ただの住宅地「新川崎」に住んでいたら、勝手に7年が経った

著: やしお

気付いたら新川崎に7年住んでいる。人生で7回引越しているが、居住年数の最長記録を更新している。でも「この街が大好きだから」長く住んでいるわけじゃない。

例えば、CoCo壱番屋に行くと「ロースカツカレー+チーズ」を毎回注文してしまうし、すき家に行くと「高菜明太マヨ牛丼の中盛」を毎回注文してしまう。メニューを開いて、期間限定の新メニューもチェックして、真剣に比較検討して「何が一番いいだろう」と考えた末に結局、また同じものを選んでしまう。

真剣に考えれば考えるほど、現状を追認しただけの選択をする。家選びにもそれと全く同じことが起きていて、新川崎に7年住んでいる。26歳で引越してきて、自動的に33歳になった。

2年ごとのアパートの更新が近づくたびに、引越しを真剣に考える。もう少し駅に近いほうがいい、もう少し防音のしっかりした部屋がいい、もう少し広い部屋がいい、もう少し景色のいい部屋がいい、条件が良ければもう2、3万円家賃が高くなってもいい……。そうして賃貸物件検索サイトを何日も、何時間も真剣に見て、結局、今の月6万5000円のアパートをそのまま更新している。

2年ほど前に突然大家と管理会社が変わって、更新料がかからなくなった。「これで2年の契約期間に縛られずに、好きな時に引越しができる」と思った。そして引越さない。

3年ほど前に上の階へ越してきたカップルが午前2時、3時に営んでいる声がうるさくて耳栓をして寝ている。その話を人にすると決まって「引越しなよ」と言われる。その通りだと真剣に思う。それで、引越さない。

奥に見える、跨線橋(こせんきょう)からつながっている建物が新川崎駅の駅舎。手前は全部貨物線で、鉄道ファンの人がよく写真を撮っている

「川崎」にはいろいろな街がある

就職して地元の岐阜から関東に出てくるまで、川崎市がどこにあるのかよく知らなかった。関東以外の地域に住む人には、川崎市の認知度は実際そんなものだと思う。地元の友人には「川崎市は横浜と東京に挟まれた細長い市」「新川崎駅は、隣駅が横浜駅。乗り換え無しで、品川駅までは15分弱、渋谷駅や東京駅までは約20分の駅」と答えている。ちなみに羽田空港へは約40分、成田空港へは約1時間30分、いずれも乗り換え1回で行ける。

まるでマンションの広告のような言い方だ。マンション(特に分譲マンション)の広告は、部屋や建物それ自体でさして差別化できないなら、エリアの利便性をうたうことしかできない。新川崎も街自体に特色があるわけではないから、その説明をしようとすれば「都心・横浜・空港へのアクセスの良さ」を挙げるしかなく、マンションの広告に似てしまうのも必然なのかもしれない。

また、川崎市を知っていたとしても、治安の悪さや工業地帯のイメージが先行していたりする。しかし現実の川崎市は細長い市域をいくつかの路線が横切って、エリアによって雰囲気が異なる。再開発できれいになりながらもかつての猥雑さを残す川崎、タワーマンションが乱立し新興セレブエリア化した武蔵小杉、田園都市線のおしゃれ感を南武線の雑多感で対消滅させる溝の口、川崎感ゼロな東京のベッドタウン新百合ヶ丘と、市内の主要な街でも異なったイメージで語られる。そして、それらもまた単純化されたイメージでしかなく、さらに目を凝らせば川崎市内がさまざまな表情を持っていることが理解できる。

大雑把な川崎市のイメージ図

JR横須賀線の新川崎駅から歩いて6分ほどの位置に、JR南武線の鹿島田駅がある。そんな近い距離でも、周辺の雰囲気は少し違う。鹿島田には不動産屋、カラオケ屋、レンタルビデオ屋、パチンコ屋、居酒屋があって、いわゆる「南武線らしい」雰囲気がある。新川崎がただの住宅地であるのとまた違う。その差は、1927年に開業した鹿島田駅と1980年に開業した新川崎駅の、50年強の歴史の差なのかもしれない。

JR鹿島田駅前

憧れではなく、実用的な理由で選んだ街が新川崎だった

そもそも私が新川崎を選んだのは、

・会社帰りに映画を見て帰れる
・家賃が高過ぎない
・乗り換え無しで職場に行けて、なおかつ座れる

という純粋に実用上の理由からで、街への憧れといったものは無かった。引越し先を選ぶ際に、路線図を印刷して映画館のある箇所をまずプロットして、どこにしようか考えた結果が新川崎だっただけだ。新川崎エリアからほど近い川崎駅には映画館(シネコン)が3つあり、仕事終わりに寄っても南武線か路線バスで自宅に帰れるのだ。

今のアパートにも新川崎というエリアにもこだわりは無く、最初は5年くらいで引越そうと思っていた。そういえば鴨長明の『方丈記』は、「都心で豪邸に住むのはやめた。いつでも引越し可能なコンパクトハウス(方丈庵)を開発して立地最高の場所に住んでる私大勝利」という自慢の後で「気軽に引越そうと思ってたのに気付いたら5年経ってた。コケ生える」と書いてあって、800年前の人間と思考が変わらない。「いつでも気軽に引越せる」「仮住まいでしかない」という気持ちを担保にして、現状を曖昧に肯定する。結局、先述の条件が変わらないから大きな不満もなく、そのまま住み続けている。

内見で不動産会社の車に乗って初めて新川崎駅のある跨線橋を渡ったとき、遠くのビル群を眺めて「ああ、あれが東京か」と思った。後で調べたら武蔵小杉だった。川崎市だった。

にせ東京

就職してから4年間は川崎市内の独身寮に住んでいて、そこでは水まわりと食堂は共用だった。寮を出て今の新川崎で初めて一人暮らしをして、自分専用の風呂、自分専用のトイレ、自分専用の台所などがあるのが、何かひどく贅沢が過ぎるような気がして不思議な感じがしたのを覚えている。

引越した当初はクックパッドでレシピを調べて自炊したり、渋谷まで映画を見に行ったり、川崎市内にある科学館でプラネタリウムを見たり、歩いて多摩川の河川敷に行ったりもしていた。しかし「ていねいな暮らし」をしていたのは初めだけで、今は自炊もひたすらカット野菜を煮るか焼くかするばかり、焼き魚もほとんどやめて缶詰を食べたり外食で済ませたり、都内にも横浜にも行かず川崎駅周辺にしか出掛けなくなってしまった。

多摩川河川敷。川崎市は細いところで東京都境の多摩川から横浜市境まで幅が1.2kmほどしかない
近所にある夢見ヶ崎動物公園。レッサーパンダやペンギンなどがいる。国内で唯一ヘラジカを飼育していたが、2013年に最後の一頭(写真のポロウ ・雌)が死んだため、日本でヘラジカを見ることはできなくなった

無駄を無くし、効率化していく街

新川崎周辺もこの7年でいろいろと変わってきている。大きな家や商店がどんどんなくなって、建売住宅や集合住宅になっている。引越した当初は自宅の向かいも隣も商店だったが、数年前にそれぞれ建売住宅とアパートに変わってしまった。表でいつもうろうろしていた商店主のおじさんの姿も、もう見ない。火事で全焼した近所の居酒屋はマンションになった。近くにインドカレー屋ができた。あまり繁盛しているとは言えず、ビールの値引きをしたり最近はタイ料理まで出し始めたりして迷走している。ファストフード店ではここ数年で外国人の店員が随分増えたみたいだ。

駅の近くにタワーマンションと商業施設もできた。ペデストリアンデッキも整備されて新川崎から鹿島田まで雨でも濡れずに行き来できるようになったりした。

住宅地の向こうでタワマンがそそり立っている

都会は車が必要ないとよく言われる。それは交通網(鉄道網)が発達しているからだと、以前は単純に思っていた。しかしそれだけが理由ではないと、実際に暮らして気付いた。人が密集して暮らしているというのは、それだけスーパーや美容室、クリニックや飲食店の密度も上がるということで、自動車や電車どころか自転車にさえ乗らなくても、徒歩だけで選択肢が十分にある生活を送れるということだ。自宅から歩いて10分以内で日常生活は事足りる。生活圏がコンパクトになる。地元で暮らしていたときは、県内で最大の駅である岐阜駅から徒歩20分弱に住んでいても、外食にも歯医者へ行くにも車を出すのが普通だったから、想像したことのない感覚だった。

地方で人が減って関東に集中しているのだとすると、そうした差はより大きくなっていくのかもしれない。自分自身もそれに荷担している一人だ。自分の住む街が無駄を無くして合理化されていく過程をちょうど見ている。そしてそれは、自分の生活自体が単純化されていくのとパラレルなのかもしれない。新川崎が特色もなくつまらない住宅地だとしても、それで自分にはぴったりなんじゃないかという気もする。

すっかり住宅地になったかつての商店街
天気がいいと横須賀線の新川崎-横浜間で富士山が見えてちょっと得した気になる

きっと、まだしばらく新川崎に住むだろう

平日、少し遅い時間に出勤すると小学生の登校時間と重なる。駅近くのマンションから絶え間なく子どもたちがあふれ出てくる。少子化なんて本当だろうかという気にさえなるくらい、子どもの波が押し寄せてくる。

雨の日は大人たちの暗い色の傘と違って、カラフルな傘が視線の少し下を埋め尽くして楽しい。私が変わらず7年この地域に住んでいる間に、小学生からもう中学生や高校生になった子どもたちがたくさんいるんだなと思うと奇妙な感じがする。私は彼らを個人ではなく「小学生」としてしか見ていないし、彼らも私を「出勤途中の大人」としてしか見ていないから、お互いにとって風景でしかないけれど、それぞれに時間が流れて生活や人間関係や考えが変わったりしているのだとあらためて思うと、何か、自分にとってはこの街に時間が勝手に吸い込まれたような、そんな不思議な感じがする。自分に子どもがいれば、また感覚が違うのかもしれないと思ったりもする。

でもきっと、まだしばらく(下手したらずっと)新川崎に住んでいる。そういう、30代前半の独身男性会社員の、たぶんありふれた事例です。

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著者:やしお (id:Yashio)

やしお

ふつうの会社員(33)。日本のメーカーで働いています。

ブログ:やしお Twitter:@OjohmbonX

編集:はてな編集部