
「東京に住んでいることで、自分が大きくなったような気になっていないだろうか?」
そんな思いが頭をよぎることがある。
近ごろどうも、東京に寄り掛かっている自分が目に付くのだ。
言うまでもないが、東京が与えてくれるのは機会や経験であって実力ソノモノではない。
しかし、華やかで時間の流れが速い東京にいると、ついそのことを忘れ、住んでいる街の大きさを自分自身の大きさのように勘違いしてしまうことがある。
みっともない話だ。
東京という便利で有力な後ろ盾を失っても、僕は今と変わらない自分として立っていられるだろうか?
そうやって自問自答するとき、頭の中にはいつも地元の友人たちの顔が思い浮かぶ。
カルチャーは古着屋とライブハウスにあった

僕が生まれ育った街・函館は、札幌、旭川に次ぐ北海道第三の都市だ。
新鮮な魚介類や良質な温泉、歴史の教科書にも載っている史跡など、観光資源が豊富で、函館山からの夜景は「わざわざ旅行する価値がある場所」としてミシュラン・グリーンガイドの三ツ星を獲得している。

しかし、自分の故郷が観光都市なのだとはっきり理解できたのは、地元を離れてからだったと思う。
住んでいたときは、朝市で海鮮丼を食べたことなんかなかったし、親戚でも来ない限り函館山へ行くこともないし、五稜郭公園なんてサッカー部のランニングコースくらいにしか思っていなかった。

海も山もある街に育った僕は、夏になれば釣りへ行き、冬はスノーボードを持って雪山へ行った。
東京に住んでいると海も山も遠い存在になってしまうが、当時の僕らにとって釣りやスノーボードは特別な行事ではなく、日常の延長にある遊びという感覚。
むしろ、特別なのはカルチャーだった。音楽や漫画やファッション、それらに触れることのほうが特別な体験で、新しいカルチャーとの出会いが楽しくて仕方がなかった。
スマホはおろか、インターネットもそれほど普及していなかった時代。
カルチャーは古着屋とライブハウスにあった。

当時は、ビンテージブームで、古着をメインに扱うファッション雑誌がいくつもあった。
地方都市に住んでいて雑誌だけが情報の拠り所だった僕も、ご多分に漏れず古着にハマり、部活の帰りに汚れたジャージのままで古着屋に通いつめた。
そこには幅広い世代の、多種多様な趣味を持った人たちが集まっていて、雑誌に載っているような古着だけでなく、初めて知る映画や、聞いたこともない音楽など、学校では触れることのない情報が溢れていた。
いつしか僕にとって古着屋は、単に服を買いに行くだけの場所ではなく、未知のカルチャーに触れられる最高の遊び場になっていた。

ライブハウスへ行くようになったのも、高校生になってからのことだ。
古着屋でさまざまな音楽と出会った僕はパンクにのめり込み、お気に入りのTシャツとスニーカーを身につけてライブハウスへ遊びに行くようになった。
そこはいつも理性が吹っ飛ぶほど刺激的だった。
ステージ上で自分のすべてを投げ打つようなバンドの姿に胸を鷲掴みにされ、叫び、騒ぎ、ダイブする。
フロアに転げ落ちては、近くの人に引っ張り上げてもらい、また人を掻き分けて最前列へと向かう。
足元で倒れている人がいれば引き上げて、「ヤバイね!」「ヤバイわ!」という単純なやりとりで、お互いの高揚感を共有した。
客が次々と頭の上を通過していき、そのたびに低い天井を蹴飛ばすので、コンクリートの破片が落ちてくるなんてことも日常茶飯事。
僕は、そこで起きるすべてのことに興奮していた。
その場を共にした人たちとは、まるで戦友のような仲間意識が芽生え、学校や年齢の枠を超えてたくさんの友達ができた。

そんな函館での日々が僕は本当に好きだったし、こういう楽しさがずっと続けばいいなと思っていた。
だけど、古着や音楽が好きになればなるほど、都会への憧れは大きくなっていった。
当時は何をするにも「もっと知りたい!」「もっと体験したい!」と思っていた記憶がある。
だから、今振り返ってみると、東京へ出るというのは自分の気持ちに嘘偽りのない選択だったなと思う。
楽しさや寂しさや心細さを全部ひっくるめた感情よりも、好奇心のほうが遥かに大きかった。
表現としての店

東京に出てきて18年。
自分で書きながら驚いてしまうほど長い時間が経った。
気づけば北海道にいた期間と、離れてからの期間がちょうど同じになった。
もう連絡を取らなくなってしまった人もいるが、古着屋やライブハウスで出会った友達とは今でもよく会う。
一度函館を出てからUターンで帰ってきて、外で磨いてきた技術や経験を武器に地元で仕事をしたり、お店をやったりしている人たち。
最近は、そういう友達が増えてきた。

わざわざ約束しなくてもライブハウスに行けば必ず顔を合わせていた友人は、『箱バル不動産』という会社を立ち上げ、函館の旧市街地にあたる西部地区で古民家の再生や宿泊施設の運営などに取り組んでいる。
彼らが管理する『大三坂ビルヂング』という築100年を超える建物は、クラウドファンディングで改修費用の一部を集めたり、ボランティアスタッフと協力するなどして、大規模なリノベーションを実施。
ショップやレストランが入る複合商業施設として生まれ変わり、函館の街に新たな光を灯した。

蔵と洋風建築が一体となった珍しい建物の奥には、〝暮らしを見つける宿〟というコンセプトを掲げる『SMALL TOWN HOSTEL Hakodate』がある。
僕も何度か泊まらせてもらったが、静かで落ち着いた雰囲気が心地よく、子連れでも快適に過ごすことができた。

スタッフは地域に詳しい人ばかりなので、「近くにいい温泉ありません?」とか「今から飲みに行くならどこですかね?」など、細かい質問にもしっかり答えてくれる。
そうやって、ガイドブックには載っていないようなローカル旅をアテンドしてもらえるのも嬉しい。

洋風な建物の1階に入っているのは、米国式食堂の『She told me』。
看板メニューのチキンオーバーライスは、ターメリックライスの上に乗せられたスパイシーなチキンと、まろやかなヨーグルトソースの相性が抜群で、一口目の「美味い!」が最後まで途切れずに続く。
床に敷き詰められたタイルから、壁に描かれたサインペイント、クラシックな飾り天井まで、店内を構成するすべての要素にオーナーの美意識が感じられ、何度訪れても見とれてしまう。

アメリカで買い付けてきた食器や照明、アートピースなどを販売している『PALM WINE STORE』も、高校生のときに古着屋で遊んでいた友人が5年ほど前にオープンしたお店だ。
並んでいるのは、どれも一言では説明できないようなユニークな商品ばかり。それらが海を越えて函館にやってくるまでの経緯を買い付けてきた本人から聞いていると、ぼんやりと感じていた「これ、いいなぁ」という気持ちが、徐々にはっきりした「好き」に変わっていき、単なる商品として以上の特別な価値を感じるようになる。
こういう体験は、対面で相手の熱量を感じながらする買い物だからこその楽しさだなと強く思う。

彼らがやっていることは、単にお金を稼ぐための商売ではなく、一種の表現活動のように感じる。
自分達が好きなもの、カッコ良いと思っていることを、宿や店というかたちに落とし込んで表現する。
そこには彼らの好みや、辿ってきた道がにじみ出ていて、他の何とも似ていないオリジナルの空間ができあがる。
時には破壊と再生を意図的に行うことも含め、それは紛れもない表現なのではなかろうか。
いつも密かに胸を打たれている。
小さな街のカルチャーを担う場所

僕が遊んでいた古着屋やライブハウスは、もう何年も前になくなってしまった。
だけど、そこで育まれた感性は、別の場所で花を咲かせている。

西部地区の二十間坂という風光明媚な坂の下にある『LOFT』は、巨大な倉庫を改装してつくられたお店で、レンガ造りの店内には王道かつ遊び心が感じられるセレクトの古着やインポートアイテムが並ぶ。
天井が高く、広々とした空間に服や靴が並べられている様子は実に壮観で、眺めているだけでも気持ちが弾む。

同じ建物内に併設された『POCUS』では、ハンドドリップのコーヒーや世界各国のクラフトビールが飲めるほか、クラブイベントも定期的に行われている。
きっと、ここには18年前の僕たちのような若者が集まっているんだろう。
こういう場所があることで芽生える興味関心や、人生に大きな影響を及ぼす出会いの存在を、18年後の僕は身をもって知っている。

昨年、海沿いの漁火通りに完成した『CASANOVA』は、洋服のリペアショップと、ビールに合うサンドイッチが食べられるBarスペースがひとつになったお店だ。
目の前には海が広がる抜群のロケーションで、店内はいつも心地いい音楽で満たされている。

電源・Wi-Fiが完備されているのでゆっくり仕事ができるし、終わった後にテラス席で飲むレモンサワーは格別だ。
東京では決して味わえない贅沢な時間を堪能できる場所で、帰省のたびに立ち寄っている。
仕事と遊びの間にある生活への興味

「東京に住んでいることで、自分が大きくなったような気になっていないだろうか?」
そんなことを考えるようになったのは、ここで紹介した人たちのように積極的な理由を持って函館を選び、自分の足元を自分で踏み固めながら暮らしている友人が増えてきたからに他ならない。彼らは街に寄り掛かかるのではなく、寄り添うようにして暮らしている。
そこにあるのは、都合ではなく意思だ。
彼らは何かの都合ではなく、自らの意思で函館に住んでいる。
少なくとも僕にはそう見える。
その姿は、どんな言葉とも比べ物にならないほどの重さと鋭さを伴って、東京で暮らす僕に自分の在り方を問いかけてくる。

思い返してみると、僕はずっと生活というものに興味がなかった。
興味があるのは仕事と遊びだけで、その基盤になるはずの生活についてはほとんど無関心に生きてきた。
当然、住む場所も仕事と遊びに都合がいいかどうかが基準。
こんな街に住みたいとか、こういう暮らしをしたいといった具体的なビジョンはなく、やりたい仕事を存分にできて、遊びも充実していれば、他はなんでもいいという考えだった。
そういう意味で東京は最高の街だと思う。
さまざまな仕事のチャンスが転がっているし、遊ぶところは行ききれないほどある。
退屈や物足りなさとは無縁の街だ。

しかし、結婚して、子どもが生まれたことで、今更ながら生活に興味が湧いてきた。
だからきっと、東京に寄り掛かっている自分や、地に足をつけて函館で闘っている友人たちの姿に目が向くようになったのだろう。

函館を出る前は、選択肢が多いことが豊かさだと思っていた。
だけど、最近は「家のことは、この人に聞けば間違いない」とか「プレゼントの花は、あの店に限る」というように、たったひとつでも絶対的な信頼をおける選択肢がある環境に豊かさを感じている。
僕にとって函館は、まさにそういう場所だ。
街の豊かさを支えているのは人であるということを、僕は友人たちから学んだ。
自分の意思で住んでいる人たちの営みが、人を惹きつけている今の函館。
「また住んでみたい」という気持ちが膨らんできている。
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著者:阿部光平(あべこうへい)

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編集:Huuuu inc.
