家族で最後に過ごした街「大森」
私が大森に住んでいたのは、小学1年〜中学3年まで。大森は母親の出身地でもあり、駅から徒歩15分ほどの母親の実家を建て直した一軒家に住んでいた。たまに家族で「ダイシン」に行ったり、駅ビルに昔あったパスタ屋さんで食べたり、大森貝塚の近くの塾に通って帰りは母親が迎えに来たりと、今思うとちょうどいい大森ライフを幸せに送っていた時代だった。
ただ、中学3年のころ、家族の事業に問題が起きてお金がなくなり、家も土地も売ることになり、家族で引越しすることに。さらにその後いろいろあって、家族4人で仲良く暮らしていたのはその大森の家が最後となってしまった。
そんなことがあった大森なので、自分にとっては少し切ない、最後の家族の思い出がある場所ではある。でも実はなぜか大森に行っても特に何も感じないし、「うわー」と何か悲しい思い出し方をしたりする感じは全然ない。いつ行っても、「あ、大森だね」としか感じない。
その理由はたぶん、「大森自身がエモさを出す気があんまりない街」だからかもしれない。そういう思い出って、エモさをあおられると余計に思い出したり、自分に酔い始めてしまうことがある。もちろん「自分からエモさを出そうとしている駅ってある?」という話になるけど、大森はそれにしてもあまりに何もなくて。そこが何とも自分にとってはクールに感じて尊敬してしまう。割と店も多くて駅の周りはガヤガヤしてるのに、こんなに自意識のない駅あるのかな……。自分が駅だったらもっと駅前に何とかカラーを出したり、飲み屋街とかをそれっぽくアピールしてしまいそうなのに……。
さらに、大森は「実家ぽい」ところもかなり強みで、好きなところだ。私の実家があったから実家ぽいというわけではなく、たぶん誰が降りても「実家ぽい」と感じる雰囲気がある。それもあったかいおかん的な実家ぽさというより、ピアノの上にリモコンと亀の水槽があるような全然意味なく雑然としている感じなので、懐かしくない方の実家という感じ。
と、いいような悪いようなことをいろいろ書いたが、自分にとってはそういう感じでめちゃくちゃ落ち着く場所なのだ。この記事で、改めて自分が好きだった大森の場所や、より詳細な便利な点を再確認できればと思う。
品川と蒲田に挟まれようが、独自のカラーは主張しない
実は大森の立地はすごく便利だ。二駅向こうが品川なので、山手線に乗り換えれば渋谷や原宿も割とすぐ行けるし、蒲田・大井町という個性のある街に挟まれているため、飲みや遊びに行くのも楽しい。
ただ、そんな個性のある街に挟まれているのに、やっぱり街が自分が小学生時代の20年前からほぼ変わらず、独自のカラーを出そうとする気配がないのが不思議でしょうがない。どうしたの!? 強過ぎる。
もちろん細かく店は入れ替わっているところがあるが、◯◯っぽい通り・店、とか「この辺は◯◯向けの飲み屋街かな〜」みたいなのが全然なかった。カテゴライズ不明としかいいようがないというか、「これがほんとの誰でもウエルカムなのか!」と勉強になった。
「この街をにぎやかにしていこう!」「家族が住みやすいおしゃれな街にしていこう!」みたいな誰かしらの意図がびっくりするほど入っていないので、住む街としてはやはりすごくいいと思う。
私が好きな大森
私が好きな大森の場所でいうと、やはり駅から永遠に延びる商店街だ。いろいろな個人商店があって、デザイン性の高い店はそんなにないけど、なんでもあって落ち着ける。
昔、「ダイシン」という(自分の中では)有名な古い百貨店があったが、そこはかなり前に閉店してドンキになっていた。でも、ダイシンも実態は何でもあり過ぎるドンキ的な不思議な存在だったので、影響ないというか、単純により便利になったように見えた。ドンキの中にはニトリも入っていて、結構駅から離れているけれど、盛況だった。
あとは、「葡萄屋」というすごくすてきなアートギャラリーとおいしい焼鳥丼があるちょっと高級なお店があった記憶があり見に行ったところ、閉店していた。ただ、店の前にはまだすてきなオブジェがあるので良かったら見てみてほしい。
大森の駅の周りにはとにかく飲食店が何でもある。駅から少し離れたところに、「ベルポート」というきれいな大きな商業ビルがあり、落ち着ける飲食店が多い。そしてベルポートはもともとニフティさんのオフィスがあって、デイリーポータルZさんの編集部があった場所である。ファンなので、何ならそれが一番うれしい大森情報かもしれない。大森の数少ない華やかな点なのでは? と思いつつ、今もデイリーポータルZさんは違う場所にあるし、引越し元というだけなのだが……。
また、「キネカ大森」というすてきな映画館も当時から好きだった。名画座的な感じで、テーマをもって最新作だけでない映画も上映している気合いの入った場所だ。大森に住む人は、気軽に行けるのがすごくうらやましい。もちろん、最新作も上映している。小学生時代、『もののけ姫』を友達と一緒に見た、思い出深い映画館だ。
昔から西友と合体していて、今は「セリア」も入ったので、このビルがあれば何でも足りる感じになっていた。そしてスーパーも駅内に「東急ストア」、駅前に「オオゼキ」、ちょっと駅から歩いたところに「イトーヨーカドー」、前述の「西友」……とそろっているので、便利だ。
人の上にも下にも入らない街
さらに、大森にはなぜか「大森貝塚遺跡庭園」という歴史的な遺跡もある。昔の人が貝を食べて貝殻や動物の骨をごみとして埋めていた場所だ。「何か、普通っちゃ普通じゃない?」というのが、いかにも大森っぽい。昔、中学受験のために通っていた塾が大森貝塚の近くにあったけど、一回も寄ったことはなかった。それよりも乗るバス停の前にある今川焼があまりにもおいしくてしょっちゅうチーズ入りを買っていた記憶がある。今はから揚げ屋になってたけど、から揚げでも全然いい。
大森はバスの街というくらいたくさんバスが走っているので、駅から多少遠い場所に家を借りてもどうにかしてバスで帰れるのでオススメだ。ただ、昔母親が、「自分が大人になったころは飲み会で帰るときはもうバスがなかったからタクシーだったのよ〜。あんたたちもそう帰らないとねー」と言っていて、妙に印象的だった。
「母親の若いころと同じ道をたどることになるんだなぁ」と思っていたけど、私も妹も大森では大人にならなかった。運命って不思議と思うし、何となく私も本来持ってたものを失ってしまったのかなと少し思ったこともあったけれど、大森を歩いてやっぱり別にどっちでもいいなと思った。
そういう「うん、どっちでもいいかな……」という思いにさせるのが大森の特徴でもある。何かしら強く望んだりねたんだり、自分に足りないと思ったり、そういうことを思わせる街ではないところがいいところな気がしてきた。
そういう部分がエモさを感じない理由なのかもしれない。とにかくプラスにもマイナスにもあおられない。大森にいる間は、誰のこともうらやむことがなかったですもん。「人の下に入りたくないし、上にも立ちたくない」というどこかの本で読んだ言葉が好きで、仕事でも人間関係でも人生でそれを実践していきたいと思っていたけど、大森にはその言葉がぴったりな気がしてきた。
大森のことがすごく好きだった
もちろん大森は東京なので、私も「東京出身」ということになるのだが、東京出身な気が1ミリもしないのもちょっと面白い。「東京ではなく大森です」と、いつも言いたくなってしまう。
でもそれでも進んで言いたいというか、プロフィールにもつい「大森出身」と書いてしまうし、思ったよりも大森がかなり好きだったことが今回わかった。「古くてすてきな個人商店がたくさんあって〜」とか何の理由もなく、好きな理由をそれっぽく出すことすら難しい街だけど、そこが大森のいいところなのだ。
著者:金井茉利絵
1985年、東京大森生まれ。⻘山学院大学文学部日本文学科卒業後、農林中央金庫入社。編集プロダクション等を経て、2011年に株式会社ライブドア(現LINE株式会社)に入社。女性向け恋愛メディア「AM」立ち上げから従事。現在同編集長。2020年独立後、同年12月株式会社Logue 設立。
編集:小沢あや(ピース)