練馬歴30年超『酒のほそ道』の作者・ラズウェル細木がこの先もずっと練馬で暮らしたい理由(上井草~石神井公園)

インタビューと文章: スズキナオ 写真: 関口佳代

連載開始から30年を迎える長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。酒と肴を愛してやまない会社員・岩間宗達とその仲間たちが、その日その時の酒席を堪能する様を、なんとも美味しそうに、また楽しそうに伝えてくれるこの作品は、多くの酒好きや食通たちを魅了し続けてきた。

©️ラズウェル細木/日本文芸社

その作者であるラズウェル細木さんは、故郷の山形県から大学受験の浪人生時代に上京して以来、東京を拠点に生活している。大学入学以降、都内のあちこちで暮らしてきたが、30代の半ばからは東京都練馬区に住まいを定め、ご本人いわく「ここから引越すことはないでしょうね」と、現在の居場所に強い愛着を感じているという。

そこで今回は、ラズウェル細木さんのお住まいの周辺を散歩しつつ、お気に入りのスポットや街の魅力などについてたっぷりとお話を伺ってきた。

ラズウェル細木さんと上井草から石神井公園を散策

取材当日、西武新宿線・上井草駅前のガンダム像*1前でラズウェル細木さんと合流する。ラズウェル細木さんのお住まいからも近く、よく利用する駅だという。駅舎は東京都杉並区に位置するが、線路の北側はすぐ練馬区で、ラズウェル細木さんのお住まいは練馬区側にあるのだとか。

上井草駅前の雰囲気を眺めつつ歩く。「隣の上石神井駅は急行が止まるんですけど、上井草駅は各駅停車しか止まらないんです。それもあってか、駅の佇まいが昔っぽいでしょう。駅前の雰囲気もここ30年ほとんど変わってないですね」とラズウェル細木さん。上井草周辺のどこかのんびりとした雰囲気が好きなのだという。

家族向けと思われる住宅が立ち並ぶ閑静なエリアをしばらく歩いたところで「ここが僕の非常に愛している森なんですよ」と、緑豊かな小道を紹介していただいた。

「下石神井憩いの森」というスポットで、この土地の所有者が一般向けに開放しているものらしい*2

ラズウェル細木さんはここによく散歩に来るそうで、季節に応じた森の変化を楽しんでいるのだとか。

次に、「ここが我が家の冷蔵庫です」というほどに頻繁に利用するスーパーを教わり、大規模な飲食チェーン店なども目立つ新青梅街道を経て再び閑静な住宅街へと足を向ける。

あちこちに畑があり、江戸時代から残る「丸彫青面金剛庚申塔(まるぼりしょうめんこんごうこうしんとう)」が立っていたりと、大通りとは打って変わって落ち着いた雰囲気だ。

ラズウェル細木さんは一時期、マンガのアイデアを練りながらこの周辺を歩いては、近くのファミリーレストランで原稿のラフを作成するということを繰り返していたそうで、たいていの道は歩いたことがあるという。「最近はモッコウバラを植えている家が多いですね」と、軒先の植木を眺めながら歩く時間が楽しい。

「この辺りの雰囲気が好きなんです」とラズウェル細木さんが語る広い畑の中の一本道を進んでいくと、「山下農園」の無人販売所があった。

コインロッカーのようなボックスの中に旬の野菜が入れてあり、欲しいものがあれば料金を入れて中身を取り出すスタイルだ。「ここにはたまに立ち寄ります。新ニンニクとか銀杏とか、魅力的なものが売られているのでよく買いますよ。今日はルッコラがありますね、おっサラダほうれん草か、これも気になるな」と、いくつかの野菜を買い、持参のビニール袋に入れるラズウェル細木さん。さすが、慣れた様子である。

撮影の許可をいただきつつ農園の方に伺ったところ、山下農園は300年以上にわたって代々続いているのだとか。少し北側に石神井川が流れているこの土地では、そのきれいな水を使っての農業が昔からさかんだったのだという。

この無人販売所には1年を通じて40~50種類もの野菜が並ぶそう。また、この山下農園を含め、練馬区内には100カ所以上の無人販売所があるのだとか。これは23区内でも最も広い農地面積を誇る練馬区ならではのことだろう。

山下農園からほど近い「JA東京あおば とれたて村石神井」にも立ち寄り、ここでラズウェル細木さんは取材時に旬だった、たけのこを購入。買い物袋の中身が徐々に増えていくのが面白い。

「娘が小さいとき、よくここに連れてきました」という区民プール併設の「石神井公園ふるさと文化館」の前を通り過ぎ、江戸時代から景勝地として知られ、区民の憩いの場となっている石神井公園を歩く。

取材時にちょうど八重桜が満開となっていて、「いいときに来ましたね」と、舞う花びらの中で笑みを浮かべるラズウェル細木さん。三宝寺池、石神井池の二つが大きく広がり、その水面も美しい石神井公園を歩いては、季節の移り変わりを感じているのだとか。

西武池袋線・石神井公園駅の駅舎まで足を延ばしたところで今日の散歩は終了。

上井草駅から石神井公園駅まで、ゆっくり歩いて1時間ほどのすてきな散歩コースだった。公園のほうへ少し引き返し、軒先でおいしいお酒を味わうことができる「伊勢屋鈴木商店」で改めてお話を聞くことにした。

練馬はホッと安心できる、のんびりとした街

ちなみに取材の前日、石神井公園で「照姫まつり」という大きなお祭りが開催されており、「伊勢屋鈴木商店」の女将さんは先ほど我々が眺めてきた八重桜の辺りにブースを出してドリンクを販売していたのだとか。そこでもかなり売れたという、練馬産のブルーベリーを使った発泡酒「ネリマーレンブルーベリーブロイ」で乾杯させていただく。

ラズウェル細木さんと筆者で乾杯。「ネリマーレンブルーベリーブロイ」はブルーベリーの爽やかな香りとビールの苦みがマッチしてごくごく飲めるおいしさ

── いい散歩コースでした。今日歩いてきた辺りは、すごくのどかな雰囲気でしたね。東京なのに空気もおいしい気がして。

ラズウェル細木さん(以下、ラズウェル) そうなんですよ。練馬がいいのは、のどかなのに、電車やバスで便利な街にもすぐ出られるというところです。

── 上井草辺りに住んで32年になると伺ったんですが、その前はどちらにお住まいだったんでしょうか。

ラズウェル 最初は浪人生のころに千駄ヶ谷に住んでいました。その後に早稲田大学に進学してから、上井草のアパートに2年間ぐらい住んでいたんです。

── そうなんですね!それは大学に通いやすかったからですか?

ラズウェル そうそう。早稲田大学のキャンパスからもほど近い高田馬場まで出やすいので。その後、門前仲町に住みまして、門前仲町も大好きでしたね。富岡八幡宮と深川不動があって、散歩するのにもなかなかよくて、いい飲み屋もいっぱいある。ただ、そのころは貧乏なイラストレーターだったので、学生時代と変わらず高田馬場や早稲田で飲んでいました。そっちに事務所があったのでね。「せっかく飲み屋さんがたくさんある門前仲町に住んでいたのに!」と今になって思うんですけどね。

── たしかにそれはもったいない気がしますね(笑)。

ラズウェル 門前仲町にも2年ぐらい住んで、その後、南行徳に移ったんです。そこから今度、イラストレーター仲間と共同で借りていた事務所に僕が住むことになって、早稲田で暮らし始めたんです。結婚したときも早稲田で、娘が生まれたときも早稲田だったんです。それが、娘が生まれたらそのアパートを追い出されることになってしまって(笑)。

── えー!そういう条件の物件だったんですか!?

ラズウェル そうなんです。それで、どこかに引越さなくちゃっていう時に、高田馬場に事務所を構えて仕事をしていた知り合いが、『上井草に引越すことにした』っていうので『どの辺り?』って聞いたら、僕が昔住んでいた所のすぐそばだったんです。

── おお、学生時代に住んでいたという所の。

ラズウェル そう。それが今も住んでいるマンションで、「貸し始めたばかりだから、まだ今ならほかの部屋もあいてる」ってその知り合いがいうので「じゃあ急いで引越さなきゃいけないし、そこにするわ」って。それが最初ですね。

── いいタイミングで引越しできたんですね。

ラズウェル 娘が生まれて、まだ3カ月ぐらいのころですね。早稲田の辺りも好きだったので、その周辺で探そうかなとも思ったんですが、今考えてみれば、練馬区は子どもを育てるのにはすごくいい環境だったので、引越してきてよかったですね。

── 子育てにいいというのは、落ち着いた雰囲気だからですか?

ラズウェル そうですね。広い公園はあるし、石神井公園以外にもあちこちに公園があって、またその周りが畑だったりするんで、実にゆったりとしていて。子どもを遊ばせていても安心だし、落ち着くんですよね。昔はベビーカーに子どもを乗せて吉祥寺まで歩いて出かけたりしたんですけど、吉祥寺はにぎやかな街なので、練馬区に帰ってくるとホッとするというかね。

── ラズウェル細木さんは育児の体験を『パパのココロ』というマンガに描かれていて、個人的にもすごく好きな作品なのですが、練馬での子育て時代で印象的だったことはありますか?

ラズウェル この地域で子育てをしている親御さんたちと公園で知り合ったりするわけですけど、皆さん、この環境を気に入って子育をしているから感覚が近いというか、割かしそんなにキュウキュウしないというか、のんびりした雰囲気なんです。練馬のこの辺りは適度な田舎感があってね。それでいて、閉塞感というか、暗い感じはあまりないんです。それはやっぱり都心に出ようと思えばすぐに出られるっていうところから来てるんじゃないかと思うんです。よく半分埼玉とかいわれますけど(笑)。一応23区内なので。

── 都会感と田舎感がいいバランスになっているんでしょうね。やはり住む場所は、落ち着きがあったほうがいいですか? 例えばそれこそ、『酒のほそ道』のアイデアの源泉になりそうな居酒屋がひしめく街に暮らしたいとか、そういうことは思わなかったですか?

ラズウェル そうは思わなかったですね。大きな街にもすぐ出られるので、よそに行ってネタを集めてきて、練馬でゆっくりと熟成させるというかね(笑)。ザワザワしてない環境がいいわけです。きっと練馬愛のある人はみんなこの雰囲気が好きなんじゃないですかね。

(伊勢屋鈴木商店の女将さん):これ、新じゃがを温めたものなんですけど、よかったら召し上がってみてください。(練馬区)南大泉の野瀬自然農園で採れたジャガイモなんです。香りがとってもいいんですよ。塩麹をつけてもおいしいです。

── わー!キメが細かくて、めちゃくちゃおいしい。香りも素晴らしい。これだけでもう練馬最高!と思ってしまいますね。

ラズウェル ああ、これは本当においしいですね。

店内にはラズウェル細木さんのサインも

── ちなみに、この辺りで行きつけの店というと、どこになりますか?

ラズウェル 僕はもう、「旬味ふじよし」ばかりですね。*3あと、石神井公園の辺りだとやっぱり、パリッコさん*4が開拓者なので、あちこち教わっては「いいなー!」みたいな感じで。この店を教えてくれたのも彼だし、とにかく地元愛がすごいので。

── パリッコさんはこの近辺のお店のことを特にたくさん書いていますよね。

ラズウェル 彼はあちこち行くんで、上井草ぐらいまでふらっと行ったりね。もうなくなっちゃったんですけど、上井草駅前の「まいど」っていう焼き鳥屋がすごくよくて、そこのこともパリッコさんが書いてましたね。あとは、上井草だと「きよみず」っていう焼肉店が大人気で、なかなかいいんですよ。

── 上井草駅前もまたゆっくり巡ってみたいです。あ、例えばもし家電を買おうと思ったらどこに出ますか?

ラズウェル 上井草から西武新宿線に乗って新宿まで行くか、吉祥寺ですね。まあ、新宿かな。昔は画材を買うのによく新宿に行っていたので、ついでに買い物をしたりしていましたね。今はネットで買うことが多いんですけど。上井草からバスで荻窪まで出られるので、そこから中央線に乗れば、阿佐ヶ谷、高円寺、西荻とか、あの辺りに近いっていうのもいいんですよ。


── 新宿が身近なんですね。中央線沿線にも出やすいと。また、西武新宿線沿いの駅も味がありますよね。中井駅とか。

ラズウェル そうそう。沼袋、野方とか、居酒屋もいっぱいあるんですよ。昔は野方に行きつけの店があって、よく行ってましたね。

── 飲食店以外で、お住まいの近くに好きな場所はありますか?

ラズウェル さっき散歩したみたいに、「ここを曲がってパッと開けた景色が好きなんだよな」というような場所があちこちにあるんですよ。昔はとにかく四方八方へ歩いてましたからね。

── 畑が多いからか、歩いていて空が広い感じがしました。散歩してみるとすごく魅力がわかる街ですよね。ラズウェル細木さんが住まれてからの30年ちょっとの中でお住いの周辺は変化してきていますか?

ラズウェル まあ、上井草辺りは本当に変わらないですね。その変わらなさに安心している部分もあります。昔より畑は減ってきているんですけど、それぐらいですかね。東京のほかの街に比べて、練馬区の変化はゆっくりしているんだろうなとは思いますね。半分埼玉だと思われているぐらいのほうが変化がなくていいのかもしれないですね(笑)。石神井ブームが来たら困るかもしれない(笑)。まあ、なるべく今のままであってほしいと思います。

── 今後こうなってほしい、というようなことはあまりないですか?

ラズウェル ホームセンターができたらいいなーとか(笑)。あと、友達と地元で会いたい。みんな来てくれるといいなとは思いますよね。住んでいない人にはちょっと遠い所だというイメージがあるらしくて、あまり気軽に人を呼べない感じもある(笑)。西武新宿線にしろ池袋線にしろ、京王線とか小田急線に比べると、住んでいない人にとっては乗る機会が少ないと思うんです。

── そうかもしれないですね。私も上井草で降りたのはものすごく久しぶりでした。

ラズウェル でも、大きな不平不満もないし、いい場所に越して来たんだろうなと思いますね。「住めば都」といいますし、どの街でもそれなりに魅力があるんでしょうけど、僕にとってはホッとできる、ここでずっと暮らそうと思える街だと思います。

── 東京の変化のスピードは速いイメージがありますし、そういう中で、ずっとここに居たいと思えることはとても貴重ですよね。

ラズウェル 東京はそもそも変わり続ける街なんだなと思いますね。至る所が再開発されていくのも東京の宿命だなと思うんです。でも、変化の中で「まだこんな所が残っている」と、そういうものを発見する喜びもある。それが東京の面白さだと思うんで。

── 今日歩いた場所に、そういう部分がたくさん見つかった気がします。ありがとうございました!

インタビュー後、ラズウェル細木さんのご近所仲間であるパリッコさんも座に加わり、取材も含めてとても楽しい時間になった。筆者は10年ほど前に東京から大阪へと移り住んだのだが、もしも再び東京に戻ることがあれば、練馬区がいいなー! と本気で思ってしまう一日だった。

お話を伺った人:ラズウェル細木

ラズウェル細木

山形県出身。早稲田大学教育学部在学中は、漫画研究会に所属。卒業後はイラストレーターを経て、1983年に漫画家デビュー。1994年から「週刊漫画ゴラク」で「酒のほそ道」の連載を開始。2012年には、「酒のほそ道」など一連の作品で「第16回手塚治虫文化賞短編賞」を受賞。
X(旧Twitter):@roswellhosoki

取材・文:スズキナオ
写真:関口佳代
編集:はてな編集部

*1:かつて上井草に『機動戦士ガンダム』を手掛けるアニメ製作会社「サンライズ」の本社があったことにちなんで建てられたもの

*2:後ほど調べたところ、練馬区内には同様に開放されている「憩いの森」が50カ所近くもあるそうだ

*3:ラズウェル細木さんがいろいろなメディアで紹介されている居酒屋

*4:石神井公園エリアを拠点に活動する酒場ライターで、筆者の友人でもある。もともと私にラズウェル細木さんを紹介してくれたのもパリッコさんだった