「ひとりより、ふたりのほうが楽しいじゃん」経堂で、2度目の結婚を決めました

著者: 藤田華子

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ずっと、お気に入りの小説に出てくる街に住んでみたいと思っていた。

 

私の場合それは、江國香織の物語。

14歳のころ『きらきらひかる』を読み、彼女の無垢で奔放な世界に居心地の良さを覚えた私は、長らくお話の舞台に憧れていた。彼女の話には、よく世田谷が出てくる。下北沢、梅ヶ丘、豪徳寺、経堂、成城学園などなど。

物語の登場人物にはなれないけれど、あの世界に近づくことはできる。そして18歳で上京して以来、数えてみたらもうかれこれ10年以上、このエリアで転々と引越しを重ねている。

 

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住んでみて分かったことなのだけど、小田急線に友人を呼ぶと、「初めて乗った」とか「降りたことない駅ばかり」とよく言われる。東京に住んでいても、馴染みが薄い人には縁遠い路線らしい。

でも同時に「住みやすそう」「住んでみたい」というお声をいただくことも多々あり、そのたびに私はなぜか「えっへん!」となって、自分の小田急愛を実感した。

  

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下北沢なんて様変わりしちゃって寂しいくらいだけど、この路線のほとんどの駅は、整備されていてとても快適。私の超個人的な印象は、東京で一番、電車での読書率が高い沿線だ。スマホをしまって、窓からの眺めを楽しむのも良い。

 

高い場所を走る区間では人々の暮らしが見渡せて、ちょうどイヤホンからハナレグミなんか流れてくる瞬間には、「目に入る屋根の下、すべてにドラマがあるんだよなあ」と感極まっちゃったりもする。

 

経堂の魅力は、にぎやかかつ長閑な力加減

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社会人2年目、経堂に住むことになった。経堂は、急行(平日下り18:00~22:00は通過)、準急、通勤準急、各駅停車を利用できアクセスしやすい駅だ。

改札を出て左に建つショッピングモール「CORTY」は、無印良品、LOFT、三省堂書店などが入りかなり便利。

 

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駅の北口には「経堂すずらん通り商店街」。立ち寄ってみたくなる個人経営のお店が軒を連ねる。和菓子屋「甘ぼう」は、毎年夏になると店頭でたいやきを焼くのをお休みする。寂しがるファンのために「たいやきバカンス中」という張り紙を掲げて住民を癒やしてくれた。

 

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30年もの歴史あるロックカフェ「MILK BOY」(爆音でロックのPVが流れ何から何まで安い)や、店主のアートセンスが光る「太田尻家」などなど、飲ん兵衛は散策するだけでも興奮を覚えることだろう。

昔ながらのおもちゃ屋や、金物屋、靴屋なんかもあって、令和になったいまも昭和のあたたかな雰囲気が漂う。
(※注意!個人経営が多く、日曜はお休みの店が多数。なお、現在「甘ぼう」は、休業中)

 

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南口には「経堂農大通り商店街」。通りの入口では、ハートモチーフのシュールなキャラクターが私たちをお出迎えしてくれる。

 

こちらは東京農大に続くにぎやかな通りで、学生さんの胃袋を満たす世田谷の宝であるラーメン屋「せい家」本店や、ファストフード、チェーンの激安居酒屋が目に留まる。しかしあなどるなかれ、「すずらん通り」のように大人デートに使える雰囲気グッドなお店も点在しているから、鼻を利かせて歩かなければいけない。

 

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他にもいくつかの商店街があり、「今夜、何食べる?」というお題への解が豊富なのは、経堂の楽しいところだ。

 

そしてどの商店街も一本脇道に入ると、景色は閑静な住宅街に変わる。かと思えば、突然畑が広がり、無人野菜販売所で新鮮な野菜を手に入れることもできたりする。

 

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にぎやかさと長閑さが同居している街。パ~っと酔いどれたい日もあれば、のんびり散歩して読書したい日もある、そんな極端な私の性格にぴったりな力加減だった。

 

結婚して一度は離れた土地に、即出戻った25歳

社会人3年目まで経堂で過ごしたのち、私は結婚を機に中野に引越した。住み慣れた場所を離れることは寂しかったが、好きな人と暮らせる毎日は、パーティーみたいで幸せだった。しかしあえなく結婚生活は崩壊。またこの街に戻ってきた。経堂に住む親戚が、ボロボロになった私を見かねて手を差し伸べてくれたのだ(経堂とは、何かと縁がある)。

 

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すずらん通りにある馴染みの花屋「HANAMI」のおばちゃんに「出戻っちゃいました」と告げると、一通り話を聞いてくれたあと、幸福の木を私に持たせてくれた。「植物は、弱った人の心に栄養をくれるから。そんなに萎まないで」って。幸福の木はめちゃくちゃ元気に育ち、いま、うちのベランダで幅を利かせている。

 

“酔うための酒”を呑んだ帰り、一筋の希望を見た

当時、大学時代の友人であるUくんとよくつるんでいた。彼も経堂在住で、遊び好きなひとだったので、平日でも深くまで呑んだり、すずらん通りのカラオケ店「サザンクロス」で歌ったり(顔なじみになったので、行くと山盛りのお菓子を出してくれる)、昨日売れた本がホワイトボードに書かれる古書店「大河堂書店」で本の行方を想像してみたり、あてもなく「パトロール」という名目の散歩をした。

 

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離婚の傷が癒えない私はよく、行きつけの居酒屋「ガヤガ屋」で、しこたま呑んだ。狭い店内、ビールケースを裏返し腰掛けるその店は、何を食べても感動的な美味しさで、初めて経堂に住んだときからひとりでも立ち寄っていた場所だ。

 

ビールをチェイサーに、ウィスキーを流し込む。“酔うための酒”を覚え、アルコールの力を借りて、辛い現実から逃れようとしていた。Uくんは呆れながらも大荒れの私を笑ってみていてくれた。みんな事情を知っていたので、頼んでもいないデザートを持ってきてくれたり、学生結婚をしたハタチそこそこの男子店員に「結婚生活の秘訣」を教えてもらったりした。

 

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いい加減に呑んだ帰り道、夜風に吹かれながら畑の横の道を歩く。土の湿った匂いで少し酔いが冷めた私は、こんなことをつぶやいた。
「どうして人は恋をするんだろう?“永遠”なんて優しい嘘で、どうなるか分からない。まったく無謀な行為なのに」

 

アルコールのせいで、心の澱(おり)が口をついたのだろう。これから先、誰かに重心をかけるなんて怖くてできるはずがないと打ちひしがれていた。まったく厄介な酔っ払いの問いに、Uくんはこう答えた。

 

「そんなの、ひとりでいるより、ふたりのほうが楽しいじゃん」

 

すっかり厭世家になっていた私にとって、目からウロコがポロリ。

 

ひとりっ子のUくんは、音楽が趣味でバンドを組んでいた。ギターの魅力を尋ねたら、「うーん……みんなで目を合わせてジャーンとやる瞬間が、うれしいんだよ。ソロは気持ちいいけど、なくてもいいよ」という。素直に他人と心を通わせる瞬間を喜び、純粋にその機会を探しているのだ。


もう一生、誰にも心を開けないとやさぐれていた私にとって、「ひとりよりも、ふたりのほうが楽しいじゃん」というシンプルな答えは、一筋の希望の光だった。

 

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それからUくんと私は

まあ、なんとなく予想はつくかと思うけど、それから私はUくんとお付き合いをする運びになり、相変わらず経堂でたくさん遊んだ。

 

仕事のあと駅で落ち合い、深夜のパトロールをする。疲れたら、目に止まったBARに飛び込んだ。「アクセルイン」では常連さんたちが突然始めたギター演奏に戸惑いながらも手拍子をして合唱したし、「Bar nett」では酔って気が大きくなった私が居合わせたお客さんにお酒をご馳走してお財布がすっからかんになったりした(Uくんがちょっと目を離した隙に……)。

 

ふたりでいると、どんなお店に入っても居心地が悪くなることはないという安心感があった。それは、経堂という街を信頼しているからゆえの安心感で、ひとりのときには味わえなかった楽しさだった。

 

「ひとりでいるより、ふたりのほうが楽しいじゃん」――この言葉は、本当だった。

 

紆余曲折あり私たちは、別れ話のすえ、別々の生活をした時期もある。でもやっぱり、私は経堂に戻った。この秋、Uくんと結婚する。

 

これから長い人生、楽しいことばかりではないだろう。うれしさは二倍に、悲しみは二分の一になるよう、この街で支え合って暮らしていきたい。

 

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著者:藤田華子

藤田華子

編集者、エッセイスト。休日はお湯に浸かって読書をしているか、場末の飲み屋にいます。将棋と竹原ピストル、江國香織が好き。ベリーダンサーの時は別の名です。
Twitter:@haconiwa_ohana

編集:Huuuu inc./写真:土田凌