風と暮らすような気持ちで【高知県四万十市】

著: 岡本真帆 

「いつかは出て行く町」として過ごした地元に帰ってきた

 14年間暮らした関東を離れて、今年の6月、高知県四万十市に移住した。四万十市は私のふるさとだ。高知県南西部に位置する人口およそ3万人の自然豊かな町で、市の名前にもなっている四万十川が町の中央を流れている。

 千葉県の習志野で生まれた私は、3歳から18歳までの15年間をここで過ごした。当時は「中村市」という名前で、幼稚園から高校まですべて中村と名のつく園や学校に通った。今では私のあだ名は「まほぴ」になっているが、小学校から高校卒業まで地元では「まっぴー」と呼ばれていた。なんか響きがハッピーに近くて気に入っている。大学に進学することでそのあだ名はリセットされたけれど、結局「ぴ」が残っているのがなんだかおかしい。

 地元で就職することは、「まっぴー」と呼ばれていたころからあまり考えていなかった。母親の実家が関東にあり、毎年夏休みには祖父母や従兄弟に会うために、東京行きの飛行機に乗った。人やエンタメが溢れ、わくわくする新しいものに出会いやすい都会の暮らしに、まだ幼かった私は惹かれ、憧れていた。私が県外の大学に進学することは、家族のなかでもごく自然な選択肢になっていたと思う。中村のことは「いつかは出て行く町」として認識して過ごしていたことを覚えている。

都会のワンルームから、風を感じる田舎の一軒家へ

 仕事がリモートでできるようになり、地方に移住することが選択肢のひとつとして持てるようになった。同僚の数人が都心から離れた土地で働き始め、そのこともあって地元に戻ることを私も考えるようになった。とはいえ、東京を離れて高知を拠点にすると、生活がガラリと変わることは想像に難くない。高知は東京ほど公共交通機関が発達していないし、都心から離れていることもあって、私が好きなエンタメコンテンツが入ってくるスピードも遅い。地元から、大好きな映画館までの距離も遠い(片道2時間かかる)。風光明媚な土地でのびのびと過ごすことに心惹かれながらも、移住することについてしばらく踏ん切りがつかずにいた。

 そんな中、今年の3月に私が7年間つくってきた短歌をまとめた第一歌集『水上バス浅草行き』がナナロク社から刊行された。本を出したことで生活に徐々に変化が現れるようになった。ありがたいことに当初想定していたよりも多くの方に手にとってもらえるようになり、歌人としての仕事が少しずつ増え始めた。この生活の変化をひとつの区切りに、環境を変えてみるのはいいかもしれない。歌集刊行から一カ月たった4月末に、思い切って引越すことを決めた。そこからは怒濤の勢いで退去手続きを進め、引越しの準備をし、6月初旬、地元である四万十市に帰ってきた。

 今は実家の隣にある、昔祖父母が暮らしていた一軒家で生活している。日当たりの悪かったワンルームから一転、窓からさんさんと日光が降り注ぎ、風が吹き抜ける、明るくて風通しのいい家だ。すぐ側に川が流れていて堤防があり、仕事部屋からも犬を散歩させている人が見える。犬が好きなのでそれだけでかなりうれしい。

 四万十市のいいところは、やはり雄大な自然を感じられるところだと思う。地元の好きな場所をいくつか紹介していきたい。

雄大で身近な、最後の清流・四万十川

 日本最後の清流といわれる四万十川は、四国で一番長い川だ。四国カルストの東南に位置する不入山(いらずやま)を源流点として、大きく蛇行しながら四万十市・下田で太平洋に注ぐ。四万十市は四万十川の下流域にあり、屋形船や沈下橋が観光の名所にもなっている。

 佐田の沈下橋は四万十川の最下流にある最長の沈下橋で、中村駅から車で15分ほど走ったところにある。沈下橋は欄干のない橋で、豪雨で川が増水すると水の下に沈むようにできている。

 県外からも多くの観光客が訪れる佐田の沈下橋には、写真を撮りに足を運んだこの日も観光バスがやってきてにぎわっていた。橋を歩いて渡るときの爽やかさは格別で、ほかの人がいなくなったタイミングを見計らって写真を撮るのが楽しい。雄大な山の姿が美しく、自然の中にいるだけでパワーをもらえることが実感できる。

 佐田の沈下橋の景色はもちろん素晴らしいのだけれど、私にとって馴染みがあるのは、赤鉄橋の四万十川だ。自宅から数分自転車を走らせたところにあり、日々の生活の中でよくこの橋を使う。地元の人には赤鉄橋と呼ばれ親しまれているが、本当の名前は四万十川橋というらしい。今回Googleで調べていて初めて知った。鏡のように空を映す川面、青々とした山に生い茂る木々を眺めるたびに、地元に帰ってきたなあという気持ちになる。

さまざまな青が混ざり合う、下田の海

 四万十市には川と山だけでなく、海もある。四万十川の河口である下田には、太平洋を一望できる展望台があり、ここから見える景色が私は大好きだ。

 小さいころから下田に来て水平線を眺めるたび、「地球って本当に丸いんだろうな」と思っていた。水平線はまっすぐ続いているけれど、よくよくみるとなんとなくカーブを描いているような気がする。この展望台に、丸い地球の一部を見せてもらっているような不思議な気持ちになる。ここから見える景色だけでも、いろんな青があって、私が絵を描く人だったらどんな色を使ってこの空や海や木々の彩りを再現しようとするのだろう、と想像するのも楽しかった。この景色を見ながら海風に当たれるのは、なんてぜいたくなことだろう。

アイスクリンを食べながら安並の水路を散歩

 安並も癒やしの場所としておすすめしたい。

 「安並水車の里」の田んぼの脇には水路があり、その水路に全部で15基の水車がある。1kmほど続く水路沿いに紫陽花が植えられていて、6月上旬の開花の時期になると青や紫、白の紫陽花が美しく咲いている。水路に映った紫陽花の影もまた素敵だ。

 高知の観光地ではよくアイスクリンの販売所を見かける。赤と白のパラソルを見かけると「アイスクリンだ!」と思わず駆け出したくなるのは、同じように高知で育った人にはわかってもらえると思う。

 アイスクリンはアイスクリームよりもシャリシャリとしていて、ちょっとシャーベットっぽさのある食べ物だ。1個200円。自分で買うのはかなり久しぶりだった。アイスクリンをかじりながら、水路沿いを歩いた。

久保田食品の花まんじゅうが好き!

 アイスといえば、高知の久保田のアイスを一度は食べてみてほしい。先日スーパーで見かけて、うれしくなって大量に買ってしまった。久保田食品は南国土佐のローカルアイスメーカーで、市販用のアイスの種類は70種類を超えるそうだ。中でも私は花まんじゅうが好き。上京したてのころ、よく東京のスーパーやコンビニで花まんじゅうを探していた。まさか、全国区ではないなんて……。おっぱいアイスもおなじみのアイスだけど、ご当地アイスだと知って驚いた。土佐ジローのアイスクリンも絶品でおすすめ。

 久保田のアイスはオンラインストアからお取り寄せもできるので、興味のある方は購入してみてほしい。

お土産ならサンリバー四万十へ

 ここからは、私がよく行くお店を紹介していこうと思う。

 もし中村に来ることがあるなら、「物産館サンリバー四万十」に立ち寄ることをおすすめする。地元の新鮮な野菜や果物が並び、高知県内のお土産が集結している物産店だ。

 高知県民のソウルドリンクといえば、ごっくん馬路村とリープルで間違いないはず。ごっくん馬路村はゆずの味が爽やかなジュース。瓶と缶があるけれど瓶で飲んだ方が美味しさが増す気がして、私はいつもこちらを買う。リープルはひまわり乳業の乳酸菌飲料。全国区の飲み物だと思っていたのに、県外に出たら買えなかった……と驚く県民も多い、超ロングセラードリンク。この二つは物産館サンリバー四万十に来たら確実に買えるので、ぜひ。

 大月町のきびなごケンピも激推し。カリカリの食感と醤油の甘み、胡麻の香ばしさがクセになるおやつ。お酒のおともにも最高で、開けると口に運ぶ手が止まらなくなる。
 
 ちなみに、ごっくん馬路村は買い物をするたびに必ず買ってしまう。だから二枚ともに映り込んでいます。飲んだら体が内側からゆずになる!

タヌキのケーキを捕獲せよ!

 かわいいスイーツをお求めなら、大橋通の「お菓子の山彦」にも足を運んでほしい。中村に住む人ならみんな知っている山彦のタヌキのケーキは、小さいころからずっと変わらないかわいいおやつ。タヌキひとつひとつの表情が微妙に異なっているのが愛らしく、そのつぶらな瞳に心を奪われて、ついつい大量捕獲してしまう。1個200円。バタークリームの味が懐かしくてほっとする。

一度は食べてほしい、宿毛と大方の絶品ラーメン

 四万十市のお隣、宿毛市と黒潮町にあるイチオシグルメも紹介したい。

 宿毛市の「二ノ宮金次郎」は、家族みんなが大好きなラーメン屋さん。写真はトマトとチーズのミソラーメン(950円)。ラーメンには珍しい野菜の溶け込んだポタージュスープが美味しい!欲張って、ミニルーロー飯(400円)も注文。古民家を改装した建物の雰囲気もいい。あまり目立たないところにある隠れ家的なお店なのだけれど、週末はいつも順番待ちのお客さんが外の待合スペースで待っている人気店。これまでは帰省時の楽しみだった金次郎のラーメン。これからはいつでも好きなときに食べられると思うとうれしい。

 黒潮町の道の駅・ビオスおおがたの中にある、「ひなたや食堂」の宗田節らーめんも絶対に食べてほしい。宗田節というのはソウダガツオからつくられた節で、土佐清水の名産としても有名。深いコクの濃厚なお出汁がとれる。そのお出汁がふんだんに感じられるのが、この宗田節らーめん。温泉に浸かったときにじわじわ心が解けていくような、ほっと染み渡る美味しさを堪能してほしい。

何もないと思っていた景色の中にあった、豊かさ

 東京に行く前の私は「地元には何もない」と思っていた。でも、こうして大人になって改めて周りを見渡してみると、都会にはない四万十ならではの魅力的なものが溢れている。知っているはずの町で、毎日新しい発見と出会っている。一度地元を離れたからこそ、地元の良さに気づけるようになったのかもしれない。

 私のように、大人になって地元を離れた方は多いと思う。いきなり移住してみようよ、とは言わないけれど、ふらっと故郷に帰ってお試しでリモートワークをしてみるのもいいかもしれない。

 最近の私は、日中会社員として仕事をし、朝や夜に歌人として短歌をつくっている。これまでつくってきた短歌は、都市での暮らしを詠んだものが多かった。拠点を地方にしたことで、これからつくるものに多少の変化は生まれると思う。高知の明るい光の中で、風を感じながら自由に歌をつくっていきたい。

著者:岡本真帆

岡本真帆

歌人。1989年生まれ。高知県の四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)を刊行。

■第一歌集収録歌より
平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ
もうきみに伝えることが残ってない いますぐここで虹を出したい
3、2、1、ぱちんで全部忘れるよって今のは説明だから泣くなよ

Twitter:@mhpokmt

編集:小沢あや(ピース)