“アンチ・ローカライズ”のアジア文化ひしめく活気の街、小岩。

著: 高口康太 

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商店街だけじゃなくて、江戸川河川敷もナイスなお散歩コースだ

私の新生活はいつも勘違いから始まって、予想してなかった喜びにたどりつく。いわゆるセレンディピティ(ステキな偶然)ってやつである。

大学選びでもそうだった。日本一人口が少ない鳥取県で育った私は、東京に住みたい!といいう一念で受験勉強を頑張るも、気づけば千葉大学に入学していた。受験に失敗したのではなく、「千葉って東京だよね?」という、いかにも鳥取人的な勘違いであった。同級生も「千葉大?東京の大学行くのか、すげーな」と祝ってくれたから、私だけがおっちょこちょいだったわけじゃない。

すぐに千葉と東京が違うことに気づくわけだが、ショックだったのは「黄色い電車」だった。古い話で恐縮だが、ロックバンド・爆風スランプには、「週刊東京「少女A」」という曲がある。関東郊外で暮らす少女が「黄色い電車で週にいちどの上京」を楽しみにしているというストーリーだ。

この曲が好きで何度も聞いていたというのに、「黄色い電車」が千葉県の大動脈、総武線だということに気づいたのは大学入学後だった。

かくして大東京への移住は失敗したが、千葉大学の暮らしは私にあっていた。周りは静かな住宅街だが、自転車を走らせれば、本屋からホームセンターまで、たいていのお店にはすぐ行ける。どうしてもという時は気合いを入れて、黄色い電車で東京に行けばいい。

満員電車や人混みが大の苦手で、自宅で本を読んでいれば幸せという根っからの陰キャの私にとっては幸福な環境だった。

まさに勘違いから始まって、幸福に着地したわけだ。このラッキーは今、住んでいる小岩でも繰り返された。

大学を卒業後、私は中国経済、企業を専門とするジャーナリストとして働いていた。今はコロナ禍で日本に閉じ込められているが、それまでは年の3分の1程度は中国に出張していた。

中国はとかくパワフルである。企業取材で会う人は14億中国人の競争を勝ち抜いたエリートが多いので、頭がキレるし根性もある。街もそうだ。ちょっと見ないと旧市街地が取り壊され、ビルが建ち、別世界へと一変する。

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40年前は漁村しかなかった深圳。今は港の回りもビルが並んでいる

1976年生まれ、いわゆるナナロク世代に属する私はバブルに乗り遅れた世代である。鳥取育ちもあいまって、爆速経済成長で浮かれまくっている日本を体験していない。なので、「明日は今日よりいい世界だ」という楽観ムードで浮かれまくっている中国は新鮮で、その活力を取材するのはひたすらに楽しい。

が、その浮かれポンチな社会は疲れるのもまた事実である。だったら、日本では落ち着いたところに住みたいなと思って、引越し先を探して小岩にいきついたのだ。

なぜ、小岩ならば落ち着けるかと思ったかというと、いい感じにひなびた商店街の印象が大きかった。なにせ小岩はめったら商店街が多い。小岩駅の南口を出ると、いきなりフラワーロード、区役所通り商店街、昭和通り商店街と、3つも商店街の入口が並んでいる。

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あまりの迫力に恐れをなして北口に針路を変えても、北口通り、北口仲通り、北口栄通りと商店街がずらり。安く飲めるセンベロ飲み屋からスナック、ラーメン屋、古着屋、古本屋、漫画喫茶となんでもござれのラインナップだ。

JR小岩駅の回りは一応、繁華街ということもあって飲み屋が多いが、ちょっと離れるとそれこそ八百屋さんや肉屋さんが並ぶ商店街もごろごろある。私は小岩駅の北側に家を借りたが、さらに北上したところにある千代田通り商店街がお気に入りだ。営業をやめて、シャッターを下ろしたままの店も多いが、残っている店は個性派ぞろいだ。

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店先に並ぶおでん種。思わず買い食いしてしまう

最近じゃなかなか見かけないおでん屋さんでつまみを買ったり、豆腐屋さんで厚揚げを買っておやつにしたりと、買い食いしているだけでも楽しい。

さらにずんずん北上していくと、映画「寅さん」で有名な柴又帝釈天にたどりつく。団子屋、煎餅屋、佃煮屋といった、まさに江戸情緒的な参道を眺めるのもちょっと楽しい。JR小岩駅から歩くと、たっぷり30分以上はかかるが、コロナ禍の運動不足解消がてらにちょくちょくでかけている。

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夜の参道は怪しく美しい、絶好の散歩コース

小岩生活で、古き良き日本っぽい落ち着いた暮らしを満喫するのだ。とまあ、こんな考えで住み始めたのだが、これが大きな勘違いだった。そう、ぱっと見では古き良きジャパンっぽく見える小岩なのだが、住んでみると大違いであった。

落ち着いた商店街の中に散在しているのは、アジア各国の料理店だ。小岩がある江戸川区の外国人人口は3万6748人(2021年1月1日現在)と、東京23区では新宿区に次ぐ第2位だ。しかも、新宿のエスニック料理店は主に日本人を相手にした商売だが、小岩だとこの街に住んでいる外国人向けのお店が多い。日本人向けにアレンジしていない、現地そのままの強烈な料理を味わうことができる。

駅近くの雑居ビル2階に入っているのが鴨頸王というお店。アヒルのクビや手羽先などを辛く煮しめた鴨脖という総菜を販売している。鴨脖はもともと中国・湖北省のローカルフードだったが、最近になって最強のビールのお伴として中国の若人たちに支持されるようになった。

正直、多くの日本人の舌にはあわないし、私もそんなにおいしいとは思ったことはない。この日本人ガン無視のお店があるということは、濃厚な中国人コミュニティがある証拠だ。周囲には中国本場そのままの料理屋がごろごろしているので、中国飯の探求者が目印とするにはちょうどいい。

小岩に数ある中国料理店のなかで、最近のお気に入りなのは鶏先生だ。鶏公煲という鳥肉を煮込んだ料理が看板メニューなのだが、ともかくビールをいくらでも飲めてしまう悪魔の料理である。このお店は内装も面白い。中国の学校をイメージしていて、レトロ中国のイメージで飾られている。

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購買部をイメージしたレジ

中国料理だけではない。タイ、ベトナム、フィリピン、ネパールなどの外国料理の店があちらこちらに散らばっている。どれもこれも日本向けローカライズを無視した強者ばかりだ。

休日の定番コースはタイ料理で辛いものを食べた後に、タイ古式マッサージに繰り出すという流れ。物書きにとって肩こりは職業病だ。朝から晩までキーボードを叩いていると、目はしぱしぱ、肩はごりごりという地獄のような状態となる。整体などいろいろ試してみた結果、一番満足しているのがタイ古式マッサージだ。

こんな小さな体でマッサージできるのだろうかという痩せた中年女性でも、体重をかかとに載っけてふんできたり、格闘技の関節技のようにてこの原理をつかったりと、あの手この手の技術をフル活用してもみほぐしてくれる。荒々しく私の背中を踏みつけながら、マッサージ師同士でタイ語でのおしゃべりを楽しんでいるという、顧客軽視の扱いもよくあるが、その気取らなさも含めてリフレッシュされる。

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小さな路地にいきなり出没するタイ料理店

レストランだけではなく海外雑貨店も多いし、道行く人にも外国人が多い。見た目ですぐにわかることもあれば、なにか話し出すまでどこの国の人かさっぱりわからないこともある。外国料理のレストランが散らばる商店街を歩いていて、通行人から中国語やタイ語が流れてくると、もうここがどこの国なのかさっぱりわからなくなる。「あれ、ここって日本だったっけ?」という、異空間な体験だ。

この外国要素に加えて、小岩のカオス感をさらに高めているのが、日本の若人たちが開いた新しいお店だ。総菜屋が潰れた後にオシャレなカフェができたり、ドッグカフェができたり。街の新陳代謝を進めているのは外国人だけではなくて、日本人もしっかりとチャレンジしている。

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千代田通り商店街にあるカフェしかく。元総菜屋のテナントを改装して、小岩とは思えないオシャレ空間をつくり出した

日本にいる時ぐらい、ゆったりまったり暮らしましょう。お散歩が楽しい街に住みたいな。

そんな気持ちで住み始めた小岩だが、最初の目論見は徹底的に打ち砕かれてしまった。ただまったり暮らすには面白すぎる、カオスすぎるからだ。昔ながらの日本が残りながらも、若き外国人、若き日本人によって新たな活力が吹き込まれている。

中国ほどダイナミックな変化はないかもしれないけど、日本も変化しているし刺激的だ。

ちょろちょろと散歩しているだけでもそんなことを気づかせてくれる小岩はステキだ。

著者:高口康太

高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授、週刊ダイヤモンド特任アナリスト。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を続けている。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『幸福な監視国家・中国』(NHK新書、梶谷懐との共著)、『プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション』(KADOKAWA、編著)など。

 

編集:ツドイ