ぼくは両さんになりたかった。 ★谷根千ラプソディーの巻

著者: 弁当丸 

両さんになりたかった。

小学生のときに友達に借りた「こち亀」の自由な世界に憧れた。駄菓子屋を巡ったり、学校にベーゴマやメンコを持ち込むくらいこち亀にはまっていた。なんなら、鉛を溶かしてベーゴマを自作すらしていた。

その中心には、自分の好きなことをして誰の顔色もうかがわない両さんへの憧れがあった。親の転勤が多く、小学校までに3回転校をしていたためか、環境に合わせる姿勢が染みついた自分とは真逆の、自分に合わせて環境を変えていく存在への憧れが。

中学のときは、オアシスのノエル・ギャラガーにも憧れて、両さんとノエルと自分の共通点といえば眉毛が太いことで、二人は眉毛がつながっていることに気づいた。であれば、自分も。と、父親の発毛剤を眉間に塗ったこともあった。全然つながらなかった。

高校のとき、学園祭で杏仁豆腐屋をやることになったときも両さんから学んだ宣伝手法を使った。

両さんが閑古鳥が鳴く蕎麦屋をあえてボロボロにすることで只者じゃなく見せたように、あえて学内に貼る自店のポスターや看板をボロボロにしたり落書きまみれにした。学園祭当日、ゴミと間違えられたのか大半の宣伝物は捨てられていた。

大学の合格発表で不合格を確認した帰りも、設定上両さんの後輩が店主をやっている浅草の老舗「大黒家」で天ぷらを食べた。

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実家から千葉の大学に通うようになってもそれは変わらず、途中下車しては建築の勉強と言い訳して上野や浅草をふらついていた。

「オールフォーワン、ワンフォーオールって言葉は俺が青島幸男に教えた!」

といった2時間にわたる一代記を自称元プロボクサーで今は大病院の院長でありヤクザでもある老人から一方的に語られて最後に500円とられたときも、なんなら両さんみたいな体験だとうれしかった。

そんなわけで、東京の会社に入った自分が住む場所は谷根千エリアしかなかった。

亀有に住めよという声が聞こえてきそうだが、こち亀における亀有の描写は商店街での借金取りからの逃走劇が多い。みんな大好きなこち亀の風情が描かれているのは、両さんが育った浅草や上野界隈なのだ。

さらに、両さんが谷中界隈の交番に赴任する「下町散歩シリーズ」で描かれる穏やかで優しい交流のある生活が決定打となった。

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谷根千、すなわち谷中と根津と千駄木は、空襲の被害が抑えられていたこともあり、いまだに古い家が密集しており寺も多い。全国的に人気の商店街、谷中銀座もあり、猫町としても名高いエリアだ。

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僕は千駄木団子坂の上にある10畳の古いマンションに暮らし始めた。バランス釜で風呂を沸かし、和式便所の上に乗った洋式便所を使う。建物がひしゃげて閉まることのないベランダの窓から見える大木を借景に生活をする。たまにネズミが出て、服の切れ端で巣をつくっていたりする。どことなくこち亀の寮に似ている建物のフォルム。これぞ、両さん的な理想の生活だ。

最初に配属された部署での仕事は広告制作のプロデューサー見習いだった。あまりに無能だったためか先輩の優しさからか、早く帰宅することも多く、ひたすらに谷根千をうろついた。

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両さんのように「愛玉子」を持ち帰り、思っていたよりあっさりしてるなと感じ、両さんのように自転車で足を広げながら、「谷中霊園」を走ってみたりした。

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両さんのように日本酒が飲めるようになりたいと、「根津の甚八」で飲んでいるうちに酒が好きになった。千駄木には「伊勢五」という全国屈指の酒屋があり、界隈には新旧さまざま良い居酒屋も多く、それもまた拍車をかけた。特に、鮮魚店が営む「彬」の秋刀魚でくるんだ焼きおにぎりは絶品だ。

休日にはたまに友人が来て、マンションの屋上で何故かタイ料理を食べたり飲んだりしたが、これはまったくこち亀と関係がない。

とにかく、何もない自分が何者かになるために、両さんのようにいろんなことを試してみていた。しかし、一向に街は心を開いてくれないし、仕事も特出した何かがあるわけでもない。窓の隙間から吹き入る風を冷たく感じる日もあった。

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それから数年がたち、仕事もある程度できるようになってきたころ。家の更新のタイミングで結婚をした。大学時代からずっと付き合っていた彼女と、借家の更新が同時に来たからという理由で。

谷中の古い一軒家に引越した。変わった家があったら教えてくださいと不動産屋さんに伝えておいたら、「いいのがあったのよ!」と目を輝かせて案内してくれた家だ。

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木製の冷房や、丸扉、変な形のリビング、旅館みたいな和室、やたらと多いコンセントと、唯一無二の存在感に惹かれた。

千駄木の坂の上から、坂の下の谷中に引越して来たことで生活が変わった。谷根千とひとくくりに言っても、谷中と根津と千駄木はだいぶ違う。よみせ通りの「腰塚ハム」で唯一無二のコンビーフや肉を買い、不忍通り沿いの「はぎわら青果」で生命力のある野菜を買うようになった。魚は大正から続く「山長」だ。

生活は楽しく、仕事もほどほどに忙しく、両さんのように生きたいともあまり思わないようになっていった。

子どもが生まれた。

谷中の近くは病院が多いので、突然産気づいても安心だ。日本医大もあるし、自転車で御茶ノ水までいけば東京医科歯科大学や順天堂もある。

テンパっていて生まれた瞬間に花札をさせる用意を怠ったが、子どもは元気に生まれてスクスク育った。夏は外より暑く、冬は外より寒いヘビーな住環境に負けずに、立ち上がり歩き出し走り出し、語りたいことを語れるようになっていった。

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彼は自由だった。

買い物帰りの隣の家のおばちゃんに「なんかちょーだい」と声をかけて家に上り込む。斜向かいの家のおばちゃんから怪獣のおもちゃをもらってくる。雑貨屋のおばちゃんが店の外に出て来て飴をくれるまで呼びかけたりする。おじさんからは木刀をもらってきた。保育園の同級生をみつけては、すぐに家に行こうとする。ビオワインをたくさん置いている「リカーズのだや」でも、ひたすら仮面ライダーの話を店主とする。夕暮れの「夕焼けだんだん」で、おじさんから借りたベーゴマをいつまでもやり続ける。

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最初は、やめなさいと止めるのに苦労していたが、まわりの人々はとても温かく、孫のような存在の図々しさを楽しんでくれていることが徐々に分かってきた。

なんならその影響で、いろんな人との交流が生まれた。これまで自分一人では生まれなかった会話が、子どもをきっかけとして生まれたのだ。自分に向かって閉じられていると思っていた街は、門を叩かれるのを待っていたのだ。

両さんとは、子どもそのものであったのかと彼を通して気づいた。

僕は、子どもと一緒に行動することで両さんになれた。

こち亀の120巻あたりから、寿司屋編と呼ばれる時期が存在する。独身寮を出た両さんが、祖父の妹の営む神田の老舗寿司屋の住み込みになり、警官と寿司屋の掛け持ち生活を始めるのだ。

同じく寿司屋に暮らす又従兄弟の纏とその妹の檸檬との生活が平和すぎて、まるで檸檬の父親のように穏やかになった両さんに古参のファンは困惑した。何を隠そう、僕もそのゆるさがちょっと苦手で、なんで両さんは変わってしまったんだろうか、いつまた破天荒に戻るんだろうと思いながら読んでいた。

しかし、なにごとにも永遠など無い。2016年、こち亀は200巻をもって40年の歴史に幕を閉じた。

会見でこち亀について語る秋本先生の口から発せられた言葉で僕はハッとした。

先生は

「両さんが親になったときの顔を見てみたかった。そこから新しい話が生まれるのが楽しみだった」

と言っていた。

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自分と街の関係は自らが変わることで変化していく。街は変わらない。自分が変わらない限りは。

きっかけは趣味か、友人か、年齢か、人それぞれだと思うけど僕の場合は、それが家族だった。一人から二人、二人から三人、最近生まれた子どもも含めて四人。あと猫一匹。

谷根千は、特に変化に柔軟に対応してくれる街だ。見える景色がどれだけ変わっても、受け皿が確実に用意されている。歴史のある街ほど、そういった多層的な価値を持っているのだと思う。

長いこと両さんに憧れてきた、そして両さんの視点を子どもを通して垣間見た自分は、どこへいくのか。

こち亀が終わって4年がたつ。

眉毛も勝手につながるくらいの年齢になってきた。

こっから先は、お前なりの寿司屋編を生み出せよと、谷中を自転車でいく両さんの背中が語っているような気がした。


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著者:弁当丸 

弁当丸 

谷中に住んで11年の人間。
いろんな仕事をしているが、何をやってもどことなく両さんぽいとよく言われる。 Twitter

※記事公開時、大学名に関する記述に誤りがありました。読者様からのご指摘により、7月1日(水)11:00に修正いたしました。ご指摘ありがとうございました。

編集:ツドイ