言葉が苦手な私を育ててくれた街、原町田|文・渡邊あや

著: 渡邊あや

書こうとした瞬間、手が止まった。思い出はたくさんあるはずなのに、言葉にしようとすると、うまく形にならない。言語化が難しい。

でも、考えているうちに気が付いた。ここは、言葉が得意ではない私が、安心して過ごせた場所だった。

子どもの頃から、言葉を選ぶのに時間がかかるタイプだった。

何かを感じても、すぐに口に出せない。頭の中で何度も言い直しているうちに、周囲の視線を意識してしまい、話すタイミングを逃してしまう。周囲との間に少しずつ距離ができていくのは、何度経験しても、寂しい気持ちになる。

そんな感覚を持ちながら過ごしていたのが、原町田という場所だ。そこは、町田駅周辺から芹ケ谷公園あたりまでに広がる、私にとって身近な街だった。小田急線と横浜線が通り、都心からのアクセスも良い。駅周辺の立体歩道橋を中心に広がる繁華街は、賑やかでありながら、私には居心地が良かった。

呼び込みの声や車の走る音。ビルの壁に並ぶ看板もいっせいに目に入ってくる。立体歩道橋の上では、行き先の違う人たちが交差し、話し声と街の音が重なっていた。

それでも、うるさいとは感じなかった。どの人も、それぞれの目的で歩いていて、私に向けられる視線はない。私は自由に過ごすことができた。
一方で、駅から少し歩くと、落ち着いた住宅街や自然の豊かさも感じられる。賑やかさと静けさが隣り合っていて、その両方を行き来できるのが、この街の好きなところだ。

この辺りは、私の父の出身地でもあり、幼少期から家族と訪れることが多かった。
駅から近い古いアパートに2年間ほど暮らしていた時期もある。

原町田の記憶をたどると、真っ先に思い浮かぶのは横浜線のターミナル改札口だ。当時、そのすぐそばにあった東急ハンズには、家族でよく出かけていた。外観は昔と変わらないが、今は、ミーナ町田という商業施設として営業している。

ある日、ハンズに入ってすぐ、近くにいたはずの父の姿が見えないことに気が付いた。目を離すと、父はいつも、すぐにいなくなってしまう。
私は呼びに行くこともせず、ただ黙っていた。誰かに伝えるか悩んでいるうちに、母も気が付き、呆れたように辺りを探し始めた。

母の後ろをついて歩きながら、私は様子をうかがった。普段は優しいけれど、意思がはっきりしている人だ。今声をかけたら、私まで何か言われるのではとドキドキした。

見つけた父の背中越しに、母が声をかけると、父は少し気まずそうに振り返り、「ああ、ごめん」と返した。父にとって、自分のペースで動くのは自然なことだったのだろう。それでも、最初に一言かければいいのに、と心の中で思った。しかし、自分もできていないことに気付いて、何も言えなかった。

賑やかな街の中で黙っていると、自分の気持ちが景色に溶け込み、そのままなかったことになってしまう気がする。

でも、あのとき、二人を見つめ、感じていたもどかしい気持ちは、今も忘れられずに残っている。あのビルの外観は、そんな記憶をしっかりと思い出させてくれる。

懐かしい景色を見ていたら、ふと思い出したことがある。当時、原町田橋を渡った先の住宅街に、古い木造の小児科があった。

診察中、私は先生と多くを話した記憶がない。問診の際の二、三言と、母と話す先生の様子を黙って見ていたことだけ覚えている。

先生は、私に無理に話をさせようとはしなかった。子どもだからというよりも、私の様子を見て、距離を測ってくれていたように感じた。話さない私が、そこにいることを、ただそのまま受け止めてくれる。その安心感から、待合室での緊張が自然に和らいでいった。「ここに来れば大丈夫だ」と、幼いながらに感じていた。

繁華街の細い路地にある、古い写真館も忘れることができない場所だ。七五三や入学など、節目のたびに家族と記念写真を撮ってもらっていた。
入り口すぐの階段を上がると、年季の入ったスタジオがあり、スリッパの音が響いた。スタジオの方は優しく声をかけてくれたが、その優しさにどう応えればいいのか分からない。私は、つい目を逸らしてしまった。
背景紙に置かれた椅子に案内され、準備が整うと「はい、こっち見て」と声がかかった。次の瞬間、重たいフラッシュの音とともに目の前が真っ白になった。緊張もあり、クラクラしてしまった。

写真に写っている私は、どれも緊張した顔をしていた。家族と過ごす楽しい時間だと思っている気持ちを、どう表せばいいのか分からなかったからだ。

ただ一枚だけ、母のそばに恥ずかしそうに寄り添いながら、少しうれしそうな表情をしている写真があった。自分の気持ちを、自然に人前に出せた瞬間だった。

後から聞いた話では、その写真を写真館の方が気に入って下さり、しばらく飾ってくれていたらしい。今はもうどうなっているかわからない。

あの頃と比べれば、人と関わることにはずっと前向きになった。人前に立つ仕事を選んだのも、話すことが得意になったからではない。原町田で過ごした日々の中で、言葉にできないままの自分でいられたこと。そして、モデルの仕事や写真を撮ることを通して、言葉とは違うかたちで、少しずつ自分を出せるようになったのだ。素直な気持ちを見せることは、自分が思っているよりも、怖いことではないのかもしれない。

ここでの何気ない出来事や、ささやかな体験の積み重ねが、私にとっての居心地のよさにつながっていたのだと思う。言葉にできなかった気持ちや、戸惑いも抱えつつ、ここでは自然にそのままの自分でいられた気がした。

まだ苦手なことは多いけれど、過去と今の自分を確かめるために、私はまたこの街を訪れるのだろう。

著者:渡邊あや(Aya Watanabe)

稲荷直史

モデル。出演雑誌に『GINZA』『Harper's BAZAAR』『Purple Fashion Magazine』ほか。モデルで培った身体感覚を生かし、2024年に写真を始める。「他者と自分を知るために表現を用いて、コミュニケーションを図る」をテーマに活動している。主な展覧会に「There are」(229ギャラリー)。

Instagram:@ava.watanabe

編集:岡本尚之