「駅チカ」から遠く離れて。三鷹仲町通りで紡がれてきた時間【街と音楽】

著者: 伊藤暁里(Taiko Super Kicks)

 

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

 

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東京に越してきてから、「駅チカ」に住んだことがない。

私は高校まで九州に住んでいた。4歳年上の姉がいる。中学の時、姉が東京の大学に進学し、家を出た。その影響もあり、私も東京の大学に進学。家賃を抑えるなどの理由から姉と二人暮らしをすることになった。

姉と住んでいた時期のマンションは、吉祥寺駅から南西へ、あるいは三鷹駅から南南東へ下ったところにあった。高校を卒業したばかりの私は東京の地域事情も分からないし面倒だったので、物件選びは姉に任せていた。

2人でゆったりと暮らせて、家賃もさほど高くない物件を探した結果、吉祥寺と三鷹のちょうど中間にある、駅徒歩30分バス10分のマンションに住むことになった。

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吉祥寺からの帰り道。この左手前にちょっとしたスペースがあり、深夜に何度かギターを持って歌いに来たことがある

住所は三鷹市だが、バスの本数は吉祥寺からの方が多い。ミーハーな姉はそれをもって、ずっと自分は吉祥寺住みだと言い張っていた。

駅から離れている分、いろいろと考える時間はあった。考え事をしているとき、問題や悩みにぶつかると体の動きが止まる癖があるので、立ち止まったり歩いたりして結局1時間近くかけて家に帰ることもザラだった。

頭の中で曲を考え、歩きながらボイスメモに鼻歌を録音することも多かった。家までダラダラと歩く時間も、それなりに有意義に過ごせた。

これだけ駅から遠い家だったので、たまに友達を招くと必ず驚かれた。「実家じゃないと割に合わない距離感」「ちょっとした小旅行」「吉祥寺の辺境」など、遠さを表す感覚的な形容がいろいろと生まれて面白かった。駅からは程遠かったが、そんな生活も慣れてみると悪くはなかった。

 

駅から離れたところにあるもの

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三鷹駅南口商店街の景色。2019年にワンマンライブを開催したscoolもこの通りにある

駅から家に着くまでには、いろいろなお店があった。パン屋や食堂、居酒屋など。多くは長い間営業している個人経営の店だ。近所に住む人々の根強い需要で成り立つお店が多いのだろう。

学生時代は一人で飲みに行く金はなかったし、常連をメイン客にしているであろう店に入る勇気もなく、時々遠回りをしてそういうお店を見つけては、想像力をフル稼働させながら店内の様子を伺っていた。

そこから月日は流れ、社会人になってお金も多少使えるようになり、一人で飲むようにもなった。駅前のにぎわっている店で何回か飲むうちに、帰り道にある古い店にも行ってみたいと思うようになったが、なかなか勇気が出なかった。

しかしある日、意を決して一番気になっているお店に入ることにした。その時のことは今でも鮮明に覚えている。雨が降っている日で、少し風邪気味の私はマスクをしていた。気になっていたのは三鷹の「大安」という居酒屋だった。

その日も一人で駅前で軽く飲み、酔いの勢いを保つため店の近くまでバスで向かった。店の前ではやはり躊躇ったが、どうにでもなれという気持ちでドアをガラリと開けた。

 

「いらっしゃい」とかはなかったと思う。店内向かって右にテーブル席がふたつ、左に厨房とカウンター席、その奥に小上がりがある。かなり緊張していたが何でもない感じを装って「一人です、ここいいですか?」と一番手前のカウンター席に座った。

店に入る時、入口上方の看板にレモンハイと書いてあったので、「レモンハイお願いします」と白ひげを生やした渋いながらも優しい顔のマスターに伝えると、こちらに背中を向けたまま分かるように無言で頷いた。今思えば私の注文タイミングが悪かっただけなのだが、当時は初めて来た客に背中で語るその姿になんだかどきっとした。 

 

ほどなくしてレモンハイが到着した。氷が入った焼酎と割材が別々で来る、ホッピースタイルの提供だったのだが、その焼酎の量がとんでもなかった。ジョッキの8分目くらいまで注がれていて、割るスペースが少ししかない。「これはすごいところに来た……」と思いながら、おかずにもつ煮込みを注文した。

すぐに煮込みが到着。思っていた倍の量だった。よく煮込まれた白モツとネギやゴボウなどがたっぷり入った、優しい味付けのおいしい煮込みだった。 

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大安の煮込み。1人で食べるには多い。飲み物はレモンハイではなく白ホッピー

心の中で涙を流しながら煮込みを食べていると、テーブル席に座っていた異様に雰囲気のあるお婆さんに話しかけられた。初めて来たのか、ここは何でも美味くて安い、また来なさい、みたいな話だったと思う。

帰り際マスターに、ぶっきらぼうに「じゃあな」と言われた。 店に入ってから出るまでずっと感動しっぱなしだった。濃い焼酎にやられてだいぶ酔っていたが、その日はどうにか家に帰ることができた。

 

翌日大安を食べログで調べてみた。情報はほとんどなく、一年以上前の口コミが3つほどあるだけだったが、そのいずれも、「究極」「最強」等の最大級の賛辞を店に送っていた。 

駅から歩けば20分はかかるような場所で、粛々と、かつどっしりと営まれているお店があり、そこに私が知りもしなかった素晴らしい時間が流れている。そのことに私は改めてじんわりと感動した。その日から、私は暇を見つけては、帰り道に知らないお店を見つけて入るようになった。

 

仲町通りとお酒と私

大安は、吉祥寺駅と三鷹駅それぞれから南に伸びる道を、東西につないでいる通りの一つにある。その三鷹(東)側の交差点は仲町という交差点で、大安がある通りは仲町通りと呼ばれる。

仲町通りには、昔は今よりいろんなお店があって、にぎわっていたらしい。仲町通りの飲食店にはほとんど行った。まず大安に行き、その勢いで少し冒険してみるという感じだった。

 

ある日、大安でとある常連さんの隣に座って話が盛り上がって、「みひろ」というスナックに連れて行ってもらったことがある。

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その日はかなり酔っ払っていたため記憶はほぼないが 、ウイスキーを飲み、カラオケを歌った。確か「上を向いて歩こう」だった。これを場末と呼ばずに何を場末と呼ぶのか、という雰囲気だった。

カラオケチケットがあり、何枚かセットならお得になるようなシステムがあったと思う。気が付くと私は家の布団の上にいた。財布の中身はすっからかんになっていて、代わりに家庭用プリンタでつくられたであろう、チープなカラオケチケットが入っていた。そのチケットを使うことはその後なく、いまだに家の引き出しに入っている。

 

大安の真正面にある居酒屋「鳥仁」には3回ほど行った。店の看板に「やきとり」と書いてあるが、やきとりはない。というか、つまみ自体あまりなかったと思う。

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 この店は、週のうち木金土の3日しか営業していない。真偽のほどは分からないが、店主が足を悪くされていて、保健所からの指導でそうなっているらしい。ここの店主は、酒を飲んでいると問題を出してくる。

最初に行ったときには「口と十を使って漢字を何個つくれるか」みたいな問題を出された。そこから政治の話が始まり、歴史の話が始まり、2階からお母さんが下りてくるまでいろんなことを話してくれた。

あまり知られていないが、三鷹には現在も東京大学の寮がある。昔はよくそこの学生がこのあたりに飲みにきていたのだという。だから私のような若い人間が店に来ると、そのころのように歴史や政治の話をしてくれるのだと思う。

 

仲町通りには寿司屋が2つあり、その片方の「葵寿司」には時々行っていた。 

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ここはマスターとその奥さんが営んでいるお店で、バンドの曲を聞いてもらったこともある。マスターは「永ちゃんのバラード曲みたいな雰囲気だね」と言ってくれた。奥さんは、小さいころ例の東大の寮の近くに住んでいたらしく、老朽化が進んでいたその建物をお化け屋敷みたいだと怖がっていた。

なじみの客向けの忘年会があり、私も行くと言っていたのに、数日前に行きたくなくなって適当な嘘でキャンセルしたことを激しく怒られて以来、行きづらくなっている。

 

この道をしばらく奥へ進むと仲町交差点にあたる。

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前の家への帰り道はここを左へ。酔った状態で音楽を聴きながら帰るのが気持ちよかった

写真右手に、電球がついている店舗があるが、ここは昔ローソンだった。仲町通りはこの交差点の向こうにも続いており、飲食店もちらほらある。さらにそのまままっすぐいくと、三鷹駅の南口商店街に出る。


約8年間姉と一緒に住んだ後、姉の結婚を機に二人暮らしは終わった。私は手近な三鷹市内で駅徒歩20分弱のアパートに引越し、現在もそこに住んでいる。南口商店街から少し歩いたところだ。

姉と住んでいた場所から、仲町通りを経由して、文字通り現在の自分の居場所にたどり着いたのだった。

 

非「駅チカ」のススメ

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大安。スタジオ帰りにギターを背負って店に入ると「おっギター弾くの?」とよく声を掛けられる

あえて言葉を選ばずに言えば、仲町通りは「特集」されるような通りではない。もし「駅チカ」の家に住んでいたら、仲町通りのお店にいくことは恐らくなかっただろう。

駅から遠い所に住んでいる人が、駅周辺のお店を利用することはあっても、駅の近くに住んでいる人が駅から遠いお店を利用することはそんなにない。有名なお店でないのならなおさらだ。

とりわけ、今の私のように一人で暮らす場合には、なるべく駅に近い物件を探す人が多いと思う。確かに「駅チカ」はいろいろな点便利だ。しかし、もし余裕があれば少し駅から離れた物件を選んでみてはどうだろうか。

店のマスターに背中で頷かれたり、変な問題を出されたり、激しく怒られたりしたことは、入れ替わりの激しい駅前のチェーン店では体験できなかったことだろうし、それらは全て私の大事な思い出になった。 

言うまでもなく、そういう距離の近いコミュニケーションは全ての人に受け入れられるわけではない。不快に感じるという人も多いだろう。それでも私は、利便性やホスピタリティといった通念から少し離れた、そういう店の空気に触れることは素晴らしいことだと思う。

それは、駅前の喧騒から離れた場所で粛々と紡がれてきた時間だけが醸成できる、特別な空気だ。

 


<伊藤暁里のプレイリスト>

駅から家までの帰り道、一人で音楽を聞きながらとぼとぼ歩いているイメージでつくったプレイリスト。人と群れるのは得意ではないけれど、一人でいるのが寂しくないわけじゃない。そんな気持ちに寄り添えれば。

 

 

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著者:伊藤暁里

伊藤暁里

東京を中心に活動するバンドTaiko Super Kicksのギターボーカル。ソロでも多方面で活動中。詩が好き。居酒屋での不毛な会話を書き起こすテキストサイト喝采のメンバー。
Twitter:@ito4869

 

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編集:Huuuu inc.