米軍住宅跡地に誕生。敷地の7割がオープンスペースに
異国情緒あふれる横浜のなかでも、独特の存在感を放つのが本牧エリアだ。終戦後に米軍住宅(横浜海浜住宅)が置かれたことからジャズなどのアメリカ文化が浸透。往時の雰囲気を伝えるライブハウスやアメリカンダイナーなどが今も点在している。
その米軍の住宅地が日本に返還されたのは、終戦から40年近く経った1982年のこと。約88.2haに及ぶ区域で官民一体の街づくりが行われ、商業施設や公園などが整備された。生まれ変わった街の一角に、1988年、分譲されたのが「パークシティ本牧」である。
竣工時からこのマンションに暮らす管理組合の役員、四位正名(しい・まさな)さんが、興味深いエピソードを聞かせてくれた。
「街づくりでは、『よこはま21世紀プラン』に沿った国際性豊かな緑溢れる住環境が主眼に置かれました。開発にあたっては街づくり協議会が立ち上げられ、ヨーロッパ各国を視察したと聞いています。このマンションもヨーロッパの街並みをお手本に、今までにない集合住宅を目指してプランが練られたそうです」
確かにこのマンションはさまざまな点で革新的だ。
まず、驚くのは敷地の広さである。約3万2000㎡にも広がり、9つの住居棟が立ち並んでも窮屈感はまるでない。しかも、敷地の75%がオープンスペースにあてられ、近隣の人たちも自由に行き来ができるという。まさしく街に開かれたマンションであり、そのゆとりが流れる空気からも感じ取れる。
「電柱や電線がないから景観も開放的なんです」と語るのは、今年5月まで管理組合の理事長として手腕を振るっていた井上雅夫さんだ。ヨーロッパの街を見習って、開発時には電線を全て地中化。今でこそ、無電柱化する地域は増えているが、30年以上前の当時は先進的な施策だったに違いない。
四位さんによれば、米軍住宅跡地という話題性もあって分譲時は購入希望者が殺到。抽選倍率が200倍に上った住戸もあったそうだ。
150種の植栽が彩る“森に浮かぶマンション”
美しい景観を生むには豊かな緑もポイントになる。このマンションでは住居棟や歩道を縁取るように街路樹や生垣などが設けられ、どこにいても鮮やかな緑が目に飛び込んでくる。
とりわけシンボリックなのが全長120mにも及ぶケヤキ並木だ。30年以上の歳月を経て見上げるほどに背丈を伸ばしたケヤキが連なる通りは、林道に迷い込んだのかと思うほど。もともとは車も通る道だったが、竣工後に管理組合が横浜市に掛け合い歩行者専用の遊歩道に変更したのだという。
「夏にはケヤキのアーチが心地よい木陰をつくるので、のんびり散歩をしたり、ベンチで和んだりする人も多いですね。竣工した年に横浜市のまちなみ景観賞を受賞しているんですよ」(四位さん)
このケヤキ並木と交差する桜並木も住人の自慢だという。
「敷地内に植えられているのはソメイヨシノ、オオシマザクラ、ヨコハマヒザクラなど6種類。それぞれ咲く時期が異なるため、長くお花見が楽しめるんです」(井上さん)
ほかにもイチョウ、クスノキ、メタセコイア、カツラなど、植栽の樹種はなんと150種類以上!「これだけ多彩な植栽を取り入れているマンションは珍しい」と植栽の専門家も舌を巻くほどだ。
さらに、敷地内の各所には花壇もあり、住人有志の団体「緑の会」が整備にあたっている。樹木と草花が織りなす景観に、四季の移ろいも鮮明に感じられるとか。
「緑の豊かさから、『森に浮かぶマンション』といわれることもあります。実際、公園のなかに暮らしているような感覚がありますね」(四位さん)
ゆったりとした屋外空間はほかにも見どころが満載だ。
ケヤキ並木沿いにある小川はその一つ。せせらぎが涼やかな水音を響かせ、夏は水遊びする子どもたちでにぎわうそうだ。
「水浴びする小鳥もいて、眺めているだけで和みます。石像を飾った噴水も2カ所に設けられ、優雅な雰囲気があります」(四位さん)
マンションに隣接する「本牧たき公園」も水景を楽しめる憩いの空間だ。公園内にはその名の通り、滝が流れる池があり、覗いてみると色とりどりの錦鯉がスイスイと気持ちよさそうに泳いでいる。
四位さん曰く、「20匹ぐらいはいますよ」 そんなにたくさん!
「公園は横浜市のものですが、マンション住人が『金魚クラブ』を結成して、鯉の放流とエサやりなど飼育にあたっています。池の水質を保つよう清掃まで行っているんですよ。そのおかげで池にはメダカなどの多くの生き物がすみ、鴨や白鷺を見かけることもよくあります」(四位さん)
「緑の会」「金魚クラブ」ともにボランティア団体だが、管理組合・自治会、それぞれの管轄下にある公認団体として活動費の助成もしているそうだ。
一方、管理組合でも自然環境を守るための体制を整えている。理事会は環境部、施設部、総務部に分かれ、このうち環境部会の下に植栽委員会という専門委員会が設けられている。
「植栽委員会は理事のほか、樹木に詳しい有志も加わって13名ほどで活動しています。植栽の管理を委託している『横浜植木』と連携しながら、剪定(せんてい)などを計画的に行っています。このマンションでは樹木が大きくなり過ぎて、住戸の日当たりに支障をきたすこともままあります。その場合、どのように剪定するかも慎重に見極めながら行っています」(井上さん)
ちなみに、「横浜植木」は根岸森林公園など周辺の公園も管理する地元の老舗。創業は明治期で、日米友好でワシントンDC へ桜の木を届けた歴史をもつそうだ。
「横浜植木さんに植栽の管理を依頼したのは竣工8 年目。すでに25 年以上のお付き合いですから、このマンションの植栽のことを熟知してくれている。樹木の一本一本をよく見て、丁寧に管理してくれるので安心感がありますね」(四位さん)
もちろん、長い歳月の間には伐採を余儀なくされる樹木も出てくるが、そのときも腐朽状況を示す張り紙をして居住者に告知。写真と図版入りでわかりやすく示され、これならば緑に対して深い愛着を抱く住人の理解も得られやすいだろう。
横浜山手の洋館を復元した管理棟“クラブハウス”
植栽の緑とともに、敷地内には横浜の歴史も散りばめられている。
なかでも目を引くのが 「クラブハウス」と呼ばれる管理棟だ。レトロモダンな建物は、“近代建築の父”と称されるアントニン・レーモンドが設計した 山手250番館を復元したもの。レーモンドは師であるフランク・ロイド・ライトとともに帝国ホテルなどの名建築を手掛けたモダニズム建築を代表する建築家だ。横浜開港後に外国人居留地としてにぎわった山手地区の邸宅も多く手掛けていたのである。
現在、1階のリビングは管理室として使用。フロントデスクが置かれ、共用施設の予約など暮らしの窓口になっている。2階の居室は集会室となるほか、この建物や本牧の歴史を辿れる展示コーナーもつくられている。マンションライフの拠点となる管理棟が歴史ある洋館となれば、横浜に暮らす誇りと喜びに日々浸れそうだ。
加えて、G 棟の植込みで、街路の鋪道に接する生垣との仕切りには、古き横浜に敷設された鉄道線路をしのばせる枕木を採用し、独特な魅力を醸し出している。
さらに、敷地内を歩くと目に触れる街路灯についても、ガス灯をモチーフにしたノスタルジックなデザインを採用。老朽化で交換をする際にはコスト面から現代風のデザインにする案も持ち上がったが、元のデザインを維持する方針が支持されたという。
住居棟についてはブラウン系の外壁タイルとダークブラウンの切妻屋根のシックな装いだ。この住居棟は各階2戸で1基のエレベーターを使う、いわゆる“二戸一”の仕様で、エントランスそれぞれにグリーンのクラシカルな大扉が採用されている。どこか洋館を思わせる洗練されたデザインは周りの緑としっくりなじみ、これもまた居住者の自慢になっているそうだ。
生活に必要な施設が周辺に集結
666戸の大規模マンションとなれば、共用施設も気になるところ。
「パーティールームやキッズルームといった施設はないのですが、遊具や砂場などのあるプレイロットが各棟近くの9カ所に設置されています。数年前に入居されてきたある方は、『子どもが遊べる公園があちこちにあって素晴らしい』と感激されていました」(四位さん)
さらに敷地内にはテニスコートとアスレチックルームもあり、気軽に汗を流すことができる。
「体を動かしたりお子さんを遊ばせたりするには、周辺に公園がたくさんあるのも利点でしょう。ドックヤードガーデンやキャンプ場があり桜の名所としても知られる本牧山頂公園、釣りを気軽に楽しめる本牧海釣り公園、プールや野球場などがある本牧市民公園、さらに横浜の名勝として有名な三渓園も歩いて行くことができます。大小さまざまな公園を日常使いできるからこそ、『パークシティ』なのです」(四位さん)
ちなみに、近くの運河ではハゼ釣りができ、本牧漁港からは乗合の釣船も出ているそうだ。
「私自身、以前は休日のたびに釣りを楽しんでいました。自宅の近くで気軽に釣りができるのは釣り好きにとっては最高の環境です」(四位さん)
生活利便性も申し分がないと、四位さんと井上さんは口をそろえる。徒歩3分圏内に大型スーパーマーケットが3店舗あるほか、銀行、郵便局、病院、スポーツジムなど生活に必要な施設がすべてそろって暮らしやすいはこの上ないという。
教育環境についても山手町などの近隣には私立の名門校が多く、選択肢は豊富だ。さらに、本牧エリアには、「横浜インターナショナルスクール」の新校舎も建築され、来年1月に開校予定だという。
そんな恵まれた環境のなかで、気になる点を挙げるとしたら交通の利便性だろう。最寄りの京浜東北線石川町駅までは歩くと約40分。通勤・通学にはバス(乗車時間は10分程度)を利用するのが前提だ。
「近くに鉄道の駅ができるといううわさは前々からあるのですが、なかなか実現には至らないですね。もっとも、私は不便と思ったことはありません。最寄りのバス停からは5分毎、通勤時間帯には3分毎にバスが運行してマイカー感覚で利用できます」(四位さん)
井上さんもうなずいて言う。
「私の場合、バスで横浜駅まで出てしまうのですが、乗車時間は30〜35分程度。何よりこの環境に暮らせることに価値を感じています」
住人の愛着と誇りが新しい横浜の歴史を紡ぐ
豊かな自然環境と生活利便性を兼備したマンションゆえに今も入居希望者は後を絶たず、若いファミリー層も増えているそうだ。
「コロナ禍で昨年から開催できていませんが、自治会によるマンション内のイベントはいつも盛況です。なかでも、盛り上がるのは本牧神社の夏の例大祭。マンションとして大人神輿と子ども神輿をもっているのは、おそらく珍しいでしょう。夏祭りの際は居住者でお神輿をかつぎ、他の町会のお神輿とともに本牧の街を練り歩きます。大人神輿だけで20基ほどが連なるので壮観ですよ」(四位さん)
ほかにも、ハロウィン、運動会、クリスマス会、餅つきが名物の新年会などが開催され、和やかなコミュニティが醸成されているそうだ。
一方、管理組合の活動は管理会社との協力体制のもと、「新築時の状態を保つ」をモットーに推し進められている。
「日常の維持・管理はもちろん、建物や共用施設の長期修繕計画、長期資金計画なども常に的確に見直しを図りながら維持管理に努めています。例えば、外壁タイルの損傷率は12 年毎の大規模修繕工事においても1%未満に抑えられています。それだけしっかりとした建築で、良好な維持管理がなされているということでしょう。
一方、管理会社も平日は朝8時から夜7時まで、土曜・日曜・祝日は午前8時から午後4時30分までさまざまなことに対応してくれるので快適に暮らすことができます。その結果、築30年以上を過ぎても高い評価を受け、中古の流通価格にも反映されている印象があります」(四位さん)
管理の良さは敷地を歩けば一目瞭然だ。細部まで清掃が行き届き、清々しい気分になる。
一方で、居住者の管理に対する意識も高いという。
「日々の清掃は管理スタッフが行うほか、クリーンデーなどには住人参加の美化活動も行っています。居住者のみなさんはこのマンションに誇りと愛着をもって生活をされていますね」(四位さん)
もちろん、四位さん、井上さんともにこのマンションを愛する居住者だ。そこで、最後に1人の住人として住み心地を聞かせていただいた。
「私は3年前にこのマンションに引越してきました。惹かれたのはやはり豊かな緑です。新緑のときは特にきれいで、春の桜も楽しみです。今はリモートで仕事ができる時代。駅に近いなど交通の利便性よりも、住環境が整っていることのほうが大切だと実感しています」(井上さん)
「以前は千葉県に住んでいたのですが、ここに移り住んで人生が大きく変わりました。趣味の釣りを存分に楽しむことができましたし、82歳になった現在も30mの高低差がある山頂公園を毎日歩き、ジムに通って……と健康的に暮らすことができます。体調が優れないときも病院がすぐそこにあるので安心ですね。何より、素晴らしい歴史と文化をもつ横浜の中心に暮らしているという誇りを日々実感しています」(四位さん)
竣工から30年余。かつて米軍の住宅地だったその土地には、居住者の深い愛着と誇りのもと、これからも新たな時代のページが紡がれていくのだろう。