著者:いそのけい
イラストレーター 北海道出身。
見た人の気が抜けそうな穏やかなイラストを描いています。書籍や雑誌の挿絵、イベントのビジュアル作成、紙博などイベントへ出店したり、日々の出来事や旅行についてまとめたイラスト日記をInstagramに掲載しています。
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2023年の4月から2024年の10月までの1年半、高知県の高知市に住んでいた。
理由は、結婚した時に夫がたまたま仕事の都合で高知に住んでいたからで、私自身は北海道出身でそれまで高知どころか四国にすらまともに行ったことがなく、高知といえば!なものや事柄も全然把握していなかったくらいなのだけど、ふと「人生で四国に住むチャンスってそう巡ってこないのでは……?」と、当時勤めていた会社を辞めイラストレーターとして独立して高知へ行ってみることにした。北海道から高知へは自分の車(オンボロの軽)に荷物を積んで、苫小牧から京都の舞鶴へフェリーで行き、そこから瀬戸大橋経由で高知へと移動した。4月中旬の出来事だったのでこの年私はほとんど桜を見ていない。縦に移動しているんだなあと思った。
高知市の駅前や中心部はいたるところに椰子の木(や、その仲間)が植えられていて、「なんか陽気な街」というのが高知の第一印象だった。見渡せばアンパンマンの石像がいろんなところにあるし(石にされてしまったようにも見えるけどかわいい)、見たことない花も咲いているし、空は青いし、寒くないし、何とかなりそうな空気が漂っている。寒くないことの安心感。
新鮮さにあふれた高知での生活
高知での住まいは高知駅と高知インター(高知では高知ICを降りて高知駅までのエリアを高知インターと呼ぶ)の中間くらいにある住宅街で、街の中心部へも徒歩や自転車で出やすく、近所にはスーパーやドラッグストア、個人経営のカフェも数軒あり、インターや空港もわりと近いので県外への移動にも便利なエリア。家の前には川が流れていて、冬になるとやってくるカモや、向こう岸を歩いている猫、歩行者専用道路になっている川の土手を歩いているカメ、川の水面に飛び跳ねる魚、5月ごろになると怖いくらいに咲き乱れるタチアオイ、燃えるような夕焼け、白く霞むほどの土砂降りなどベランダからの景色も飽きない。(ベランダで洗濯物を干していると、散歩しているおばあさんたちから話しかけられることもあった)
景勝地としてグーグルマップに登録されていた
朝の静かな川も良い
花壇に植えられたサボテンや、道端の木になっている柑橘や柿、金木犀や沈丁花、彼岸花、椿などの花や木、大きな虫、道を歩いている小さなカニ、地域猫、車1台通るのがやっとの狭い道、水路など……北海道では見られないような近所の様子も新鮮で、歩いているだけで発見が多く面白かった。街の中を流れる川や水路が綺麗で、魚がたくさん泳いでいるのにもびっくりした。
北海道の平野部に住んでいた私にとって、山は遠くに青く見えるものだったのだけど、高知では緑色に見えるほど近い。しかも晴れの日が多いので、目に映る景色は青と緑が半々だ。夏の暑い日も、目に入る色のおかげで少しだけ暑さが和らぐような気がした。
「里山!」という景色
休みの日や用事のついでには、気になる海辺の公園や川、山、滝や季節の植物を見に行って、近くのあずまやで本を読んだり景色を眺めたり野良猫に話しかけたりするのが楽しくて心満たされる時間だった。とても綺麗なのに人が全然いない奇跡のような場所も多くて、ありがたく独り占めさせていただく。なんて贅沢なんだ。
都会には文化も技術も知識も人も集まってくるけれど、この美しい山や川は持っていけない。
10月の海
こんなに最高なロケーションで見渡す限り私しかいない贅沢
日曜市がある日常
高知には毎週日曜日に、高知城下を東西に走る「追手筋」で約1キロにわたって開かれる街路市「日曜市」がある。季節の野菜や果物、加工品、植物、骨董品などを売る市がずらりと300軒以上並び、よさこい祭り期間と元旦以外、天候に関わらず毎週開催されている。(しかも江戸時代から300年以上続いているらしい)高知には住んでよかったと思うことしかないのだけど、その中でも1、2を争うのがこの日曜市の存在だった。
わさわさもりもり
日曜市に行くと、日常生活では必須の食料品の買い物が10倍くらい楽しくなる。
葉っぱ付きのまま並んでいるにんじんの色鮮やかさや、カゴに盛られた茄子の輝き。丁寧に並べられた巨大な生姜。わさわさとしたほうれん草や空芯菜……自然光の下ビニールに包まれることなく並んでいる野菜や果物は、モリモリとボリュームがありみずみずしく本当に元気そうで、必要だから、とか食べなきゃ、ではなく自然と「美味しそう、食べたい!」と手が伸びてしまう。
並んでいるのは高知でとれた季節のものばかりなので、歩いているだけで旬がわかるのも楽しく、「先週まであった〇〇がない!」とか、「ついに〇〇が並びはじめた!」などと盛り上がったり。紫陽花や梅、ミモザなどの生花は購入して抱えている人を見かけるとこちらまでうれしくなる。
驚きと発見、美味しさと楽しさにあふれた日曜市は、私にとって、日常の買い物をするスーパーがわりの生活市でありながら、重要なエンターテイメントでもあった。季節を感じ、食べ歩きもできて、賑わいと人々の交流があり、出会いがあって……山盛りの野菜や早朝から元気な出店者の方たちをみると、こちらもシャキッと目が覚めて元気が出た。なんだか日曜市には、生活して生きていく上で大事なことがたくさん詰まっているような気さえする。
テントの重りに使われる茄子。こういった工夫も日曜市の楽しいところ
日曜市好きが高じて、知り合いの編集者とライターの2人と「日曜市の歩き方マップ」という日曜市の楽しみ方や好きなところについてまとめた冊子を作った。高知県内外で販売しているので、ぜひ手にとってもらえたら……!
思いがけずとても充実した1年半
高知での暮らしは、久しぶりの北海道以外での生活で、フリーランスのスタートでもあり、夫との共同生活の始まりでもあり、あらゆることがそれまでとは勝手が違っていたはずなのだけど、改めて振り返ると特に困ることや不安もなく、なんだかんだで1年半ずっと新鮮な気持ちで高知・四国を満喫したと思う。知り合いもほとんどおらず高知のことは何も知らないしビジョンも特になく、ただ住みに来た、というまっさらな状態で始まった生活はその予習ゼロ感が良かったのか、目に入るものがどれも新鮮で楽しく、美味しい食べ物と良い天気のおかげで明るい気持ちになり、出会った人たちが次々と場所や人を紹介してくれたおかげで交友関係も広がって、思いがけずとても充実したものとなった。
高知には豊富な観光資源と旅行で楽しめる魅力も沢山あるけれど、晴れと雨のはっきりとした潔い天気や、年中夏のような陽射しがあること、美しい川・海・山が身近なこと、日曜市、地元の居酒屋がどこも美味しい、良い図書館がある、街の人が気さく、水路がきれい……など、ささやかでも、近くにあると日々をじわじわと心地よくしてくれる、住んでわかる良さもたくさんあって そういう豊かさに気づきながら暮らせたことを嬉しく思う。1年半という短い時間だったけれど、思い出が5年分くらいありそうな充実した時間を過ごさせてくれた高知の街と人の魅力はすごい。
おまけ

東京に引越したあと、用事があって高知に行ったら11月だというのにやっぱりギラギラの陽射しが眩しく、青い空ともりもり生えている緑色の木々があまりにも高知で、うれしくて笑ってしまった。
編集:ツドイ