伝統が溶け込む、忍者の里。夢眠ねむが生まれ育った「三重・伊賀」

取材・編集: 小沢あや 文: 原田イチボ 写真:飯本貴子

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東京・下北沢で「夢眠書店」を営む、夢眠ねむさん。でんぱ組.incを卒業し、芸能界引退した今も、地元・三重県からの熱烈な希望で「みえの国観光大使」を継続しています。

忍者の里・伊賀市で生まれ育ち、大阪、橋本、秋葉原、下北沢……と、各地を転々としてきた、夢眠さんの「故郷」への思いを伺いました。

「トンチキなことを全力でやる」おもてなしの街・伊賀

―― 本日はよろしくお願いします。大変申し訳ないんですが、取材前に「三重県って、中部地方? あれ? 近畿地方?」と、ちょっと混乱してしまって……。

夢眠ねむさん(以下、夢眠):あはは! いえいえ、三重ってややこしいんですよね。

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「三重、日本のこのへんです」と、手のひらでわかりやすく説明してくれた夢眠さん

―― 調べたら、三重県の公式サイトに「結論からいえば、三重県は中部地方にも近畿地方にも属していると考えています」と記載があって、「そうなんだ!」と衝撃でした。

夢眠:境界が曖昧なエリアだから、いろんな地域から「うちの子じゃない」って言われがちなんですよ、三重って。関西弁で話すと「エセ関西弁」って言われるし(笑)。つらい気持ちをしている三重県民は多いと思うので、「ひとりじゃないよ」って、抱きしめたい……。

―― そんなナーバスな問題が……! 三重県は広いですが、夢眠さんが育ったのは、どんな街ですか。

夢眠:伊賀市の観光地で育ちました。「忍者の里で育った」って言えば、外国でも通じます(笑)。上野城ってお城があって、その城下町の商店街の魚屋の生まれなんです。

―― 忍者の里育ちなら、小さいころは忍者ごっこしながら遊んだり?

夢眠:いや、忍者が日常にあふれている街なので、「忍者かっこいい!」みたいな気持ちは、逆になかったですね。いて普通、というか。伊賀って、隙間という隙間に忍者のマネキンを仕込みがちなんです(笑)。「こんなトンチキなことを全力でやりますか?」、みたいなところが、とても愛しい街だと思います。ほんとに、忍者の衣装を着たマネキンが、自販機の隙間とか、そこら中にいるんですよ。

―― 夜見たら、びっくりしそうですね!

夢眠:「伊賀の市長と、甲賀の市長が手裏剣で勝負しました」っていうのがテレビのニュースになるんですよ? 市のトップがそんなのんきなことをしているの、なかなかないですよね(笑)。子どもながらに「この街、大好き!」と思いました。

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地元・伊賀で忍者スタイルの夢眠さん

―― 伊賀市って、上野城や忍者屋敷のほかに、松尾芭蕉の生家もあるんですよね。

夢眠:そうそう。だから小学校の夏休みの宿題は、毎年俳句でした。十句詠まないといけないんですけど、十句って結構な量じゃないですか?

だから、どの家も親がちょっと手伝っていて、私もうちの父親が詠んだ句で賞を獲りました。……これ、もう時効ですよね(笑)? 父は地元の人間で、それこそ、小学生のころから俳句に触れているから。

―― 地元の歴史、文化が自然と生活の中に溶け込んでいるんですね。

夢眠:上野天神祭のだんじりに乗ったり、くみひもを習ったり、父が伊賀焼をやっていたので一緒につくったり。

あとは、能もやっていました。秋になると、上野城の広場で能や狂言が上演されるんです。だから、カジュアルに「能、観に行こう!」みたいな感じでした。伝統が、生活に馴染みまくっているんですよ。

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能楽堂に立つ夢眠さん

―― そういう地域のカルチャーに根ざした生活スタイルが送れるのって、東京だとどうしても上野とか浅草とか、一部のエリアに限られてしまいますよね。

夢眠:地方なので、街の繋がりは結構強かったですね。なにより、城下町だったので。私は魚屋の娘ですけど、同級生も肉屋とか和菓子屋とかお茶屋とか、何かしら商売をしている家の子が多かったです。小学生なのに「若旦那」って呼ばれている子もいました(笑)。「商売」ってものに馴染みが深い環境で育ったから、私も自然と書店を営むようになったのかもしれません。

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幼少期の夢眠さん、面影がありますね

「実はそれ、全部三重なんです!」

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夢眠書店には、「三重の応援店舗」の看板も

―― 序盤から、地元愛が溢れている夢眠さん。でんぱ組.incとして、三重県でライブを開催したときは、さぞや感慨深かったのでは。

夢眠:よくぞ聞いてくれました! 三重って、本当にライブツアーで飛ばされがちなんですよ……。大阪と名古屋が近いし、手ごろな会場がたくさんあるわけでもないから……。だから、でんぱのツアーで初日2days桑名でやれたときはとてもうれしかったです。「なぜ桑名で2daysなんだ?」って感じですけど(笑)。

―― 凱旋公演となると、地元の名産の差し入れはどんなものを選ぶんですか?

夢眠:これはね、いつも絶対決まってるんです。夢眠家の差し入れは、「朝日餅のいちご大福」。ここ、いちご大福界で一番おいしいんですよ! 三重だろうが東京だろうが大阪だろうが、差し入れはコレ。母が大量に発注して、スタッフさんの分まで配っていました。カートいっぱいにいちご大福を詰め込んで会場にやってくるんです(笑)。

―― 夢眠家の鉄板の差し入れなんですね!

夢眠:あと、「なが餅」っていうお餅を最上(もが)が気に入っていました。赤福もありますし、三重って有名なお餅がいろいろあるんです。「餅街道」っていう場所もあるし(※)。餅大好き人間が集まる県なのかもしれないですね。

※餅街道:桑名から伊勢を結ぶ、「参宮街道」の別名

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夢眠:あと、三重には、伊勢うどんっていう、ぼよぼよの柔らか~いうどんもあります。お伊勢参りのゴール付近で疲れ切った旅人が食べるものだから、胃に優しいように、ぼよぼよなのかな? 讃岐の方が食べたら、びっくりすると思います(笑)! 本当に、ぼよぼよなんです。

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―― お伊勢参りから、いろいろな名物が生まれた……と考えると、面白いですね。

夢眠:三重の人間にとって、「お伊勢さん」って切り札なんですよ。東海にも関西にも馴染めなくて、「三重はうちの子じゃない」みたいな地元disをされても「まぁ、お伊勢さんあるし」って思える。争わないで「まぁいいや」で済ませるのは、三重っぽいなぁと感じます。

―― 忍者や伊勢神宮のほかにも、三重って有名なものがたくさんあるんですよね。

夢眠:伊勢海老、松阪牛、はまぐり、真珠、鈴鹿サーキット……。イオン発祥の地でもあるし、ベビースターラーメンもおにぎりせんべいも三重ですからね。

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ベビースターラーメンのキャラクター・ホシオくんと

夢眠:三重の観光キャンペーンのキャッチコピーが秀逸で、「実はそれ、全部三重なんです!」っていうんですよ。本当にそんな感じ。

―― 実は日本を支えている場所なんですね。ところで、ねむさんは地元企業といろいろコラボしてきましたよね。特に印象深いのは、何でしょうか?

夢眠:伊賀焼の窯元である長谷園さんと食器をつくったのが、一番うれしかったかもしれません。普段はあまりコラボとかしない窯元さんなんですけど、そこのおじいちゃんとうちの父が仲良くて。そのご縁で実現しました。私が物心つく前から可愛がってくれているおじいちゃんと大人になってからお仕事できたのは、良い思い出ですね。

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お父様作の、伊賀焼たぬきゅん

―― すごい、本当に地元の繋がりでのお仕事だったんですね。ほかに地元・三重で「これ!」というものはありますか?

夢眠:友達が若旦那なんですけど、伊賀市の「桔梗屋織居」という和菓子屋さんの水まんじゅうがおいしい! あと、こっちも同級生のお店なんですけど、「むらい萬香園」というお茶屋さんもオススメです。抹茶が苦手な私でも、ここの抹茶ソフトはおいしく食べられました。……なんか友達のとこばかり紹介しちゃってますね(笑)。

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いせわんこちゃん

夢眠:三重はたぬきゅん(夢眠さんが手掛けるキャラクター)と仲良しのゆるキャラも多いんですよ。いが☆グリオ、こにゅうどうくん、いせわんこちゃん……可愛いので探してみてください。

「夢眠ねむ」の創作活動のベースにある、「観光地」思想

―― 観光地生まれであることは、夢眠さんの創作活動に影響しているのでしょうか?

夢眠:まさに。大学時代、いろんな場所を観光地化する作品をつくりました。多摩美のオープンキャンパスに合わせて、大学を観光地化したんです。多摩美のゆるキャラの着ぐるみを勝手につくって、体験型のアートを体験している様子を撮りました。学食のものを無理やり名物ってことにして、記事にして紹介したり。

―― 全部が、地元・三重につながっているんですね。

夢眠:観光地化って、「いかにわかりやすくするか」がカギなんです。だから、その後「夢眠ねむ」をやるにあたっても、こういう髪型で、こういう色で……って、わかりやすいアイコンにするのは、すごく意識しました。夢眠ねむもまた、観光地生まれの思想をベースにした作品です。

―― ねむさんは、多摩美術大学の出身ですよね。上京後の生活はいかがでしたか?

夢眠:上京かと思ったら、八王子キャンパスの最寄りは橋本駅で、神奈川だったんですけどね(笑)。でも、いきなりビカビカの都会暮らしじゃなくて、逆によかったかもしれません。

―― 初めてのひとり暮らしは寂しくなかったですか?

夢眠:私、ホームシックないんですよ。たぶん一生ないかな。帰る場所があるってわかっているから寂しくないのかも。

―― それはすごいですね! ご実家から、地元のものが送られてきたりは……?

夢眠:実家が魚屋なんで、「お店で魚を買う」って発想がなかったんです。商店街育ちだから、魚は魚屋で、肉は肉屋で買わないのが不思議でした。スーパーで買い物してみたら、「こんなに高いんだ……」ってショックで。だから、魚だけじゃなく肉や玉子も実家に送ってもらっていました。

―― すごい、夢の小包……! 当時の夢眠さん、バイトはどんなことをしていたんでしょうか。

夢眠:大学1、2年生のときはサンリオピューロランドでバイトしていました。京王線で近いから、橋本駅ってキャスト募集の張り紙がよく貼られていたんですよ。自分の好きなものに関係するバイトがしたくて、すぐ応募しました。

―― ピューロランドでは、どんな業務を担当していたんでしょうか。

夢眠:3階のショップのレジです。もっと華やかな業務も勧められたんですけど、とにかく最速でサンリオグッズを買いたかったので(笑)。棚卸ししていると新商品もチェックしやすいですし、バイトが終わった瞬間、バイト代をサンリオグッズに突っ込んでいました。

―― 観光地とテーマパーク……ここも、なんだか三重とつながっていますね。

夢眠:観光地とテーマパークで出来上がっている人間なんですよ、私。ピューロで学んだことはめちゃくちゃ多くて、キティさんはバックヤードでもしっかりキティさんなんです!ばつ丸はバックヤードなのにスタッフを蹴ってきて、「わ〜! 本当にばつ丸だ!」って感動しました。そういう、プロ意識をサンリオのキャラクターたちから学びましたね。

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取材当日、暑い中でたぬきゅん型の伊賀くみひも風鈴が揺れていました

みんな、故郷はいくつもつくっていい

―― サンリオピューロランドのアルバイトから、なぜ秋葉原のメイドにジョブチェンジしたんでしょうか?

夢眠:学生の自己満足みたいな作品が嫌いで、創作に行き詰まっていたとき、思い浮かんだのがメイド喫茶でした。私が受験したとき、ちょうどメイド喫茶の全盛期で。私も東京観光がてらメイド喫茶に行ったことがあったんです。メイド喫茶では、何のキャプションもなしに「お帰りなさいませ、お嬢様」だけでシチュエーションを共有するじゃないですか。「なんてすごいアート!」と思って、研究のつもりでメイド喫茶でバイトを始めました。

―― そういえば、でんぱ組時代、プロフィールで自分のオタクとしてのジャンルを「オタク研究」にしていましたよね。

夢眠:でもそれ、本当はしんどかったんです。他のメンバーは、0歳からコスプレしているとか、音ゲーでランカーとか、「このジャンルのオタクです!」っていうのがわかりやすい。その中で私は、ラノベはこれが好き、マンガはこれが好きって感じで細かくて、はっきりしたジャンルが挙げられなくて……。「自分はオタクです」って、自信を持って言えなかったんですよね。「オタクを名乗るなんて、おこがましい」、みたいな。

―― わかります、その気持ち……。より強いオタクに遠慮してしまう……。

夢眠:でも、自分がオタクを名乗るのは気が引けるけど、オタクが好きな気持ちは一番だと思ったんです。「オタクを研究するためにアキバに来たし、メンバーの誰よりもオタクのこと理解している自信はあるぞ」って。でも、心のどこかでずっと「どこにも属せない」って感覚がずっと付きまとっているんですよね。

―― 属せない?

夢眠:そこも、なんか三重っぽいんですよね。境界に立っているから、どこに行っても「自分はここの人間だ」と思えない。でんぱ組.incの一員として「アキバ代表」と呼ばれるのは光栄なことですが、「でもアキバで生まれ育ってないし、もともと研究目的で来たし……」と居心地悪い部分もありました。三重の観光大使を頼まれたときも、「本当に三重が好きなら上京しないんじゃないか?」と考えてしまって。

―― なるほど、三重県民としての悩みをずっと引きずっているんですね。

夢眠:いきなりどスピリチュアルな話になってしまうんですけど、私って前世からそうらしいんです(笑)。番組の占い企画で、「前世ではスパイみたいなことをしていた」って言われたことがあるんです。育ったところと潜入先、どっちも大好きになっちゃって、悩んだ末に死んだって……。

―― すごいことを言われましたね……。アレ? もしかして、忍者……?

夢眠:ふふ(笑)。でも、その占いのおかげで、「だから私、いろんなところを転々としてるんだ。居場所がないって感じていたんだ」って納得がいって、逆に楽になれたんです。もう素直に全部大好きでいいじゃん、と。

―― ひとつの場所に定めず、転々とすることを楽しんで、豊かになっていく人生もありますよね。

夢眠:みんな、第10の故郷までつくっていいんですよ。もちろん私の三重は故郷だし、アキバは第2の故郷だし、夫の地元である福岡も自分から「帰りたいな」と思うレベルに愛着が湧いているし、大阪や北海道も好きだし、故郷はたくさんあっていい。

―― 縁もゆかりもなくても、自分が故郷と思ったら、そこが故郷でいいんですね。

夢眠:うん。おのおの好きな故郷を自由に見つけたらいいと思います!


お話を伺った人:夢眠ねむ

夢眠ねむさん

夢眠書店店主。でんぱ組.incの初期メンバーとして活躍後、東京・下北沢に完全予約制の書店をオープン。

聞き手:小沢あや

小沢あや

コンテンツプランナー / 編集者。音楽レーベルでの営業・PR、IT企業を経て独立。Engadget日本版にて「ワーママのガジェット育児日記」連載中。SUUMOタウンに寄稿したエッセイ「独身OLだった私にも優しく住みやすい街 池袋」をきっかけに、豊島区長公認の池袋愛好家としても活動している。 Twitter note