熊本生まれの妻に「熊本の良さ」を全力で伝えてみた|ヨッピー

著: ヨッピー

アイキャッチ

 「でも熊本、なんにもないからなぁ」

普段から温厚篤実(おんこうとくじつ)で知られる僕ですが、さすがにこのときは完全にブチ切れました。今思えば、わが家で唯一の離婚危機はあのときだったのかもしれません。

熊本をめぐってすれ違う2人

2021年2月、東京。

奥さんに頼まれたモノを届けるため、寝起きそのままのボサボサ頭と朝ごはんに食べたイカリングでテッカテカに光った唇を装備しながら「うーす、持って来たでぇ~」ぐらいの勢いで奥さんの会社を訪問したところ、奥さんが「妊娠してた!」とギャン泣きしながらオフィスから飛び出してきたのであります。

このときばかりは「お前みたいな屁こき豚の子どもなんて絶対に産みたくない」とかそういう意味で泣いてるのではないかと困惑し、どうリアクションしてよいのかわからなかった記憶があります。後から聞くと「うれしくて泣いちゃった」とのことでしたが。

ともあれ子どもが産まれるとなると、育休や産院など、決めないといけないことがあれこれと出てきます。妊娠・出産においては何をどうあがいても女性側に負担が偏るわけですから、最初から「全部好きにしていいよ」というスタンスを伝えておりまして、あれこれを奥さんの要望に沿う形で決めていきました。

 「やっぱり、何かあったときに実家を頼れるほうが安心だよね」
 「そうね。ちょっと苦労はかけるけど、お義母さんもお義父さんも喜ぶんちゃう?」
 「じゃあ里帰り出産にしようかなぁ?」
 「ほなそうしよ」

そしてその直後、奥さんの口から冒頭の問題発言が飛び出したのです。

 「でも熊本、なんにもないからなぁ」

われを忘れる、とはこのことかもしれません。夕食の席で僕は即座に怒り狂い、椅子に立ち上がって、町内に響き渡るほどの声で叫びました。

 「熊本出身の君が、熊本の良さを知らないとは何ごとか!!!!!!!!」

熊本は僕が国内屈指に好きな土地でして、都市と自然のバランス、食べ物のおいしさ、温泉のクオリティーの高さ、九州各地へのアクセスの良さ、などなど「熊本がいかに素晴らしいところか」を椅子に立ったまま2時間ほど演説しました。あれはキング牧師の「I Have a Dream」を超える名スピーチだったのではないかと自画自賛しております。

借りてます
熊本市観光ガイドにもあるように熊本市は九州のほぼ中央に位置しており、各県へのアクセスが格段に良い

読者の皆さまにおかれましても「宇宙一良い街に向かってなんてこと……」「熊本に『なんにもない』とは言語道断」など僕と同じ憤りを共有していただけていることかと存じます。

「宇宙一良い街」は駅前ロータリーも端然としている

ただ、奥さんの名誉のために言っておきますと、奥さんのご家族はまあまあなディズニー狂でして、家族旅行の際には一家総出で毎回ディズニーランドに出かけるという風習をもっております。逆にいえばディズニー以外の目的で旅行することがほとんどなく、僕と結婚するまでは北海道・沖縄・四国などに行ったこともなく、それどころか九州、そして熊本県内すらあまりお出かけしてこなかった、といういきさつがあります。

地元の良さはあちこち行ってみてはじめて見えてきたりするところもありますから、奥さんが熊本の魅力に気づかない・知らないのは、ある意味当然のことなのかもしれません

 「じゃあ明日もう一度来てください。本物の熊本を、お見せしますよ」

椅子の上から僕がそう言い放ったのは、深夜2時のことでした。

熊本市内で借り暮らし 駅前に住んで「まち」に通う

そんなわけで10月の頭から2カ月ちょっとの里帰り出産にあたり、当初は熊本駅近くのマンスリーマンションに住んだのである。

子どもが産まれる前から奥さんの実家に居候して、元気よく「すき焼きが食べたいです!」「ごはん、おかわり!」「小腹が空きました!」とかやってたらお義父さんとお義母さんに「娘、ヤバいのと結婚したな~」と思われそうだな、という自制心が働いたからである。

※掲載した写真は基本的に2021年10月から12月にかけてヨッピーさんが撮影したものです(編集部注)

熊本駅周辺は現在、JR九州がかなり力を入れて再開発しており、この日みたいに何かしらのマーケット的なものが開催されていることも多い。

駅の近くに家電量販店もスーパーマーケットもドラッグストアもコンビニも飲食店もスイーツ屋さんも映画館も飲み屋も何から何まで一通りそろっているので、基本的な用事はこの熊本駅周辺で済む。

そして熊本駅から街の中心部に行くには、このチンチン電車熊本市電を利用する。

余談だけど僕には「チンチン電車が走る町にハズレなし」という持論がある。良いよね、チンチン電車。

ここが熊本市の中心部。熊本城を背景に百貨店や飲み屋街、たくさんの飲食店にゲーセンにマクドナルドにパチンコ屋にアパレルにオフィスビルその他という感じで、かなりコンパクトに密集してつくられている。

この中心部を全部ひっくるめて地元の人たちは「まち」と呼ぶ。

仕事をするには、熊本駅前に借りた部屋から「まち」にあるコワーキングスペースまで自転車で通った。10分かからないくらいの距離なので。

チンチン電車も風情があって良いんだけど、たぶん自転車のほうが早い。あと朝夕の通勤ラッシュ時に熊本市内はかなり渋滞するので、熊本の人はもっと自転車に乗ったほうがいいと思う。

ちなみに、このコワーキングスペースは割と先進的で、ハンモックなんかが置いてあるのだけど、お昼ごはんを食べてハンモックに揺られながら爆睡してると「ヨッピーさんですよね?」と声をかけられて恥ずかしい思いをしました。

メシ・水・酒・サウナ! を満喫する市内の生活

馬桜 銀座通り店

この「まち」の思い出として特筆すべきは、やたらとメシが美味(うま)いことである。馬刺しに辛子蓮根、熊本ラーメンなどの名物がおいしいことはもちろん、「滞在中に美味いもん食べつくそう」みたいなノリで奥さんとあちこち行っても、遊びに来た友達と「よーし飲むかー!」みたいなテンションで適当な居酒屋に入っても、どこも抜群に美味いのである。

約2か月半の滞在中に入ったお店で「ここはハズレだな~」と思ったことは1回もなかった。東京の新宿・渋谷あたりで同じことをしたらたぶんボロボロの結果になっていたはずだ。お通しに500円を取りながら揚げて塩をふっただけの「パスタ?」的なツキダシを堂々と出してくるお店は滅びてほしい。

肥後ダイニングそろ

この写真に並んでいる料理の脈絡のなさを見れば、「熊本はだいたいなんでも美味い」という事実の裏付けになるかもしれない。

熊本のメシが美味い理由として、よく挙げられるのは「水が美味いから」である。世界最大級のカルデラを擁する阿蘇の外輪山に降った雨水が20年かけて浸透し、地下を通って伏流水として熊本のあちこちから湧き出るのだ。

なので自転車で走ってたら道端から急に水が湧いてたりする。許されるならサウナを横に建てて水風呂として活用したい。

この豊富な湧き水が熊本市の水需要をすべて満たしていて、熊本市の水道は全部この湧き水由来だそうだ。水が美味いからメシも美味い、という理屈である。半導体など大量の水資源を必要とする工場が多いのも、豊富な湧き水のおかげである。熊本は「火の国」といわれるけど「水の国」でもあるのだ。

「水が美味けりゃ酒も美味い」ということで、まあまあの勢いで飲んだくれて過ごしたりもした。熊本市内にはもちろんたくさんの素敵な飲み屋さんがある。

鳥兆

こちらは熊本に遊びに来て元気に酔っぱらう友達。気づいたらロレツがまわらなくなっていたのですが無事に帰れたでしょうか。彼が手に持つ熊本の米焼酎「銀しろ」は点滴で直接静脈注射してやろうかと思うくらいにすっかりお気に入りになってよく飲んだ。ネットでも買えるのでみんな飲もう。

危険なので絶対にやめてください(編集部注)

そして熊本市内の生活で「メシ」「酒」のほかに大事な大事なファクターが「サウナ」である。

サウナ好きの人になら、これほど長々と「熊本の魅力」について書かなくても、完全に、一言で、過不足なく、言い表せるのでここに書いておきたい。

熊本には湯らっくすがある。

マジでサウナ好き・サウナ狂が相手なら、この一点突破で勝てるレベルである。

湯らっくす

湯らっくすの良さを書いていくと1万8千字を超える超大作になってSUUMOタウンの担当者から「サウナのメディアではないのですが」とクレームが入りそうなので割愛しますが、とにかく、本当に、マジで、最高に、良いです。サウナも水風呂もメシも休憩スペースも全部良い。しかも安いんですよこれが。

実を言うと、熊本に住むにあたって最初はいわゆる「まち」のほうの部屋を考えていたのだけど、「湯らっくすから近い」というただそれだけの理由で、熊本駅近くの部屋を借りたのである。さすがに「サウナに近いからこっちがいい」と主張すると奥さんに「こいつ正気か?」という顔をされると思ったので、「熊本駅のほうが産院に近いね。お見舞い行くのに便利だから熊本駅近くにしよう」という理屈で無事に丸め込むことに成功しました。

おかげで「湯らっくすまでチャリで5分」という、サウナ好きからすると垂涎(すいぜん)の環境で暮らすことができました。最初はコワーキングスペース代わりにも使っていたのだけど、サウナが良すぎるし漫画を読みふけってしまってぜんぜん仕事にならないから、湯らっくすで仕事することはあきらめて「まち」のコワーキングスペースに通うことにしたレベルである。

そんなわけで、駅近くのスーパーで買い物して、自転車で「まち」に出かけて仕事をし、たまの外食では美食を満喫し、湯らっくすには毎日(マジで毎日)通う、みたいな生活をしておりました。これが熊本市内の都市部の暮らしであります。奥さんも「熊本のごはん、おいしいね~」と言うようになりました。

山なら阿蘇があるし高千穂もだいたい熊本だし……

熊本の良いところは、都市部と自然環境のバランスの良さである。ここまで熊本市内のにぎわいについて紹介してきたが、もうひとつ熊本を構成する大事な大事な要素である「大自然」についても書いていきたい。熊本市から出て熊本県全体に視線を移すと、良い場所がたくさんあるのだ。

最初に紹介したいのは言わずと知れた阿蘇。この大自然に、平日などで渋滞してなければ、熊本市内から1時間で来れるのであります。絶景の続くロードにバイク好きや車好きには聖地と呼ばれているし、パラグライダーや気球に乗ったりすることもできる。

阿蘇から足を延ばせば高千穂峡に着く。高千穂ではボートに乗ったりして遊ぼう。

察しのいい人は「ちょっと待って! 高千穂は宮崎県でしょ?」と思っただろうけど(宮崎県高千穂町)、実は宮崎市内より熊本市内から来たほうが近いのだ。阿蘇くまもと空港ならさらに近い。だから僕は「高千穂はだいたい熊本」という無茶な主張を普段からしていて、宮崎の人からキレられている。

さらに鍋ヶ滝(熊本県小国町)

白川水源(熊本県南阿蘇村)など、阿蘇周辺には映画やCMのロケ地として使われてきた景観がたくさんある。

めしのやまいち(熊本県阿蘇市)

阿蘇では「赤うし」が有名なので、ドライブがてら「赤うし丼」を食べ、デザートに大観峰(熊本県阿蘇市)でソフトクリームを食べる。そして地鶏もおいしいので、阿蘇に来たらぜひ食べてほしい。

らくだ山(熊本県高森町)

これは熊本に遊びに来た友人を連れて行ったときの写真なのだけど、僕も友人も大食漢なので「腹いっぱい食べたいから、地鶏を1人前追加しておこう」と3人なのに4人前頼んだら、どんぶり鉢に山盛りのビビる量が出てきて、腹がブチ壊れるかと思いました。

海なら天草 泳げなくてもサウナと海鮮

山を堪能したら、海であります。天草に行こう。熊本の人が「海で遊ぼう」とか「美味い海鮮を食べよう」みたいなテンションになると、だいたい天草に来る。

光アイランド(熊本県上天草市)

本当は海に入って遊んだりしたかったのだけど、いくら暖かい熊本とはいえ行ったのが秋口なので、あきらめてサウナに入った。またサウナか。こちらはコンテナを利用してご主人が自作したサウナで、外気浴スペースの眼前に海が広がる最高のロケーションである。

兄弟船 二号店(熊本県上天草市)

そして帰りに「お刺身食べ放題」という、お刺身好きの僕からすると狂喜乱舞せんばかりのお店で新鮮なお刺身に舌鼓を打ったのだけど、これまた食べ過ぎて腹がブチ壊れるかと思いました。

海鮮家 福伸(熊本県上天草市)

天草の海鮮は何を食べてもだいたい美味い!

野生のイルカを見に行ったりもできる。

そんな天草まで、混んでなければ車で1時間半くらいであります。日帰りで行ける。

川・温泉・火の国・SL

そして山、海とくれば今度は川! こちらは菊池渓谷(熊本県菊池市)じゃい!

「なんで秋口なのに川に入ってるの?」と聞かれたら「すいません、川にテントサウナを建てて遊んでたので……」という返答になるので「またサウナかよ」みたいなテンションで真顔になるかと思いますが、いかんせん清流だし気持ちいいので仕方ない。

これは2018年、球磨川(熊本県人吉市)でラフティングをして遊んだときの写真。

僕は川遊びについては一家言ある男でして、これまで日本中、いろんな川で飛び込みだのラフティングだのっていう遊びをしてきたけど、球磨川のラフティングは過去の楽しさランキング1位を塗り替えたレベルでそうとう楽しかったです。

そして山鹿温泉(熊本県山鹿市)に、黒川温泉(熊本県小国町)などなど。火の国だけあって、あちこちに温泉地があるのが熊本なのだ。

蒸気機関車だって走ってる。

「良いところだね〜」「よかとこですよ!」

というわけでいかがでしょうか? これだけ見どころがたくさんある熊本を指して「なんにもない」っていうのはちょっとあり得ないな、という僕のイラ立ちも理解していただけたのではないかと思います。

今回は奥さんに熊本の良さを伝えるため、あまり遠くまで行けない妊娠中にはなるべく近場の良いところを探して攻めながら、出産後は義理のご両親に子どもをお願いしつつあちこち連れ回しまして、そのうち「熊本、良いところだね~」と言うようになったので作戦は完全に成功したといってよいと思います。

そんなわけで2か月とちょっと熊本に住んでみて「夕焼けってきれいだな~」ということを実感しました。

熊本にいる間は、現地のいろんな人にサウナに誘ってもらったり、ご飯を食べさせてもらったり、仕事の相談を受けたりしつつ、割とのんびり暮らしておりまして、旅行や帰省で短期間来ることはあっても、こんなにがっつり住んだのは初めてなのに「いやー、やっぱり熊本は良かったな~~」という記憶しかない。

僕としては「旅行先で気に入った土地、住んでもだいたい良い説」を提唱していきたい。

こういう「地元の人ほど地元の良さがわかってない」問題については、たまたま今回は舞台が熊本だったけどおそらく全国各地で多発していて、けっこう“あるある”なんだろうなぁと思うわけであります。

例えば僕は布施(大阪府東大阪市)の記事で自分の地元について書きましたが、あちこち行ってからあらためて地元を見つめると、ほかにない魅力に気づいたりするわけですし、久々に地元をウロウロするだけで新しい発見があったりします。たまにはそういう風に、初心に帰って地元を見つめ直すのもよいのではないかなーと思う次第であります。

そうこうしているうちに爆誕した可愛い可愛い息子氏。「ワシは熊本の産まれじゃ!」という誇りを胸に、元気に育ってほしい。

皆さん! 熊本はよかとこですよ!

著者:ヨッピー (id:yoppymodel)

ヨッピー

大阪出身のライター。「オモコロ」「SPOT(スポット)」など、さまざまなWebメディアで活躍中。週に8回銭湯に行く。

ブログ:ヨッピーのブログ
Twitter:@yoppymodel

編集:はてな編集部