御茶ノ水秋葉原【坂の記憶】

著: TUGBOAT 麻生哲朗

「都心に住む by SUUMO」で、2009年10月号~2018年1月号まで連載されたTUGBOAT・岡康道氏と麻生哲朗氏による東京の坂道をテーマにした短編小説「坂の記憶」をお届けします。

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 会社が、本社を御茶ノ水ソラシティに移転したのが3年前。メトロ直結の小洒落た高層ビルへの引越しに、上層部は当時浮かれていた。僕は正直、古いビルを一棟借りし、狭くて雑然としているけれども、各フロアに部署、特にフロアのボスの個性が染みついていた、築地の前本社ビルが好きだった。

 わが社の新オフィスは、ビルの18、19階の2フロア。開放的な窓から、中央線と神田川が左右に並行に延びているのが見える。

 僕たちのフロアで、ちょっとした遊びが始まったのは、先輩の大平さんの一言がきっかけだった。大平さんは、見た目はお世辞にも二枚目とはいえない。体形も決してシャープではない30代後半、中年の入り口に比較的早くたどり着いたタイプの人。スタンドプレーは好まず、余計なことはあまり話さず、ともするとひたすら地味な人のはずなのだが、仕事は早く正確で、しかも話すとあけすけなくらい正直なときもあったりして面白い。上に対しても、歯向かわないが、結果的には少しも迎合していなかったりする。上司でも部下でも、優秀な人はみな大平さんに一目置いている。僕は優秀ではないが、大平さんは僕にとっては面白い兄貴だ。

 大平さん発案の遊びは、「御茶ノ水秋葉原」と呼ばれる。難しいルールはない。オフィスの窓外に湯島聖堂が見え、聖堂沿いには本郷通りから外堀通りを結ぶ細い坂がある。その坂は僕たちの島のちょうど正面に位置している。昌平坂という名前らしい。「御茶ノ水秋葉原」は、昌平坂を下ってくる人間が、外堀通りを御茶ノ水駅方向、窓から見ている僕たちからすると左に歩いていくか、それとも秋葉原駅方向、つまり右に歩いていくかの二択に賭け合うという実にシンプルな儀式をいう。

 発端は、以前、席にいた連中でランチでも行こうかというとき、その方法で店を決めようと大平さんが言い出したことだ。限られた時間、区域での会社員の昼食は、数巡すれば後は飽きとの戦いだ。手持ちの選択肢どれもが決定打を欠くとき、この「御茶ノ水秋葉原」はうってつけだった。「御茶ノ水なら2階の和食、秋葉原なら地下のそば屋」とだけ決め、後は天命を待つ。誰か決めてくれという気分をこの遊びはうまい頃合いで解消してくれる。大平さんは、さりげなく何かを解消する方法を見つけるのがうまい。

 この方式はあっという間に市民権を獲得し、夜の部会の会場といった他愛のないことから、時には仕事の分担にまで、採用されたりした。もちろん、遊び心が許される範囲で。

 あの日の夜。何日か続いていた残業で少し疲れていた。窓外を眺めながら体をほぐしていると、近づいてきたのは別の件で残業をしていた大平さんだった。大平さんは、外を眺めながら、まるで「この後飯どうする」と同じくらい何気ない口調で突然言った。

「俺、そろそろ会社やめるよ。新しく自分で会社やろうと思ってさ」「で、オマエ一緒にやらない?」

 僕は「はぁ……」としか言えなかった。当然の反応だろう。しかし不思議で、急な話だから驚きはあるのだけど、なんとなく、そんなことが人生で起きるのも悪くないと、僕は以前から思っていた気もした。「あり、なんですかね」と答えると、冗談か本気か分からない独特のノリで大平さんは言った。「じゃあ御茶ノ水秋葉原で決めよう」。乱暴すぎて面白く、僕はとりあえずその場ではその賭けに乗ることにした。「御茶ノ水秋葉原」には、明らかな傾向がある。距離が近い御茶ノ水駅に向かう人のほうが多いのだ。つまりこの賭けは本命が左、万が一が右、というのがセオリーだ。

「御茶ノ水なら僕はやめない、秋葉原なら一緒にやめる」。僕はそう告げて昌平坂を見る。「オッケー」と笑って、大平さんも同じ景色を眺めて待った。

 ほどなく、坂の上から背広姿の仕事を終えたサラリーマンが下りてきて、外堀通りに近づく。外堀通りに出たサラリーマンが左を見る。御茶ノ水駅の方向、セオリー通り、やめないに賭けた方。しかし男は動かない。代わりに男はおもむろに手を挙げた。一台のタクシーが止まり、男は足早に乗り込む。タクシーはそのまま秋葉原方向に走り去った。「そうきたか」と大平さんが珍しく大爆笑した。僕も「あれ、ありっすか!」と大爆笑した。

 辞表は総務に行けばひな型が置いてあるから、と言い残して大平さんは先に帰った。あの冗談とも本気ともとれる感じで。

 僕はまだ30歳、独り身。大平さんと5年やって、ダメでも35、多分まだ独身。だったらこの流れに乗ったほうが面白いか。僕はさっきの男のことを思い出して、またひとりで笑った。


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昌平坂
住所:千代田区外神田2丁目と文京区湯島1丁目の境界
アクセス:各線御茶ノ水駅から徒歩約3分

「昌平坂」といえば学問所。「昌平坂学問所」(正式名称は「学問所」および「昌平黌」)は、江戸時代、5代将軍綱吉が建てた孔子廟「湯島聖堂」内にあった。代々、幕府の儒学者を務めた林家の私塾を、幕府直轄の教育機関にしたのである。昌平坂はこの聖堂の東側にある坂。「昌平」とは、湯島聖堂に祀られた孔子の生まれ故郷の名である。急坂で団子のように転んでしまう、ということで「団子坂」という別名がある。湯島聖堂南側の外堀通りの坂も「昌平坂」と呼ぶこともあるが、そちらは本来「相生坂」という名。それを証明するように「古蹟昌平坂」の石碑は東側の坂に置かれている。


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著者:麻生 哲朗

あそう・てつろう/株式会社TUGBOAT CMプランナー。1996年株式会社電通入社(クリエーティブ局)。1999年「TUGBOAT」の設立に参加。主な仕事にライフカード「カードの切り方が人生だ」シリーズ、NTTドコモ「ひとりと、ひとつ。」、モバゲーなど。CM以外にも作詞、小説、脚本などに活躍の場を広げている


写真:坂口トモユキ

都心に住む by SUUMO」2016年1月号から転載