潟のどんな街ですか。

Kaedeさん(以下、Kaede):新潟の中心地から離れた田舎です。もともと両親が「自然があるところで子育てをしたい」と思って決めた土地で。生まれてからいままで、ずっと実家暮らしです。ありがたいことに、新潟市内を歩いていると「あっ、Negiccoの子だ」と気づいていただくことが多いんですが、実家にいると完全にオフになれるんです。

――Negiccoは、新潟の有名人ですよね。Kaedeさんは小さいころからアイドルをやっていて、学校でも一目置かれていたのでしょうか?

Kaede:Negiccoを始めたのは、小学校6年生のときだけど、ぜんぜん売れていなかったし、しばらくバレませんでした。学校でいじめられたら怖いし、なるべく大人しくしておこうと思って、アイドル活動をしていることを自分からは一切言っていなかったんですよ。

でもある日、友達がイベントのチラシを見つけて中学校に持ってきちゃって。「これ、Kaedeちゃんじゃない?!」って、ちょっとした騒ぎになっちゃいました(笑)。友達は、今でも活動を応援してくれています。

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――しばらく隠せていたのがすごいですね! Negicco結成から15年以上が経ちました。グループを取り巻く状況も変わったと思いますが、結成当時の新潟県民の反応はどんな感じだったんでしょうか?

Kaede:デビューしてから7年くらいは「新潟でアイドル?」「売れないよ」「ネギって(笑)」と、冷ややかな目と空気で見られることが多かったんですよ。町のお祭りやイベントでライブをやっても「あんたたちなんて別に観たくないよ」「またNegiccoかあ」って、がっかりされちゃう感じで(笑)。

――そんな感じだったんですか? 今では信じられないです。

Kaede:当時はまだアイドルグループが少ない時期だったから、違和感があったのかもしれないですね。新潟の方々には、なかなか認めてもらえなかったですし、悔しく感じることもありました。

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――ファンがつくまで、とっても時間がかかったんですね。

Kaede:ライブも、本当に人がいなかった(笑)。でも、若かったから根拠のない自信もあったし、「楽しい! 歌いたい! 踊りたい!」っていう気持ちだけでやっていましたね。「私たちは好きなことをしているから、人がいなくても歌う!」って。

――そこから、Negiccoは新潟のアイコンとなりましたね。

Kaede:2010年に、ご当地アイドルの全国No.1を決めるイベント『U.M.U AWARD全国大会』で“新潟代表”として優勝できたのは大きかったです。その後、自治体の方々ともご挨拶させていただいて、新潟の方に認めてもらえた実感がわきましたね。

Negiccoを長く続けていくうちに「今、新潟のために活動してくれるのがうれしい」なんて言っていただけることもだんだん増えてきました。街のイベントでも、人がわーっと集まってくださるようになったし、本当にうれしいです。

新潟のアイドルだからこそ、いろんな仕事にチャレンジできた

――Negiccoは、ご当地アイドルブームの象徴的存在です。地域の仕事で印象に残っている思い出は?

Kaede:魚沼市の薬師スキー場で開催された「薬師スキーカーニバル」ですね! ライブにゲスト出演させていただいたんですが、なんとステージまで雪でつくられているんですよ。「流石にステージ部分は何か敷いてあるのかな?」と思うじゃないですか? 本当に床まで全部雪でできていて(笑)。

――寒いし、過酷ですね……!

Kaede:驚いたんですけど、滑りながらもなんとか踊りきりました。地元のお祭りだと、歩行者天国の路上とか、屋根もステージもない場所でパフォーマンスすることもたくさんあるんです。大雨で機材が壊れてしまって、急遽オケなしの生歌でライブしたこともあります。予想外のトラブルを乗り越えて、だいぶ鍛えられたかもしれません。

スキーカーニバル

どんな舞台でも、ステージがなくても、Negiccoは一生懸命に歌う

Negiccoはもともと、新潟名産「やわ肌ねぎ」の応援のために期間限定で結成されたグループ。新潟ありきのユニットだったからこそ、アイドルらしくないお仕事にたくさんチャレンジできたんだと思います。

――今は地元企業のCMにもひっぱりだこですね。

Kaede:新潟の地酒「朝日山」さんのCMに出ることになったときは、「大人になったなあ」と実感しましたね。成人してからでないと、お酒の仕事はできませんから。ずっとやっていてよかったと思います。サトウ食品さんもそうですけど、地元で応援してもらえるのは、本当にありがたいです。

上京しなかったからこそ、Negiccoがある

――今でこそ地域密着型アイドルですが、もともとKaedeさんは東京の大手事務所のオーディションを受けていたそうですね。上京したい気持ちもあったのでしょうか。

Kaede:芸能スクールにいたときは、経験を積むために、オーディションにたくさん応募していました。でも、Negiccoに入ってからは、私自身は新潟を出ることは考えなくなりましたね。東京進出するかどうか、メンバー間で意見が割れた時期もありました。

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――3人みんな学年が違うので、進学や就職で揺れ動くことも多かったのでは。

Kaede:メンバーもスタッフさんも、こんなに長くNegiccoをやることになるなんてだれも思っていなかったんです。私の将来の夢も、もともとは薬剤師。「経済的にも、公立大学に受からなきゃ!」と調べたんですが、新潟には公立の薬学部がないんですね。県外に進学することになれば、Negiccoは続けられない。受験勉強が本格化する前に、みんなに「辞めます」と伝えました。

――そこから結局地元の新潟大学に進学したのは、Negiccoを続けたい気持ちが出てきたからでしょうか?

Kaede:いや、順番は逆なんです。富山大学のオープンキャンパスで動物実験の様子を見て怖くなっちゃって(笑)。私、薬学部無理かも! と断念して、大好きな理科実験ができる新潟大学の工学部に進路変更しました。「新潟大学なら、大学に通いながらNegiccoも続けられるんじゃないか」と思って、辞めるのをやめたんです。

――いろんな予想外が重なって、今があるんですね。

Kaede:あのまま新潟を出ていたら、続いていないですね。途中で上京していたとしても、みんな途中で心が折れて、解散していたと思うんです。15周年を迎えた去年のワンマンライブは、地元・朱鷺(とき)メッセで開催できました。県民じゃないと分からないと思うんですけど、新潟では一番広い会場です。Negiccoは3人とも、朱鷺メッセで成人式をあげたので、感慨深かったですね。新潟にずっといたからこそ立てた、大きいステージだと思います。

15周年ライブ

朱鷺メッセで行われたワンマンライブ

新潟県民は「新潟には何もないよ」と言うけれど

――新潟の魅力はたくさんありますが、地元の一番好きなところは?

Kaede:新潟って、とにかく落ち着くんですよ。新潟の人って「人がいない」「新潟には何もないよ」って言いますよね(笑)。私もそう思っていたんですけど、仕事で県外に行くようになってから、「新潟って、お米も魚も水道水も本当に美味しかったんだ!」って、気がつきました。

――全国を行き来するようになって、新潟の良さを実感したんですね。

Kaede:私たちがずっと自分のペースでいられるのは、新潟にいるからなのかなって思います。人が少ないから、ゆっくり歩けるし。東京に行くと、びっくりするんです。みなさん、人混みを避けるのが上手ですよね。私にはまだまだ難しいです。

――たしかに、Negiccoはそれぞれ個性がありますが、みんなのんびりしている印象があります。

Kaede:ファンの人もそうだし、新潟県民もそうなのかな? 恥ずかしがり屋さんが多いんですよ。ライブでも、みんな照れてしまってなかなか踊ってくれない。盛り上げるのが、とにかく難しい(笑)。みなさん笑顔なのに、とっても大人しいんです。

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――東京からNegicco目当てにやってくるファンも増えましたが、おすすめのお店はありますか?

Kaede:新潟も結構お店の入れ替わりが激しいんですけど、昔から大好きでよく食べに行くのは、東大通りにある「和らぎ亭 しまや別邸」の親子丼です。

思わずTwitterにもアップしちゃうんだそう

あとは、万代バスセンターのカレーですね!

――新潟市民のソウルフードですね。

Kaede:ライブイベントのケータリングにも出てくる、超名物なんです。普通のカレーより、ルーが黄色いのが特徴で。メンバーもみんな大好きなので、ライブの日も出演前に食べて、終わった後も食べて、残ったルーとカレーはタッパーに詰めてもらって、持ち帰ります(笑)。家族にもよろこばれるんです。レッスン後に、3人でバスセンターに寄って買って帰ったこともあります。思い出がたくさん詰まっていますね。

――最後に、新潟のみなさんに伝えたいことは。

Kaede:15年以上続いている今だからこそ言えるけれど、心折れずにやってこられたのは、新潟のみなさんのおかげです。これからも、Negiccoはずっと新潟を拠点に活動していくつもりです。

古町通商店街で開催されているイベント『古町どんどん』にも、毎年出演し続けたいですね。「新潟にこんなに人がいたんだ!」ってびっくりするくらい、大勢の人が集まるんです。地元のおじいちゃんおばあちゃんたちが「今年もNegiccoがんばってるな」「背、伸びたな〜」って、親戚みたいに声をかけてくれます。流石にもう背は伸びないんですけど(笑)。“よく見る顔”に会えるのは、やっぱりうれしいですね。

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お話を伺った人:Kaede

Kaede

Negiccoメンバー。あだ名は「かえぽ」。ラジオ好き。生誕記念ソロシングルとして2017年「あの娘が暮らす街(まであとどれくらい?)」(作詞・作曲:澤部渡、編曲:スカート)、2018年「ただいまの魔法」(作詞・作曲・編曲:和田唱(TRICERATOPS))をリリース。2019年4月23日には正式にソロ活動スタートとなる「クラウドナイン」をCD-Rでリリースした。


聞き手:小沢あや

小沢あや

編集者 / ライター。音楽レーベルでの営業・PR、IT企業を経て独立。ハフポスト日本版、Dybe!、ウートピ等で執筆。Engadget「ワーママのガジェット育児日記」連載中。SUUMOタウンに寄稿したエッセイ「独身OLだった私にも優しく住みやすい街 池袋」をきっかけに、豊島区長公認の池袋愛好家としても活動している。

Twitter:@hibicoto ブログ:TOKYO 3H