隣駅の魅力に満ちた要町【銀座に住むのはまだ早い 第7回 豊島区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 大規模ターミナル駅で電車に乗るのは大変だ。

 人込みをすり抜けて、改札を通って、長いエスカレーターに乗って。ホームではまた人込みをすり抜けて、列の後ろに並んで、もう発車メロディ鳴り終わってるけど乗れんの? これほんとに乗れんの? とやや不安になって。

 乗るだけでひと仕事終えた気分になる。

 アパートからその駅まで徒歩10分と言われても、とてもじゃないが10分後に電車に乗れているイメージは持てない。プラス5分は大げさとしても、プラス3分程度の余裕は見たくなってしまう。

 そこで浮上するのが隣駅。

 例えば新宿区には新宿駅があり、渋谷区には渋谷駅があり、豊島区には池袋駅がある。これら大規模ターミナル駅の隣駅というのは狙い目であるような気がする。

 特に、その大規模ターミナル駅まで楽に歩いていける隣駅。新宿なら初台ではなく西新宿、渋谷なら池尻大橋ではなく神泉。帰りは乗り換え電車を待たずに歩いちゃうか。それができるならかなり便利だ。

 今回は豊島区。その感じで、池袋の隣駅、要町を選んでみた。

 西新宿はまだ新宿感が強いだろうし、神泉もまだ渋谷感が強いだろう。でも要町は、山手通りを挟むこともあり、池袋感はさほど強くなさそうに見える。

 SUUMOで検索。いつもどおり、管理費・共益費込みで家賃5万円のワンルーム。

 西新宿や神泉ではゼロなのに、要町では100件弱ヒット。つまり物件そのものも多いということだろう。

 なかでもいいと思ったのはこれ。駅から徒歩2分、築52年、5.9畳で家賃5万円、というもの。

 徒歩2分は近い。要町駅まで2分で行けるということは、池袋駅まで15分程度で行けるということだ。マジか。

 ならば確かめましょう、そうしましょう。

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 というわけで、要町駅に降り立ち、地上に出たその足でいきなりバック・トゥ・池袋。都道池袋谷原線を行く。

 実を言うと、僕は池袋にあまりなじみがない。だから土地鑑もない。新宿も渋谷も、あると言えるほどではないが、池袋は、来たこと自体がほとんどない。はっきり覚えているのは、三省堂書店池袋本店さんにサイン会で呼んでいただいたときの一度だけ。

 いや、ちがう。思いだした。中学生のときにも来ている。雑誌ぴあから情報を得て、池袋日勝文化劇場という映画館に、ジャッキー・チェンの『蛇拳』と『笑拳』の二本立てを観に来たのだ。友だち二人、NくんとKくんと。

 レンタルビデオ店が一気に増えるのはそのあと。映画は、まだ映画館か、テレビでやっていた水野晴郎さんの水曜ロードショーや高島忠夫さんのゴールデン洋画劇場や淀川長治さんの日曜洋画劇場で観るしかなかった。だから、高い電車賃をかけてわざわざ池袋に出向いたのだ。確か、『蛇拳』のほうはすでにテレビで観ていたのに。

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 懐かしい。というか、よく思いだしたな。というか、よく覚えてたな、日勝文化なんて。場所と記憶が結びつくことの典型かもしれない。

 さて、15分程度で池袋駅に行けることがあっさりわかり、今度は池袋西口公園を横目にメトロポリタン通りを行く。

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 ポリタンと聞けば、人間、どうしてもナポリタンを想像してしまうが、メトロポリタンは、都会的であること、都会人、といった意味だ。

 と偉そうに言っているが、実は念のために調べた。

 同じように、よく知らないまま口にしている言葉は結構ある。ほかのポリタンで言えば、コスモポリタンとか。そちらは、世界的視野や行動力を持つ人、国際人、だそうだ。

 言葉はおもしろい。日本語と外国語では、互いに一言でうまく置き換えられないものがたくさんある。だからそのままつかうしかなく、理解もされづらいのだろう。

 とたまには作家っぽいことも言ってみたが、これ以上はボロが出るのでそこまでにしておく。

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 西池袋通りに出たらすぐに劇場通りに入り、もと来たほうへ戻る。そして立教通りへ。まさに立教大学を突っ切る通りだ。

 こちらへ歩いてくる多くの学生さんたちとすれちがう。

 今の学生さんたちは、30年前に学生であった自分より遥かにあか抜けている。立教通りに迷いこんだこのあか抜けない坊主頭のおっさんはいったい何なのか、と思われてなければいい。

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 東京六大学でほかの5大学は、小説の登場人物が通う大学、と何となく想定したことがあるが、立教大学は唯一ない。結局、土地鑑がないからだ。著者である僕自身が地の利を活かせないから。

 現に、最寄駅は池袋だとずっと思っていた。でも要町のほうが近いことを知った。

 大学正門までは池袋からなら約7分で要町からなら約6分と、立教大学さんのホームページにも出ていた。JRや東京メトロ丸ノ内線や西武池袋線を利用する人は池袋から行くだろうが、東京メトロ有楽町線や副都心線を利用する人なら要町から行くかもしれない。

 とそう思っただけなのに、そしてあか抜けた学生さんたちとただすれちがっただけなのに、早くも立教大学との縁ができたように感じる。

 立教大生を想定する日も近そうだと確信しつつ、西池袋通り経由で豊島区立谷端川南緑道へ。

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 この豊島区編で訪ねる町は要町、と決めてから、地図を見て気づいた。今回初めて、探索する範囲に川がないのだ。

 かつてはここに谷端川というものがあったらしい。豊島区のホームページによればこう。

密集する住宅地のなかを南北に走る、全長約1.7キロメートルの緑道です。谷端川は、河川としては昭和37年に廃止され、暗渠の下水道幹線として使用されるようになりました。

 川に廃止という言葉はそぐわない。が、実際に廃止されることもあるのだ。

 昭和37年といえば、僕が生まれるより前。ほかにも、なくなったものやつくりかえられたものは数多くあるだろう。そんなふうに、東京の町は、より暮らしやすいよう整えられていったのだ。でも町に川がないのはちょっとさびしい。

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 さびしいさびしい言いながら、みたけ通りにぶつかったところで左折。首都高速中央環状線の高架をくぐってまた左折。少し進んでえびす通りに入る。

 住宅地内の細い道だ。まっすぐではない。ゆるやかなカーブを描いている。左右にいくつか飲食店もある。

 いざランチ。丸幸洋食店さんに入る。その名前ではあるようだが、暖簾にはとんかつと書かれている。

 迷った末に、丸幸ランチを頂く。からあげ、魚フライ、かにコロッケ、ウィンナーサラダ。うれしいことに、山菜の小鉢も付いてきた。僕は山菜が好きなのだ。そば屋のメニューに山菜そばがあれば、まず頼んでしまう。山菜そばと山菜丼のセット、なるランチメニューがあっても頼むかもしれない。

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 おいしいご飯に満足しての、後半。

 要町駅に立ち戻って、リスタート。おぉ、確かに徒歩2分、と物件を外から見たうえで、豊島区立千早フラワー公園へ。

 ここには都営地下鉄12号線試作車両がある。12号線というのは大江戸線のことだ。蒸気機関車のD51だったりしないところが絶妙。いや、都営線て。とつい笑ってしまう。

 都営線に乗るときに、うわぁ、都営線だ、とは思わないのに、こんなふうに公園にあると、うわぁ、都営線だ、と思ってしまうこの不思議。公園に行ったら地下鉄車両。その唐突感というか無造作感がたまらない。

 前は、車両に入って見学することもできたらしい。今は、扉の破損のため開放は休止しているそうだ。残念。

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 公園を出て、南下。椎名町サンロードで、いつもより早めのカフェタイム。サイフォニスタさんに入る。小さいがとてもきれいな店だ。

 モカとトラジャ。2種類あったストレートコーヒーから、モカを頂く。おいしかった。

 町歩きとコーヒーは、やはり切り離せない。

 もう、何なんでしょうね。人生におけるコーヒー、というかカフェの意義。とりあえず立ち止まり、コーヒーを飲む30分。そのあいだに人は自身を微調整するのかもしれません。あちこちを締めたり、ゆるめたり。

 今回の要町には、自作『東京放浪』の長谷川小春が住んでいた。その後、彼女は、大森、町屋へと移る。そうやって、必要に迫られなくても23区内で転居をくり返す人は案外いるだろう。基本、どこに住んでも不便はないから。

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 西武池袋線椎名町駅の前を通り、山手通りに出て、東京メトロの要町駅へ戻る。徒歩10分強。近いのだ。

 そう。東京は、町と町が近い。こことここ、こんなに近いんだ、と驚かされることがよくある。町外れ、に当たる部分がないからそうなるのかもしれない。

 どこそこに近い町、という選び方も充分ありだな、とあらためて思う。どこそこに近いということが、東京ではその町の個性にもなり得るのだ。

 池袋に近い要町。

 ありだ。


『銀座に住むのはまだ早い』第8回は「葛飾区」へ。6月末更新予定です!


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著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平