個人店とチェーンがうまく混ざり合い進化する街 福岡の六本松|文・おほしんたろう

著: おほしんたろう

福岡を拠点にお笑い芸人として活動している。芸歴は15年目。所属事務所はワタナベエンターテインメント九州事業本部だ。「よくわからない流れで、我が家の杉山さんが一時期いたとこ」と言えば、お笑いファンには伝わるだろうか。所属芸人は主に福岡や佐賀の情報番組に出演することが多く、僕は同時にイラストや漫画などの仕事もちょこちょこやっている。かっこよく言えばマルチに活動していて、かっこ悪く言えばあれこれ手を出してそのどれでも大成していない。

そのあれこれの一環で、2年前からnoteで毎日文章を書いている。始めた頃は「これでコラム的な仕事がじゃんじゃん来るに違いない! うひひひひひ!」とか思っていたが、現実はそう甘くはなく、これと言って仕事には繋がらないままなんとなく習慣として続けてきた。そんな中今回、SUUMOタウンへのエッセイ寄稿のお話をいただき、待ってましたとばかりに飛びついた次第である。毎日書いている文章が関係したのかはわからないが、ようやく一つ形になったような気がして嬉しい。

だが冷静に考えてみると、自分なんかがほいほい出て行っていいものかと不安になってくる。なんせ他の執筆陣が豪華だ。お笑い芸人に絞っても当然のように名の知れた人ばかり。知名度もなく、かといって内容の面白さでねじ伏せる自信もない。そんな中途半端な自分が文章を書いたところで読んでくれる人がどれほどいるのか……と、ついネガティブな方に考えてしまう。仕事として受けたのだからごちゃごちゃ言わずにとっとと書けよという話なのだが、先回りして批判を封じるような姑息な立ち回りばかりしてしまうのだ。そういう生き方をしてきた。

佐賀から進学を機に福岡へ (ほぼ)六本松ライフがスタート

そんな僕が今回紹介するのは、僕が大学生時代に生活していた街、福岡の中央区に位置する「六本松」である。大学を卒業してからは住んではいないものの、今でもよく利用する街だ。十数年前に母校の九州大学のキャンパスが移転し、再開発が行われて街並みはガラッと変わったが、昔も今も変わらない魅力がたくさんある街である。

僕が生まれ育ったのは福岡の隣の佐賀県だ。佐賀は田舎だというイメージを持つ人も多いだろうが、僕が生まれたのはその中でも特に田舎のエリアである。周りを豊かな自然に囲まれていて、主な娯楽は虫取りでおやつは花の蜜。夏は川では魚が釣れたし、冬はかまくらが作れるくらい雪が降ったこともある。申し訳ないが、素人がぱっと思いつくレベルの「のどかな田舎暮らし」的行為はたいていやってきた。試しに何か思い浮かべてみてほしい。ああ、それね。幼稚園の時にやったね。

高校まで佐賀の実家で過ごし、大学進学に伴って福岡で一人暮らしをすることになった。キャンパスがある六本松で物件を探したのだが、入学前のバタバタで学校生協に勧められるがままに契約したところ、六本松からそこそこ離れた笹丘という街のアパートに住むことになってしまった。右も左もわからない田舎者を相手に適当なことをやってくれたものだと後に気づくことになるが時すでに遅し。短期バイトの学生がやったことだし文句の言いようもない。とにかく僕の六本松エリアでの生活はこうして始まった。

佐賀県民からすると福岡移住はほぼ上京? あまりの都会っぷりに受けた衝撃

一人暮らし初期は、福岡の都会っぷりに度肝を抜かれまくった。例えばバス。地元で利用していたバスは一時間に1~2本くらいの上りか下りしかないシンプルなものだったので、何本もの線が絡み合う路線図を見たときは衝撃だった。バス停の情報量が違いすぎる。

乗車するときは緊張のあまり「乗り込む……っっっ!!! バスに……っっっ!!! 絶つ……っっっ!!! 退路を……っっっ!!!」と、福本伸行作品的ナレーションが脳内に流れるようだった。今ではすっかり慣れて、福岡中を巡る路線バスは生活に欠かせないものになっている。脳内の福本伸行も静かだ。


度肝を抜かれたと言えば、アパートの近所にあった笹丘ダイエー(現イオンスタイル笹丘)も外せない。スーパーや各種専門店が入っていて屋上には自動車学校まであり、初めて利用したときはそのあまりのスケールの大きさに足が震えた。実際は極めてオーソドックスなショッピングセンターなのだが、当時の僕にはこの世のすべてがそろっている場所のように思えた。

高校まで私服という概念を持ち合わせていなかった僕は、大学ではお洒落するぞと奮い立ち、勇気を出してダイエー内のよくわからない服屋に入った。そこでポケットのみが和柄になったシャツや襟元に革紐(合皮)があしらわれたカットソー、大学で初めて存在を知ったトートバッグ等を購入。それらを身にまとい、意気揚々とキャンパスに繰り出していた。

今考えるとお洒落をしたい大学生が服を買うような場所ではなかったと思うが、当時の僕からすればそこは紛れもなくお洒落スポットだった。

九州大学の学生の胃袋を満たしてくれた「めんちゃんこ亭」


キャンパス周辺は学生街ということもありたくさんの飲食店が存在していた。お金のない学生向けのリーズナブルな定食屋やサークルの飲み会で使う居酒屋、各種チェーン店等々。落語研究会に入った僕は、サークルの先輩によくこのあたりの飲食店でご飯をご馳走してもらった。再開発でなくなってしまった店も多いが、試験前に山葡萄スカッシュを飲みながら勉強したモスバーガー等、まだ残っているところもたくさんある。

そんな当時からある店の一つが「めんちゃんこ亭」だ。「めんちゃんこ」とはちゃんこ鍋のスープに鶏肉や餅などの具と麺とを入れて炊き上げた料理で、博多華丸さんがいきなり締めから始まることを映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』になぞらえ「ベンジャミン鍋」と言い表したことでも有名である。


ベースとなる「元祖めんちゃんこ」を筆頭に味噌めんちゃんこやカレーめんちゃんこ、モツ鍋めんちゃんこ等たくさんのバリエーションがあり、僕はいつも「チゲ味噌めんちゃんこ(鬼辛)」を頼んでいた。手垢の塊みたいな表現で非常に恐縮だが、辛さの中に旨味があってとても美味しい。辛さの中に旨味があるもの好きの人にはオススメである。メインのめんちゃんこ以外にも一品料理やおでん等のサイドメニューも充実していて、飲み会にも便利な店だ。

有名中華で「ニイハオ!ポンユウ」王貞治に想いを馳せる


有名なところで言えば、中華料理店「ニイハオ!ポンユウ」だろう。いわゆる町中華で、あの王貞治さんが愛した店として知られている。福岡は王さん絡みの伝説がやたらと多く、真偽が怪しいものもあるのだが、これは信頼できる筋の話なのだそうだ。店内はいつも活気に溢れていて、行ったことはないが本場中国の飲食店ってこんな感じだろうな、と思う。追手から逃げてきたジャッキーチェンがいい戦いをしそうだ。

オススメのメニューはトマトタマゴ炒めとピーマン炒めだ。どちらもシンプルに美味しくて、中華食べてるな~という満足感がある。特にピーマン炒めはピーマンをまるごと炒めてあって、見た目のインパクトがすごい。ジャッキーだったら咄嗟に敵に投げつけるかもしれない。


中華料理あるあるだが、どの料理も量がそこそこ多いので、あなたがアンジェラ佐藤でもない限りは複数人で行くのがいいと思う。最悪レンタル友達とか使ってみてはどうだろうか。

六本松の進化を実感する喫茶店たち

六本松の変化を一番実感する場所が、母校の建物があった場所に堂々と鎮座する商業施設「六本松421」だ。スーパーやプラネタリウム、科学館など様々な施設が入っていて、その中でも特に六本松 蔦屋書店は普段からよく利用している。

スターバックスが併設された蔦屋書店は、福岡に来たばかりの自分だったら嘔吐したのではないかというくらい洒落ている。さすが漢字の方の蔦屋書店、といったところだ。そこで本を買ったり作業をしたりすれば、あたかも自分がセンスあふれるクリエイティブ人間になったような錯覚を起こさせてくれる。なにをするにもサボりがちな僕のような人間がモチベーションを上げるのにはぴったりの場所である。

ちなみに今回の文章の一部もこの蔦屋書店で書いている。いったいどの部分かな? 予想しておうちの人やお友達と話し合ってみよう!


京極街と呼ばれるスナック等が連なる渋いエリアにあるカフェ「フジスエ珈琲」も好きな場所だ。広くはないし階段が祖父母の家くらい急だがとても居心地がよく、置いてある漫画のセレクトとかもいい感じで、「カルチャー全般に明るい友達の家」感がある。

僕はここでなんとなく手に取った谷口菜津子さんの『教室の片隅で青春がはじまる』を読んで感動し、その場でAmazonで注文した。もちろん内容が好きだったのだが、「読んだ本をその場で買っちゃうやつ」をやりたかったというのもある。そういうのをやりたくさせる店なのだ。


近所のスナックのカラオケの音がガンガン入ってくる感じもいい。知らないおじさんが歌う長渕は基本的にはただの騒音なのだが、ロケーション次第で心地よいBGMになり得るのである。

和菓子屋「兎月(とげつ)」で季節を感じるお菓子を楽しむ贅沢

この辺をぶらぶらするならスーパーエルロクの隣にある和菓子屋「兎月(とげつ)」も押さえておきたい。外観から見るに僕が学生のころからあったはずなのだが、当時は全く視界に入っていなかった。大学生というのはちょうど人生と和菓子を軽んじる時期なのだろう。しかし、年を重ねて人生の重みと街の小さな和菓子屋さんの魅力に徐々に気づくにつれ、この店は強烈な魅力を放ちだした。


ここで桜餅なんかを買ってから自販機でお茶を買い、すぐ近くの公園で食べるというのがオススメのパターンである。こんな贅沢が他にあるだろうか。学生の時は気付けなかった魅力が六本松にはまだまだある。

個人経営店も、チェーン店も、良いバランスで共存する街

思い出のキャンパスがなくなってもなお六本松が好きなのは、個人の趣味が高じて開いたような新しい面白い店がたくさんあるからだ。再開発で環境が大きく変わっても、そういった新しい店がたくさんできて偉い人が決めた大きい施設を取り囲み、昔からあった店とも混じり合って六本松を楽しくしている。

お笑い芸人としてのらりくらりと活動してきて気づいたら40手前になり、これからどうしようかと思うこともあるが、結局どんどん面白いと思うことをやっていくしかないな、と思う。もしかしたらこれまでやってきたこととうまい具合に混ざり合って、六本松のように楽しい人、いわゆる「六本松人間」になれるかもしれない。六本松にいると、そんな前向きな気持ちになれるときがある。

とにかくサボりさえしなければどうにかなるはずだ。なんだかんだでそれが一番難しいのだが、定期的に六本松 蔦屋書店で気分を上げつつ、なんとかやっていこうと思う。

著者:おほしんたろう

ワタナベエンターテインメント所属。1985年佐賀県出身。福岡を拠点に活動するお笑い芸人、イラストレーター、漫画家。X(旧Twitter)やInstagramに投稿している1コマ漫画の独特の世界観にハマる人多数。NHK『着信御礼!ケータイ大喜利』(2005~2017年放送)レジェンド。著書『おほまんが』『おほまんがしお味』(KADOKAWA)『学校と先生』(ナナロク社)

編集:小沢あや(ピース)