彩り溢れる三田【銀座に住むのはまだ早い 第12回 港区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 23区すべてをまわるこの企画。適当に順番を決めているようで、実は規則性がある。

 さすがに家賃5万円ではきついだろうと推測される千代田区と港区と中央区の3区を中央特別区と設定し、ざっくり東西に分けた残りの20区を交互に巡っていくのだ。特別区の1区め千代田区から始め、江戸川区に杉並区、北区に大田区、という具合に。

 ここまで東西5区ずつを終え、今回は中央特別区2区めにして全体の折り返し点とも言うべき12区め。港区。

 かつて自作『タクジョ!』の取材の際にタクシードライバーさんから聞いた話だが。千代田区と港区と中央区は、やはりちがうらしい。そのまま引用させてもらえば。その3区は走ってるだけで手が挙がる、という。

 ワンメーターのお客さんも多いだろうから、一概にいいとは言えないのかもしれない。でも実際のドライバーさんからしか出てこない言葉。説得力があった。なるほどなぁ、と思った。新宿や渋谷よりもそちらなのか、とも。

 それを聞いていたから3区を中央特別区に設定した感じもある。そのあたりは家賃の高さとも重なるにちがいない、というわけで。

 よって、初めから5万円では収まらないだろうと思っていた。そのうえで、SUUMOで検索。収まりませんでした。港区全体で検索しても、フロトイレ付きで家賃5万円、といういつもの条件を満たす物件は一つもなかった。

 ならばと、少しは可能性がありそうな都営地下鉄の三田駅とJRの田町駅に絞った。

 結果、三田。駅から徒歩7分。築38年。6畳で家賃6万5千円。やむなし。

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 三田駅は港区三田にない。港区芝にある。

 23区ではありがちなことだ。例えば品川駅は品川区にすらない。あるのは港区。目黒駅も目黒区にはない。あるのは品川区。だから、品川駅から目黒駅にJR山手線で行く場合、実際には港区から品川区に行くことになるのだ。わけがわからない。

 芝といえば芝公園。芝公園は、公園名でもあり、町名でもある。東京タワーも増上寺も、芝公園4丁目にある。

 公園としての芝公園には、よく考えたら、ちゃんと行ったことはない。

 ということで、行ってみる。

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 港区立芝公園もあり、ザ・プリンス パークタワー東京、というホテルに隣接にするプリンス芝公園もあり、増上寺もあり、都立芝公園もある。全体で見れば、かなり広い。

 日比谷通りを北上。三田駅の隣の芝公園駅を過ぎ、さらに隣の御成門駅の手前で左折。港区立みなと図書館を右手に見ながら道なりに進み、人工の渓谷だというもみじ谷へ。

 そこには、もみじの滝、がある。高さは10メートルほど。残念ながら滝行はできなそうだが、一応、滝。単に僕が知らないだけ。23区に滝。あるものだ。

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 ここまで来たら、せっかくなので、お隣の東京タワーへ。

 僕は東京スカイツリーを度々自作に出しているが、東京タワーも出している。「逆にタワー」とタイトルにまでそれが付く短編を書いてもいる。

 派手な東京スカイツリーは敬遠してしまい、ついつい地味な東京タワーに流れてしまう中学生男子の話だ。結構気に入っている。僕自身にも、近い感覚はあるから。この短編は『今日も町の隅で』に収められています。読まれたし。

 真下から見る東京タワー。こっちは333メートルで、あっちは634メートル。一気に抜かれましたねぇ。と、何だかサバサバしているように見える。だいじょうぶ。あなたは今もランドマークになっていますよ。誰もあなたを忘れてなどいませんよ。

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 東京タワーを離れ、国道1号でもある桜田通りを南下。都営大江戸線の赤羽橋駅を過ぎ、しばらく行ったところで右折。

 やがて現れるのがイタリア大使館だ。

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 スルスルッと入っていき、新日本プロレスが好きだったサッカー元イタリア代表のフォワード、アレッサンドロ・デル・ピエロ氏はお元気ですか? と知り合いでもないのに訊きたくなるが、通報されて外交問題になったりしてもいけないので、そこは我慢。

 そのイタリア大使館に沿って進むと次いで現れるのがこれ。慶應大学。豊島区編での立教に続き、二つめの東京六大学。

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 第1回の千代田区編で、都市部のビル校舎には不思議な魅力を感じると書いたが、都市部にそれなりの面積を有し、ドーンとかまえる大学にはやはり貫禄がある。

 自作『ひと』に出てくる高瀬涼が慶應大生だが、やや高飛車な男という損な役まわりをさせてしまった。実在する町を書いたため、大学名だけ伏せるのも違和感があり、巡り合わせでそうなったのだ。

 僕が慶應大生をそうとらえているとか、そんなことではまったくない。『それ自体が奇跡』でサッカークラブの取材をさせていただいたとき、慶應大卒の複数の関係者さんにお会いした。皆さん、それぞれにとても感じのよいかたがただった。

 桜田通りを渡り、物件へ。

 例によって、東京マジック発動。一本細い道に入っただけで、あっという間に住宅地。ほんとにね、変わるもんですよ。どこにでもね、家はあるもんですよ。

 それから、何故か名前を知っていた聖坂を、あぁ、ここが聖坂か、と思いながら下る。

 都内ではこんなことも多い。名前は知っているがそれがどこに位置するかは知らない。そんなものが、もう無数にあるのだ。坂に限らず。通りでも、建物でも。駅でも、公園でも。

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 その後、久々に方向音痴ぶりを発揮して道をまちがえつつ、第一京浜へ。

 まちがえたせいで、港区立三田図書館に寄れなかった。

 物件に近い図書館。徒歩5分圏内。ありがたい。今の場所からは移転してしまうらしいが、移転先も近い。10分もかからない。新しい図書館というのも魅力。そそられる。

 第一京浜から旧海岸通りに右折して、JR各線の高架をくぐる。シーバンスなる高層ツインビルのわきを通って、運河を渡る。

 ランチ。飲食店などないだろうと思わせておいてぽつんとある、琉球食堂さん。

 はい、来ました、沖縄料理。やっとたどり着けました。

 タコライスと迷いに迷って、ゴーヤーちゃんぷるー。ハーフそばセットにしてもらう。

 僕は各種ちゃんぷるーものも好きだし、沖縄そばも好き。あとは、そう、ラフテーも好き。普段はほぼ食べない肉のなかでも、ラフテーはかなり上位に来る。

 ラフテーというその言葉自体が好き。何か、言いたくなる、フテー、のあたりがいいのだろう。太ぇ野郎だ、と言うときぐらいしかつかわない。そんなこと、まず言わないけど。

 ただ。住所不定とか、不貞行為とかなら、そこそこ言うか。どちらも、積極的に言いたくはない。住所不定はあまりよろしくないですし、不貞行為ははっきりとダメです。

 でもラフテーは、それらとくらべてかわいい。言葉だけでなく、料理として出されるラフテーそのものの見てくれもかわいい。かわいくて食べてしまいたくなり、食べものだから食べてしまう。食べたうえで、ラフテーラフテー言ってしまう。フテー界の星。ラフテー。

 いつか沖縄に行ってみたいなぁ。と港区で思うこの感じ。人はいつも、今いるのでないところへ思いを馳せますよ。沖縄に行ったら行ったで、東京に思いを馳せるのでしょうけど。自分がいる場所といない場所。これからもそのバランスをうまくとっていきたいものです。

 ラフテーラフテー言いながら頼みはしなかったが。ちゃんぷるーもそばもおいしかった。ごちそうさまです。

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 さあ、後半。新橋と豊洲を結ぶゆりかもめに沿って北上。フテーのあとはフトー。日の出埠頭へ。

 とりあえず船着場を見て、南下。

 倉庫がいくつも並んでいる。

 埠頭の倉庫といえば、刑事ドラマの犯人さんがわりと自由に、誰よりも優先的に出入りしている印象があるが、僕は犯人ではないのでそうもいかない。幸い、銃や麻薬の取引はしてないし、さらってきた誰かをそこに閉じこめたりもしてない。だから歩きながら遠巻きに見るしかない。

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 そして新日の出橋に立つ。

 今回の港区編、川はなし。その代わり、海と運河。水はどこにでもある。なきゃつらい。

 そこから東方に見えるのは、たぶん、中央区の晴海や江東区の豊洲。

 住んだらこの辺りを散歩できるのはいいな、と思う。都市と海。浜などはない都市の海。世界のほかの都市とのつながりをも連想させる。悪くない。

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 と、ここでふと自分の足もとを見る。靴。

 この企画以外でも僕はよく歩くので、靴底の減りが速い。ほかはどこも傷んでないのに底だけがやられる。どの靴もそうなる。減り方が、何というか、アグレッシヴ。

 なんて言ってないで早く替えなさいよ。いい歳なんだから、ここまで靴底を減らす前に新しいのを買いなさいよ。雨水が下から染みこむ靴をいつまでも履いてるおっさんはちょっと悲しいですよ。

 と自分を叱りつつも、底ダダ減り靴の記念写真、というか証拠写真を港区の橋上でカシャリ。

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 旧海岸通りから第一京浜に出て、三田駅のほうへ戻る。

 コーヒータイム。今日はダフニさん。豆を売っているお店だが、そこでコーヒーを飲ませてもくれる。

 一番好きなマンデリンを頂く。いやぁ。おいしい。

 三田には、『ナオタの星』の高見頼也・美樹夫妻が住んでいた。高見頼也はプロ野球選手。年俸2億8千万円の左ピッチャーだ。主人公のシナリオライター小倉直丈が、友人頼也の妻美樹を尾行する。速攻でバレる。なのに、ともにゾンビ映画が好きだったことから親しくなる。その先は、これまた読まれたし。

 歩いていける範囲に芝公園があり、東京タワーがある。慶應大学もあり、日の出埠頭もある。想像していた以上に多くの彩りを持つ町、三田。

 都市に住む。その感覚を味わえる。

 大いにあり。


『銀座に住むのはまだ早い』第13回は「板橋区」へ。11月末更新予定です!



過去の記事

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著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平